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第338話 ヴィシオス王都バーゼル

 城壁を通過し、リズはヴィシオス王都バーゼルに足を踏み入れた。王都に入ってもなお遠くに見える灰色の王城は、(いかめ)しい威容を以って(にら)みを効かせてくるようだ。

 しかしながら……街の様子は、世界に悪名を轟かせたあの(・・)ヴィシオスの中心とは思えない。

 これまでに訪れた街と比較すると、街を出歩いている魔族の数が多い。世界中の戦いに顔を突っ込んでいるリズの目には、まさにここが根拠地だと映った。

 そして、我が物顔で街を行く魔族らを前に、この国の本来の民は目に見えて萎縮している。街の各所にいる衛兵も同様、実直そうな表情には隠しきれない陰が差している。

 魔族がやってこなければ、決してこうはならなかっただろうに。

 今で言う人間側諸国から見て、もともとヴィシオスは敵性国家であった。その点を踏まえてなお、魔族の下に敷かれるような人々の有様には、リズも一抹の憐憫(れんびん)を禁じえない。


 彼女のような立場の人間が、この王都に侵入を果たしたというのは、歴史的な快挙であろう。

 それでも、達成感や興奮などはほとんどなく、むしろ周囲に「合わせなければ」と、緊張感を新たにした。心細そうに、それとなく通行人に距離を寄せては、人影に入るように歩を進めていく。

 当面の目標は、宿の確保。もちろん、このような時期に王都を訪れる客人が、果たして怪しまれはしないかどうか、見極めた上でのことだが。

 自分たち(・・・・)の部屋を得た後は、ひとまず仲間たちのもとへと転移で帰還。それから、宿を中心にして情報収集という流れになろうか。


(とはいえ……)


 立派な作りの王都は、道が広い。それゆえに、現状の寂れきった人通りの少なさが、いやが上にも沈みがちな雰囲気を助長している。

 街全体の様子を把握したくはあるが、とりあえずは人通りが多い方へと、周囲の流れに身を任せてリズは歩を進めていった。


 そうして彼女は、王都でも一番の大広場らしきところに到着した。

 しかし、人の行き来はそれなりにあるものの、少し不思議なところもある。円形の大広場は誰も中央を通ろうとはせず、遠慮がちに端を通っていくばかり。沈鬱な表情で目は伏せがちだ。

 何か、見るのも(はばか)られるものがあるように。


 実際、市民にそうさせるだけのものがあった。

 周囲に魔族がいないことを確認したリズは、大広場の中央に目を向けた。

 そこには槍や剣が無造作に突き立てられている。それぞれの柄に、おそらくは人間の頭蓋骨が飾られる格好で。

 魔族による支配体制を確固たるものにせんとして、歯向かった者を見せしめにすべく、なれの果てをあのように飾っているのだろう。


 大半の街では、大広場に人が自然と集うものである。だが、この王都ではそれがない。

 より正確には、人々は集まりを作るのを意図的に避けているように、リズは感じた。

 変により集まることで、言いがかりの機会を与えてしまうことを憂慮しているのかもしれない。

 こうした街の空気は、侵入して嗅ぎ回ろうというリズにとって、好ましくはないものであった。溶け込もうにも、まずは人混みや集団がなければ。

 そこで彼女は、門を通った時のことを思い出した。


(歓楽街、ねぇ)


 自分自身の容姿について、それなりに自覚――というより、自信――を持っているリズは、自分みたいなのが歓楽街へ行けば変に注目されはしないかと、少なからず懸念は(いだ)いた。

 だが、彼女はすぐに思い直した。門での魔族の言葉が、単にからかったものではなく真実だとすれば……歓楽街で稼げるということは、カネを落とすものがいるということ。

 つまるところ、こんな時世でも活発に金が動いているということであり……年頃の娘が足を踏み入れたとて、「そういうことか」程度にしか思われないのではないか。

 仮に、歓楽街がそれなりに機能しているのであれば、情報収集という点でも好適であろう。

 少なくとも、完全に湿気った街でうろつくよりかは、いくらか希望が持てそうである。

 すっかりその気になったリズは、表面だけは沈んだ風を装いつつ、歓楽街へと歩を進めていった。


 やがて、彼女の前にそれらしきものが見えてきた。城壁ほどではない壁に囲まれた区画だ。お子さまが入り込むような間違いが起きないようにするためか、門には衛兵が配されている。

 ただ……見たところ、あまりやる気がありそうには見えない。


(まぁ、ヤル(・・)気はあるのかもね)


 露出が少ない、ただの旅装に身を包むリズだが、門衛の中年男性の琴線には触れたようだ。注意力散漫な顔が打って変わって、なんとも締まりのない物に。

 それでも彼は、仕事をしている風を取り繕った。まずは、わざとらしい咳払い。それから彼は、口を開いた。


「ここから先は歓楽街だ」


「存じています。その……人探しをしているところで」


 本当に探しているのは、まずは宿であった。これまでにも宿は何件かあったが、人通りの少なさを嫌って、ひとまず見送っている。

 ただ、人を探しているという嘘は、少し微妙なところがあった。衛兵であれば、そうした人探しの手伝いもまた、仕事の範疇(はんちゅう)に含まれていそうなものだからだ。


(でも、そんなに熱心な感じでも……)


 内心、冷めた目で相手を見るリズの直感通り、この門衛は市民の困りごとに心を動かされはしなかったようだ。もはや、そういう世の中でもないのかもしれないが。

「そうか……まぁ、気をつけてな」と声をかけてくるだけ、まだ良い方だろうか。彼に小さく頭を下げ、リズはそそくさと歓楽街へ入っていった。

 さて、気鬱にさせてくる曇天が相も変わらず空を覆っているが、時刻としてはまだ昼下がりといったところ。


――しかし、歓楽街の盛況ぶりは、リズの予想を遥かに超えていた。


 街の至る所に立つ街灯が、魔力によって色とりどりの光を放っている。それだけでも十分、賑やかしさを超えて目には騒がしく映るのだが……

 酒を飲めない世代を除き、多くの老弱男女がこの歓楽街を出歩いている。すでに酒が入っているのか、赤ら顔のものも多い。昼間から街路各所にあるベンチにもたれかかったり、完全に横になる者の姿も。

 この有様に思わず圧倒されつつ、リズは街路の端へと身を寄せ、周囲の観察を続けていった。


 一つ気になったのは、魔族の姿が見当たらない点。良い店に入り浸っているのかもしれないが、少なくとも歓楽街の表には出ていない。

 ただ、それは当たり前かもしれない。魔族が出歩いていれば、このように気持ちよさそうに酔えはしないだろうから。

 そうした観点で考えれば、この歓楽街は人間のための区画のように感じられる。


 この広大な王都の大半、それも王城を含む領域が魔族の手にあることを踏まえれば、壁で囲われたこの歓楽街という区画は、一種の隔離区域のようでもあるが。


 最初は驚かされはしたものの、状況が飲み込めてくると、逆になんとなく呆れと辟易(へきえき)を覚えてきたリズ。

 とりあえず仕事は果たさなければと、彼女は宿探しに動き出した。

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