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第337話 王都バーゼルの門

 街道から離れた、名もなき木立で一夜を明かし……一行はヴィシオス王都バーゼルを視認できる小高い丘に到着した。

 当然のことながら、相当な大きさを誇る大都市である。リズ自身、そう自由に動き回った記憶などはないのだが、ラヴェリア王都に匹敵する大きさかもしれない。広大な土地は高い城壁で囲まれ、その外側にも町が広がっている。

 見たところ、城壁の内側にある王都本体へ、それなりに人々の出入りはあるようだが……荷運びの姿が多いようにも見受けられる。

「近隣からの捧げものでしょうか」と口にするリズに仲間たちが「なるほど」とうなずいた。


「辺境からもかき集めている……いや、自発的に納めているのだったか」


「領主は魔族に差し替わっているようだが、小さな集落までは、そうではないだろうしな」


 幸か不幸か、まだ自分の地位を奪われずに済んでしまっている集団の長など、このような世の中では生きた心地がしないだろう。

 真相はどうあれ、門に往来があること自体は好ましい。一人で通行しようものならば、相当怪しまれていたものと思われる。実際に門をそのまま通るかはともかくとして、門衛の目が普通の通行者に向いているのは重要だ。

 とりあえず、より正確な状況把握のために近づく必要はある。ただし……


「あの王都にも、魔族はいることでしょうが……」


「問題は、我々が同族に出くわした時、だね」


「話を合わせようにも、合わせられるだけのものがないからな」


「それを調達しに行こうという段階でもある」


 口々に言葉を発する仲間たちに、リズはうなずいた。仲間が魔族という種であることが活きる局面もあろうが、それを活かすための材料も必要だ。

 ブランドンをどうするかについても、一考の余地はある。ただ、彼もこの王都にはさほど行ったことがないということを踏まえれば、まずは隠れ潜んでの現状把握が妥当ではないか。

 結果、一同の同意を得て、リズは単独で王都へ向かうことに。

 先にこの国の辺境で買い求めた装いは、遠目に見たところ、この辺りの町娘とそう変わりはない様子。服装で怪しまれはしないだろう。


「それにしても、またしても君一人にしてしまうね」


「次からはニコラを誘いますよ」


 変装に卓越した友人の名を出し苦笑いするリズに、フィルブレイスは「それがいい」と柔らかな笑みで応じた。

 もっとも、ニコラの方も今はルブルスク王都での防諜等、情報戦で重要な立場にあるのだが。


 周囲の気配に気を配りつつ、木立から出てリズは進んでいった。

 やがて、誰にも見られていないところで街道に合流し、まずは一安心。変なところから出てきたと思われずには済む。


 だが……さすがに名だたる大国の王都へと近づくと、人との出会いは避けられない。

 城壁外周部の街に近づいてきたところで、彼女は別の通行人に出会った。荷車を二人の青年が引き、その前に背が少し曲がった老人。荷車の積荷には白い布が被せられている。


(行商ってわけでもないでしょうけど)


 少なくとも、これからビジネスへ行こうという空気ではない。いかにも、望まざる道を歩いているといった風だ。

 とりあえず、リズは少し気が重そうな顔を作って小さく会釈した。これに応じ、おそらくは作り物ではない気鬱な顔の老人、続いて青年二人も会釈を返してくる。


「お嬢さん、王都へは何の用事で?」


 しわがれた声だが、物腰は柔らかに訪ねてくる老紳士に、リズは小さくため息をついた。


「嫁いだ姉に、一度会っておこうと……その、こんなご時世ですから」


 もちろん、こんなところに住んでいる姉などいないのだが、彼女がしれっとついた嘘を、相手は疑いもしない。

 それからリズは、彼らと別れるのも不自然かと思い、一行と道を同じくした。一人で歩くよりもずっと遅く感じられる中、周囲にさりげなく視線と注意を向けていく。

 王都外周の街並みは、建物等に関して言えば普通である。普通でないのは街の雰囲気。人通りがないこともないが、一様に気が滅入った様子であり、街全体が塞ぎ込んだ空気に包み込まれている。


(この辺りを出歩く魔族はいないようだけど……)


 実際には、魔族はこちら側の街ではなく境界線上に居た。外周の街と王都を隔てる、見上げるような威圧的城壁。その門の前に、人間の衛兵らと魔族が数人。

 無意識的に身構えそうになるのを意識的に抑え込み、リズはあくまで単なる訪問者を装った。

 まずは様子を見ておきたい彼女にとって、幸いなことに先客が何組か見受けられる。同行した面々同様、捧げものに来たらしき一団もいれば、普通の通行人らしき者も。


 そこで一つ、リズの気にかかったのは、門での検査だ。

 貢物らしきものについては、その場で荷を改めている。魔族が偉そうに見張る前で、人間の門衛が粛々と各種検査を担当し……食料などは、無作為に抽出したものを毒見まで。

 また、金品の一部などは、ごく少量が魔族の懐に入り――そのおこぼれが、人間の衛兵の懐にも。飼いならすためのアメといったところか。


 その一方、捧げ物を持たない通行客については、やはり持ち物の検査程度はあるのだが、魔族はあまり興味を持っていないようでもある。

 そして、おそらくはこちらの方が――汚職の取り分を加味しても――マシな業務なのだろう。取り繕った表情に変わりはないが、ただの通行客を相手にしている門衛の方が、少し緊張感が弱い。

 リズはホッと一息ついた。


(押し通る事にならなくて済みそうね)


 ここまで同行した面々は、魔族の前で色々と荷を改められることになる。そちらよりは楽な道を行けそうなことに、若干の後ろめたさを感じないでもないが……

 彼らの荷よりもよほど、大それた物を内に秘めつつ、リズは同行者たちに小さく頭を下げ、静かな別れの挨拶とした。

 向こうも心得たもので、余計なことを言って失点を作ったりはしない。沈鬱な表情も、今では緊張で締まった真顔に取って代わられている。


 やがて「次」と、やや横柄な感じの呼びかけがあり、リズは門衛の前へ向かった。言われるよりも早く、リュックサックを降ろして彼の手に。

 荷物は本当に大したものが入っていない。着替えと食料、それにちょっとした小物程度である。面白みのない仕事をさせているものの、彼にとっては幸いでもあろう。

 この娘が何者か知ってしまえば、この場が血まみれになることは疑いないのだから。


 実のところ、魔族の前で事を荒立てたくないという思いもあったのかもしれない。事務的というよりは機械的に、手早く荷物検査を終えた彼は、やはりぶっきらぼうな調子で「行っていいぞ」と声をかけてきた。

 彼に向け、形ばかりの会釈をするリズ。


 と、その時。横合いから、場を取り仕切る魔族の一人が「待て」と制してきた。

 思わず跳ね上がりそうになり、それが自然な反応と思い直して体に任せたリズは、わずかながら声を震わせつつ「何でしょうか」と尋ねた。


「おい、小娘。イイ体をしているじゃないか」


 下卑た感じはなく、単に軽口のように声をかけてくる。これにどう応じたものかと考えるリズに、彼は続けた。


「稼ぎたかったら、歓楽街でも行くんだな。きっと金になるぞ」


 彼がそう言うと、同僚らしき魔族が品のない笑みを浮かべてきた。内心、辟易(へきえき)としたリズだが……


(そういう目で見られたのって、初めてかも)


 そんな事を思いつつ、彼女は「ご助言ありがとうございます」と、小さな声でそれらしく応じた。

――こんな時世でも金になる(・・・・)という歓楽街について、若干の興味を惹かれながら。

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