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第334話 暗闇の中の真実

 リズの下で案内人になることを承知した元敵兵は、名をブランドンと言った。見立て通り、かつては彼が部隊の指揮官として部下を率いていたという。任務の割合としては、ルブルスクとの国境での偵察が主だったとか。

 そこへ、国の頂点が入れ替わるような大事件が生じ、彼の上にも魔族が配されることとなった……というわけだ。


 旅の道連れを得てからしばらくして、リズたちは再び拠点を発った。転移により、先程の交戦地点へ向かうことに。一度訪れた地点であれば、自力の転移でも、彼女らの力量であれば問題にはならない。

 他の捕虜たちよりかは落ち着きを保って見えるブランドンも、自在に操られる転移には、その顔に少なからず驚きの色と不安が(にじ)み出した。


 彼との出会いの地へと転移で戻るに際し、実際に懸念がないわけではない。敵の他部隊に思いがけず鉢合わせたら……ということだ。

 ただ、あまり時間を置かずに戻ったこと、加えて先の戦闘時に《乱動(ランダマイト)》を用いて通信網から切り離したことで、敵を呼び寄せる事態にはならずに済んでいる。再び訪れた場所は、なんとも静かなものだ。

――枯れ木ばかりの山中、眼を見張るものといえば、置き去りにした敵魔族の遺骸ぐらいか。

 内心、「やってしまった」と思いつつ、リズは素知らぬ顔で木の葉をかき集め始めた。意図を察した仲間たち、それにブランドンも加わり、隠蔽工作する流れに。


(それにしても……こちらにいくらか、残っていただいても良かったけど……)


 無言で仲間の魔族を眺めるリズだが、彼ら協力者を敵地に置き去りにしてしまうというのも、いかがなものか。脳裏に浮かんだ考えは、罪悪感が伴うものに。

 実のところ、いずれルブルスク側拠点と、何かしらやり取りが必要になることもあろう。その時は自分が敵地に残り、協力者から何名か、ルブルスクへ転移していただくか。

……といっても、それはそれで問題があるのだが。いかに理解を得られているとはいえ、魔族だけをルブルスクに遣わせるというのは、間違いのもとになりかねない。

 関わるそれぞれの立場から、何かしら心情的な不都合もあろう。


 それに……今ではリズを指揮者として認めている、フィルブレイスら協力者たちだが、元はダンジョンという一国一城を統べていた魔王なのだ。

 それをメッセンジャーボーイ扱いというのは――


「どうかしたかな?」


 わずかな間の考え事も、それなりに付き合いがあれば気取られてしまうものらしい。何気なく尋ねてくるフィルブレイスに、リズは苦笑いを返した。


「いえ、人間の友人も連れてきた方が、向こうとのやり取りで便利だったかと思いまして」


「ああ……なるほど。君がどちらにいるかで、色々と変わってきそうだから」


「はい」


 できる限り身軽に動きたいという、合理的理由はある。逃げ足の利便を考慮し、同行者を抑えているのも事実だ。何しろ、敵国本拠へ潜りこもうという暴挙、信のおける友人だからこそ巻き込めないという気持ちもある。

 しかし、結局はそれも、表向きの理由でしかないのかもしれない。もっと根本には、できるだけ自分の手でこなしたいという想いがある。

 自身を取り巻く環境や状況はすっかり一変したとはいえ、根っこにある独立独歩主義のようなものは、そう簡単には拭えないらしい。

 自分でやりたがる自立心も、過ぎれば悪癖なのかもしれない。つくづく染み付いているそれを改めて思い知り、リズは力なく笑った。


(協力者の検討は、今後の課題ってところかしらね)



 新たに案内人を得て、一行は再び動き出した。目指すはヴィシオス王都バーゼルだ。

――支配体制が変わった今も、王都という呼称が正しいかどうか、というところではあるが。


 ヴィシオスについての情報源として、捕虜たちにはあまり過度な期待ができないという想定はあったものの、実際にはさっそく役立った。

 というのも、国や軍の在り方を俯瞰するような視点や知識・情報等からはほど遠いところにあった彼らだが、国境警備のあり方については文字通りの専門家だったのだ。

 ルブルスクからヴィシオスまでの道のりは、所々に峻険な地形もあって、道なき道ばかりといったところ。平時(・・)の往来においては、もっぱら《(ゲート)》が秘密裏に用いられていたという。

 山脈の間を縫う陸路がないわけではないが、現実的なルートはいくらか限定されたものに。そうした山道と要所の知識は、両軍ともに押さえているところであり……


 山間の警備の現実について、案内人ブランドンはヴィシオス側からの視座を提供してくれた。

 すなわち、実際にどのルートや地点を重点的に警備しているかについてを。

 彼によれば、鉢合わせにくいルートは残念ながら少し遠回りするものになるという話だが、背に腹は代えられない。捕虜を得た今、不用意な遭遇戦にさほどのメリットはない。

 加えて、いざ実戦となれば、ブランドンがお荷物になってしまう展開も想定される。となれば、彼に土地勘を活かしてもらうのが適切と言えた。


 彼の案内に従い、まずは山脈地帯を抜けようと進んでいく一行。

 相も変わらず暗く厚い雲が空を覆う下、山々には枯れ木の連なり。

 少し進んで渓谷に至れば、木々や木の葉すらない。命を感じさせる瑞々(みずみず)しさとは疎遠な、なんとも荒涼とした岩場が続く。

 道の険しさもあり、思わず気が滅入ってしまいそうなルートだが、ブランドンの案内は確かである。実際にそれらしい部隊と遭遇することはなく、何日か経過していった。


 そんな中でリズの胸中を悩ませたのは、これまでに始末した敵部隊に関し、敵側ではどのように解釈されているかということだ。

 今までにもいくらか小規模な衝突があったという話であり、そう心配することもあるまいが。

 一応、ルブルスクの最前線拠点からは、普段よりも厚く偵察の手を出してもらっている。これは敵の動向を察知するためという意味合いもあるが、むしろ動きを活発に見せることを意図しているものだ。

 消えた部隊は、この流れの中で倒されたのだろう、と。


 さて、険しくも安全(・・)な道を提供してくれている、このブランドンという案内人だが、実に寡黙であった。リズや仲間の魔族らに驚かされることはあっても、それ以外の感情が表に出ることはない。

 彼はただ実直に、案内人としての役割をこなし続けている。

 一度(くだ)った手前ということもあるだろう。


 しかし、口数も感情の動きも少なく、道案内に徹し続ける彼の姿勢そのものに、リズは少なからぬ想いを感じ取った。

 彼なりに何かしら、思うところあってこのようにしているのだろう。今や損なわれてしまった祖国、奪い取った魔族、捕虜となった部下たち――彼を取り巻く諸々への、何らかの強い思いがあって。

 そうした信念がきっと、今の彼を支えているのではないか、と。



 当初想定のルートよりは若干大回りし、山を越え谷を越え、案内人を加えて進むこと10日余り。

 リズたちは戦闘等の障害なく、無事に国境の山脈地帯を抜け出した。


 連なる山々の端から見下ろす光景は、これまでとは一線を画するものだ。見渡す限りの平野部には立派な川が流れ、川からは用水路が張り巡らされている。

 季節が季節だけに刈り入れが済んでいるが、明らかに田園地帯である。

 人を寄せ付けないような険しい道のりから一転、なんとも長閑(のどか)な風景が広がっている。


 この光景を目にし、思わずホッと口から吐息が漏れそうになるリズだが、そんな自分を意識して彼女はむしろ気を引き締め直した。

 ここで気を緩めてしまうのは早計である。だだっ広い農園が広がるとはいえ、ここから先は明らかに人間の生活領域と言える。敵兵がごくまばらにしかいなかった山地とは、また違う難しさがあることだろう。

 ブランドンにとっても、ここからはもはや職場とは言い難い場所であり、かえって案内しづらさはあるかもしれない。

 それでも、リズたちが完全に不案内であることを思えば、彼にはまだ助力を期待できることだろうが。


 そうして気を引き締め直したリズの中で、今度は何とも言えない感覚が渦巻きだした。

 結局のところ、暗黒大陸の大半を占めるヴィシオスの広大な版図も、実態はこうした田畑から成るものと言える。

 国土が農作物となり、人口となり、武力となるのだ。そこに疑問の余地はない。


 しかし、音に聞くヴィシオスの国土を実際に目にして、リズは改めて、ここに人が住んでいるのだということ、その営みを実感した。

 ヴィシオスという国の秘密の多さもあって、人の口に挙がるときは、半ば空想上の存在のようでもあったが――

 (とばり)の向こうに広がるのは、何の変哲もない当たり前。


 ここにも、人間が住んでいるのだ。

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