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第330話 次の一手

――敵の本国へ行こう。


 この提案を、リズ自身はかなり突拍子もないものだと自覚はしていた。

 一方、耳にした魔族らには、彼女が思っていたほどの衝撃がないように思われる。まずもっての相談相手としては適切だったようだ。

 それでも、少なからず驚かされる思いはあるようだが、先程の席で口にするより――姉の耳に入れてしまうよりは、ずっとマシだったことだろう。


 しばし反応をうかがい、口を閉ざすリズの前で、いくらかすると魔族らが言葉を交わし始めた。


「大体そのようなことではないかと思っていたが」


「実際に耳にすると、なんとも揺さぶられるものはあるね」


「現実的な考えではない……とも言いきれないが、問題はあるな」


「ともすれば、姉君の説得が一番非現実的な試みとなるかもな」


 これはリズの胸中に占める難題であり、彼女は魔族らにつられて思わず苦笑いしてしまった。


 しかしながら……実のところ、情報戦ということを考えると、自分たちの準備をあまり明るみにしたくはない。

 心情的な理由もあって、あまり手の内の底にあるものを、あの姉に知られたくもない。

 となると、説得は今から骨が折れそうな難題であった。


 もっとも、先に同意を得ておくべき相手は、リズの目の前にいらっしゃるのだが。


「本件に関し、皆様方から何名か、私にご同行いただくことになるかと思われます」


 すると、魔族らは顔を見合わせた。ピンと張りつめた緊張の中、リズは息を呑み――

 口を開いたのはフィルブレイスであった。


「人数の目安は? 絞り込むのであれば、選定基準も明らかにしておくべきだろうけど」


「それは……」


 淡々とした問いに、リズは言い淀んだ。


 あまり大所帯で行くわけにもいくまいが、そもそも敵本国への潜入である。彼女が想定するごく少人数でさえ、手が挙がらないのではないかという懸念があった。

 というのも、彼ら魔王たちはダンジョン運営に長い時を費やしており、自らの手で荒事をするのは向いていないからだ。ヴィシオス行きについては及び腰になろうとも、それを責めるわけにもいかない。

 一方で、この協力者たちを侮り軽んじるのも、いかがなものかという想いも。


 こうした、相反する想いを胸中に(いだ)き、揺れるリズであったが……フィルブレイスを代表とする魔族らの様子を見す限り、彼らはリズの予想を超えて意欲的のように感じられた。

 それこそ、希望者から絞り込む必要がありそうな程度には。


「前向きにご検討くださっているようで、大変ありがたくはあるのですが……よろしいのですか?」


「よろしい、とは?」


「いえ、提案者が申し上げるのも何ですが、大変に危険な任務と思われますから」


 やや控えめな態度で、魔族らの様子をうかがうように口にするリズ。いくばくかの沈黙が流れ……幾人かの魔族が不意に吹き出した。


「一番危険な目に遭いに行くのが君だろうに!」


「イヤ、しかし……意外と我々に危険を押し付ける腹積もりであったのかも」


「それはそれで、気になるところではあるな」


 と、軽口を叩き始める。

 しかし、こうした軽妙さの中には、リズを主導者と認める雰囲気も確かにあり……彼女は深く頭を下げた。

 とりあえず、人員選定は後にするとして、まずは潜入にあたっての構想を示さなければ。居住まいを正し、彼女は自身の考えを打ち明けていった。


「まず、おさらいですが……先般の敵拠点攻めは、敵方に対する揺さぶりであり、本国から何かしらの応手を誘おうという意図がありました」


「補充要員に、より強力な魔族がいれば……それこそ幹部クラスの視察でもあれば、という話だったな」


「はい。いずれ倒さねばならない相手ならば、どうにか本国からおびき寄せて、と。実際に相まみえることで、得られる情報や経験というものもありますし」


「しかし……向こうは手勢を世界中にまき散らすわりに、対応は遅いように思われるな」


「ですので、今回は別方面でアプローチをと、敵本国への侵入を考えました」


 ここまでの話に対し、大きな反論は上がらない。

「もう少し拠点攻めを継続し、様子を見るのも手と思うが……」という慎重な意見も上がるが、これにはすぐに異論が。


「いや、先の会議では、これ以上の継続に懐疑的だっただろう?」


「そう言えばそうだったな。改めて継続を提言するのも、少し不自然ではあるか」


 実のところ、自分たち以外の実力者らもまた、今までの動きを続けることについては、効果を疑問に思っているだろうという想定がある。

 だからこそ、こちらから動くならば何かしら新しい企てが求められるところであり……


「実現性を認められる構想であれば、他の方々も否とは言えないと考えています」


「確かに。手をこまねいてはいられんという思いはあるだろうしな」


「それに、長くお休みをいただいてしまった事実もありますし」


 禁呪習得のためにと、ある程度まとまった時間を費やしてきたことを引き合いに出し、リズは苦笑いを浮かべた。


「強くなってまでさらなる苦労を背負い込もうというのだから……いやはや。恐れ入るね」


「いや、それでこそ、というものだろう?」


 では、いただいたお休みに見合う成果を、いかに出していくか。具体的な計画を口にするにあたり、リズは「具体性を欠く計画」であることを素直に認めた。


「何分、情報が少ない場所への潜入ですから」


「そもそも、よくわかっていないからこそ、忍び込む価値があるわけだ」


「はい。一回の潜入で全容が知れるとも思えませんし、何回か繰り返す必要はあるものと思います」


 つまるところ、よりよい潜入計画を立てるためにも潜入が必要になるという話だ。

 ただ、現時点でも完全に無策で無謀というわけではない。転移に長けた魔族を連れていく事は、いざという時の安全と利便に大きく資することであろう。

 それに、今や魔族が幅を利かせているというかの国においては、魔族であることそれ自体が、諜報上の大きなメリットになる可能性もある。


「なるほど。ヴィシオス指導層に(つな)がる風を装って、現地の人間から何かしら引き出せれば……」


「下々にはさほど重要な情報が流れていなさそうではあるが」


「それでも、無いよりはマシだろうよ」


「国外に回される者と国内に残る者とで、扱いが違うかもしれないしな。少なくとも、そういった実態を知る意味はあるか」


 話が進むにつれ、興が乗ってきたようだ。仲間たちが盛んに言葉を交わし合う。


 仮に、今回の潜入でさほど重要な情報を得られずとも、次に繋がる下調べとしての意味はあろう。

 だとしても、相当のリスクを負う仕事には違いあるまいが。


 そういった難局に対応できる人材選びということで、リズはいくらか重要なポイントを提示した。

 まず、いざという時の実戦に、ある程度は対応できる事。ダンジョンを制覇するような猛者を相手に、手合わせした経験などあれば好ましい。

 あるいは、ダンジョンに挑んだ曲者相手に、機転を利かせて対応した経験などがあれば。

 他には、ヴィシオス現地の人間に対し、素知らぬ顔で”いかにも”な魔族らしい対応をできること。芝居次第で、良い情報を得られるかもしれない。


「後は……私と気心知れている方が、いざという時は話が早いでしょうか」


 とはいえ、リズとの関わりが長いということは、マルシエルとの関係もそれなりにあるということだ。特にフィルブレイス・ルーリリラの両名は、人間社会に対しても協力的な魔族にとっても、今や欠くべからざる懸け橋の一つでもある。

 この二人を一緒に連れていくとなると、他で差し支えが出る可能性は高い。

 そこでリズは、フィルブレイスに同行を依頼。ルーリリラには引き続き、人間社会側に残ってもらうように頼んだ。


「忍び込むにあたって、総勢4・5人が適当でしょうか。選定についてはフィル様に一任できれば」


「それがいいだろうね。私の方が、同胞の事は把握できているつもりだし」


「助かります」


 まずは重要な仕事を預けて荷が下りた気分のリズだが……イスに深く身を預け、天井に向いてため息をついた。

 彼女の後ろから両肩に手が伸び、優しく揉み解してくる。


「難しいお顔をなされていますが……何かまだ、他に懸念事が?」


 柔和に、しかし心配そうに尋ねてくるルーリリラに、リズは力ない笑みを浮かべた。


「姉上への説得を考えないと……こればかりは、人任せにできませんし」


「それは……そうですね。私などが口を挟むような事項ではございませんし」


 よく(わきま)えているこの友人は、ただ口を閉ざして肩もみを続けた。

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