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第329話 向こうを見ずには語れない

 リズに同行する魔族らは、人類としては貴重な情報源だ。敵の魔族の今を知らずとも、(たもと)を分かった過去と、同族としての見識を伝えてくれる。

 そして、彼らの他にも情報源として価値ある存在はある。これまでに捕えてきた捕虜たちからの聴取で、敵の今の情報がまとまってきたとのことだ。

 サンレーヌ所属の若い武官が立ち上がり、その旨を口にしていく。


「やはりと言いましょうか……大魔王ロドキエルが現在のヴィシオスの頂点に立っており、末端の兵もその存在を認識しております。大魔王の側近は魔族で固められているとのこと」


「しかし……かつての大乱で、あの大魔王が倒されたと、ヴィシオスの民も理解はしているのでは?」


 実のところ、600年前の大乱において打倒した大魔王が分身体でしかないということは、ごく一部の国家では秘密裏に連綿と受け継がれている。国際的な情報共有により、各国指導層ではもはや共通認識だ。

 だが、そうした情報の輪から離れたヴィシオスにおいて、新たな支配者が実際にどのように認識されているかは微妙なところ。


「実際、今の支配者が例の大魔王であるか、ヴィシオスの兵卒の中でも見解は分かれるところといった様子ですが……従わせるだけのものがあるというのは、間違いないようです」


「なるほど」


 事の真相がどうあれ、人類一丸となって立ち向かわねばならない大敵というのは確かなところだ。

 ヴィシオスにおける魔族の支配体制は、当然のことながら軍にも及んでいる。そのためか、捕虜から得られる情報は断片的だ。いずれの兵も雑用か実戦に回されており、それは士官も同様。同じ人間を指揮するのが関の山で、戦術や戦略に関わる機会などまずないという話だ。


「人間の将帥や高官は、残っていないのか?」


「残念ながら、そういった情報は聞き出せておりません。仮に人間の高級将校がいまだ存在するとしても、直接的な配下は持たされておらず、孤立した状態にあるものと思われます」


「兵卒が上の事を把握しきれていないという事実が、まさに情報網が限定されている証左とも言えるな」


「はい」


 この見解は、リズも納得できるものだった。

 魔族による支配体制に反発し、クーデターが引き起こされるも、結局は見せしめにしかならなかったという。

 ただ、人間の高官の全てを皆殺しにしたというのは、少し考えにくい。支配したヴィシオスを国として機能させるため、いくらかは勝手を知る者を残すのが適切ではないか。

 それでも、高位にある武官を遊ばせる油断はせず、本来の指揮命令系統から切り離して飼い殺している――というのは、かなり妥当な見立てであろう。


 とはいえ、仮に人間側将官が健在だとしても、向こう側から人類としてのアプローチは期待できないだろう。

 やるならば、こちらから忍び込んで――といったところか。


(それが許されるなら、直接殺しに行った方が早いかも。だけど……)


 一人あらぬことを考え始めたリズの前で、会議は進行していく。


 彼女らの働きでまた一つ砦を攻め落とすことができたが、攻略対象になりえる要塞はまだまだ多い。

 その中から、過去の文献を精査し、新たに地下通路の存在を確認できたもの。文献をもとに、現地偵察要員が隠し通路を実在を確認できた、”手ごろな物件”がいくつかあるという。


 しかし、こうした拠点攻め戦略自体、リズが言い出した事ではあるが……何しろ連日にわたっての出撃である。

 よって、仕事を無理に押し込もうなどということはなく、最終的には実行者たるリズの判断に委ねられるのが、いつもの流れだが……


「どうかなされましたか?」


 自身に向けられた声に、リズはハッとした。


「申し訳ございません、少し考え事を」


「この場でお話出来ることでしたら、どうぞご遠慮なく」


 この場に集まる面々からも一目置かれるリズの考え事だけに、じっと関心の眼差しが寄せられるも、彼女は控えめな態度で頭を下げた。


「いえ、時期尚早と言いますか……愚にもつかない考え事ですので。それで、次の攻略対象の話でしたか」


 話の矛先を戻すリズだが、そこへアスタレーナが口を開いた。

「まずは現段階で一段落として、相手の出方をうかがっては?」と。


「無論、怪しげな動きが確認されれば、その対処に動くことになるとは思いますが……」


「可及的速やかに奪還しなければならない拠点、というわけでもありませんしな」


 実のところ、取り合いの的となっている拠点というのは、人間にとっても魔族にとっても戦略的価値が低いものだ。いずれも遺棄されていたところを不法占拠された拠点でしかない。

 現に、リズたちの手で砦を攻め落としはしても、兵を投じて取り返すところには至っていない。人里離れて放置されていただけに、当事国にとっては取り返しに行くだけのリスクを負いづらい現状がある。そのため、元通り打ち捨てられた状態に戻しているだけの事だ。

 無論、敵を追い出した要塞近辺に密偵を忍ばせ、敵の再展開や後釜が来ていないか、その動向を注視するぐらいのことは実施しているが。

 こうした拠点攻めは、あくまで敵の出方をうかがうことと、捕虜の確保。そして敵方への揺さぶりが目的である。


――少なくとも、この場にいる面々の共通認識は、だが。


 捕虜からの情報にしても、今後はさほどの新情報が期待できなくなると考えれば、戦果を急ぐ必要も薄れてきているところではある。


 そこで、拠点攻めについては一時休止ということで話がまとまった。リズとしては願ってもない話である。

 会議が一段落し、彼女は友人である魔族を引き連れ、席を立って会議室を後にした。


 すると、部屋を出てすぐに「待って」と呼び止める声。振り向けばアスタレーナがそこにいる。


「何?」


「いえ、最近あまり休めていないでしょうから、少し心配で」


 かくいう当人も、ここサンレーヌで各国の要人と連日の会議を行い、かと思えばラヴェリアへ戻って仕事し、時にはルブルスクへ情報交換と慰労に向かうことも。

 人類でもトップレベルに忙しい一人のはずだが、そういった苦労をおくびにも出さないあたりは、さすがというべきか。

 あまり弱いところを見せたくはない……というより、見せるわけにはいかないという使命感のようなものは、リズにも確かにある。確かなシンパシーを感じないでもない。

「姉上も休めてないでしょ?」と、特に含むところなく口にするリズだが、アスタレーナはもう少し別の事を考えていた。


「あなた、世界中を行ったり来たりで、昼夜の別がないものだから……具合悪くなったりしていない?」


「それはお互い様なんじゃ……」


 思ったことを口にして切り返すと、普段は冷静沈着な姉が、ややバツの悪い顔に。

 それから彼女は、何か考え込む様子を見せ、若干ためらいがちに口を開いた。


「さっき、口にはできない考えを持っているようだったけど……私にも言えない?」


 尋ねる姉に、リズは首を横に振った。これを受け、彼女の傍らの魔族らに目を向けるアスタレーナだが……何も知らされていない魔族らもまた、首を横に振るばかり。

 アスタレーナは一度目を閉じ、小さくため息をついた。


「リズ」


 親しみとはまた違う感情を乗せた愛称に、リズはわずかに身構えた。


「何?」


「言えるようになったら、話してね。一人で溜め込んじゃ駄目よ」


「……姉さん以外に話すっていうのは?」


 実際、腹が決まったのなら言うべきとは思いつつも、言いたくない気持ちもある。

 そうした迷いを胸にするリズの前で、姉は柔らかな微笑を浮かべた。


「あなたに身近な相談相手がいるということは、とても嬉しく思う。でも……聞かせてもらえないっていうのは、少し寂しいわ」


「……わかった。きっと話すわ、姉さん」


 これに満足したのか、アスタレーナは優しい笑みを浮かべた。


――この姉の柔和な笑みを前にして、心の中にある愚考を推し進めることに、リズは思わずためらいを覚えかけた。


 やや後ろ髪引かれる思いを胸に、リズは仲間たちを引き連れて歩いていく。

 魔族ご一行とともに入ったのは、城内に宛てがわれた貴賓室の一つだ。協力的とはいえども魔族という身分上、あまり城外を出歩くわけにもいかないことと、人類側としての誠意や敬意を表しての待遇である。


 ダンジョン生活の長いこの魔族らだが、ユーモアがあって意外と話し上手なところも。

 生活に不自由しないようにと部屋にほぼ常駐する給仕たちも、最初の緊張はすでになく、かなり打ち解けた様子でいる。

 ただ、彼ら一般人を追い出しての密談を行うこともままある。


「申し訳ありませんが、一度外していただけませんか?」


 柔和な給仕たちも、リズの言葉に表情が少し硬くなる。決して理由を問うことはなく、「かしこまりました」と恭しい態度で、彼らは部屋を出ていった。


 人払いを終えたリズは、大きなため息をついて、手近なイスに身を預けた。魔族らも各々が適当なイスやソファーに座っていく。

 体は寛いでいるものの、リズの発言を待つ奇妙な緊張感が場を満たす。


 そこで、まずは付き合いの長いフィルブレイスが口を開いた。


「姉君に言えなかった話かな?」


「ええ、まぁ……あなた方なら引き止めはしないと思いますが」


 思わせぶりな言葉に、空気が一層張り詰めていく。

 そしてリズは、はっきりと口にした。


「ヴィシオスへ行こうかと思っています」

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