第328話 作戦拠点②
城壁の外と違い、内側の市街では出歩くサンレーヌ市民の姿が散見されるが、平時に比べればずっと少なくはある。
もっとも、あまり目立ちたくはないリズたち一行にとって、人通りの少なさは好都合ではあった。
彼女らも慣れたもので、この市街において人通りが少なく、かつ出歩いても怪しまれない通りは把握できている。そそくさと足早に、誰もいない街路を通り抜けていく。
そうして一行は、市外に囲まれるようにしてそびえたつサンレーヌ城に、何事もなく到着した。
皮肉なことに、あまり好ましくはない静けさが優勢な市街と比べ、城の近辺は妙な活気がある。
世界各国から外交や軍事に関わる者が詰めかけ、人とともに情報もまた、とめどなく送り込まれているのだ。
城の入口を守る衛兵も、相手の身分照会で休む暇がない。こういった世情だからこそ、不穏な輩の侵入を許すわけにはいかない。
それに……このハーディング領で起きた革命の記憶も新しく、重要な教訓となっているのだ。
入城にあたっての確認作業は、当然のようにリズたちも対象としている。
とはいえ、彼女らはある意味ではかなりの有名人だ。決して間違いが起きないようにと、衛兵たちにもよく知られた存在でもある。
いつもの流れで、魔族らが肌身離さず所持している通行証――マルシエル議会の承認印でもある――を提示すると、謹厳な衛兵は「どうぞお通りください」と深く頭を下げた。
城の周囲と同様、内部も行き交う人の流れと、そこからくる各種の音がゆとりある空間を満たしている。その流れに乗るように、リズたちは早足で白亜の城内を進んでいく。
彼女らが向かった先は、城内の上層にある一室だ。一行の入室とともに、厳かな表情の面々が、フッと緊張を和らげる。
大きなテーブルが中央に置かれた、この広い会議室には、各国の軍事や外交の関係者が参席している。
その中にはリズの姉、アスタレーナの姿も。彼女自身、差し出がましい振る舞いをしているわけではないのだが、この場の中心人物の一人ではある。
この集まりは、国際的な軍事協力体制の構築と、その運用を目的としたものだ。
ただ、情報のやり取りに比べれば、現実の軍勢を動かすのにどうしても手間や時間はかかる。こうした実際の武力をいかにスムーズに連携させ、運用するかというのも、この国際会議の重大な議題の一つである。
そんな中にあって、リズたちのように機動的な飛び道具の存在は、各国の軍事関係者から大いに期待と関心が寄せられているところだ。
まずは会議を預かるサンレーヌ出身議長より、リズたちへ労いの言葉が。
続いて、リズからの簡潔な第一報という流れになったのだが……新情報という意味では、あまり芳しい報告ではない。
「これまでに仕掛けた要塞同様、何か目新しい発見はありませんでした」
「となると、捕虜からの聴取待ちとなりますな」
とは言ったものの、実際に仕掛けた側として言及すべき事項もいくらかある。
「過去に攻略した要塞と比べると、警備体制はそれなりのものであったように思います」
「敵方でも、一連の動きが周知されてきているということでしょうか」
「要塞指揮官の気質によるものという可能性も否めませんな」
「そのあたりについて、ご意見あれば伺いたいのですが……」
やや遠慮がちな問いかけが、リズの傍らにいる魔族たちへ。尋ねる彼につられて、場の視線も集まってくる。
このような席に出る人材ともなれば、リズの戦友たる魔族に対して偏見を抱くようなことはなく、重要な協力者として正当な態度を取っている。
しかしながら、尋ねられた魔族らはというと、慎重であった。
下手なことを言えば、互いの信頼関係に傷を入れかねない。立場が灘しい魔族としての自己防衛という意味合いも。
そして……こういった席で言葉を探すのが、彼ら自身が指揮者として認めるリズと、この場の一員として受け入れてくれている面々への礼節の表れでもある。
ややあって、魔族代表としてフィルブレイスが静かに語り出した。
「私の所見としては、あなた方が言うところの個人主義を煮詰めたものが、魔族らしさに当たるのではないかと思う。こうして人類側に味方するのも、それぞれの自由ということでね」
ちょっとしたユーモアを含めての言葉に、場の空気が少し緩む。
「実際に、あちら側でどのように兵を動かしているのか、正確なことはわからない。ただ……連中にとって絶対的な君主が誰なのかを明白にしつつも、遠く離れたそれぞれの戦場で、細々とした統制までは行っていないように思う。だからこそ、要塞指揮官それぞれの個性が、防衛体制に出てくるのでは」
「中枢としては、放任主義を取っているということですな」
「断言はできないけど、魔族としてのありようを考えれば、それが現状について妥当性のある解釈だと思う」
しかし、ここで別方面から疑問の声が上がる。この場の誰よりも世界を俯瞰してきたであろう、アスタレーナの発言だ。
「現場同士の連携がないのは、確かに事実と思われます。その一方、ヴィシオスという大国が事実上、魔族の支配下に置かれるにあたり、相当に遠大な計画があったとも思われます。魔族として、これら二つの事実は、両立し得るものなのでしょうか」
この問いかけのあと、場がスッと静まり、視線は再びフィルブレイスへ。
アスタレーナの問いかけ自体、純粋な疑問といった響きがあり、一介の魔族としての見識を疑うような棘はなかった。
この疑問にフィルブレイスは、「伝聞ばかりで申し訳ないのだけど」と前置きした。
「過去の大戦で人類側に立った祖父によれば、あの大魔王ロドキエルは相当な策略家という話でね。些末な部分は下々の勝手にさせるとしても、自らが企てた部分に関しては、かなり強権的だったという」
「今回、ヴィシオスの支配者に成り代わった件についても、強権的に推し進めた策謀の結果ということですね。その策に、魔族という自由人を従わせ続けるだけの何かが、かの大魔王にはあるということでしょうか」
「その辺は、少し議論の余地があるかも知れない」
そう言ってフィルブレイスは考え込んだ。
少ししてから、大魔王が魔族らを従えている要因について、彼はいくつかの考えを並べあげていった。
まず、大魔王本人によるカリスマによるもの。歴史を紐解いても、顕界の人間社会に対する大規模な侵攻計画を実現させたのは、あの大魔王ロドキエルただ一人である。
個体差はあれど、おおむね自尊心豊かな魔族らにとっても、彼を偉大な魔王として認め称揚するには充分な壮挙だ。
前回の試みが、最終的には敗退という結果に終わったとしても。
また、魔族には個人主義という傾向が確かにあるのだが、自分が認めた相手であれば素直に味方し、あるいは付き従うこともまた自由である。
フィルブレイスやルーリリラを始めとする魔族が、リズに協力的なのがまさにそれであり、彼ら魔族の先祖が人類側に付いたのも、リズの先祖に惹かれるものがあったからと言って良い。
「ロドキエル配下の魔族にしても、特にその側近レベルであれば、従わせているというよりは従っていると言った方が適切かもしれない」
「そう聞きますと、我々とさほど変わりませんな」
「そう言ってもらえると嬉しいね」
肩肘張らない魔王の一人が応じ、場の空気が少し和やかに。
その後、フィルブレイスはもう一つ、大魔王と配下の関係性についての考えを口にした。
「私は行ったことがないのだけど、魔界も魔界で勢力争いがあるようで……この顕界での勲功争いは、向こう側での地歩を固めるための一面もあると、祖父から聞いたことがある。今回もそういう面はあるだろうね」
「ということは、中央から離れた現場で、連携せずにそれぞれが孤立しているのは……」
「競い合う機会を与えるという口実の元、指導層が放任している。一方の現場では、手を取り合うという発想に至っていないか、まだその段階ではないと認識して様子見しているか……いずれにしても、何かしらの利害の一致や合意があるのではないかと思う」
と、そこまで言った彼は、「あくまで私個人の所見だけど」と、申し訳程度に付け足した。
ここまで話を聞いたリズは、ありそうな話ではあるように考えた。
下々には他のところで好き勝手やらせておくという方針が、人類としては決して無視できない動きとなりつつ……その背後で何か、事を進められているのではないかという懸念がある。
配下を些末な拠点に飛ばすだけが、相手の戦略の大部分などと、そのようなことはありえない。敵には何か、真に秘めたる思惑があるように思えてならないのだ。
ヴィシオス本国から離れて動く現場の魔族らについても、結局はヴィシオスで進行しているかもしれない”何か”を覆い隠す煙幕でしかないのではないか。
(その尻尾だけでも掴めたらいいんだけど……)
それこそを自分の仕事を認識するリズだが、道は未だ遠大であるように思われる。
少なくとも、このままでは。




