表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
332/429

第327話 作戦拠点①

 《乱動(ランダマイト)》による転移・通信封じを意図して魔王らに協力を依頼したリズだが、彼ら同行者の存在は撤収の利便を図ったものでもある。

 幸いにして緊急時の離脱が求められる事態には陥っていない。彼らによる転移は、専ら行き帰りの平常運航だ。


 魔族の手で、いずことも知れないところへ飛ばされることに、捕虜となった砦の守備兵らは、さすがに複雑な表情をしている。

 とはいえ、どこに飛ばすかを彼らに明かしてやる義理は、少なくとも今のところはない。

 おそらくは問題ないとはいえ、《乱動》を解いたばかりである。こうした奇襲の動きを察知されているのなら、何かしら対策を用意されているとも限らない。

 となると、作戦の根拠地を明かすのは、どうにも不用心に思われるのだ。


 ただ、無言の捕虜たちは心配そうにしながらも、目の前で進む転移の準備に対して拒否感をあらわにはしていない。

 彼らも彼らで、この場に留まる理由などない。その上で、自分たちの立ち位置についても、ある程度の理解はあるのだろう。


 果たして、ダンジョンを自在に操る魔王ら手ずからという、なんとも贅沢な転移門が現れた。煌々と輝く魔法陣の上に出来上がったのは、周囲の夜闇よりもなお黒い漆黒の渦だ。光さえ呑み込んで空間を捻じ曲げ、遠く離れた地へ(つな)ぐ。

 自分一人、あるいはごく少数とともに転移するのであれば、この魔王らにとって造作もないことではあるが……誰でも通れるような《(ゲート)》を即席で設置するというのは、彼らの力を以ってしても中々骨である。


 そこで、これが本当にうまく機能していることを確認し、捕らえたばかりの連中にも安心してもらうため、門を試しに通ってみることに。

 拠点攻めの帰りはいつもこのような流れでもある。魔族の一人がスッと歩み出て《門》の中へ。

 彼が黒い渦に呑まれ、影も形もなくなって数秒。張り詰めた緊張の中、彼がこちら側に再び姿を現した。


「問題なく向こう側に到着できた」


 この言葉に、場の空気が弛緩するのをリズは感じ取った。

 元から緊張しっぱなしの捕虜たちが、目の前で魔族の姿が消えたことで、より一層の緊張を示し――彼が無事な姿を現したことに、若干の安堵を抱いているのだ。

 元は敵ながらも、こうした人間らしい心の動きを示す彼らに、リズは少しだけ表情を綻ばせた。

 蛇蝎(だかつ)の如くに疎まれる、あのならず者国家ヴィシオスの兵だが……少なくとも下々の多くは、こういった人間のままなのだ。


「じゃ、行きましょうか」


 それぞれ縄で繋がれた上、もはや抵抗する素振りさえ見せない一集団の前に立ち、リズは黒い渦の中へと歩を進めていった。


 繋がった先は、頭上に暗雲が広がっているとはいえ、先程よりはまだ周囲が明るく見えた。

 ただ、広い草地は損傷したフェンスで囲まれており、開放感よりも殺風景という言葉が似あう。

 ここはサンレーヌ郊外、飛行場近くの空き地である。


 一帯取り囲むフェンスは、飛行場の上空に《門》が生じて魔物が送り込まれた際、バリケード代わりに使われて損傷したものの流用である。

 当初予定よりも飛行船の離発着が限定的であること。飛行場に現れた《門》を除けば、ラヴェリア近隣の地方ということもあって、本格的な魔手には(さら)されていないこと。

 そしてなにより、人類側の情報集積地になりつつあるサンレーヌという土地柄が、捕虜を捕らえて連れ帰るのは好都合であった。


 まずは先んじて《門》を出たリズに続き、魔王らが控えめに囲う形で続々と、捕虜が空間を渡って人類側の領域へ。

 見渡しても間に合わせのフェンスしかない場所だが、それでもあの砦よりはずっとマシなのだろう。張り詰めていた空気に、リズは今日一番の緩みを認めた。

 もっとも、これで軽口を叩くようなことはないのだが。


 全員が《門》を通り終えると、用済みになった渦が自分自身を呑み込むように収縮し、あっという間に消失。

 《門》の後始末までを見届け、リズは一団を先導して歩き出した。


 程なくして前方から、数騎の騎兵が彼女らの元へ。流れるような動きで下馬すると、兵長らしき豊かな髭の人物が頭を下げた。


「無事のご時間、なによりでございます」


「ありがとうございます」


 さすがに兵を任される立場ともなると落ち着いたのものがあるが……彼の部下には、若干の硬さが見て取れる。

 それは無理もないことで、リズはサンレーヌにとって深い間柄の存在であり……しかも引きつれているのは魔族と、捕虜ながら悪名高い国の兵なのだ。


 さて、やってきた兵によれば、彼女の不在時に火急の事態は生じていないとのこと。この合流は、あくまで礼遇の一つとしてのお出迎えである。

「よろしければお使い下さい」と馬を勧められるリズだが、彼女は丁重に断った。

「急いで帰還し、申し伝えるべき事項もありませんので」と。


 実のところ、魔族を討ち取ることでいくらかの経験を経た彼女だが、有益な情報ということであれば後ろの捕虜たちの中にこそ、その価値がある可能性がある。

 となると、捕らえた責任者として、彼らを差し置いてまで自分一人が戻るだけの理由が今はないのだ。

 そもそも、彼女はあまり馬に乗らないという事情もあり、兵長はすでに耳にしていたのだろう。無理にと押し込んで勧めることはなく、「そういうことでしたら」とあっさり応じた。


 彼ら騎兵も伴って道を進み、やがて一行はサンレーヌに到着した。

 城壁の外を出歩く住人はほとんどいない。城下町の壁を出入りするのは、非武装者という括りでは商人が関の山だ。

 その商人にしても、今ではサンレーヌ市政や軍と浅からぬ協力関係にあり、有事の対応者という区分に入る。

 よって、城壁近くに見慣れない装いの兵をぞろぞろ連れ歩いても、不穏なざわめきが生じることはなかった。


 すでに何度も、こうした戦果(・・)を連れ帰っているということもあって、城門を守る兵も慣れたものである。

 リズの帰還に、まずは実直ながらの喜ばしさある笑みで歓迎。挨拶もそこそこに、捕虜の受け入れが粛々と進んでいく。

 引き継ぎも済み、とりあえず荷を降ろし終えたリズは、ホッと一息ついた。


 ただ、帰ったら帰ったで、まだ気が抜けない状況にはある。

 というのも、サンレーヌの為政者らや各国からの出向者はともかくとして、リズが率いる魔族のことは、市井にまで存在を知られてはいないからだ。

 彼ら魔族について、もとはマルシエル議会が世話をしていた。しかし、世界を股にかけての奇襲作戦をかけるとなると、重責ある者が各国から集うサンレーヌを拠点とした方が何かと都合が良い。

 そうした作戦上の利便を優先したところ……明かす訳にはいかない身分の者として、この街でコソコソ動かざるをえなくなったというわけだ。

 リズ指揮の下で彼らは、生半可な将校では太刀打ちできない貢献をしているのだが。


 そういった、彼らの働きぶりについて、街の安全を預かる門衛もしっかり理解しているらしい。最初は物怖じしたものだが、重ねて戦果を上げて戻る一行に、今では敬意に満ちた眼差(まなざ)しを向けている。

 とはいえ、目深にフードをかぶるなどして身を隠さんとする魔族らに、申し訳無さそうに思う気持ちもあるようだが。


「できることならば、皆様方の貢献もまた、世に知られるべきとは思うのですが……」


「私も同じ気持ちですが、今は難しいですね……」


 世間話と言うには感情のこもった言葉に、リズは共感を(いだ)くとともに、この先のことを思案した。

 一連の奇襲について、相手もいくらか察知はしているだろうが、だからといってこちらから明るみにするわけにも。

 どうせやるならば、相手の反応を誘う形での、何らかの暴露だが――


 これは、協力への感謝というより、軍略の一環というべきものであろう。

 つくづく、敵を出し抜いて勝つことにばかり思考が向かう。それが求められているということもあるだろうが……

 そういう自分を意識すると、ここまで連れ添ってくれている魔族らに対し、にわかに申し訳無さが募ってくる部分も。

 しかし、彼女がチラリと視線を向けてみると、魔族の協力者たちは何一つ気にしていない様子だった。


「安心するがいい。隠れ潜むのは慣れているぞ」


「フフッ。何しろ、我らは百年単位での引きこもり連中だからな」


 と、俗世から切り離されていた面々が、そうとは思えないほどのユーモアを見せる。


 彼らの祖先は、同族を裏切って人の側についたという。

 今を生きる彼らの、その振る舞いは、「なるほど」と思わせるものであった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ