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第326話 人生の選択

 この砦を占拠した敵部隊の中で、おそらくは最上位の二名を始末したリズだが、息つく暇はない。

 その二名に対し、迅速に片をつけようという決断のツケが回った。戦闘音どころではない騒ぎで、すでに他の兵の知るところとなっている。

 混迷の中にありながらも敵兵が対応に走り、闇の中で騒々しい包囲が狭まりつつあるのがそれとわかる。

 もっとも、これを黙って待つリズでもない。


 彼女は殺したばかりの魔族――おそらくは部隊指揮官――に魔力を伸ばした。その衣服に刻み付けた《念動(テレキネ)》が、物言わぬ体を宙に浮かせる。

 今や崩落した指揮官用執務室を亡骸とともに出た彼女は、次いで通路の角に倒れ伏す護衛の遺骸にも同様に、魔力の手を伸ばして宙に浮かせた。


(二人分ともなると、結構重いわね……)


 何かと便利な《念動》ではあるが、人体を持ち上げる用途は考慮されていない。予想以上の負荷を覚えつつ、彼女は宙に浮かせた二体を、穴が開いた壁から外に出していく。

 これら二体をこれ見よがしに照らし出す、《霊光(スピライト)》の明かりも添えて。


 狭まりつつある包囲、聞こえてくる声の波にリズは変化が生じたのを認めた。さながら首級のように(さら)したことが、早くも活きてきたようだ。

 そして彼女は――若干迷った後、相応の力を示した敵への敬意を優先した。要らない努力をしているとは思いながらも、空中でいきなり魔力を切り離して落とすことはなく、二体をゆったりと地に近づけていく。

 やがて、ふんわりと二つの亡骸が地に寝かされ、その様を魔力の明かりが闇夜に煌々と照らし出す。一層強くなる喧騒。


 場の注目は、あの二体に注がれているのは間違いない。次いで、彼らを殺したと思われる下手人が兵たちの関心事であろう。

 今も潜伏してもらっている仲間に気づかれた様子はなく、事の中央にいるリズは再び崩落した屋上へと舞い戻った。ポケットから取り出した紙切れに《遠話(リモスピ)》を刻み込み、適当に折り曲げ、今や多くの視線が集う二つの亡骸へとー投。

 耳目を引き寄せた彼女は、周囲の気配に細心の注意を向けながらも、一高らかに声を放った。


「光りある方を見よ、お前たちの指揮官は地に倒れ伏した! ならば! 人より生まれて、人ならざる低きに堕したる走狗よ! 今ここでその(くびき)断ち切れぬなら、お前たちが人の輪に還ることは決して(かな)うまい!」


 諸々の状況を変えてやったことに加え、この煽動。

 それでも、”完全に”こちら側へ傾くなどと甘いことは、リズも考えてはいないが……魔族と人の間に相互不信が生じれば、それでいい。ぎこちない動きに乗じ、味方(・・)として背を押してやれば――


 目論見通り、さっそく騒がしくなってくれた一角に目を向け、彼女は屋上から躍り出た。敷地内の地上部で、何か言葉を発しながらの戦闘が生じている。

 これが、元からの仲間によるものではないと認識した彼女は、闇夜に紛れて音もなく近寄り……

 闇の中、(ほとばし)る魔力で浮かび上がる、色白の男に狙いを定めた。見るからに多勢を相手する彼の死角から、数発の魔弾を放っていく。

 もっとも、これで死ぬことはないだろう。リズの狙いは、加勢したという事実を残し、戦いの流れを決定的なものとすること。

 そして、手柄を奪うことなく、立ち上がった連中自身に殺させること。

 その手を血で汚させることにあった。


 突然、闇の中から放たれた魔弾を背に受け、相手の魔族は体勢を大きく崩した。これにより、今まで率いていたはずの下々から放たれる攻撃への対処が一手遅れ、雪崩のように全てが崩れていく。

 怒涛の攻撃に太刀打ちできなくなり、魔弾を受け続けた後は胸に長剣の一突き。その魔族は完全に絶命した。


 まずは一集団、こちらに傾いた。人間の兵が4人ほど。魔族を裏切って一人殺したばかりではあるが、今も十分に戦意を保っているように映る。

 とはいえ、彼らを仲間とは毛頭も思わず、リズは腰の剣に手をかけたまま言い放った。


「言っておくけど、私はあなたたちの仲間じゃない。他にも仲間がいらっしゃるんでしょ? 早く裏切らせに行きなさい」


「……ああ、いいだろう。使われてやる」


 事ここに至っては中々話が早い。仮のリーダーらしき青年が応じると、彼は無言で仲間たちにうなずき、次の動きを促していく。

 一方でリズは、周囲に注意を向けつつ、再び要塞内の人間に向けて言葉を発した。


「よく考えてごらんなさい! こんな大失態を犯しておいて、全ての責を上の連中に押し付けられる? こうなった以上、あなたたちが助かる道は解放しかないわ。転移も通信も効かない、今夜のうちにね!」


 これが一番の一押しになった。魔族の支配下に落ちたこの要塞の人間兵にとって、生存という最後の望みに火がついた。そこかしこで生じる戦闘音が、少し離れたところにいる同胞の迷いを断ち切っていく。

 残る魔族らにこの場を統制することはもはや叶わず、反乱は砦全体に伝播した。


(繰り返せばうまくなるもんだわ……)


 見ず知らずの人間を焚きつける(すべ)に磨きを駆けつつある自分に、なんとも微妙な感情を抱きながらも、リズはせめてもの慈悲にと(あお)った連中の手助けに向かった。



 もともと、多少の反乱はすぐに鎮圧できるほど、人間側と魔族とで力の差はあったのだろう。気の迷いさえも起きない環境だったのかもしれない。

 だが、場の流れや状況が、反乱者たちに大きく利した。完全に傾いた流れを押し留めることはできず、煽動から程なくして砦の中は静かになった。

 敵側の魔族が全員死んだ、ということだ。


 さて、内輪もめを引き起こした張本人はというと……この騒動の中でちゃっかり仲間たちとの合流を果たし、ひとまずは安全な屋上へと誘導していた。

 屋上から見下ろしてみると、人間の生き残りがひとところに集まり、魔力の明かりを灯している。「こちらに来てほしい」という意思表示だろうか。

 さすがに放置する考えはなく、催促に応じようとするリズだが……連れてきた仲間が、彼女の背に声をかけた。


「本当に、大したものだな」


「何度も繰り返してますから」


「いや……それはそうなのだろうが」


「繰り返せるというのが異常というべきでは?」


 と、感嘆と称賛の言葉を向けてくる。

 まだ事が終わったわけではないが、少し早い祝辞に表情を柔らかくし、リズは屋上を後にした。


 ふわりと地上に降り立った彼女に対し、人間兵から視線が向けられる。感じられるものは様々だ。かすかな喜びや安堵、あるいは拭えない不安や不信。張り詰めた緊張の中、複雑に揺れ動く感情がある。

 とりあえず、敵視のような強い負の気配はない。フッと一息ついた後、リズは彼らに提案した。


「あなたたちに対し、《封魔(マギシール)》を施したい。応じるかしら?」


 すると、集団の先頭に立つ当座のリーダーらしき青年は、後ろの面々に顔を向けた後、再びリズに向き直った。


「拒否権はないのだろうが……断ったらどうなる?」


「さあ? 何もせず、ここに置き去りにして帰るけど。野垂れ死にたければ、そうすればいいわ」


 これに一瞬、空気がざわつく。ただ、すぐに抑制を取り戻した彼らに、リズは言葉を続けた。


「あなたたち、ヴィシオスの人間でしょ?」


「……そうだ」


「魔族の下にあろうがなかろうが、私たちからすれば敵国の人間だわ。でも、あなたたちの中に有益な情報があるかもしれない。祖国をほしいままにする連中に一矢報いんとするなら、人としての生に意味を持たせたいのなら……私たちに降伏しなさい」


 威厳をもって言い放つリズに、一同は神妙な表情で沈黙した。彼らからすれば、リウも十分に得体が知れない――それこそ、今まで上にいた魔族以上に不可解な存在かもしれない。

 それでも、リズの言葉には異存なく、彼らは自分たちの立場をよくわかっているのだろう。

 あるいは、これまで秘めざるを得なかった、本当の心情も。


 多くがうなだれる中、代表として前に立つ青年は、忸怩(じくじ)たる思いからか歪んだ顔で、しかしはっきりと告げた。


「貴官らの下に(くだ)ろう」


「よろしい」


 抵抗の素振りすら見せない兵に、リズは一人一人拘束を施していった。


 これで作戦はおおむね終了である。彼女は屋上に向けて声を発した。


「終わりました、合図を!」


「了解!」


 それからすぐに、屋上から魔力の光球が一つ、宙に打ち上がった。日によって色を変える合図であり、今日は赤色である。

 この合図から程なくして、砦を包囲する《乱動(ランダマイト)》が解かれ――リズの傍らに幾人もの魔族が転移してくる。


「お疲れさま」


「お疲れ様です」


 フィルブレイス率いる外部班の魔族である。彼らの合流に合わせ、砦屋上からも同行の魔族が降り立った。

 今回も特に負傷者はいない。今のところはうまくいっている、一連の奇襲作戦だが――いつまでもうまくいくことを前提としたものではない。

 とりあえずは今日も無事だったことに、ホッと胸を撫で下ろすリズ。


 一方、状況についていけない人間兵らは……目を丸くして驚いた後、なんとも言えない複雑な表情でうなだれ始めた。

 今や魔族に支配された国の民として、一度は人の世を裏切った彼らの前に、魔族を率いて何かを成そうという人間がいるのだ。

 言い知れない衝動に突き動かされたか、中にはすすり泣く者も。


 仮に魔族の暗躍がなかったとしても、ヴィシオスがあくまで人間の国として悪事を働いていた事実は揺るがない。

 今更被害者ヅラを――そう責めることはできる。


 しかし、リズは彼らの境遇や心情を思った。

 誰もが選択肢に恵まれた生を送っているわけではない。

 選択肢に恵まれずとも、自らの手で道をこじ開けられる者となれば、なおさらに希少だ。


 彼らと自分自身の違いを、リズはよくわかっているのだ。

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