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第322話 暗躍

 11月中旬。世界中に散らばっては人類側領域を脅かす魔族の間で、奇妙な噂が飛び交っていた。捨て去られ、忘れ去られていた城塞に目をつけて拠点化を進めてきた彼ら魔族だが、猛烈な勢いで人類側に取り返されている――らしいのだ。

 らしいというのは、急に連絡が途絶えたためだ。実際に何が起きているのか、現場の情報は届かない。


 いずれの拠点も、ごく少数の魔族が指揮系統の上に立ち、多くの人間兵を恐怖で支配している。

 そういった運用上の都合もあって、現場を預かる魔族ひとりひとりの存在は大きい。おいそれと持ち場を離れることはできず、ただ噂話だけが健在な情報網の中で流れているというのが現状である。

 あまりにも忽然(こつぜん)と同胞が音信不通になり、そればかりか相次いでいる事態に、人間の手勢が内通しているのではないかという懸念も。


 11月18日。人里離れ、荒涼とした丘陵地帯に(たたず)むラディエット砦にて。

 同地を預かる魔族レヴァスティルは、今日も今日とて耳に届く噂話に眉をひそめた。

「またか……」と思わず口から(こぼ)れる言葉に、伝令の魔族がピクリと体を震わせる。


 レヴァスティルが細い目を向けた先にあるテーブルには世界地図が敷かれ、現在の占領状況が駒で表されている。

 魔族の同胞によって押さえている城塞は、今や50を下らない。ペースは鈍ったものの、今でも時折、新たに拠点を確保したという報告が耳に入る。

 人類は明らかに後手に回っている。


 しかしながら、地図上では倒れている駒も。連絡が途絶えた拠点を示すものだ。今回の追加分で10個目になるだろうか。

 もしかすると、由々しき事態が本当に進行しているのかもしれない。


 ため息の後、彼は卓を囲む部下たちに視線を巡らせた。その中には魔族に加え、かなり肩身狭そうな人間の姿も。

 今のヴィシオスでも(・・)恐怖政治が敷かれているが、現場においては人間指揮官も相応の扱いを受けてはいる。飴と鞭を使い分けて飼いならした中間層を通じ、さらに下位の人間たちを動かすのだ。

 彼ら人間士官が、こうした軍議の場に出席するのも下々の統制のためであるが……かねてより人間側の裏切りが推測されている案件だけに、同席する人間士官の表情には強い緊張がある。


「新たに一つ落ちた……かもしれないという話だが、どう思う?」


 卓を囲む面々を見回し尋ねる砦の主に、「どうというのも、な」と、腕を組む魔族が苦笑いしながら答えた。


「わかっているのは、連絡を取れなくなったということだけだ。それ以上の事は確かめようがないからな」


「だからといって、ここを離れるわけにもいかないが……」


 状況の不透明さに再びのため息をつきつつ、レヴァスティルはこの現状の分析を始めた。

 同胞からの連絡がなくなった原因として考えられるものは、大きく分けて3つ。連絡に応じなくなっているだけか、拠点を取り返されたか――

 あるいは通信そのものが遮断されているか。


「遮断だと?」


「魔道具であれ、魔法によるものであれ……意思疎通のための(つな)がりを断ち切る何かが、人間側にはあるのかもしれない。少なくとも、決してあり得ないとは言えないだろう」


 そう言うレヴァスティルだが、彼自身に心当たりはない。仲間の魔族たちも同様だろう。自然と、場の視線は同席する人間に注がれることとなるのだが……

 より一層の強張(こわば)りを見せる人間の士官らに、魔族ら数名が冷ややかな含み笑いを漏らす。「知るはずもない、か」とも。

 場を預かるレヴァスティルとしては、人間を抑圧しすぎてしまうのも考え物ではあるのだが……同胞を(たしな)めるより、話を先に進めるのが合理的と彼は考えた。


「通信妨害については、もしかしたら程度に、心の隅にでも留めておいてくれ。他の可能性の方が検討する価値がある」


「通信に応じていないケースと、攻め落とされたケースか」


「ああ」


 同胞が通信に応じないだけ、というのは、実のところかなり現実的な考えではある。

 というのも、野心的な魔族を派遣することで、互いに競わせようという目論見が上にはあるからだ。少なくともレヴァスティルは、そういった意向があることを知っている。

 大魔王ロドキエルに対し、かなり忠実な方である彼としては、問題を起こしてまで力を誇示するよりも、状況の解明を優先しようと考えているのだが。

 同胞との連絡が取れなくなっているという事実は、上ももちろん把握していることだろう。それにしては動きがないのが気にかかるところでもある。

 ただし、上に動きがない事を事実上のGOサインと捉え、自身の功名心を優先しようという同胞もいるのかもしれない。


 もっとも、同胞が我先にと功を焦っているだけであれば……統制の乱れは確かに問題だろうが、攻め落とされているよりはよほど良い。

 その拠点を取り返されているという可能性について、レヴァスティルは決して無視することはできないものだと考えていた。


「しかし……こうも短期間に、連続して攻め落とされるものか?」


 仲間からの指摘に、レヴァスティルが渋面で考え込む。


「大規模な軍勢を組織されているとは考えにくい」


「確かに」


 そう考える理由は3つほどある。

 まず第一に、大規模な行軍があれば察知し得るはずだということ。知れば何らかの形で情報網に乗る。

 だが、今回の連続した事象においては、突然連絡が取れなくなっているのだ。


 また、現状において標的とし、実際に確保した元人間側拠点の多くは、兵力に乏しい小国領土のものである。街の防備を捨ててまで、取り返しに来れるものだろうか。

 それも、世界中で連続して、だ。1回2回程度なら偶然と片付けることもできようが、こうも連続しているとなれば――


 続いて、大軍勢による事象ではないと考える理由3つめを、レヴァスティルは切り出した。


「私は、この一連の事象が、同一犯によるものではないかと考えている」


「こういうことに長けた奴が、暗躍していると?」


「そうだ」


 仮にそれを前提に置くと、大規模な部隊よりは小集団によるものと考える方がしっくりくる。人間であれ魔族であれ、同一の集団を世界中に派遣しようものならば、規模が小さい方がずっとやりやすい。

 連戦に耐えられるのであれば、だが。


 彼の論理展開に対し、疑義の声は挙がらない。

 しかし、彼が提示した可能性は、また別の疑惑を仲間たちの胸中に生み出した。「仮に、だが」と前置きし、魔族の一人が口を開く。


「尻尾も(つか)ませない小集団が暗躍していると考えるなら……人間よりは、我々魔族の仕業と考えた方が、しっくりくるな」


「まさか!」


「あくまで可能性の話だ!」


 色めき立つ議論の場の中、視線を集めるレヴァスティルは落ち着きを以って仲間たちを鎮めた。


「能力という意味ではそうだろう。しかし、我らの中から裏切り者が出るというのは、少し考えにくい。自殺志願者でもなければな」


 最後に付け足した言葉に、場の空気が弛緩する。そうした雰囲気の変化を感じつつも、彼は「だが」と口にした。


「数百年前の、前回の大侵攻のことだ。我々同胞から離れ、人間側に立った裏切り者がいると聞いたことがある。当時の連中が生き残っているとは考えにくいが、子孫がいるとすれば……」


「ご先祖様に倣って、ってところか?」


「他に行くあてもないだろうからな」


 冷ややかな嘲笑の後、ここにいない裏切り者への、静かな敵意が場を満たす。

 早合点は禁物ではあったが、無為に互いを疑い合うよりはよほど良いだろう。さりげない心理誘導の成果に少し安堵した後、レヴァスティルは一つ重要な指摘をした。


「我々に与えられている情報は少ない。同族の関与を思わせるような手口も、そういった意図があってのことかもしれない。明確な証拠を得るまでは、慎重にいくべきだろう」


「手柄は先取りされそうだがな」


 肩をすくめて笑う友人に、レヴァスティルは呆れたような笑みを返した。


「下手を打って、仲間の功名の種になることもないだろう?」


 そうして、ひとまずは状況を静観し、周囲の警戒に一掃の注意を払うことで話はまとまった。だが――


 その日の夜。彼らが試される”その時”がやってきた。


 月明かりのない闇の中、虫の音さえない静寂に立ち尽くす砦の中で、泡を食ったような急報が口々に叫ばれる。

 当然、その報告はレヴァスティルの耳にも。


「も、申し上げます! 外部との通信が、完全に途絶されました!」


「……来たか」


 噂をすればなんとやら、である。これまでに知り得た通信途絶の事例が、いずれも一過性のものではないことを踏まえれば――

 暗い予感が脳裏によぎり、彼は拳を軽く握った。


「対応中の者を除き、諸官を招集しろ」


 見るからに浮足立つ伝令に、彼はあくまで落ち着き払って命令を下した。

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