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第320話 新たな力を

 新たな禁呪に手をつけようというリズに、これまで付き合いのある魔族二人は肯定的に捉えているように映る。

 とはいえ、懸念もあるようだ。先にルーリリラが口を開く。


「この状況下、先手を打って出るというのも選択の一つかとは思われますが、そうではなく力を蓄えることを優先されるということですね」


「はい」


 そこでリズは、今の考えに至った理由を口にしていった。

 まず、先行き不透明だからというのが一つ。諸国が足並み揃えようという状況の中では、ひとまず力を蓄えるのが無難に思える。

 仮にこちらから打って出るにしても、国際的な連動の中でのことになるだろう。調整や準備に、相当の時間がかかるものと思われる。

 リズ単独、あるいはそれに近い小集団で何か仕掛けられるなら、策として面白そうではあるが……

 それから、もっと根本的な問題も。


「現状、相手の方が優位にあるように思われまして」


 はっきり口にするリズに、今日出会ったばかりの魔王の一人が「というと?」と身を乗り出してくる。


「相手側の転移の方が、我々人類側の転移よりも自由度があり、奇襲に向いているようですから。散発的な攻めとはいえ、対応のために待機させておく戦力が必要になります」


「ちょうど、君のような戦力を、だね」


 フィルブレイスの指摘に、リズはコクリとうなずいた。


「仮に、敵の奇襲を退け続けたとしても……膠着(こうちゃく)状態それ自体が、人類側には思わしくない状態になるのではないかと考えます。なにしろ、ヴィシオスで何が起きているのか、何ら情報がないのですから」


「実際、我々の間でも、かの国についての有益な情報は全くなくてね……」


 フィルブレイスを筆頭に若干申し訳なさそうにする魔王たちだが、彼らを非難するのは全くの筋違いと言えた。

 というのも、彼らは世界がこうなる前から微妙な立ち位置にあったということもあって、先祖から引き継いだダンジョンの中でインドア生活を続けてきたのだ。俗世間との関わりを断ってきた彼らに、暗黒大陸の知識を期待する方が無理というものであろう。

 むしろ、知っていたら知っていたで、(つな)がりを思案されかねないところでもある。本当に知らない彼らの現状こそが、その身の潔白を示しているとも言える。

 情報源としてはともかく、味方としては信頼できるものと考えていいだろう。改めてそういった認識に至ったリズは、言葉を続けていった。


「そもそもの話ですが……敵の本拠地がヴィシオスという認識自体、誤りのようにも思われます。ヴィシオスと関連国家による侵略戦争と見ればそうなのでしょうが、実態は違うように思われますので」


「実質的には……数百年前の大乱の再現だろうか」


「ああ」


 緊張感に満ちた様子で口にする魔王らにうなずき、リズは話を進めていく。


「全ての背景に大魔王ロドキエルがいるとすれば……ヴィシオスはもはや敵性国家などではなく、すでに失陥しており、敵の支配下にある前線拠点と見るべきでしょう。いつから落ちているのか見当もつきませんが……」


「そして、実態が(つか)めないでいるという事実が、敵の企ての深さと広さを物語るものでもある……と」


「はい。敵が繰り出す散発的な攻めも、成功すればそれに越したことはないとしつつ、実際には仕掛けること自体に十分な意味があるように感じられます」


 そこでリズは、戦略・戦術といった概念には少し疎い世捨て人たちに、もう少しかみ砕いた説明を始めた。


 世界各所に対する攻撃は、さほど大規模なものではない様子だが、それでも襲われる街にとっては十分な脅威となる。落とされて拠点化されては困るということもあって、迎撃に戦力を出さざるを得ない。

 とはいえ……このままの防戦一方な状況が続けば、いずれ非情な決断を下さねばならない日が来るかもしれない。

 つまり、捨てることを考慮するということだ。


 しかし、そう容易に下せる判断ではない。国際的な足並みにも多大な悪影響があることだろう。

 実を結ばない散発的な攻勢だとしても、こうした議論の必要性をチラつかせれば、大局的には活きてくるのではないか。


「それに……現状では局地的な攻勢であり、どうにか(しの)ぎ切れていますが、迎え撃つばかりでは状況が進展しません」


「しかし、人類側からも何かしら攻勢をかけようという準備があるのでは?」


 それは確かにある。ラヴェリアからルブルスクへと兵を派遣し、さらにはマルシエル海軍もそれに同行するという動きが。第一波はルブルスクの防衛用だろうが、いずれさらなる大規模な戦力を送り込むことになることだろう。

 とはいえ、リズにとっては手放しで喜べるものでもない。こうした動きや流れがあるのは好ましいが、懸念も拭えないのだ。


「本当に攻め込むとなれば、ルブルスクが火の海になるかもしれません。それをあの国の方々は承知の上、立ち向かっていらっしゃることと思いますが……それに」


「それに?」


「本当に、根本的な問題になりますが……相手の黒幕の思考を我々は読めませんが、逆は成り立たない……向こうにしてみれば、我々の出方などわかり切っているのではないかと思います」


 悲観的な物言いであったが、そう言いだすだけの根拠はあった。

 誰も絶対の自信を持てることではないが、今回の異変に関して、まず間違いなく大魔王ロドキエルの関与はあることだろう。

 その憂慮は、先祖の記憶を垣間見たことがあるリズにとって、ほとんど自明であった。600年以上前にこの世界を脅かした大魔王は、結局は分身体に過ぎず、本体は魔界にいたというのだから。

 ならば、今回も同じようなことだろう。


 そして……仮にあの大魔王の関与があるのだとすれば、言い伝えでさえほとんど失伝してしまうような人間社会に対し、経験者が二度目の侵略をかけてきているのだ。

 加えて、何らかの形でヴィシオスを利用する手口を考えれば……人間社会への理解は相応にあるはず。

 その上、こちらは国同士寄り添い合って動かねばならないとなれば、決断は誰にとっても合理的かつ妥当性のあるものに傾くと思われ――それを読み切るのは容易ではないか。


 妥当な推定を並べ立てただけだが、座は一気に暗くなっていく。

 それでも、言い出した本人が強い意志を保っている様子に、知り合ったばかりの魔族たちは少なからず驚かされているようだ。

 そんな中、少し付き合いの長い魔王が口を開く。


「つまり……凌げているなんていうのは見せかけだけで、世界がこのような状況にある現実が、相手の優位性を示している。そして君は、それを打破するための力を求めている、と」


「はい。できることなら、色々な前提を覆せる妙手のような魔法を……」


 虫のいい願望ではあったが、彼女をいくらか知っている魔族二人は、決して一蹴はしない。

「禁呪も使い方次第ですし、リズ様ならば、あるいは……」とルーリリラ。


 そこで、今まで禁書を読み込んできた魔族たちの働きぶりが、禁呪のリストという形で示されることになった。

 見たところ、揃いも揃って時間・空間系の禁呪である。ラヴェリア大図書館の禁書庫から見繕った時点で、そういう偏りがあったのだから当然ではあるが。


「君がいつ動くかにもよるけど、物によっては二つぐらいは覚えていけるかもしれない」


 フィルブレイスの言葉に、同胞たちが少し目を丸くする。そこで彼は、柔らかく微笑みながら補足した。


「彼女が得手とするのは魔導書だけど、禁呪としては時間・空間系も覚えがあるからね」


「ふむ、自力で転移できるというのも」


「そういうこと」


 これで合点がいったらしい。人間の身で自力転移できるという事実に、魔族らの目の色が少し変わってくる。

 とはいえ、リストを読み込むリズはお構いなく、羅列されているものに視線を巡らせていく。

 しかし……


(なかなか、思ったようなものが……)


 実のところ、時間や空間を操る禁呪というのは、他の魔法系統に比べて規模が小さくなる傾向にある。人間であれ魔族であれ、摂理を大きく歪める力となると、だいそれた事などそうはできないのだ。

 戦略的なインパクトという点においては、長時間の儀式によって広範囲に破壊を撒き散らすような、単純(・・)な攻城用禁呪の方が上だろう。

 そんな中でも、見所ありそうなものはある。


 たとえば、自分を中心としたある程度の範囲において、転移の出入り口をかき乱すというもの。使い手次第ではあるが、時空間系禁呪としては例外的と言えるほど、結構な広範囲に影響を及ぼすことができる。


(相手の戦略の前提を崩すという意味なら、これは……)


 とりあえず、有望な禁呪を一つ見繕ったリズ。

 すると、フィルブレイスが問いかけてきた。


「あの議長殿には、今回の話を?」


「いえ、まだしていません。こちらの話の流れ次第で、また伺うとだけ」


「先に話してもらっても良かったと思うのだが。面会はしたのだろう?」


 横合いから口を挟む新顔の魔王に、リズは柔和な笑みを向けた。


「何の代案もないままに、先程の話を持ち出そうというのは……気苦労を重ねてしまうだけかと思ってしまったもので。まずはこちらで、私なりにできることを、と」


「そうか、変なことを言ってしまったな」


 こうした機微を求める方がどうかしていると思われるのだが……中々に聞き分けのいい魔王であった。

 少し表情柔らかに、リズは再びリストを見つめていき――


 とある禁呪で、その視線が止まった。

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