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第319話 伏魔殿

 不死者(アンデッド)退治を終えたリズは、後事を増援の二人に託し、ひとまずマルシエルへと向かった。

 王妃の心変わりについて、詳細を知りたいという気持ちはあった。しかし、問われて答えられるようなことであれば、先に口にしているのではないか。それが、実際には実子ネファーレアでさえ、実情を知らされていないのだ。

 根掘り葉掘り聞いて気分が晴れるような内容とも考えにくく、リズはとりあえずの和解を以って良しとすることにした。

 それよりもほかに、やるべきことは色々とある。


 転移門のリレーでマルシエル本島へ到着したリズは、最初に政府議会へと足を運んだ。今回の不死者退治はマルシエル政府からの要請に基くものであり、その報告を果たすため――というのが一つ。

 議会職員の案内によれば、議員全体による会議は行われておらず、今は政府高官がそれぞれの仕事を片付けているところだという。となると……


「議長閣下は、こちらに?」


 ストレートに尋ねるリズに、案内係の若い女性は若干の緊張を示しながら答えた。


「はい、執務室におられるはずです」


「では、そちらまで」


 今まで色々とあったおかげで、大列強のトップ相手でも臆することなく、直接面会に向かうだけの立場がリズにはある。

 付き合わされる案内係にとっては、ちょっとした試練のようなものかもしれないが。


 慌ただしい議会講堂を早足で進み、二人は議長執務室の前へ。重厚なドアを前に、緊張気味だった案内係は落ち着いた様子でドアをノックした。


「議長。エリザベータ殿下がお越しです」


「殿下が? かしこまりました、お入りください」


 今も相当の仕事があるだろうに、すぐに返事が。

「ではこれで」と深く頭を下げる案内係に、リズも会釈を返した後、執務室へと足を踏み入れた。


 知らぬ人がいないほどの大国ではあるが、その長の執務室は意外と小さくまとまった部屋である。そんな部屋の机を、様々な書類が埋め尽くしている。

「お忙しいところ、申し訳ありません」と、まずは頭を下げるリズだが、議長は「とんでもございませんわ」とすぐに応じた。


「殿下が休む間もなく動かれているのを承知の上、今回もお声がけしてしまったところですから」


「では、お互いさまと言ったところでしょうか」


 力なく微笑むリズに、議長は柔らかな笑みを返した。


「まずは……ご無事で何よりですわ。ラヴェリア王室からも増援が向かったと、報告を受けましたが」


「はい。事後処理は専門家に任せ、私は一足先に帰還を」


「かしこまりました。今しばらく、ご休息を……」


 そう口にした議長は、少しだけ視線を逸らして思案する様子を見せた。


「この件に関するご報告以外に、何かお話がおありでしょうか?」


「鋭いですね……」


「本件の第一報だけであれば、外交を通じたもので十分ですから。殿下がこちらまで足を運ばれる理由としては、少し薄く思われます」


 話が早い議長に対し、リズはさっそく本題を切り出した。


「マルシエルで面倒を見ておられる、あの魔族のお二方ですが、何か変わったことなどは?」


「ご友人を数名、こちらにお招きしております。特定の国の監視下ないし管理下ではない、ダンジョンのマスターとその従者の方々ですね」


 魔族による、かつての大騒乱を思わせる侵攻の中、人間に友好的なダンジョンの魔王たちも肩身が狭い。

 そこで、この国が(かくま)って面倒を見ているというわけだ。

 知らぬ間にご友人が増えている辺り、根回しの早さには少し驚かされる思いがあるが、ちょうどよくもある。


「彼らに相談事項がありますので……話の流れ次第では、またご相談させていただくかもしれません」


「はい、どうぞお気兼ねなく」


 世界中が灘しい状況ながら、あくまで平静と鷹揚さを保ち続けるこの大人物に、リズは一礼して部屋を辞去した。


 議会講堂を出た彼女は、すぐに政府直轄のセーフハウスへ向かった。いくらか客人が増えたという話だったが……果たして。

 (くだん)の建物の使用人たちに対して、リズはすでに面識があり、ほとんど顔パス状態で建物へ通された。


 さて、魔族を匿う伏魔殿がいかなるものか――少し身構えてしまうリズだったが、彼女を迎えたのは、少し賑やかで和やかな雰囲気であった。

 若干の肩透かし感を覚えた彼女は、白髪の執事長の後について歩を進めつつ、建物内に視線を巡らしていく。

 どうも、ここで面倒を見ているのは魔族だけではないらしい。使用人たち以外の人間の姿も散見される。それも、何かしら武芸や魔法の覚えがありそうな――

 平たく言えば、リズや仲間たちと同業の雰囲気が。


 今一つ要領を得ないままに、リズは執事長の案内で建物の奥へと案内されていく。

 セーフハウスは全体として少し賑やかな雰囲気ではあったが、通された部屋は静かなものだった。色白で耳が長い者たちが、黙々と書物に目を通している。

 その中には、かねてより親交のある魔王フィルブレイスと、従者ルーリリラの姿も。

 リズの入室に、ルーリリラが真っ先に気づいた。


「リズ様、ご無事で何よりです」


「えっと……そうですね」


 確か、この建物を出た後に飛行船でルブルスクへ向かい……飛行船3隻を空戦で奪い取った後、今度は骨の竜と戦った。ルーリリラが言う「ご無事」が指すのは、飛行船の件だろうか。

 こんなところでも自身の慌ただしさを思って、リズは何とも言えない気分になった。


 それはさておき、積もる話というものがある。リズがやってきたことで、フィルブレイスの友人たちも視線を向けてきているところだ。

「ではこれで」と恭しく執事長が頭を下げて去り、リズは適当なイスに腰かけた。

「まずは、自己紹介からでしょうか?」と口にする彼女に、フィルブレイスが柔和な笑みを向ける。


「君の事は……実は少し前から、皆には伝えてあったけどね。あまりに活きがいい挑戦者……じゃなくて、達成者だったものだから」


 そう言うフィルブレイスは、ダンジョンを突破された側ながら、どこか嬉しそうに映る。自分との出会いを自慢げに思っているようにも感じられ、リズとしては喜ばしく思えた。

 彼の口からどこまで伝えていたのかについては、気にかかるところではあるが……

 改まって、リズは自分の出自を口にし、フィルブレイスらとのいきさつについて簡潔に振れた。


 彼女がラヴェリア王族であることについて、少なくともつい最近、知らされはしたのだろう。耳にする魔族らに驚きの様子はない。その代わりに、興味がかき立てられる様子であった。

 リズの自己紹介の後、それぞれの魔族から簡単な自己紹介が。いずれもダンジョンの主か、その従者であり、議長からの説明通りである。

 議長からは話になかった人間の客人についても、すぐに腑に落ちる説明が入った。


「あの方々は、ダンジョンの挑戦者や踏破者の中から募った有志です」


「何かしら戦力になるものと思うのでね」


「我々が、人間社会とそれなりにうまくやっていけている証拠に、とも思ってな」


 口々に補足する魔王たちに、「なるほど」とリズはうなずいた。

 もともと人類寄りの立場にあるこの魔王たちだが、要らぬ嫌疑を向けられる世の中ではある。だからこそ、マルシエルがわさわざ匿っているわけだが。

 そこで、旧交のある人材に同行してもらうのは、彼らなりの自己防衛、あるいは処世術といったところであろう。


(それで……ダンジョン攻略者同士、親交を温め合っていたってところね)


 このセーフハウスの面々が、どこまでマルシエルに義理立てするかは未知数だが、個人的武力に欠けるマルシエル軍にとっては、ありがたい追加戦力となるかもしれない。

 そう思えば、追加の客のお世話もお安い御用といったところか。

 リズ自身、ダンジョンの同業者らに興味がないわけではないが……


 まずは本題である。改まって居住まいを正す彼女を前に、場の空気も自ずと引き締まる。

 初対面の魔族らにも視線を一巡りさせた後、リズはフッと一息ついて口にした。


「議長にも相談する考えですが……まとまった時間をいただいて、私自身の力を蓄えることに専念しようかと」


「それはつまり、何か新しい禁呪の習得を?」


「はい」


 何かしらの禁呪に手を付けようという意向自体、すでに知れたものではあった。この部屋で行われていた読書会も、結局は彼女の意向を汲んだフィルブレイスとルーリリラの計らいによるものだろう。

 新顔の魔王たちが手にしていたものは、リズがラヴェリア大図書館の禁書庫から複製した禁書なのだから。


 ただ、色々と忙しいリズに代わり、今まではこの魔族二人が気を利かせてくれたわけだが……

 ここに至って、当の本人が本腰を入れようというのである。


 やってきたばかりの魔族らも、何か察するものはあるらしい。場の空気がより一層の緊張感に満ちる。

 何しろ、ラヴェリアの末裔(まつえい)が新しい禁呪を習得しようというのだから。

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