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第317話 衝撃

 近寄ってくる騎兵の顔に、安堵と興奮のようなものを見て取ったリズは、ひとまず安心した。今しがた敵が沈黙したところだが、別で問題が起きたというわけではないようだ。

 それどころか……近寄るなりすぐに下馬した兵が、表情通りに興奮気味の口調で言った。


「朗報でございます! 増援のご到着により、敵死霊術師(ネクロマンサー)の始末に成功いたしました!」


「そうでしたか……助かりました」


 見たところ、その増援とやらに何か目立った被害が生じたわけでもなさそうだ。

 むしろ、一番負傷しているのは自分かもしれない。朗報を告げた後、兵はリズの衣服に刻まれた赤い線に目を向け、表情を少し曇らせた。

「名誉の負傷ですよ」と当の本人が笑うと、それに合わせていくらか表情を柔らかくしたが。


 それはさておき、助かったのは間違いない。この程度の傷、それも自分でつけた、心理戦向けの偽装で済んでいるのは幸いである。

 加えて、敵術者を探り当てるのに困難を感じ取っていたところ、先んじて打ち取ってくれたのだから。

 敵を取り逃がそうとも、自分と街が無事に済めば、とりあえずはそれでよしと考えていただけに、思いがけない介入が予想以上の戦果をもたらしてくれた。

 しかしながら……難問が解決した一方で、新たな疑問が沸き起こる。


(増援って、誰?)


 表面上は穏やかに構えつつも、リズは内心で首をひねった。

 一応、ヒントらしきものはある。

 目の前の伝令の言葉に、「増援のご到着」とあった。感謝の意からそのような言葉遣いをしたのかもしれないが……相手が高い地位にいるという可能性は高い。

 また、リズ自身でも居場所を掴めなかった敵の死霊術師を探し当てた事も気にかかる。

 竜を操っての戦いぶりはともかく、あれほどの巨大な不死者(アンデッド)を操ってみせるだけの術者は、魔導師としては相応の力量があった。

 それを増援とやらは、おそらくはほぼ無傷で仕留めたものと思われる。相当の実力者なのは間違いない。

 そしてもう一つ。こうした小国での出来事であっても、少数精鋭の戦力を送り込めるだけの準備と余裕、それに情報力がある国や勢力となると――


 勝った余韻も一瞬で冷めるような予感を胸に秘めつつ、あくまで表面上の平静を保ってリズは尋ねた。


「増援の方というのは?」


「はっ! ラヴェリア王室より、第四王女ネファーレア殿殿下、並びにクラウディア妃殿下が増援にと」


「…………そうですか」


「何か、気がかりな点でもおありでしょうか?」


 浮かない感じと、やたら空いた間を、妙に思われたのだろう。

 こうした態度ばかりは取り繕うのも難しく、リズはとりあえずの言い訳に思考を巡らせた。


「いえ、両殿下にご足労いただきましたことは、わが身の至らなさゆえかと考えましたので」


「そ、そのようなことは! あのような大敵を相手取り、敵に注意を引き付けてくださったからこその戦果と存じます」


 一人で済ませれば何よりだったところ、他人の手を煩わせたことについて、助かったという思いもあれば、力不足を少しは感じる部分も。手助けに来たのがあの母娘とあっては、心境も一層複雑になろうというものだが……

 少なくとも、現場をよく見ているこの偵察兵は、囮としての働きぶりを買ってくれている。そのことは喜ばしく思い、リズは表情を柔らかくした。

 問題は、あの二人のことだが……ため息が出そうになるのを抑え、彼女は尋ねた。


「両殿下からは何と? これで引き揚げられるご意向でしょうか?」


「いえ、一度あなた様にお話がしたいと、言付かっております」


「……左様ですか」


 戦いが無事に終わってめでたくはあるのだが、これでは一難去ってまた一難である。

 脳裏に暗澹(あんたん)とした雲が沸き起こるのを感じながら、それでもリズは努めて平静とした微笑を取り繕った。


 肝心なのは相手の出方だ。この出撃に、あの二人以外の意志が介在しているのは疑いなく、何かしら言い含められていることだろう。

 それに、せっかくの勝利だというのに、他国の者の目がある中で、事を荒立てるはずもあるまい。王室の一員ならば、それだけの分別はあるものと考え――

 それでも内心、困惑と気が進まない思いを胸に秘めながら、リズは偵察兵の先導で骨の山を後にした。


 やがて前方に見えてきたのは、見間違えようもない例の二人である。

 異母姉妹ネファーレアと、その母クラウディアとは、言ってしまえば生まれて以来因縁がある不倶戴天の間柄だ。

 もっとも、クラウディアの立場について、リズとしても理解がないわけではない。王の子を身ごもることが、後宮の寵姫には最大の名誉であるだけに、リズの母のような下賤の女に先を越されたとあっては――

 とはいえ、悪いのは父王である。いくら下女の忘れ形見たる存在だからといって、リズには憎まれる(いわ)れなどないように思われるのだが。


 互いのこれまでを思い、二人を前にしたリズは思わず身構えてしまった。

 しかしながら、どうも様子がおかしい。

 特にクラウディアからは、蛇蝎(だかつ)のように嫌われ疎まれ、(ないがし)ろにされてきたリズだが……

 目の前にいるあのクラウディアは、かつて見せた事がないほどに穏やかで、神妙な顔をしている。

 これが、単なる外交用の余所行きの顔のように感じられないのは、横で戸惑いを示すネファーレアがいるからだ。二人の態度の不一致に、なんとも言えない違和感がある。


(まぁ、この感じなら、嫌味を言われることもないでしょうけど……)


 形ばかりのご挨拶をして終わりかと、リズがそう思った矢先、クラウディアが周囲の騎兵たちに向けて静かに口を開いた。


「少し、外していただけませんか?」


「誠に失礼ながら、あまり距離を開けることはできませんが……」


「ええ、心得ています。会話が聞こえない程度の距離で……あなた方の職分が許す範囲で、少し離れていただければ」


 この要請に高圧的なところはなく、兵たちは違和感を覚えなかったのだろう。「仰せのままに」と隊長が応じ、機敏に動いて距離を開けていく。

 やがて、それぞれの兵は別方向に目を向け、周囲の警戒を始めた。内密の件への気配りからか、リズたちに向けられる視線は最小限だ。


 さて、部外者が去ったことで、相手の素が出るのではないかと身構えたリズだが……依然として、クラウディアは落ち着いたものだ。視線を向けるリズに微笑みさえしている。

 それも、どことなく哀切の色が浮かぶ顔で。


 やがて、リズの頭の中が真っ白になった。


――ある意味、父に匹敵するほどの難敵であるこの王妃が、目の前でひざまずいたのだ。


(は???)


 脳裏を疑問符が埋め尽くすも、耳に入り込む王妃からの言葉だけは、頭の中でどうにか意味をなした。


「殿下。ご生誕から今に至るまでの数々の無礼、弁解のしようもございません」


……意味を成す言葉ではあっても、これまでの二人の間柄を踏まえれば、まったくもって意味不明ではあるのだが。

 困惑を隠しきれないリズの前で、王妃は続けた。


「我が娘ネファーレアの言動も、殿下には不愉决極まるものであり……継承競争という事情こそありましたが、御命に関わる凶行に走りさえしました。しかしながら、我が子の行いの全ての責は、私が負うべきものと存じております。どうかこの子だけでも……ご寛恕(かんじょ)いただけませんでしょうか」


 声を震わせて請願する王妃は、ひざまずくどころか平伏までしてみせている。距離を開けているとはいえ、異国の兵が目を向ける中でのことだ。

 記憶の中にある、このプライドの高い王妃のイメージには合致しない姿に、リズは完全に面食らった。

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