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第31話 VS貪食の魔剣《インフェクター》①

 魔剣に使われている(・・・・・・)であろう男の動きは、目を見張るものがあった。不自然なほどの脚力で両者の間合いを一気に詰め、横薙ぎに一閃。

 これに対し、リズは後退して十分な距離を取りながらも、剣閃に対して魔法の防御を構えた。いくつも張り合わせた《防盾(シールド)》の複合盾である。

 男の前進を経てもなお、剣は届かない間合い――だが、リズが構えた盾は、見えない斬撃に破壊されていく。


 この戦いに先立ち、リズはいくつかの魔法を自身に仕込んできた。禁呪、《雷精環(サーキット)》の力で、魔力の火花がリズの内奥を駆け巡り、思考と知覚を加速させる。《幻視(ヴィジョン)》が、かすかな魔力の痕跡も逃さずに暴き出す。

 その目が捉えたのは、極薄かつ高密度な魔力の刃だ。男の振りの速さも相まって、生半可な眼では捉えられない一撃へと昇華されている。


 一瞬の攻防の最中(さなか)、リズは本当に割られた盾とともに、無事な盾まで意図的に消失させていった。

 彼女と同等の速度を持たなければ、単一の盾が壊されたとみるだろう。

 そのように見せかけつつ、彼女は破壊された盾の分量で、敵の攻撃の威力を探った。


(だいたい、一振りで3つ分くらいかしら……)


 文献にもあった、魔剣の見えない斬撃という件だが、別段珍しいものではない。別の禁書の収蔵されていた《インフェクター(汚染者)》の構造分析によれば、実際にそういった魔法が仕込まれているという話だ。

 当の文献によれば、魔剣に使われている魔法陣の系統は、大きく分けて2つある。

 まず1つ目が、直接斬りつけた対象を無力化、後に傀儡(くぐつ)とするための呪術系統。

 もう一方が、この飛ぶ斬撃とのことだ。

 実際に立ち会ってみたところ、確かに、盾は魔力の刃で断ち切られたようである。純粋な剣技のみ(・・)によるものではない。


 しかし、魔剣に操られている男の動きは、リズの目から見ても驚異的だ。初撃に続き、息もつかせぬ間に次の斬撃が繰り出される。大上段に構えた一刀。

 その時、男の腰部に妙な気配を感じたリズは、防御の構えを用意しつつ、右へと力強くステップした。


 すると、横へ跳ぶ彼女を追うように、男は腰を急激にひねって大上段からの振り下ろしを放った。

 明らかに、体への負担を考慮しない一撃だ。

 あらかじめ備えておいた魔法防御で難を逃れるも、相殺しきれなかった威力がリズの周囲をかすめ、赤褐色の地に深い三本の爪痕を残す。

 一瞬で、その斬撃の威力を視認したリズは、攻撃に対する警戒心を新たにした。


 腰に無理のかかる一撃だったことだろうが、男の動きは止まらない。振り下ろした剣を地から引き抜く勢いを活かし、下から振り上げる一閃。

 さらに続け、手首を急激に返しての切り返し。

 流れる連撃は、やはり本来は長続きしないであろう、体の負担を顧みないものだ。


 ひたすら防御の構えを継続し、無傷で切り抜けていくリズだが、このまま続けたところで敵が自滅するかと言うと、そういった予感はまったくなかった。

 彼女にとって、まず気がかりだったのは、魔剣を持たされた男の状態である。

 文献によれば、魔剣は斬りつけた相手の体を変成させ、木偶(でく)にした上で操るという。

 しかし、目の前の男に、そういった切り傷や腫瘍は見受けられない。妙に露出が少ない装いは、それを隠すためのものであるかもしれないが……


(やっぱり、このためだけに仕立てられた……?)


 魔剣の挙動をある程度制御するため、何らかの契約が用いられていると、リズは踏んでいる。

 おそらく、魔剣を持たされている男は、その契約に含まれる付属品であろう。扱いやすい()り代のようなものとして、魔剣に貸与しているのだと。

 間断なく攻撃が続く中、回避と防御に専念しつつ、リズは思考を巡らせていく。

 すると、魔剣の刀身が高周波の人語で話しかけてきた。


『ククク、いつまでそうやって逃げ回るつもりだ? 口ほどにもない小娘よ』


 この言葉に、リズは乗った。動きを切り替える契機に、相手の挑発がちょうどいいと思ったからだ。

 彼女は腰のホルダーから魔導書を解き放った。それは蝶のように羽ばたいて、リズの後方に回っていき……開かれた両ページの魔法陣が輝き出す。


 放たれたのは2つの誘導弾、《追操撃(トレイサー)》。覚えて射つだけなら中級、戦いながら思い通りに動かすなら、難易度は一気に跳ね上がるという魔法だ。

 それだけ鍛える甲斐のある魔法でもある。

 ただ、リズの使い方は尋常ではない。

 彼女は魔導書を手足のように操って浮遊させつつ、見もせずにページを(めく)り、後ろから誘導弾を操作する――

 《雷精環》による思考加速の助けもあるとはいえ、並の魔導師では及びもつかない高等技術だ。


 リズの体をギリギリかすめ飛ぶ2つの弾は、振り下ろされつつある魔剣に衝突した。魔力が爆ぜて軽い閃光が生じる。

 だが、斬撃の威力を殺しきるものではない。大上段からの一刀は、先程と変わらず深々と三本の傷を地に刻み、魔剣は高らかに笑う。


 魔剣の耐久性について、リズはある程度予想できていた。これだけの威力で斬撃を連発できる刀身なら、相当な密度の魔力が宿っている。

 そのような魔力を留め置ける、刀身の材質の強度を考えれば、攻防の中で魔剣を叩き折るのは至難の業だ。


 ならばと、男を狙うのが常道のようにも思われるが、リズには引っかかるものがあった。

 殺しへのためらいではない。事ここに及んでは殺害もやむを得ないと覚悟したリズであり――

 そもそも、男が生きているようにも思われない。


 無理な体勢から繰り出される連撃の数々は、男が痛みを感じていないばかりでなく、生命活動すら行っていないように思われる。

 それを確かめるため、リズは男目掛けて攻撃を放った。弾を散らして四発。魔剣と男に振り分けていく。

 魔剣に向けた方は単なる囮だ。成果は特に期待していない。

 かといって、男に差し向けた弾も、成果を期待したかというと……


 袈裟(けさ)斬りの最中、何ら防御する構えも見せない男に弾が直撃した。

 しかし、男が繰り出す剣技は止まらない。

 その一撃もどうにかしのいだリズは、男に鋭い視線を向けた。

 単にこらえた、我慢したでは説明がつかない挙動だ。素の抵抗力で守り切れるような、生半可な威力の攻撃ではない。

 リズは、相手の男が本当に死んでいるものと考えた。

 あれは痛覚も何もない、本当の屍であると。


 これでは、衝撃を与える系統の魔法を使っても、相手にはさして効果を見込めない。そういった系統の魔法は、相手の痛覚を通じて(ひる)ませるものだからだ。

 かといって、身体を著しく損壊されるような魔法は、相手に見抜かれていることだろうとリズは考えた。

 というのも、おぞましい話ではあるが、敵の魔剣は他人の身体を扱うことについては専門家だからだ。仕事道具を無為に損なうような不手際はするまい。

 それに、そもそも身体を大きく破壊するような魔法は、弾速が物足りないものが多い。敵勢をまとめて薙ぎ払うために使われるような魔法だ。

 そういった、大味とも言える魔法は、こういった一騎討ち――それも、互いに目まぐるしく動く高速戦闘では、役に立ちそうもない。


 実際に対峙してみた上で、召使いたる男をどうにかできれば手っ取り早いと考えていたリズだが、これでは難しそうである。

 となると、やはり当初の想定どおり、あの魔剣をどうにかするより他はなさそうだ。


 そんな彼女の思考は、魔剣の側も読んでいるのかもしれない。男への攻撃が止んだ矢先、魔剣は笑った。


『打つ手なしと言ったところか? それとも、出し惜しみをしたまま、我が走狗(そうく)となるか?』


「ブランクある相手に本気なんて、恥ずかしいじゃない。ホコリかぶって数百年ぶりでしょう?」


『ククク、気を遣わせたようだな。では、肩慣らしも済んだことだ。少し本気を出すとしようか』


 魔剣はそう言うと、男の動きを変えた。大ぶりで威圧的な攻撃の連続から一変。素早く細かく切りつけていく。

 これまでの動きは大振りと言っても、身体の負担を考慮しない分だけ、流れるように休みのない連撃であった。

 それが、さらに密度の高い攻撃へと切り替わったわけである。


 これに対応できないリズではない。彼女は、後ろに控えさせた魔導書を前方に飛ばした。

 やや浅い斬撃の雨に魔導書が(さら)され――両表紙が、その見えない斬撃を受け止めていく。


 材質と仕込む魔法次第ではあるが、魔導書使いにとって、こうした防御手段は常套の手である。

 表紙に魔力を注ぎ込むことで、斬撃の威力を緩和させ、どうにか持ちこたえさせるのだ。


 一方、手が空いているリズ本体は、抜いて構えた剣で魔力の斬撃に対処していく。

 彼女の剣は、単なる借り物である一般的な剣だ。

 しかし、魔力を通して構えれば、切れ味を高めたり刀身へのダメージを減らしたりすることはできる。

 特に、今回のような魔力的な斬撃に対しては。


 手数を増す斬撃の嵐を前に、リズは剣で受けつつ魔法陣も記述。剣、《防盾》、魔導書の多層的な防御により、どうにか連続攻撃をしのいでいく。

 しかし、対処しきれなかった斬撃が、彼女の周囲をかすめていった。ところどころにごく浅い切り傷ができ、白肌と衣服にかすかな朱が浮かぶ。

 飛ぶ斬撃に呪いは乗らない。これは事前の文献調査でも明らかになっていることだが、負傷による消耗は無視できない。


 休む暇も与えない連撃がしばし続いた後、男は少し腰を落として剣を構えた。

 そんな突きの構えを取ったのは一瞬。尋常ではない踏み切りでリズに迫る。

 このままでは突き殺される。


 そこでリズは、魔導書を閉じさせ、自身の前に飛ばした。どうにか防御が間に合い、身を挺した魔導書が串刺しになる。

 難を逃れたリズだが、彼女が魔導書を開こうとしても、苦しそうにバタバタと表紙がわずかに動くのみ。魔剣は笑った。


『これでは手の施しようがあるまい? それとも、その(なまくら)一本で立ち向かおうというのか?』


 しかし――装備の一つを失ったリズは、魔剣の言葉にほんの少しだけ唇の端を釣り上げた。

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