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第314話 次なる戦場

 ひとまずはルブルスクに大きな戦果をもたらしたリズだが、戦勝と凱旋の歓喜冷めやらぬ中、気が急く思いは少なからずあった。

 奪い取った飛行船と配下については、実質的にこの国へと献上する形となった。

 しかし、彼女本人の立場まで、この国の指揮下に預けたわけではない。要請があればそれに答えるのは当然のこととしても、国の枠組みを超えたところから、自分なりに何かすべきではないか。そういった考えも実際にある。

 いかに国同士で協力し合うといっても、それぞれの国が自由に動き回れるわけではない。だからこそ、その隙間を埋めるか……

 あるいは、他では代用できないような、自分なりの動き方というものがあるのではないか。

 世界の現状について、彼女は思索しながら、錯綜する情報と報告書の束に視線を巡らしていき――


 矢のように時間が流れてタ刻。

 ルブルスク王城の一室を借りるリズの元へ、血相を変えた伝令の急報がもたらされた。


「マ、マルシエル議会より、殿下に要請が!」


 ただならぬ様子にリズが身構えると、伝令の青年は息を整える時間も惜しそうにまくしたてていく。


「友好国にて、不死者(アンデッド)の部隊が確認されたとの(よし)でございます」


 そう言って差し出された紙に、リズは目を落とした。

 よほど急ぎで書き記したのだろう。清書を経ていない走り書きのメモではあるが、通信係がきちんと要点は抑えている。

 マルシエルと関係が深い小国にて動く骸骨の大群が確認され、マルシエルへと援軍要請が入ったとのことだ。


 しかし、当事国ばかりでなくマルシエルの方も、死霊術師(ネクロマンサー)が相手となれは灘しいというのが実情だ。

 そこで、リズへと援軍要請が回ってきたというわけである。


 幸いにして、今の彼女はいつでも出られるようにと帯剣しており、魔導書の準備も抜かりない。汎用性の高い魔法を収めた実践的な1冊に加え、《超蔵(エクストレージ)》の虚空にはまっさらな白本が何冊も。

 臨戦状態の彼女はすぐさま立ち上がり、伝令に「行きましょう」と応じた。


 伝令の先導で城内を駆け抜け、幾人もの要職者とすれ違いながら《(ゲート)》管理所へ。

 王城内同様、戦火の最前にあるこの国の転移門管理所も、かなり慌ただしい様子だ。

 ただ、この国へとやってくる者に比べ、出ていく者は驚くほど少ない。多くがここへ駆けつける一方、国の者の多くが踏みとどまっているのだ。


 そんな中、武装したリズがどこかへ飛ぼうという状況に、少なからず要人たちの視線が集まるが……

 誰も”逃げ”などとは思っていないらしい。名前も知らない立派な身なりの男性が、「ご武運を」と声をかけてきた。

 多くの言葉は不要であろう。神妙な顔の面々にリズはうなずき、「行ってまいります」と微笑を浮かべて答えた。


 そこから、いくつかの《門》を経由し、目的地へと近づいていく。

 リレーの段取りは万全で、《門》を(つな)ぐ調整時間に、管理所職員から少し詳細な情報がもたらされた。


「不死者が目撃されたのは、人里から少し離れた荒野です。転移後はそちらまで移動していただく必要があります」


「了解しました」


「また、最寄りの町には、入り口に駿馬の準備があるとのことです」


「ありがとうございます」


 とは答えたものの、実際に乗るかどうかは微妙なところだが。


 最後の《門》を通って目的地に到着すると、さっそく現地職員が「お待ちしておりました、こちらです!」と、やや早口に言った。

 緊迫感に包まれるばかりの静かな廊下を駆け抜け、管理所の外へ。


 小国とは聞いていたものの、町の規模は相応のものに感じられる。《門》を有するだけの街ということだろう。

 そんな整った街並みは、脅威の接近を知らされているのか、切迫した緊張感に包まれている。ここから皆が逃げ切るのも難しく、塁壁を活かして防衛戦を行おうというのであろう。慌ただしく動員される衛兵の姿が散見される。


 そして、視線を空に上げてみれば、やはり気が滅入るばかりの暗雲がたちこめている。

 国から国へと飛び越えても、共通するのは人々を脅かす凶兆と暗澹(あんたん)たる空ばかり。

 敵に相まみえる前から、握る手に少し力が入るのを、リズは自覚した。窓越しに、不安そうに外を眺める無数の視線を受けながら、案内に従って町の入口へとひた走っていく。


 やがて、立派な城壁の門に着くと、そこで待っていたのは鎧に身を包む兵士数名と、官吏らしき制服を着た老人男性。街の責任者を名乗る彼は、今にも平伏せんばかりの勢いで懇願を始めた。


「どうか……どうか、この街をお救いくださいませ!」


「そのために参りましたわ。ご心配なく」


 若干猫背の彼が深々と頭を下げるのに合わせ、リズは少し腰を落として彼の両肩に優しく手を置いた。

 しかし……いくら自分がやってきたとはいえ、完全な安全を保障できるわけではない。


「これから現地へ向かいますが、こちらへ来たばかりで状況が読み切れていない部分もあります。見えている敵を陽動に、何かしら別動隊や、侵入者が動く可能性も。町の防備につきましては、皆様方で手を尽くしてくださいますよう」


「もちろんでございます!」


 どうやら、この程度のことは言うまでもなかったらしい。

 後背は彼ら街の者に任せることにして、リズは現場の方角へと目を向けた。


 あまり起伏のない平野が視界いっぱいに続くが、ある程度進んだ先に荒野となった古戦場が広がっているという。

 出撃を前にして軽く屈伸を始めると、兵の一人がやや遠慮がちにリズに声をかけてきた。


「よろしければ、馬の準備がございますが」


 実際、それは見えている。優しげな面立ちの白馬が一頭、実に大人しく(たたず)んでいるのだが……その顔をそっと撫で、リズは言った。


「近隣の偵察にお使いください。私は走っていきます」


 それだけ言い残し、リズは不安と信頼に揺れる視線を背に、戦場へと賭け出した。

 事前の話通りの方角へ、街道を駆け抜ける彼女だが、それらしい気配はまだ感じられない。

 とはいえ、敵までの距離がまだあることは良いことだった。脅威が実際に衆目に(さら)されるよりはよほど良い。

 それに、近づかれる前に近づけているということは、少なくとも情報伝達が遅滞なく機能しているということだ。


 そうして周囲に視線を巡らしながら、駆けていく事10分ほど。リズの目にそれらしいものが見えてきた。


(大きいわね……)


 草もまばらな荒野に、木々どころか山のような起伏も見受けられない。強いて言えばちょっとした大岩が転がる程度ということもあり、大きさの比較対象になるものがないのだが……

 かなりの距離を隔てても、その存在がわかる程の敵の巨大さに、リズは思わす息を呑んだ。

 地平線に小山のような、白い何かがこんもりと盛り上がっているのだ。


 今回の敵が不死者であり、この一帯が古戦場である事を踏まえれば、材料(・・)には困らなかった……ということだろう。

 それだけの材料を活かしきるだけの力量を、敵の術師が有しているということでもある。


 リズが近づくほどに、敵影はみるみる大きくなっていき……禍々しい雰囲気とディテールが明らかになっていく。

 それでも臆すことなく、彼女は戦場へと突き進んだ。


 巨大な敵は、無数の骨を繋ぎ合わせた竜であった。骨と骨の間を埋めるように、かなり暗い紫の魔力が流れている。

 白骨化した竜というわけではなく、他の骨――おそらくはほとんどが人骨――を組み合わせて作られた怪物であろう。

 つい先日ロディアンで再会したあの竜と比べてると、この邪竜の方がさらに大きく映る。


(それにしても……一人で動かしてるのかしら?)


 なおも間合いへと詰めながら、リズの脳裏に疑問がよぎる。

 数人がかりで使う死霊術(ネクロマンシー)があるという話は聞いたことがない。

 というより、死霊術の初等でさえ、彼女は触れたことがない。いずれの国であっても、死霊術は系統そのものが厳重に管理される禁呪だけに、彼女でさえ知識が浅いのは当然ではあるのだが――

 それでも、歴戦の魔導師である彼女の経験と勘が、目の前の巨体について、複数人からなる術の可能性を直感させた。


 なんであれ、足止めないしは撃退しなければならぬところだが。


 遠方から駆け抜けてきた彼女に、竜の方も気づいたらしい。大小さまざまな骨が組み合わされた頭部を向けて、邪竜が口を開く。

 骨に囲まれる内部に目を向けると、そこには紫がかった闇が果てしなく広がるばかりであった。開けた口から瘴気が漏れ出し、邪竜の咆哮が地を揺るがす。


 すると、リズの近くへと何騎かの騎兵が近づいてきた。曰く、このあたりを哨戒していた偵察部隊だという。


「もしや、あなたが救援と?」


「はい。マルシエル政府の要請により参上しました」


 たった一人でやってきた増援を前に、騎兵たちは複雑な表情でいるが……

 単身で邪竜を前にしての、この落ち着きように、ただならぬものを感じ取ってくれたらしい。戦う資格を問うようなことはない。

 隊長格の男性が下馬し、リズに問いかけた。


「ご用命あれば伺います」


「……そうですね」


 このあたりに術者がいるのは、まず間違いないところ。できればそちらを対処してもらいたいのだが……果たして、常人で(かな)う相手かどうか。

 むしろ、別の方向に注意を向けてもらった方が安心かもしれない。


「あれを陽動に、何らかの仕掛けがあるかもしれません。付近一帯の警戒を」


「承知いたしました」


「それと……失礼ながら、決して深入りはなさらないように。あなた方が敵の手に落ち、あの中に仲間入りするのが、おそらくは最悪の展開です」


 決して軽んじるわけではないが、それでも死霊術師という魔法のエリートを相手にすることを考えれば、彼ら偵察兵はかなり心もとなく映る。

 それは、彼ら自身にとっても同じ認識のようだ。リズの言葉に体を強張(こわば)らせ、表情も硬くなる兵が数人。

 さすがに隊長は、他よりも平静を保っているが……彼は落ち着いた声で応じた。


「承知いたしました。互いにカバーを怠ることなく、周囲の警戒に務めます」


「よろしくおねがいします」


「では……ご武運を!」


 隊長の号令で、偵察の騎兵たちが距離を開けていく。

 視線を移せば、かすかに地を揺るがせ近づきつつある巨大な骨の竜。

 交戦の時が、もう間近に迫っている。

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