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第313話 人の世の最前線②

 飛行船の実戦運用に関する話になったところで、今度はリズが手を挙げ、考えを口にしていく。


「飛行船を実戦投入するにあたり、現場指揮官について申し上げたい事項がございます」


「どうぞ」


「今回は私が指揮させていただきましたが……飛行船の指揮以外にも、何かしらのお役目を賜ることはあるものと考えております。そこで、私以外にも現場指揮に堪えうる人材の推挙を、と」


 そこまで言うと、室内が少しざわついた。

 リズの活躍ぶりなど、この場の面々にはすでに知れた事。そんな彼女が推薦する人材ともなると、期待や関心が向けられるのは必然だ。

 チラリと横を見ると、アクセルが少し硬い表情でいる。彼に対するちょっとした同情心が芽生えつつも、リズは優しい微笑みを向け、立つように促した。


「縁故採用のようで恐縮ですが、私の戦友、アクセル・リスナール殿を推薦します」


 この席においてはほぼ無名であろう人物を推され、再び室内が少しざわつく。

 そこで口を開いたのは、ヴァレリーであった。

 リズがこの国を離れていた短い間、彼とアクセルの間に一応は面識があったことだろう。ある程度察するところあるのか、彼は助け舟を渡すようなトスを上げてきた。


「あなたの推薦だから、まず間違いはないのだろうけど……そちらの彼の腕前について、聞かせていただけないだろうか」


「はい。敵船を乗っ取るという戦いに関して言えば、私よりも仕事が早い可能性があります」


 この発言に室内がどよめくが、決して盛ったつもりの表現ではない。

 敵船のさらに上方を取って、まずは撃ち合いの牽制から始めるリズと比べると、直接乗り込んで甲板の一人一人を片付けていくアクセルの方が手っ取り早い。

 これは、他者に感づかれにくい彼のレガリア、《光の器(オプトロン)》の働きと、それを十全に活かしきる彼自身のセンスと経験の賜物である。

 もっとも、場の信頼を集めるリズからの太鼓判を受けた当の本人は、急に集まった視線を受けて恐縮気味だ。


 未だ世に知られていない立場の彼だが、顔と名を売ることで、彼自身や母の名誉回復に役立てることもできよう。

 今回の推薦には、そうした意図もあった。


 リズを上回るかもしれないという指揮官候補の紹介に、戸惑いさえ示した歴々も、落ち着きを取り戻すにはさほどの時間を要しなかった。ひとまずはリズの発言を信じる様子である。

 これに手ごたえを覚えつつも、彼女は少し改まって口を開いた。


「彼も私の仲間ですから、飛行船団の実質的な権限が、このままでは一個の小集団の手に委ねられる格好となりましょう。それではいささか不適当と思われます」


「確かに」


「そこで、ひとまずはルブルスクの司令に基づいて動くものとし、現場の指揮権については、貴国の監督と権限の元で我々に委任いただくのが適当かと」


 この提言に関しては、満座の同意で承認されることとなった。いずれ、国の枠組みを超えた指揮統制機能が立ち上がれば、そちらに移管すべきとしつつ、当面はルブルスク直属の戦力として運用することに。


 そして、避けて通れない話題がまだ一つ。

 敵からの奇襲に対し、思いがけない形でもたらされた戦勝の空気に、冷や水をかけるような内容ではあるが……他にこの件に触れるべき人物がいるとも思えない。

 自ら言い出したことで配下を率いる者として、リズはその責任を果たす腹を(くく)った。

「いささか申し上げにくい事項ではございますが」と前置きすると、場の空気がピリッと引き締まる。向けられる視線に緊迫感を覚えながらも、彼女は言葉を続けていった。


「ご存じでない方がおられるかもしれませんが、今回の事変に先立つように、世界中で飛行船の墜落事故が発生しておりました。私が率いている配下の大多数は、その事件の下手人たちです」


 この告白は、間違いなく青天の霹靂であっただろう。場が大いにどよめく。 しかし、狼狽(ろうばい)で浮足立つ臣下を、ルブルスク王は落ち着いた所作で制した。


「話の続きを」


 彼の一言で場が静まり返り、緊張感漂う中、リズは事のあらましを告げていく。墜落事件の解決に至った一戦とその経過、捕らえた犯人らのマルシエルにおける処遇。そして、今回の起用に至るまでの意思決定などを。


「このような状況ゆえ、即戦力となりえる経験者(・・・)が必要との判断に至り……問題があることは承知の上、重罪人を起用する運びとなりました」


「し、しかし……殿下が事件を阻止なされた際、率いておられた人員もいるのでは?」


 話に戸惑いつつも、注意深く耳を傾けていたのだろう。重臣の指摘はもっともであったが、リズは首を横に振った。


「そちらの人員につきましては、すでにルブルスク近海での哨戒に就いているのではないかと。船の奪取にも対応できる要員ですので」


「なるほど」


「それに……運用できる飛行船が増えた以上、モノになる手勢は必要でしょうな。となると、罪人といえども起用するのは、やむを得ないと思われますが……」


 ルブルスク軍高官が、場を見回しながら慎重に言葉を発していく。

 リズ並びにマルシエルの対応への賛同者ではあるが、過去の事件で損害を被った国の事を思えば、かなり難しいところのある発言でもあった。

 とはいえ、飛行船襲来に対する今回のカウンターがうまく機能したのも事実。


 結局、最終的な決断を求め、自然と王へ視線が向けられる格好に。少しの間瞑目した彼は、静かに口を開いた。


「被害を受けた国のためにも然るべき裁きを、とは思う。だが、かの罪人たちが過去を心の底から悔い、この難局に立ち向かおうというのであれば……厚かましいのは承知の上、彼らの助力を喜んで受け入れよう。その罪を減免する立場にはなくとも、彼らがこの国を守る兵の一人である限りは、相応に遇することを約す」


 他に選択肢がないと言えばそうなのかもしれない。だが、一国の主として見せた威厳のある決断に、リズは深々と頭を下げた。


「寛大なるご決断、感謝の言葉もございません。彼らも、このご厚恩には命を賭して報いることでしょう」


 この場に未だ煮え切らないものがあるのは感じられる。だが、異論を挟まれることはなかった。

 結局のところ、あるものは何でも活用しなければならない局面にある。

 話の流れには戸惑いを示す者も散見されるが、それでも、リズは自身に向けられる信頼の念を感じ取った。


 略奪品に加え、扱いが難しい立場の部下たちも、どうにか立ち位置が定まった。

 安堵にリズがフッと一息つくと、それを目ざとく見抜いたようで、ヴァレリーが声をかけてくる。


「長旅に続いての激戦、それから息つく間もなくの参席、君の献身には本当に言葉もない。君の話も一段落したことだ、ひとまずは休養を取ってはいかがかな」


「では、お言葉に甘えまして」


 このまま残って話に耳を傾けておきたいという思いもあったが……現状の決定事項について、配下に知らせておく必要がある。

 慌ただしく動いたのは事実で、一息つきたいという気持ちも確かにあり、ヴァレリーの言葉は渡りに船であった。彼の気配りに感謝を覚えつつ、リズは席を立った。


 その後、彼女は配下が待つ控室へと赴き、会議での話を手短に説明した。


「現場の総指揮官は、私かアクセルが担うことで承認を受けたわ。よろしいかしら」


 一応は問いかけるも、やはり反論はない。自身と等しく、弟に信頼の目を向けられることに満足し、リズは話を続けていく。

 奪った3隻の内、1隻は解体して部品取りや技術理解に役立てること。

 指揮系統の最上部として、現状はルブルスク指導層が司令すること。

 これら決定事項に、異存はないようだったが……かつて、この囚人たちを隊長として率いていた青年が「殿下」と口を開いた。


「人員の補充について、何か話はございせんでしたか?」


「民間の保安要員から集めるという話はあったわ。もっとも、移乗攻撃までは任せられないでしょうから、飛行船の操作や甲板での戦闘を担当してもらう形になるでしょうね」


「了解いたしました」


 話を受け入れた様子ではあるが、場の空気には、少し張り詰めつつも暗い感じがある。彼らの経歴を思えば、民間人との共同作戦というのは、やはり思うところあって当然だろう。

 だからといって、彼らの運用に配慮するというのは難しい。居心地の悪い思いも天罰の一つと考え、割り切ってもらうよりほかないだろう。


 すると、控えの間のドアが、どこか遠慮がちにノックされた。おそらくは自分の客と考え、リズは呼ばれる前からドアの方へと足を向けていった。

 果たして、そこにいたのはヴァレリーとエリシアの二人だ。ヴァレリーによれば、会議が一段落したところ、小休憩にとこちらまで足を運んだという。


「個人的な礼が、まだ終わっていなかったものでね」


「ありがとうございます」


 特に含むところない、自然と口から出た謝辞ではあったが……ヴァレリーが少し表情を崩す。

「礼儀正しいことだね。肩書で言えば私と対等か、君の方が上だろうに」


 言われてリズは、ようやく気が付いた。自分の素性はルブルスク上層部でもすでに割れており……にもかかわらず、護衛の時の習慣から、自然と恭しい態度をとるようになっていることに。

 若干バツの悪い思いをするリズの前で、エリシアも困ったような笑みを浮かべている。二人を前に、リズはフッと息をついた。


「対等かそれ以上というのは、少し買いかぶりだと思いますけどね」


「そうかな?」


 率いる人数が違い過ぎる――と言おうとしたリズだが、すぐに思いとどまった。

 まさかこんなところでも、彼に重責を思い出させるというのは、友人を自認する者の所業ではあるまい。

 少し考えた後、リズは口を開いた。


「こちらには家庭の事情というものがありますので。あなたも身に覚えがあるかと思います。もっとも、今は解消されたように感じられますが」


 微笑を浮かべて応じるリズに、ヴァレリーは少し恥ずかしそうに笑った。


「今更……などとは、言うべきではないのだろうね」


「言わずに済ませるのが、私たちの務め……でしょう?」


 今度は不敵な微笑を浮かべるリズ。対するヴァレリーは神妙な顔になった後、顔の力を抜いた。


「まったく、そうも頼もしく振る舞われると、背を引っ叩かれる思いだよ」


「私だって、似たような思いはありますよ」


 そう答えたリズに、若干不思議そうな目を向けるヴァレリーだが……いわんとするところに、何となく合点がいったらしい。

 リズが目を向ける先には、エリシアがいる。


「護衛の任を捨てた後で、護衛対象がこちらに留まられると耳にしたもので。こうなっては、情けない報告などできませんもの」


 母国が今は(・・)安全なことなど、エリシアが知らされていないはずがない。それでもなお、彼女はこの国と窮地をともにしようという。

 そんな彼女にリズが感化されたように、志あるものを焚きつけようというのが、エリシアの想いの一つではあるのだが……


「殿下は少し、働きすぎではないかと思いますけど……」


 と、彼女は困ったような苦笑いで言った。


 こうして束の間の会話を楽しむ一行だったが、そう長くは続かない。通路の向こうから、少し小走りになって近づく者が。


「殿下。ご歓談中のところ、大変申し訳ございませんが……」


「いや、気にしないでくれ」


 おそらく、一時中断の会議を再開しようというのだろう。

 ヴァレリーはリズに向きなおり……いくらか言葉を探す様子を見せた後、短い一言を選んだ。


「来てくれてありがとう」と。


 そんな彼に笑顔で答えると、彼は会議室へと足を向けていった。彼にエリシアも同行し、リズは遠ざかる二人の背を眺めていた。


 男女の仲というものではない。

 しかし、目の前の二人が互いを支え合う間柄にあるのが、それとわかる。これを何と名付けるかは人それぞれであろうが……

 人の世に訪れた難局のただ中にあって、リズはただ胸が暖かくなる思いを(いだ)いた。

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