表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
317/429

第312話 人の世の最前線①

 やがて、地上側の受け入れ準備が整い、4隻の飛行船は指定された地点上空に到着した。

 地上からは魔力の明かりが灯され、その誘導に従って1隻ずつ地面に近づいていく。


 まずは、最初から指揮下にあった旗艦が地に降り立った。

 リズが船外へ出てみると、場に集う面々から盛大な歓声と拍手が包み込んでくる。

 出迎えたのは人々の中で、最高位は王都ロスフォーラ都政の副責任者であった。


「本来であれば、我が国の王侯もお出迎えに向かうべきところ……」


 リズの身分を知っているかどうかは定かではないが、実に申し訳なさそうに頭を下げてくる、この中年男性の高級官吏に、リズは割り込むように口を開いた。


「いえ、それほどの余裕もないことは重々承知しております。むしろ、この場におられない事実が、この世界の難局に立ち向かう同志として心強い限りです」


 そして彼女は、相手の手を優しく取った。筋張ったその手は少し震えていたが、リズが少し力を込めると、彼も安心したように握り返してくる。

 場の歓声と拍手は勢い増し、次に1隻、また1隻と飛行船が降り立ってくる。


 この後は王都入りである。飛行船の見張りは王都の衛兵に任せ、リズは配下全員を従えて、役人と衛兵の先導で王都へ。

 不安が打って変わっての歓喜に浸る間もなく、それぞれが駆け足で向かう。凱旋というには、かなり慌ただしい。


 ややあって、一日ぶりにルブルスク王都へと足を踏み入れたリズは――本当に今日一日での出来事だったのかと、我が事ながら信じられない思いを(いだ)いた。

 ずいぶんと長いこと、この地を離れていたようにも思われるのだが……

 しかし、立ち去った時と今とで、この王都にさして変化は見受けられないように思われた。怯えて縮こまっているような、街全体が息を潜める感じは変わらない。

 市井にどこまで情報が下りているのかはわからない。おそらく、上層部も慎重になっているのだろう。二転三転する状況に従うまま、情報を垂れ流しにしたのでは、下の統御が問題になりかねないのだから。

 そうしてみると、静まり返っているこの王都の在り方は、国民もまた処し方を心得ているかのようだった。


(ま、今のところは静かにしてもらった方がいいわ)


 問題は、敵の魔手がこの王都にまで伸びた時、士気をどこまで高められるかだが――

 それを求められた時点で終わりかもしれない。


 ひっそりした街路を駆け抜け、一行は王城へ。

 街中とは違い、こちらはこちらで世界の状況が嫌でも耳に入ってくる。

 そうした状況への反発か、リズたちへの歓待は実に盛大なものであった。指導層こそいないが、城内の使用人らしき面々が総出でリズたちを迎え入れた。

 その中から一人、国の重臣と思しき立派な身なりの男性が歩み出てくる。


「陛下、並びに重臣一同に代わり、まずは厚く御礼申し上げます」


「ありがとうございます」


 そんな最低限のご挨拶もそこそこに、ルブルスクの総司令部へと通されていく。

 ただ、さすがに全員というわけにはいかないが。


「隊員の皆様方につきましては、別室にてお待ちいただきたく。後ほど改めて、皆様方にもご慰労の場を設けさせていただきますゆえ」


「かしこまりました」


 そこで、総司令部に向かうのは、リズとファルマーズ、そしてアクセルの3名となった。

 案内を務めてくれた重臣の様子を見る限り、残る隊員たちを総司令部へ同行できないことに申し訳なく思う感が、ありありと出ている。現場の兵に対する感謝と敬意があるのは疑いないところだ。

 もっとも、彼ら戦闘要員の背景を思えば、このぐらいの謝意がちょうど良いのかもしれないが。あまりに重い感謝は、彼らの方が受け入れきれないだろう。

 現状でさえ、国の要人から向けられるものに戸惑う彼ら配下に、リズは困ったように微笑みかけた。


「では、あなたたちの代わりに、お褒めの言葉をあずかりに行くわ」


 それから、重臣に導かれて王城内の一室へ。

 中からは活発な議論の声が聞こえる。この話の腰を折るのも……などと、見当外れな遠慮が少しだけ脳裏をよぎるほどであった。

 しかし構わず、重臣が重厚なドアをノックし、どこか高らかに「お連れしました」と一声。


 たちまち、ドアの向こうは水を打ったように静まり返り、風格のある扉が静かに開いていく。

 ルブルスクの総司令部中央には大きなテーブルがあり、それを様々な装いの面々が囲っている。出自、立場はそれぞれ違えど、一同の(たたず)まいが身に背負うその責任を思わせる。

 そんな面々が、無言で立ち上がった。ヴァレリーら王子はもとより、国王まで。

 錚々(そうそう)たる面々からの視線を受けながら、リズは弟二人を後ろに歩を進めていく。


(……どうしたもんかしら)


 特に何も言い含められていないままに、とりあえずは部屋の奥、ルブルスク国王の元へと進んでいく。

 そして、リズと弟たちが王の御前につき――膝をついて頭を垂れる前に、王は言った。


「どうか、楽になさい。礼を示さねばならぬのは、我々の方なのだから」


 リズにしてみれば、そうは言われても……といった感じであったが、王の口から発されたのは、立場を超えてこの国の一個人として発された言葉のようにも響く。

 それを曲げてまで普段通りの作法に則るのは、かえって無理解にあたるのではないか。


 内心、迷うところはあるものの、リズは結局ひざまずくことなく、後ろの弟たちに範を示した。

 こうして言葉を聞き入れられた事を喜んだのか、王は柔らかな笑みを浮かべ、優しい声音で言った。


「そなたらが無事で、何よりであった。とはいえ……我が国の不甲斐なさゆえ、これからも重ねて助力を願うこととなろう。実に心苦しく思うが、どうか……」


 そう言って頭を下げかける他国の王に、リズは不敬にあたるのではと思いながらも、割り込むように口を開いた。


「どうか、ご尊顔をお上げください。たとえ頼まれずとも、差し出がましくも馳せ参じ、共に戦う心づもりでありました。畏れ多くも、ヴァレリー殿下とは個人的な友人の一人でありますから」


「……そうであったな。ありがとう」


 威厳の中にも、どこか優しさをのぞかせる表情の国王。リズは彼の中に、一人の親としての情感を思った。

 国を分かつ派閥闘争の、それぞれの旗手としてのわだかまりは、もはや意味をなさないのだろう。家族内で色々あった彼女だからこそ、この親子が本当に手を取り合えるようになったことを、彼女は心の底から喜ばしく思った。

 その契機になったのが、この世界危機という大難題ではあるのだが。


 戦勝の後、王直々にお褒めの言葉をかけるにしては、勇壮さや威厳よりも随分と柔らかな雰囲気のある場となった。

 ただ、気を張り続けた面々にとっては、むしろちょうどいい安らぎの場となったのかもしれない。フッと場の緊張が緩む一幕が訪れ――

 リズたち3人が席へ促されると、再び空気が引き締まる。


 それまでの議題は一時置いて、まずは飛行船の処遇について決めなければ。

 とはいえ、手に入れた戦利品の扱いについて、さっそく問題があった。ルブルスクの技術部門の長という、白髪混じりな初老の男性が口を開く。


「我が国が飛行船技術において、後れを取っておりますのは事実です。自前の飛行船を飛ばすことはできても、接収したものを理解し、運用するほどの経験は……」


「難しいか」


 王の問いに、技術者を束ねる責任者の彼は、やや間をおいて「お時間をいただくことになるかと」と、渋い表情で応じた。

 そこで手を挙げたのはファルマーズ。部門長の彼とは、すでに顔馴染みらしい。


「何かお考えがおありでしょうか、殿下」


「はい。飛行船の保守要員については、他国へ呼びかけるのが早いかと。作業対象が到着したところですから、招集にも応じることでしょう。私の方からも声をかけようかと」


 彼の言葉に、部屋のそこかしこから期待感のこもったどよめきが。

 そういえばと、リズは一つ思い出した。ファルマーズが国際親善の一環もあって、他国へ飛び回って技術協力に向かっていたのだ。

 その時の縁を、この地に手繰り寄せようというのだろう。

 さらに、彼の提言は続きがあった。


「難しい判断を要する事項かと思われますが、鹵獲(ろかく)した3隻の内、1隻は解体するのが妥当かと思われます」


 これには室内が再びざわつくが、さすがに技術部門の長ともなると話は通じるらしい。「なるほど」と口にした彼に微笑みを向けた後、ファルマーズは先の言を補足していった。


 まず1つに、リバースエンジニアリングの観点がある。

 これから呼び寄せる飛行船技師にとっても、文化や技術圏が異なる暗黒大陸産の飛行船ともなると、修理やメンテナンスは一筋縄ではいかないかもしれない。

 そこで、1隻をあえて分解することで、敵船や敵国技術力を理解するための教材にしようというのだ。


「工学、あるいは魔導技術上の弱点が見つかれば、後の優位に(つな)がるかもしれません。あくまで、可能性にすぎませんが」


 と、あまり期待させないように彼は言葉を付け足したのだが。


 また、1隻を分解することで、他の飛行船のためのパーツ取りができるというのも大きい。

 ルブルスクにおける飛行船事情や物資の確保を考えると、奪った飛行船3隻をだましだまし使うよりは、1隻を犠牲にしてでも、残る2隻を十全に活用するのが得策ではないか、というのだ。

「乗組員確保の問題もあると思います」と指摘するファルマーズに、国の軍務高官は渋面でうなずいた。


「仰る通りです。我が軍では、仮に兵を乗せてもお役に立てるかどうか」


「いえ、それは他の国も同様では?」


「然り。空戦に対応できる人材となると、軍人よりは飛行船の保安要員の方が適切でしょう」


 そもそも、飛行船の軍事転用に関しては、各国がそれぞれの事情を超え、水面下で相互監視に務めてきた経緯がある。


「実戦経験のある保安要員を各国から募り、国際的な軍の志願兵として起用することになりましょうか」


 ルブルスクの軍高官が提言すると、ひとまずはその方向で、外交を通じ各国に掛け合うこととなった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ