第311話 勝者たちの一幕
ファルマーズとの会話を終えたリズが通信室へ向かうと、先ほどの伝令が。
「お気遣いありがとうございます」と頭を下げる彼女に、彼は戸惑いながらも、口を開いた。
「変にお邪魔してしまっては、大変に申し訳ないですから」
その後、彼は少し改まり、遠慮してくれていた用件を伝えた。「着陸先の打診がございました」と。
着陸先候補は、ルブルスク王都ロスフォーラから少し離れた平野部。飛行船導入時には空港の候補地の一つでもあったという話だ。
先日用いた飛行船試験場の方はと言うと、戦闘の影響で地面が荒れているということがまず不都合。相手に《門》を作られたポイントであり、後続が来ないとも限らないことも懸念点だ。
先の悲劇の事もあって、縁起の悪さも敬遠の理由に。
あの試験場と比べ、今回の着陸先は王都に少し近いというのが、それはそれでデメリットではある。
まず、飛行中に何かあった際、トラブルがあれば王都に累が及びかねない点。物々しい飛行船団が、王都の住人に目につく可能性も、懸念材料の一つではあるのだが……
「こちらの問題については、先方がお触れを出すことで対処しようと」
「なるほど……見せてやることで、むしろ人心の慰撫に役立つかもしれませんし」
「はい」
敵飛行船の接近自体も突発的な出来事に違いなかろうが、それを奪い取ってしまったという急報は、なおさら予想外だろう。
それでも抜け目ない対応を示してくれるのは、リズとしても有り難くあり、仕事を成し遂げた甲斐もあるというものである。
最終的に、リズは提案された目的地を承諾。先方への伝達も終了し、凱旋に向けて準備を進める流れとなった。
外部とのやり取りは以上だが、内向けにやるべき仕事はある。通信室から戦利品3隻に、それぞれ指示を飛ばしていく。
(とはいえ……)
戦いが終わった後は何かとバタバタしており、部下に対する労いが終わっていない。通信だけで済ませるというのも味気ないだろう。
それに……着陸後に、そういった時間を取れるとも考えにくい。
なにしろ、手足に縄が結ばれている連中を率いての作戦だったのだ。彼らの素性を、ルブルスク上層部には伝えるとしても……王都の窮地を救ったという栄誉を、大々的に知らしめるわけにもいくまい。
この後のあれこれを考えても、声をかけにいくのは手透き時間の今がいいだろう。
マルシエル兵に後事を頼んだリズは甲板へ向かった。欄干に背を預け、暗雲を眺めるファルマーズに一言声をかけていく。
「ちょっと、他の船の様子を見てくるから」
「了解。いってらっしゃい」
サラリとした様子の弟に微笑み、リズは甲板から飛び上がった。
奪い取った3隻は、おおむね囚人たちの手で動かされている。その上にマルシエル兵なり、社会的身分のある者が船長代行を務める格好だ。
さすがに、反乱を起こして自由に……などという考えは毛頭ないらしい。最初に訪れた1隻では、粛々とした雰囲気がある。他の2隻も同様だろう。
飛行船を動かす分には問題ないようだが、ややギクシャクした空気があるのは致し方ないところだろうか。
まずは船長代行を任せているマルシエル兵に労いの言葉をかけてから、リズは駆け足で配下一人一人の下へ向かった。
彼らにしてみれば、まさか一人一人に直接声をかけに来るとは思わなかったのだろう。いずれも、会いに行くと一瞬だけ真顔になる。中にはたじろぎさえする者も。
そして――直接労いに来たリズに、顔も合わせられないという者ばかりであった。
肝心の操縦者も同様で、リズからの言葉に「あ、ありがとうございます……!」と声を上ずらせる。
そんな彼ら操縦士に、「手を滑らせて、落っこちないようにね」と苦笑いで注文すると、彼らはクシャクシャな笑顔で応じた。
そうして一人一人の配下に声をかけていき……
当然のことながら、リズはもう一人の立役者にも感謝を口にした。
「アクセル。改めてになるけど、来てくれてありがとう。助かったわ」
「いえ、当然の事です」
代理船長の一人を務める彼は、穏やかな微笑を浮かべて答えた。
さて、3隻回って、気が付いたことが一つ。華々しい戦果を手にしながら、それでも少し複雑な空気漂う各飛行船だが……
アクセルに任せている船は、他の2隻とは違う雰囲気があった。どことなく漂う後ろ暗さは、他よりも少し薄れている。
代わりにというべきか、代理船長を務めるこの青年への、憧憬と敬服の念が感じられるような。
実際、乗り込み用員たちは、アクセルの働きぶりを知っている。骨折等、再起まで時間を要する重傷者は出ているものの、アクセルの働きがなければ、死者も出ていたことだろう。
そういった”もしかしたら”を思えば、彼に信望の目が向けられるのも道理である。
「どうしました?」
腕を組んで考えるリズに彼が問いかけ……少しして、リズは口を開いた。
「いえ、船長代理じゃなくって、正式にあなたに率いてもらうのもいいかもしれないって思って」
「えっ!?」
控えめなアクセルらしく、この打診には驚きを返してきた。
思いもしなかったというこの反応は、彼のものだけではない。周りにいる配下たちも若干の驚きを示している。
とはいえ、リズの言葉に異論を挟む様子はない。肯定的にすら感じられる場の空気に確信を固めつつ、彼女は言葉を重ねていく。
「戦力を分散しすぎるのは良くないけど……ひとまとまりでしか動けないとなると、いつか手一杯になるんじゃないかとも思うのよね」
「確かに。今回の動きはルブルスク向けの奇襲でしたけど、他のところも同時に狙われたなら……」
「どこを救うかで、足並みが乱れる恐れもある。まぁ、あなたを飛行船だけに縛り付けるのも、それはそれでもったいない話だけど……別件で動かざるを得なくなるかもしれないし」
「そして、それはリズさんの立場でも同様、ということですね」
言いたいことを先回りしてくれる弟に、リズは満足して微笑みを向けた。
飛行船部隊を指揮するといっても、常日頃こちらから攻めに行くという性質の部隊ではない。むしろ、本質はその逆であり、現状は敵の出方に応じて控えておく迎撃要員だ。
そういった部隊をいつでも出動できるようにするため、要員は常に待機状態にせざるを得ない。
しかし、肝心の指揮官であるリズを、いつでも出動できるように待機させておくというのはかなり難しい。飛行船の指揮以外にやるべきことは、きっと発生することだろう。
そこで、指揮官になりうる人材がもう一人欲しい。戦闘要員からの信望を集めつつ、彼らの消耗を抑えられる手腕の持ち主がいれば――
というのが、リズの考えであった。
「迎撃準備のためにと、私が他事に動けないというのも良くないし……私かあなた、どちらかが待機していれば出動できるという体制なら、色々と運用しやすいと思って」
「いざとなれば、二手に分かれてということもできますしね」
「ええ。私たちだけで決めるような話じゃないけど、具申のためにも、あなたには先に伝えておこうと思って」
とはいえ、提言すれば通るのではないかという感触はあった。
リズに代わって、ほぼ同等の立場で飛行船団を操ろうという、このアクセルなる青年の出自に関し、何らかの説明を求められる可能性はあるが……
そこは、ラヴェリア外務省がうまいこと取りなしてくれるだろう。今もまだ、外務省に籍を置いているはずなのだから。
(ま、姉上に面倒押し付けちゃう感じだけど……)




