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第306話 旗印のひとりとして

 一時的に議長不在となったマルシエル議会だが、この間も休みなく議論を戦わせているらしい。議長とセリアに案内されて講堂に近づくと、向こうの方から飛び交う、言葉と言葉の音が聞こえてくる。

 それでも、野放図な騒ぎには聞こえない。大変な事態の中ではあるが、議論としての秩序が保たれているように思われる。

 講堂の前に着くと、「私はここで」とセリアが一礼。彼女にリズは「行ってきます」と微笑みかけた。


 議場に現れたリズの耳に聞こえたのは、活発だが抑制の効いた討論であった。外から感じた印象通りのものである。

 その声も、リズや議長の登場でにわかに静まり返っていく。しんとした静寂の中、二人の乾いた足音だけが、天井の高い行動に響き渡たった。


 二人が向かった先は、議場の中心部だ。立派なイスが一つ置かれていて、その対面には演題。議長に促されるままリズが椅子に腰かけると、議長がその場の一同に、高らかな声で伝えた。


「今一度、ご紹介します。本日こちらにお越しいただきましたのは、ラヴェリア聖王国王女、エリザベータ・エル・ラヴェリア殿下です」


 彼女からの紹介が終わるなり、場の一同がスッと立ち上がった。そのまま、誰が音頭を取るでもない中で整然と揃った、深々とした一礼。

 これだけの人数、それも各々が確かな地位にある一大集団から、こうも礼節を示されたのはリズにとって初めてのことである。

 大列強の一国から、改めて自分という存在が正式に認められている光栄さよりも、場の空気にむしろ気圧される思いの方が勝る。


 とはいえ、みっともないところを見せられるわけもなく、リズは威儀を正した。

 少しして議員たちが着席し、さっそく議長が本題に入っていく。魔道具を用いた拡声器が、彼女の声を議場内に響かせた。


「まずは改めての再確認となりますが、我が国として殿下に接近したのは、何かしらの有事に備えた関係構築という面がありました」


 そういった話は、リズも耳にしたことがある。

 商人や船乗りを出自とするこの国は、他国のような王侯貴族を持たない。すなわち、数百年前の魔族との大戦争を生き抜いた英傑の血筋が、この国には流れていないのだ。

 そのため、一個人の武勇や格式と言った面では、どうしても他国に劣る部分がある。その点を補うため、ラヴェリアの末裔(まつえい)たるリズとは、持ちつ持たれつでやってきたという話なのだが……

 先の発言に、議長は「しかしながら」と、リズにとっては予想外の言葉を続けた。


「単騎で通用し得るほどの武力を、適切に運用するノウハウが我が国にあるかと問われれば、否というのが正直なところでしょう」


 議長の発言の後、議場の中央近くで立ち上がったのは、整った白髪の男性だ。軍服に身を包み、老境にありながらも、なお厳めしく壮健に映る彼が口を開く。


「我が国の海軍こそ、世界屈指という自負はございますが、それは平均的な兵の練度と、質と量を兼ねる軍艦の存在あってのことです。すなわち、組織としての力というべきものでしょうか」


 その後、彼はリズを一瞥(いちべつ)してから、再び議場を見回した。


「殿下ほどの勇者を、畏れ多くも一つの駒として扱うというのは、一介の将として興奮させられるものも、確かにございますが……扱いきるだけの将器があるという自負はございません。このような未曾有の事態にあってはなおのこと。私のみならず、他の将官も同様かと」


 つまるところ、この国の軍の在り方を踏まえれば、リズが傘下に加わったとしても持て余すと言っているのだ。

 軍令の長に続いて、国政を束ねる議長が口を開く。


「今回の騒乱においては、ラヴェリア聖王国より殿下をお預かりし、委任されている状況です。過去の経緯を踏まえてということですが……私どもでは殿下のお力を発揮しきれないのでは、と。であれば、ラヴェリアに一度お戻りいただくのも、一考の余地あるかと思われます」


 実際、単騎で戦局を動かしうる駒は、ラヴェリアに何人もいる。そういった猛者を運用するというのであれば、あの国に一日の長があるのは間違いないところ。

 リズ自身、その案は妥当に思われた。それに、アスタレーナの指揮下で動いてみるというのも、この状況下では効果的に考えられる。

 だが……議長の話には続きがあった。


「殿下ご自身が、一つの独立勢力を率いられるというのも、一つの手と思われます。国という意思決定機構を超えて動くだけの才覚がおありですし……自由に動いていただいてこそ、とも思います」


 リズの”これまで”をそれなりに把握している議員たちは、議長の言葉に無言の賛意を示した。最終決定はリズ自身の手に委ねられることに。


「もっとも、一度決めたからと言って、殿下のお立場がそれで動かせなくなるということではありません。先が読めない状況ですし、流動的に変える意味もあるでしょう」


「その上で、当面の方針を、ということですね」


「はい」


 決断を委ねられ、リズは少し考え込んだ。

 組織の一員、それもマルシエルという一大国家の中にあることで、得られる安心感というものはあるだろう。

 しかし、その枠を飛び越えて動き回ることで、新たに見えてくるものもあるかもしれない。この状況に対し、自分なりのやり方で、何かしらの貢献を――

 そう思えば、答えは自ずと決まってくる。議場の面々を見回し、リズは堂々と宣言した。


「貴国の指揮系統の外で、独自に動かせていただきたく存じます」


「かしこまりました……とはいえ、我が国を離れても変わらず、協力は喜んでさせていただきます。どうか、ご遠慮なく」


 そう言って手を差し出してくる議長にリズが応じ、議場は拍手の音に包まれた。

 改めて、リズを独立した一勢力として扱うことに決まり、それに付随して議長が話を続けていく。


「出向者につきましては、従前と同様の扱いと致しましょう」


「ありがとうございます」


 出向者代表のセリアは、マルシエルとのパイプ役として重要なのは言うまでもない。他の、海兵を主体とする出向者についても、現在逗留中のルブルスクを守る戦力となってくれるだろう。

 そしてもう一つ。神妙な顔で議長が切り出してきた。


「飛行船墜落事件が、殿下のお力で未遂に終わった件ですが」


「何か進展が?」


「投獄中の実行犯らに、世界の今を司法担当から説明いたしました」


 その言葉を耳に、リズは思わず息を呑んだ。

 議員たちの中に、ざわめきやどよめきがないあたり、この件はすでに討議や了承が済んでいるのだろうか。

 沈黙の中、少しだけ間を置き、議長は続けた。


「彼ら自身の犯行について、魔族の関与は認識していなかったようです。その上で、彼らは贖罪の機を強く求めております」


 その話を耳にしたリズは、彼らの処遇について、自分の口から一つ提案を投げかけていたことを思い出した。

 この機になって、その提起が彼女の手に委ねられることに。


「彼らの力が必要になる状況かもしれません。そして、彼らを扱いきれる将官がいるとすれば、それは……殿下をおいて他にないのではないかと思います」


 その言わんとするところを察し、リズはうなずいた。

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