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第30話 決戦地へ

 出撃当日。昨日の曇天が嘘のように、空は晴れ渡っている。

 一方で町の雰囲気はと言うと、やはり暗く沈んだままだが。


 ここメルバの町も、ロディアンと同じく農業が主要産業だ。安全のためとはいえ、外に出られないのでは不都合があろう。このままを数日続けるだけでも、後の痛手となりかねない。

 この町のためにと、朝から気力ある自分を確認したリズは、早速机に向き直った。昨夜、寝ながら考え込んだ魔導書を、実際に白本へと書きこんでいく。


 今回の作戦においては、それなりの値段がするこの白本を、一戦のために使い捨てる形となる。たまの機会に隣町まで出向いてバイトに励む彼女からすれば、無視できない出費ではある。

 とはいえ、今回の敵が想定通り、伝承の魔剣だとすれば……この程度の出費で捕えられたら、むしろ大金星と言えるだろう。

 なにしろ、大昔の国王陛下は、精鋭を率いてどうにかといったところなのだから。


 そのような伝承を引き合いにしてみても、リズは気後れを感じないでいる。

 絶対の自信はないが、怖じる気持ちもまるでない、決戦を前にして望ましいコンディションだ。精密無比のペンさばきも、いつもどおりに滑らか。

 メルバの町を覆う不安や当惑をよそに、彼女は揺ぎ無い自分を感じた。


 途中、朝食の休憩を挟んでからも、リズは執筆を続けた。

 初歩的な魔導書であれば、すでに2冊はいけそうな時間をかけているが、今回のブツは、この作戦のための特殊な魔導書だ。

 詰めの段階に入った彼女は、つまらないミスをしないよう細心の注意を払って、魔導書を仕上げていく。

 この執筆作業が完了したのは昼前のことだ。とりあえずの用意が整った彼女は、隣の部屋にいるフィーネに声をかけた。


「フィーネさん、準備できました」


「わかりました。お見送りしますね」


 フィーネの方も腹は(くく)ったようで、声に沈んだ感じはない。

 二人は宿を出て、巡視隊の詰め所へと向かった。


 話がすでについている巡視隊は、「もうそろそろ」という思いでいたのだろう。二人が訪れた詰め所は、緊迫感と、どことなく沈んだもの寂しい雰囲気が入り混じっていた。

 実際にリズの口から、もうそろそろ出撃する旨を伝えると、一層の緊張に包まれた。

 その中で一人の隊員が急いで駆け出していく。彼が町長を呼びに行く間、リズは最後の装備を調達することに。


 この詰め所で、彼女は一本の剣を借り受けた。何の変哲もない、ごく一般的な長剣である。

 女性の手で持つには重く長い部類に入る武器だが、試しに抜いて軽く振るう彼女は、まるで布でも振るうが如しである。

 その所作に、巡視隊員の緊張も、いくらか和らいだようだ。


 こうして装備が整った。できる限りの軽装をということで、装いは普通の長袖長ズボン。髪はアップで適当にまとめてある。

 武具の(たぐい)はというと、腰に魔導書を差し込むホルスターのような専用ケースと、借りたばかりの長剣だけ。

 悪名高い魔剣の征伐に向かうには、随分とシンプルな装備だ。


 剣の調達が済み、程なくして町長が到着。

 その後、一行で町の入口まで向かい、関係者にのみ見送られる形に。


 しかし……当然というべきか、張り詰めた空気はそれでいて暗く、湿っぽい感じすらある。

 これを嫌ったリズは、出撃前に少し考え込んだ後、ちょっとしたパフォーマンスを行うことにした。

 まず、彼女はかがんで小石を一つ掴んだ。それを入り口の門衛の手に。


「適当に、空へ放り投げてもらえますか?」


「わかりました」


 困惑しつつも、門衛は彼女の言うとおりにした。振りかぶって、外の空へと小石を投げ……

 2、3秒後。町から十分に離れたところで、小石に何かの青白い小さな光が炸裂。

 一瞬の間に小石は跡形もなく焼失した。


 小石に目を取られていた一行が向き直ると、宙に軽く手を構えたリズの姿が。

 手並みの一端を示した彼女は、呆気にとられる一行――ただ一人、フィーネは困ったように微笑んでいたが――に自信ありげに笑みを向け、「行ってまいります」と言った。


 町を出たリズは、とりあえず開けた辺りを進んでいった。

 しかし、まぁ……町の外は、なんとも長閑(のどか)なものである。

 昨日の曇天との差もあるのだろうが、清々しい晴れ間から陽光が差し、春風は草を優しくなでて波打たせる。

 自然は、今回の騒動をまるで関知していない。騒動の中心と目される物が伝承の魔剣だろうが何であろうが、そんなものはどこ吹く風である。

 大自然の前に、様々な営為がせせこましく感じられたリズは、一つため息をついてから気を取り直した。

 自然は自然、人は人、自分は自分。やるべきを、ただやるだけだ。


 彼女は目を閉じて、精神を研ぎ澄ませていく。張り巡らした《遠覚(テレタクト)》に何かが引っかかる様子はない。

 だが、敵はこちらの動きを読んでいる一一あるいは見ているのではないか、そんな予感が彼女にはある。


 敵に確実に来てもらおうと考えた彼女は、人里を十分に離れたところで行動に移った。敵を誘導するように、《遠覚》の魔法陣を、等間隔に刻んでいく。

 近隣の住人が外出していないのをいいことに、街道の上にも、これみよがしに。


 そうした挑発まがいのアピールに惹かれたのか、敵は反応を示してくれた。先日感知したような怖気の走る寒気が、数回に渡ってリズを襲う。

 しかし、彼女が真に恐れたのは、敵が反応しているフリをしているだけで、最終的にはスカされることだ。

 ノッてくれているのであれば、彼女としては、むしろ安心できる。


 それからも歩を進め、竜がいる山とはまた別の、やや低い赤褐色の岩山へと上っていくリズ。

 その山は彼女の見込み通り、天辺は広い台地となっている。周辺に人気(ひとけ)がないことも踏まえれば、決闘にはもってこいだ。

 相手には物足りないかもしれないが。


 自身で定めた決戦地に着いたリズは、腕を組んで敵が来るのを待った。

 絶対に来るという保証はないが……予感とともにボルテージが高まる感覚は確かにあり、彼女の鋭敏な知覚が緊張感となって肌を刺す。


 果たして、敵が姿を現した。円形の決闘場で、にらみ合う二人。

 敵の見た目は、剣を持つ人物は中年男性と言ったところ。妙に肌の露出が少ないのが気にかかるが、何かあるのだろうとリズは考えた。

 そして、おそらくメインの敵と思われる剣は、遠目に見ても忌まわしい気を放っている。


 敵を見てすぐ、それを収めるべき鞘がないことに気づき、リズは顔をしかめた。

 もっとも、予め想定していた可能性ではある。もしかすると、そういう“契約”なのかもしれない。

 すると、男は剣を両手で構え、その口から声が放たれた。


「ククク……行く先々に印を置き続ける獲物など初めてだ。思わず、″目″を疑ったぞ」


「外の世界はお久しぶりでしょう? 迷ってないかと心配でしたもので。短い間とは思いますが、どうかその目で世界を楽しんで下さいね」


「ほう……」


 男は感心したような声を上げ、口を閉ざした。

 その後、男の声とはまた別に、魔剣が大気を揺らして耳障りな”声”で話しかけてくる。


『我が正体を見破ったというのは中々。しかし運がなかったな。それとも、我が名を知らぬ無知ゆえに、正気を保てているのか?』


――我が名。名乗るほどの銘があると匂わせているあたり、やはり例のブツのように思われる。

 しかし、憶測が実際に形を帯びて目の前に現れたと感じられた途端に、リズは……


「……フッ、フフフ」


 色々なものが、何だか急にバカらしくなってきた。尊大な魔剣も、それを差し向け国で待つ兄弟たちも。

 突然、静かに笑い出した彼女に、魔剣は見下したような声を放つ。


『今になってようやく、正気を保てなくなったか。もはや笑う事しかできぬのであろう?』


「まさか。今回の事件、最初はあの(・・)インフェクター(汚染者)》の仕業かとは思ったけど……名高い魔剣にしては、あまりに慎ましい粗食ぶりだもの。あなた、あの名を(かた)ろうというナマクラでしょう?」


『ククク……他者の被害は気にも留めぬとでも? 想像以上に浅ましい小娘と見える』


 ある意味では、リズの心中を見透かしたような挑発。言外に、恩着せがましくも慈悲らしき何かをほのめかす魔剣だが、リズの心には届かない。

 彼女は、魔剣の言葉を一笑に付した。


「フフッ、斬りたくても許しが下りなかったんでしょう? 契約で縛られているのかしら。それとも、やろうとするたびにお伺いを?」


『ヒトというのは、いつの世も変わらんな……死ぬ前にこそ一段と(わめ)きよる』


「鎖につながれた犬は良く吠えること」


 この言葉で、二人の間の空気が一気に張り詰め、威圧的な気配がリズの肌を刺す。

 やがて、剣を構えた男が、ゆらりと重心を傾けた。

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