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第304話 この世界の今②

 アスタレーナからの現状説明は、まだまだ続く。


 今のところの報告では、敵勢の勢力展開は主に《(ゲート)》から呼び出すことでなされている。

 《門》の生成には大型の魔導石を用いられている。一回の開通で無尽蔵の行き来が可能になるわけではないようだ。

 実際、それはリズも目撃した通り。魔導石はあくまで使い捨てらしい。


「そこで……追加の戦力を現地調達する手段として、死霊術(ネクロマンシー)を用いているものと思われるわ」


「なるほどね。前もって用意しておくということも、ある程度は可能でしょうし……生きたまま(くだ)っている人間は?」


 難しい問いであることを承知しつつ尋ねると、アスタレーナは渋面になった。


「そもそものヴィシオスが、未だに人間を主体とする指導層を有しているかはわからない。ただ、魔族の下に人間が支配されているものと考えているわ」


「ラヴェリアとしての見解?」


「いえ、私一個人としての考え。諸国で連携するどころか、国としての統一見解に持っていくだけでも、まだ時間が必要だから」


 言われてみれば、事は今日始まったばかりなのだ。状況把握にもまだまだ時間が必要だろう。

 それでも、大筋で決定している事項はある。


「まず、人間側諸国の情報集積地として、このサンレーヌを使おうという話が持ち上がってるわ」


「革命以降の流れを汲む形ね」


「ええ。あの時からの情報網を活かせばということで。革命とは関係がなかった国にも働きかけ、追加の情報網が構築されつつあるわ」


 もとから、そういった国際協調の流れがあったことも、この動きの後押しになっていることだろう。足並みを揃えて立ち向かわねばならない中、良いニュースであった。


「それと、実戦力についてだけど……ラヴェリアから派兵する方向で調整が進んでるわ。途中航路の護衛は、マルシエル海軍も協力する形でね」


 これにリズは耳を疑った。世に名高い大列強二国が手を取り合うことが、他の国への強力なメッセージになることだろう。

 では、その兵団が向かう先だが……


「現時点で、主たる防衛目標はルブルスクと定まっているわ」


 冷静さを保って、アスタレーナは言った。

 特に驚きはない話であった。ヴィシオスに対する国策として、ルブルスクを橋頭保とする構想があるというのは、リズにとっても既知の話だ。

 そこで急に、リズはあの国に残してきた者たちのことが心配になってきた。

 ただ、彼女の胸中は、アスタレーナにとっては読みやすいものだったらしい。不安そうな妹を落ち着けるように、穏やかな表情で口を開いた。


「現時点では、派閥関係なしに国土防衛に取り掛かるご意向とのこと。国民がどこまでついていけるかは未知数だけど……」


 少なくとも、派閥闘争で指揮系統から乱れるという愚は犯さないだろう。それだけでも、まずは最低限の朗報というところ。

 それから、また複雑な顔になってアスタレーナは言った。


「エリシアは、あの国に留まるそうよ」


「えっ?」


 リズは思わず聞き返してしまった。エリシアにしてみれば、ラヴェリアに帰国する理由などいくらでもあっただろうに。

 しかし、留まるべき理由は少なくとも、帰国を促す理由よりはずっと太く深いものだったようだ。


「ここであの子が帰国したなら……ルブルスクにしてみれば、ラヴェリアから見捨てられた感が否めないかもしれないって。それに、ルブルスクに留まってあの子に何かあれば、ラヴェリアにとっては名折れでしょう。だから、自分がいた方が、皆の士気が高まるんじゃないかって」


「……自分の考えで?」


「そんなこと、他の誰かが吹き込める?」


 真剣な眼差しを向けた後、アスタレーナは「私だって、そこまでは言えないわ」と苦笑いした。

 エリシアを守るべき立場にあったリズとしては、なんとも複雑であった。本来の立場をまずはさておき、別件のためにこうして動き――ご主人から見れば、(あずか)り知らぬ遠地で寝込んでいたのだから。

 せめて、エリシアだけでも帰国していたのなら……護衛としての立場上、そういった思いがあったのは事実だ。


 しかしながら、護衛の立場を捨ててしまっていることを申し訳なく思う一方で、胸が熱くなる思いも確かにあった。

 あの、自分と同世代の令嬢は、ただ守られるだけの立場から明確な一歩を踏み出している。

 決して安全とは言えない中でも、きっと色々なものを見据えた上での決断を下して。


 今後、護衛と主人という立場は損なわれようが、通じ合える友人になれたようであった。

「私も頑張れそうだわ」と、士気の高まりを見せるリズに、アスタレーナは力なく笑った。


「まぁ……いずれあの子と会うこともあるでしょう。その時、色々と話すといいわ」


 ルブルスクに関しては、まだまだ気がかりなことがいくらでもあるリズだったが、アスタレーナは小さく(かが)んで、カバンから一冊の冊子を取り出した。


「現時点での速報というか、あなた向けの報告書よ」


「私向けの?」


 受け取ったものを(めく)ってみると、それは主にマルクが(したた)めた報告であった。ルブルスクだけでなく、セリアを通じてマルシエルの状況と意向、ラヴェリアの護衛たち経由で同国のことまでまとめられている。

 おそらく、リズが寝ている間、それぞれが気を回して細やかな仕事をしてくれたのだろう。

 決して、愉决なことが書いてある文書ではないが、リズは柔らかな顔になった。

 そんな彼女へ姉から「変わった子ね」と、少し困ったような顔で一言。


「別段、面白いものでもないでしょうに」


 と口にする彼女だが、妹を見つめる眼差しには優しいものがあった。


 国際情勢に関する話の結びとして、アスタレーナは一個人として動き得る戦力の現状について言及していった。

 早い話、今日のリズのご同輩である。


 まず、ラヴェリア長兄ルキウスは、軍の取りまとめに専念している。国王が政務の場に着くようになった今、ルキウスも戦場に向かってはという声も、無くはないという話だが。

 長兄が自由に動けないでいる代わりに、ベルハルトは各地を転々としている。増援も兼ねた親善大使、及び現場の士気向上のための派遣とのことで、ラヴェリア外務省管下での働きとなっている。


 下の弟妹も、今日はラヴェリア外務省やアスタレーナの意向に従い、世界各国へと助けに出ている。

 死霊術師(ネクロマンサー)ネファーレアは、同じく死霊術に長けた実母クラウディア妃とともに、死霊術の大軍勢を相手取って大立ち回りしているのだとか。


「私はよくわからないんだけど……超支配って秘術があって、相手が操る死霊を、そっくりそのまま奪い取れるそうよ」


「まぁ、あの二人なら、そういうことできそうだけど……」


 アスタレーナを始めとして、兄弟とは和解傾向にあるリズだが、あの二人には今でも思うところある。それでも、実力を認めるにはやぶさかではない。

――というより、実力者だからこそ、笑って捨て置けなかったのだが。


 あの母娘の話を耳に顔が渋くなるリズを前に、アスタレーナは苦笑いで話を続けた。

 法務・祭祀の王女レリエルは、今もラヴェリアに留まっている。

 とはいえ、それは政務のためではなく、召喚術を使えるためだ。安全ではあるのだが、ある意味では一番心身を酷使する状況にあり、彼女は休みなく精霊を操っては戦わせ続けているという。

「そのおかげで、救えた戦場は少なくないのだけど」と、アスタレーナは複雑そうだ。


 そして、ラヴェリア末弟のファルマーズはと言うと……


「ルブルスクへ向かったわ」


「えっ?」


「魔導石の大産出国だから、魔道具の原料には困らないでしょ? 早い話、技術協力よ。それに……飛行船を落とされたと聞いて、黙っていられなかったから」


「そう……」


 短い間だったが、自分の下であの弟の面倒を見た経験から、魔道具の平和的利用に強い信念のようなものがあることをリズは知っていた。

 そんな彼の胸中を思うと……思わず顔を曇らせるリズだが、すぐに気持ちを切り替えた。

 アスタレーナの話には、まだ続きがある。


「あなたがダンジョンで世話になった方々は、マルシエル政府の世話になっているわ」


「マルシエルの?」


「ま、後で行けばわかるわ」


 実際、マルシエルが無事だとわかっていても、あの国から受けた厚恩を思えば行かねばならないところだ。


 以上がアスタレーナが現時点で知る限りの、ざっくりとした現状である。彼女はため息をした後、「これで失礼するわ」とリズに声をかけた。

 その後、振り向いてサンレーヌの面々に、深く頭を下げての一礼。


「私から先に、長々と話をさせていただくことになり、申し訳ありません」


「いえ、謝られるようなことでは」


 もっと恐縮するものかと思ったリズだが、クリストフは意外と平気そうである。アスタレーナはサンレーヌに良く訪れるという話だ。それで免疫がついたのかもしれない。

 部屋を出る前、改めて頭を下げて出ていったアスタレーナを見送り――部屋の中が急に静まり返る。

 若干の居心地悪さを覚えるリズだが……黙りっぱなしというわけにもいかないだろう。それぞれ、相応に立場というものがある。

 それを承知しているのはリズだけではなく、まずはクロードが口火を切った。


「お加減いかがですか、殿下」と。


(ああ、やっぱりそういう話を聞かされているわけね)


 そう認識したリズだが、殿下と呼んできたクロードの言葉には、かなり冗談めかした響きがある。

「無理に殿下って言わなくていいのよ?」と応じると、クロードは「やっぱりな」と朗らかに笑った。

 それから、リズはクリストフに顔を向けた。


「どこからどこまで話されました?」


「それは、アスタレーナ殿下とリーザさんの関係から始まって……そこから、例の革命の話にも飛びましたし……」


「ま、色々ってとこかな」


 マルグリットが、なんとも雑にまとめて結んだ。

 ”色々”の中にどれだけの話があったかは不明だが、この三人の様子を見る限り、信頼関係が崩れてはいないように映る。

 だとしても、言わねばならないことはあった。


「今まで黙っていて、本当にごめんなさい」


「……そうは言うけどなぁ、言われたって信じたかどうか」


「確かにね」


 青年二人が笑い合う。


「仮に、あの革命の中で本当のことを言われても、確認する(すべ)はありませんでした。きっと、無意味に混乱して、それで終わりだったでしょう」


「そもそも、革命に加わった人の中には、反ラヴェリアみたいなムードが結構あったしね」


 実のところ、母国から追われる身のリズにとって、そういうところにシンパシーを覚えないでもなかった。

 ただ、そうは言っても、隠し事に関してはやはり心苦しく思う部分はあるのだが……

 未だ顔が晴れないリズに、クリストフは尋ねた。


「ところで、リーザさんが今日、こちらへいらした理由は?」


「それは……こちらも大変なことになっていたらと、不安になりましたから」


「それで充分ですよ」


「だよな」


 それだけ口にして、後はとやかく言わないでいてくれる友人たちに、リズは「ありがとう」と応えた。


 そこへ、マルグリットが口を開く。


「リーザって、黙ってるとクールっぽいけど」


「っぽいけどって……いえ、それで何?」


「割と、(ほだ)されやすそうなところあるよね」


「何なら、革命の時からそうだよな。最初は金のためとか自分試しとか、そんな感じで売り込んできたけど……」


「まぁ……のめり込んでいく感はあったかもね」


 と、口々に言う三人を前に、リズは少し頬を赤らめた。

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