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第301話 思いがけない増援

 ロディアンを救ったリズが次に訪れたのは、かつて革命を手助けした地、ルグラード王国ハーディング領である。

 しかし、転移先の選定には少し難儀した。


 先ほどの山岳地帯で死霊術師(ネクロマンサー)と遭遇したことを踏まえれば、以前に同様の術師と遭遇したモンブル砦が怪しく思われる。

 その一方、街道上の砦などではなく、もっと直接的に町が脅かされるのではという懸念もあった。

 狙われる可能性が高そうなのは、大陸の玄関となる港町、トーレット。まずはここを潰しにかかるというのは、戦略的にも納得のいくところだ。

 あるいは、ハーディング領の中心地である都、サンレーヌか。

 革命の影響で、サンレーヌは今や国際協調の象徴的な立場にある。革命で得た諸国の関係をもとに、それをより一層緊密にしているのだ。

 この動きを、ヴィシオスやその背景にいる者どもが感知していないとも考えにくい。

 これからの諸国の足並みを乱すという意味では、サンレーヌを攻め落とすことに大きな戦略的意義があるように思われる。


 いくつかある可能性と選択肢を念頭に、熟考したリズが選んだのは――

 領都サンレーヌである。

 モンブル砦は怪しくはある。今となっては無人の砦は、敵方にしてみれば拠点化しやすく、橋頭保として持ってこいであろう。

 しかし、リズにとっては喫緊の防衛対象ではない。となると、結局はトーレットとサンレーヌの二択になるのだが……


 サンレーヌを選んだのは、こちらの方が色々と情報が早そうだからというのが大きい。このような状況にあっては、諸国も情報を出し昔しみする意味はないはず。

 仮にサンレーヌが無事で、別のところが襲われているのなら――気持ちを切り替えて、そこへ転移すれば良いだけの事。


 割り切って賭けに出たリズだが、空間を飛んでサンレーヌ近郊のちょっとした林に出るも、周囲は静かであった。

 この辺りは安全なのだろうが……一度、木々から出て素早く周囲に視線を巡らせる。街道沿いに何か不穏な感じはない。

 サンレーヌ方面も、城から城下の市街に至るまで、何か事が起きているような騒々しさはない。


 だが……サンレーヌから出ていく人の群れを認め、リズの心臓が跳ね上がった。

 逃げ惑う人々ではない。統制を保ったまま、武装した小集団が走っている。


 思わずリズは駆けだした。

 彼らが向かうと思われる道の先からは、馬が走ってくるところであった。

 目を空の方に向けると、ロディアン近郊と同様、暗澹(あんたん)とした曇り空が広がり――その中に、黒い一点。そこから地へと落ちていく、粒のような何か。

 相当の距離を隔てていても見える何かが、この現世に投入されている?


 そして、今まさに脅かされているであろうその地に、リズは思い当たるものがあった。

 サンレーヌの都近郊に新設するという飛行場だ。

 ここからはるか遠く、ルブルスクで目に焼き付いた、あの光景が脳裏に思い浮かぶ。

――革命を共にした友人たちに、何かあったのでは。


 脳裏に浮かぶ陰惨な光景を頭から追い出し、リズはただ、次なる戦場へとひた走った。

 そうして現場に近づきつつあった彼女は、やや小高い丘に目を向けた。状況把握にはちょうどよい。

 さっそく駆け上がり、彼女は周囲を一望した。


 サンレーヌから繋がる街道の先には、やはり飛行場らしき広い敷地があった。

 らしきというのは、もはや戦場となっていて、正確なところは判然としないためだ。広い敷地を囲うフェンスの存在が、数少ない判断材料である。

 空に空いた黒い穴からは、相も変わらず何かが下へと落ち続けている。落ちて何かが飛散し、そこから獣が現れる辺り、魔獣の卵であろうか。

 別空間から絶えず注がれる脅威を前に、思わず手を握るリズだが……


 同時に、違和感もあった。

 一目見た限り、人の亡骸は見受けられない。片付けたのかもしれないが……それよりは、何らかの魔獣の遺骸らしきものが散乱している様子が目に付く。

 それに、サンレーヌの兵と思われる人間側部隊は、今も統制が維持されているように思われ……


 一方、兵の集団からは一騎が突出している。

 その武器は、遠目で見てもそれとわかる程度の遠大なリーチと、煌々たる存在感を放つ青白き光の刃。

 振り回されるこの武器を前に、押し寄せんとするはずの魔獣も、どこか及び腰に映り……中には追い回され、逃げ惑う個体も。.

 そうしたはぐれものを、兵の集団が討つという構図が出来上がっているようだ。


 図抜けた戦闘力を見せつける、その光の刃の使い手に、何人か心当たりがある。

 とりあえず合流をと、リズは現場へと急いだ。

 丘を駆け下りてすぐ、飛行場を囲む高いフェンスへ。軽々と飛び越え侵入を果たした彼女に、兵の一部が気づいたようだ。

 思いがけない客の登場に、いくらか驚きを見せる兵の姿も。

 そのうち、指揮官らしき壮年の男性が彼女に声をかけてきた。


「貴君は、サンレーヌの兵ではないな?」


 この問いかけに素早く思考を巡らせ、リズは答えた。


「ハーディング革命の折り、お力添えをさせていただきました、エリザベータと申します」


 あえて、他の兵たちにも良く聞こえるようにと、彼女は意図的に大きな声で応じた。

 関係者の内では、革命の立役者の一人とも名高いその名前は、市井に大々的に知らせるものではなかったが……

 こうした治安関係者の間では、少なからず今も通る名であったらしい。

「あの、魔神殺し(デモンスレイ)の?」という声も聞こえる。

 指揮官の男性もまた、エリザベータという名には覚えがあったようだ。目を見開き、「あなたが……」と口にした。


「ここへは、応援に来られたということでしょうか?」


「はい。何かご命令があれば、それに応じますが……」


 すると、指揮官は戦場を今一度見回した。すぐに、彼の顔が渋いものになっていく。

 その考えは、リズも察するところであった。彼らの方は、おそらく大丈夫なのだろう。周囲に魔獣らしきものは見当たらず、今も健在の敵まではかなり距離がある。

 一番の激戦を繰り広げている、あの単騎の猛者にこそ、手助けが必要なのかもしれないが……だとしても、そうそう言い出せるものではない。

 そこでリズは、フッと微笑んだ。


「特にご指示いただけないようであれば、こちらで勝手に動きますが」


「……確かに、我々の指揮系統につき合わせる道理はありませんが、もしや」


 勘の良さそうな指揮官に、リズはただ無言でうなずき、戦場の中心へと駆け出した。


 彼女の接近を、魔獣たちも感じ取ったのであろう。

 魔獣とは、一般には現世の野生動物をベースに、魔術で改良を加えたとされる生物だ。

 リズとしては、現物を目にするのは初めてだが……本で見たような連中ではある。

 現世において猛獣と呼ばれる動物たちを二回りほど大きくし、体からは威嚇的な角や棘が飛び出している。

 そればかりか、黒い瘴気や炎をまとうものも。


 そんな恐るべき怪物たちも、結局は光る刃の使い手から逃げているだけなのだ。

 そして今、まだマシ(・・・・)と思われる方にと、襲い掛かってくるところだ。


(ナメられたものね、まったく)


 初めての怪物たちを前に、リズは何ら怖気づくものがなかった。

 確かに、野生の猛獣とは比べるべくもない巨体の持ち主ばかりだが、あの怪鳥に比べれば、まだ小さく見える。


 あと数秒でぶつかり合うという段階で、彼女は腰に携帯した魔導書に手を伸ばした。

 怪鳥退治に多くのページを費やし、かなりスカスカの魔導書だが、まだ十分使える。

 彼女が手にした魔導書を前方に放り投げると、無造作に開かれるページから、彼女の魔力を受けて誘導弾が何発も飛んでいく。

 さすがの図体に、数発程度ではようやく(ひる)むぐらいだが……


 リズの腕の前ではそれで充分であった。

 魔弾の連撃を受け、これをこらえる巨大オオカミに、彼女は《貫徹の矢(ペネトレイター)》を放った。

 眉間を射抜かたオオカミは全身を一硬直させた後、その場で倒れて動かなくなる。


 実際、体の大きさは脅威ではあったが、魔獣たちにとって良いことばかりというわけでもない。先頭が急に倒れたことで、後続にとっては明らかに邪魔になっている。

 倒れ伏す巨体を踏みつけることもできず、後に続く魔獣たちがぶつかり合い、突撃の勢いを削がれていく。


 この機を見逃さず、リズは団子になっている魔獣の群れへと、《火球(ファイアボール)》の連射を叩きつけた。

 爆発音よりも大きな悲鳴が天地を揺らす。《火球》の直撃に体の一部が飛び散る魔獣も少なくない。

 一方で、先陣を切っていた障害物も片付いたらしい。改めて突撃を敢行する魔獣たちだが……《火球》の直撃はタダでは済まず、突進の勢いは弱い。


 こうして一度弱らせた敵を葬ることなど造作もない。

 貫通弾で急所を居抜き、剣を手にとっては首をはね、心臓を一突き。流れるような動きで、リズは一体一体を手早く片付けていった。


 その間も、戦場の中心では光の刃が踊っていた。

 無造作に暴れ回っているようだが、一振りするごとに軽々と魔獣を絶命させるその威力は、実に恐ろしいものがある。

 巻き込まれはしないだろうと思いつつも、若干の不安が拭えないリズだが――彼女は無事、合流を果たした。


「……エリザベータ?」


「お久しぶりね」


 光の刃を振り回していたのは、ラヴェリア第二王子ベルハルトであった。

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