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第299話 奇襲の裏側

 奇襲により、リズは目論見通り敵を始末することに成功した。黒いローブに身を包む敵は、もう微動だにすることはない。

 彼女は剣を軽く振るい、血を払った。ジャケットを脱いでブラウス姿の今、白い服にはところどころ小さな赤い斑点が。


 返り血から視線を移すと、うつ伏せになって倒れている、おそらくは死霊術師(ネクロマンサー)と思われる魔族。

 何かしら情報を引き出せれば……と思わないでもないリズだが、口を割るかどうかも怪しい。

 それに、尋問の準備にも乏しいことを思えば、後腐れのないように殺すのが賢明であった。


 後は、竜へのサポートであるが……支配者を失った亡霊(スペクター)の挙動は、まるきり統制を失っている。

 これではかえって、掃除に手を焼くかもしれない。

 まずは合流をとリズは空を見上げ、帰還用に仕込んでおいた魔法陣に、精神を集中させていく。


 そうして彼女は、ほとんど間を置かずに合流を果たした。

 事前の仕込みの甲斐もあって、戻りの早さには竜も驚いたようである。


「おぬし、本当に働き者だのう!」


「恐縮です」


 答えつつ、竜の背から眼下へ目を向けると、大いなる存在を前に亡霊たちが恐れおののいているところだ。

 大きな群れでは狙われると思っているのか、それなりの集まりが分割され……

 かと思えば、一人も心細いのだろう。勢いあまって千切れすぎた小集団が、再び寄り添うように動く。

 そんな無秩序な離合集散を繰り返す亡霊を前に、竜は「どうしたものか」と困惑を口にした。


「適当に攻撃するというのも、地形に悪そうでの……」


「私が蹴散らします」


 言うが早いか、リズは龍の周囲にいくつかの魔法陣を展開した。祓魔術(エクソシズム)の初歩である、《陽光破(ソルブラスト)》だ。本来は、日光などを光源に、光を収束させて不死者を焼き払う魔法だが……

 竜がまとう清浄の気は、日光の代用品扱いするのが失礼なほどに、祓魔術の力の源泉として好適であった。

 清らかな力が凝集され、放たれる光の槍が、亡霊たちの群れを引き裂き滅していく。


 力の出どころが竜ということもあり、魔法陣の操作を除けば、リズにとってはさほど負担のない殲滅工程である。

 一息ついた彼女は、魔法陣による光の槍の部隊を操りつつ、竜の首元に腰を落とした。

 竜の太い首には細長いロープが(くく)りつけられている。彼女がそれを手繰り寄せると、下から発光体が近づいてくる。

 両袖にロープを通した、彼女のジャケットだ。

 その背には祓魔術の一つ、《光輝の法衣(ブライトローブ)》の魔法陣が刻まれており、竜が放つ白い光に呼応するように、この白衣もまた強い光に包まれている。

 先の奇襲の後片付けを並行するリズに、竜が話しかけた。


彼奴(きゃつ)を仕留めた一連の流れ、説明を求めても構わんかのう?」


「はい、もちろんです」


 行動に出る直前では、機を逃さないようにと、細かな考えについてはかなり端折っていた。

 そこでリズは、例の死霊術師を始末した件について、改めてその考えを口にしていった。


 一番の要点は、相手が逃げるかどうかだ。亡霊の大集団がいなくなれば、その場に留まる理由はないだろう。

 しかし、そうでなければ、ある程度は戦場に留まる心づもりがあるのでは……という見立てがあった。


 術者が去れば、残る亡霊が掃討されるのは明白。

 ならば、ある程度は戦場に留まり、大軍勢という駒を使い捨てにしてでも応戦する方が、逃げのタイミングを計る上でも上策ではないか――

 そんな思考が相手にあると、リズは考えていたのだ。


「相手が魔族であれば、いざという時に転移で逃げるという選択肢もあるのではないかと思います。いかに魔族といえど、全てが転移に熟達しているというわけでもないのでしょうが……」


「ふむ、今となっては詮無きことか」


 そうして、転移の存在を念頭に策を組み立てていったリズは、早い段階で相手を陰から仕留めるような詰めを構想していた。

 亡霊の軍勢が周囲にある中、魔族とまともにやり合うのでは、あまりに分が悪い。


 そこで一つ目を付けたのは、敵が潜伏すると思われる地形だ。

 山肌を爆散させ、舞い散る土石で亡霊たちを保護して見せた術者だが、渓谷の崩落から自身の身を守る算段は不可欠だったはず。

 おそらく、自分たちが隠れ潜むのに好適な地形があったのではないかと、リズは推察した。


 実際、彼女自身、国を追われたばかりの頃に、この山岳へと足を踏み入れている。その際の鬼ごっこの経験から、隠れ潜めるような地形には察するところがあった。

 こうした地形を相手が利用しているのなら、自分もまたこれを利用し、奇襲に(つな)げられるのでは、とも。

 近づくにあたっては短距離の転移を用いればよい。万一奇襲に失敗したとして、危なくなれば帰還用の転移魔法陣を用意しておく手を使うこともできる。

 そういう手を使える人間がいると知られたくない以上、本当に非常用ではあるのだが。


 転移で接近したとして、すぐに気づかれれば元も子もない。相手の注意を空に引き付け続けるための備えも必要だ。

 竜からロープで吊るしたジャケットは、そのためのカモフラージュである。互いの距離を考えれば、ロープに気づかれる可能性はかなり低い。

 《光輝の法衣》の都合上、かなりまばゆい光に包まれるのも、偽装には好都合だ。遠目に見て、人影っぽくあればそれでよい。


 そうして出来上がる構図は、竜という大火砲に、随伴する守り手というもの。亡霊の大軍勢を前に接近戦を仕掛けづらいものと見れば、敵としても腑に落ちる布陣であっただろう。

 また、竜にあっさりと隠れ家を見つけられたことには、敵も肝を冷やしたかもしれないが……大局的に見れば、動かされたのはリズたちの方である。

 よって、あの状況下では敵が伏兵や別動隊を、そこまで真剣に憂慮する合理的な理由はなかったものと思われる。


「実際、相手の根城のようなものだからこそ、今日まで露見せずに亡霊の軍勢を率いていたわけですし」


「なるほどのう」


 そうして、まずは射撃戦、あるいは亡霊を待ち構える布陣を印象付けた上で、転移によって強襲したわけだ。

 亡霊保護のためにと、敵が砂塵を用意してくれたのも、中々都合が良かった。転移で接近した際、見つかるリスクを減らしてくれる。

 加えて、あえて《追操撃(トレイサー)》の狙いを乱雑にすることで、相手の警戒を少し削ぎつつ、周辺に自然と魔力を飛散させることもできる。


 さらに言えば、敵にとっては本題であるところの、竜とのやり取りがある。亡霊の大軍を制御する必要も。

 そのような状況下では、重なる偽装の先の転移に気づくのも容易ではないだろう。

 仮に気づかれたとしても、リズにしてみれば挟撃に近い状況である。相手の平静を奪えれば、短期決戦に持ち込めるのではないかという腹の内だったが――


「思っていた以上に、うまく事が運びました」


 何でもなかったかのように言い放つリズに、竜は感嘆の(うな)り声をあげた。


 さて、残った亡霊たちの掃討にとりかかった両名だが、完全な始末となると骨が折れる。

 それに……これほどの軍勢を率いていた術者を倒したばかりだというのに、リズは安堵よりも、むしろ底知れない不安に襲われていた。

 こんなところにまで敵が潜んでいたのだ。他のところ――今まで世話になった各地は、どうなってしまっているのだろう。


 そんな彼女の焦燥を知ってから知らずか、竜は言った。


「さすがに、完全に始末するというのは難儀よのう……」


「中途半端に終わらせるようで、少し抵抗はあるのですが、このあたりで済ませましょうか」


「うむ、そうするとしようか」


 渡りに船な言葉に乗っかり、その許しを得て、リズは思わず胸を撫で下ろした。

 散り散りになった亡霊たちは、今もそれなりの数が存在するが……

 ここから人里までは相当の距離がある。放っておいても直ちに脅威となることはないだろう。

 魔族に使われていた事実を思えば、拭いきれない不安の念はあるが、リズはそれを割り切った。


 戦場となった山岳に尾を向け、竜が飛んでいく。相変わらず暗鬱な雲が覆う空の下、巨大な翼が風を切って進む。

 その向かう方角に、リズは小さな違和感を覚えた。向かい風の中、竜にしがみつきながら大声で問いかけていく。


「あの山に戻られるのなら、進路が少々ずれているのではありませんか?」


「うぬ? 何を言っておる。あの町の者たちに話してやるのが先決であろう?」


 確かに、怪鳥とやり合っていた時点では、ロディアンの町にかなり近かった。この竜が、あの町や住まう者たちのことを気にかけているようで、それは大変喜ばしくある。

 一方で、これから何を話したものかと思うと、心の中に何か定まらない惑いがあるのを彼女は認めた。


「迷惑だったかの?」


 不意に尋ねてくる竜に、リズはハッとした真顔にさせられた。


「いえ、決してそのようなことは!」


「ならばよい。そこで楽にしておれ」


 戦い終わった後の(ねぎら)いのような、あるいはそれ以外の含みもあるような。優しい声かけにリズは小さく息を吐いた。


(本当に気遣われているのは、私の方なのかも……)

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