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第297話 怪鳥の操り手

 一度、敵の数を減らしてしまえば、後は流れるように片付いていった。

 先に一体を退治したことで、ある程度のコツを(つか)んだということもある。使いかけの魔導書の空きページでも、敵を拘束するには十分だ。

 風の縄で締め上げられた怪鳥を、竜の白い吐息が撃ち貫き、消滅させる。


 そうして最後に一体が残った。


「さて、どうしようかのう」


「様子を見たくはあるのですが」


「ほう」


 残った一体を目で追いながら、リズは自身の考えを口にしていく。

 あの怪鳥は、どうも何者かに操られているのではないか、と。

 この近辺を治めるアルレフィム王国と、ラヴェリア王国の間には山岳地帯がある。リズも訪れたことがある場所だが、そこには怪鳥が生息しているという話だ。

 もっとも、今戦っているような、悪しき気配を(はら)む怪物ではない。単に図体が非常に大きい鳥として知られる程度だ。


「――ということで、あの辺りに生息するとされる怪鳥が、何者かの術の影響下にあったのではないかと」


「なるほどのう。そこで一体残してやり、巣に帰るかどうか試してやろうというわけかの?」


「その通りです」


 しかしながら……怪鳥は依然として、退くことなく攻撃を続けてくる。

 旗色が悪くなったからと言って逃げないあたりは、むしろ術者の居場所を気取らせないための、操作があることを疑わせないこともない。

 いずれにせよ、待てども進展を示さない以上、この場で倒すよりほかないようだ。


「して、どうする? 魔導書は品切れであろう?」


「すでに記述してあるページだけですね」


 風の牢獄のため、根本から多くのページが引きちぎられた魔導書を手に、リズは答えた。なんとも無慈悲な使い方をしたものである。

 残るページに記された魔法陣はというと、弾幕展開用の《追操撃(トレイサー)》がほとんど。あの怪鳥を討つとなると、荷が重い。


「とはいえ、もう一体だけですし……御身を囮にするようで恐縮ですが、私が攻めに行って殺すのが、一番手っ取り早いかと」


「フーム。すでに実績があるしのう。任せるとしようか」


 最後の一体が果敢にも繰り出す攻撃の雨の中で、何事もなくあっさり話がまとまった。

 ひとつ懸念があるとすれば、主たる防衛要員のリズが竜の背を一時的に離れること。いくらか攻撃を素通しにする可能性はある。

 しかし竜は、問題ないと請け負った。


「おぬしのおかげで、随分と調子が整うてな。多少の攻撃ならば、どうということもあるまいて」


 なるほど、過ぎた心配だったかもしれない。そう思い、リズは敵に目を向けた。

 最後の一体は、できる限り攻撃されにくいようにと考えがあるのか、こちらよりも上に陣取っている。

 ここからさらに上がって攻め入るには、やや骨が折れるかもしれないが……

 ジェステラーゼとの一戦を思えば、何のことがあろうか。


「次の一発を撃たせ、その隙に攻め入ります」


 宣言とともに、リズは敵の挙動に精神を集中させた。

 それからすぐ、怪鳥から黒き魔弾が放たれる。

 幾度も見たこの攻撃に、リズは上向きに《魔法の矢(マジックアロー)》を連射していった。加えて、誘導弾も数発。

 迎撃された魔弾が宙に飛散し、突如発生した魔力の陰から、追撃が怪鳥へと迫る。

 怪鳥は耳に障る不快な鳴き声を上げ、追いすがる誘導弾を避けようと動きだした。


 そこでリズは、竜の背から大きく跳躍し、さらに《風撃(エアブラスト)》で上方へ急加速した。

 執拗な誘導弾に追われる怪鳥。その逃げていく方に、リズは突如先回りした。

 これに泡を食った怪鳥が、翼を大きく広げて威嚇。かと思うと、広げた羽根を素早くたたんで、羽根の群れを飛ばしてくる。

 だが、リズの動きをまるで捉えきれていない。羽はただ、誰もいない空を通り抜けるばかりだ。

 黒い群れとすれ違うように、その上を通り過ぎ、彼女は風を操って怪鳥に迫る。


 そして、彼女は腰の剣を抜き放ち、敵に向かえて構え――すれ違いざま、巨大な敵の背面に剣を突き立てた。

 突き刺した剣を力強く掴み、これを軸にクルリと身を翻す。彼女は流れるような所作で敵の後背に取りついた。

 背に負った小さな脅威を振り下ろさんと、怪鳥が金切り声を響かせ、身をよじって暴れ回る。


 振り落とされまいと、彼女は渾身の力で敵の背に留まり続けた。取りついた背部から、敵の頭部へめがけて何発も魔弾の集中砲火を浴びせつけていく。

 この距離では避けようもない。叩きつけられる怒涛の連撃に、怪鳥は必死の抵抗を見せ、空でのたうつも――徐々にその力が損なわれていく。


 やがて、大人しくなった巨体が滑空を始めた。

 力なく落ち始めたその兆しを感じたリズは、剣を抜き放ち――気の緩みを毛ほども見せず、怪鳥の首を一刀で断ち切った。

 切断面からは、怖気の走るような、ドス黒い血が噴き出していく。

 後は落ちていくばかりの巨体から、彼女は宙でバックステップを踏んで離脱した。


 それからは以心伝心である。宙を滑空する亡骸目掛け、竜は白い吐息を放出。激しい蒸発音を立て、怪鳥だった物体が消し飛んでいく。

 やがて、かすかな残滓が残るばかりとなり、リズは再び龍の背に戻った。


「おぬしに任せると、さすがに早いのう」


「恐縮です……この後どうしましょうか?」


「うむ、黒幕がいるのではないかという話か」


「そのことですが」


 一戦終わって少し落ち着いたところ、リズは改めて世界の状況について伝えた。世界中で黒い《(ゲート)》が空に現れ、魔族が襲撃を仕掛けてきている、と。


「その背景に、ヴィシオスの手があるのではないかとも考えられます。おそらく、裏で魔族と手を組んでいるか……」


「あるいは、もとより魔族の傀儡(かいらい)であったのかもしれん」


「はい」


 あのヴィシオスは単なるならず者の大国ではなく、すでに魔族の息がかかっている国という可能性も十分にある。

 そうした点を踏まえると、今回の戦いも裏で何らかの魔族、あるいはヴィシオスの手先が動いている可能性がある。

 ならば、怪鳥を動かしていた術者がいないかどうかの確認。できることなら尻尾を掴むか、始末まで済ませておきたくはある。

 リズの意向について、竜も賛意を示した。


「近所に良からぬ輩が潜むようでは、おちおち昼寝もできまいて」


 難物を片付けたばかりとはいえ、まだ予断を許さない状況下ながら、ユーモアを見せる竜にリズは微笑んだ。


「ですが、肝心の敵の気配が……」


「そこは任せるがよい。これでも鼻が効く方でのう、鼻突く邪気など殊更よ」


 確かに、この竜が全身にまとう清らかな白い気は、怪鳥が身に秘めていた邪気と対照的だ。その嗅覚に頼ることにし――

 ふとした拍子に、リズは腰を抜かしてしまった。


「おぬし、相当無理をしていたのではないか?」


「いえ、少し気が緩んだだけです」


 戦い詰めの一日ではあるが、まだまだ戦える。若干の疲労感を覚えつつも、まだ余力は十分にある。

 特に気負うこともなく答えたリズに、竜は「ふーむ」と口にし、少し間をおいて続けた。


「まあ良い、しばらく楽にしておれ」


 どこか優しい声音の言葉。これにリズは、素直に「はい」と答えた。

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