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第296話 ドラゴンライダー・エリザベータ

「背に乗って戦え」という竜の申し出は、リズにとってかなり恐縮するものではあったが、実のところ渡りに船といった面も確かにある。

 接近戦を仕掛けようにも、巨大な敵が宙に三体というのは、いかに彼女でも相当難儀だ。

 ならば、力を合わせるのが勝利への近道と言える。


 彼女はまず、防御と観察に専念することにした。相方の戦いぶりやリズムなどを確かめ、より効果的なチームワークを発揮するためだ。

 自分自身の手で竜を守れるということもあり、敵はまだ健在ながら、心を急かすほどの状況にはない。

 とはいえ……


 巨体に見合わない動きを見せる竜だが、それは怪鳥も同じことであった。

 曇天の下の暗がりを裂く、竜の白い吐息も、巨大な漆黒の翼がヒラリヒラリとかわしていくばかり。

 明らかに精彩を欠くその攻め手は、こうした戦いへの不慣れを露呈するものであった。

 ブレスへのお返しにと、別の怪鳥が後背へ回り込み、邪気に満ちた黒い魔弾を口から放つ。

 これを《魔法の矢(マジックアロー)》の連射で爆散させるリズ。


「う~む! やはり、おぬしがいると違うのう!」


 朗々とした声で賛辞を呈する竜だが……


(今まで、こんなのをまともに食らってらしたのね……)


 迎撃された魔弾からは、爆ぜた悪しき力が染み出して宙を灰に染める。そのような敵の攻撃を目の当たりに、リズは顔をひきつらせた。


「失礼ながら、直近での戦闘経験をお伺いしても?」


「ざっと……600年近くは、平和そのものであったかのう」


 鷹揚な古龍は、いまだ黒い羽根の雨が襲い掛かる中、遠大なスケールの話をさらりと口にした。


(600年前ってことは、大魔王が封印されるあたりね……)


 つまるところ、その後に訪れた人の世においては、人々の間で戦いが繰り広げられようと干渉はしなかったということであろう。

 逆に言えば、今になってこの竜が動き出している事実が、かつての大争乱の再来を思わせる。

 悠久の存在とのやり取りを経て、世界が直面する今を再認識し、リズは思わず体を震わせた。


 そのような状況下ではあるが、「老いぼれですまんのう」と()びる竜には、思わず苦笑いしてしまう。

 依然として襲い来る攻撃を苦笑いでいなしつつ、リズは声を張り上げた。


「では、勝利までの算段は、この若いのにお任せくださいませ!」


「もとよりそのつもりよ!」


 それは全幅の信頼か、それとも丸投げか……


(まぁ……両方ってとこかしら?)


 何であれ、これほどの超常の存在に、いかにして戦うべきかを指し示すのだ。これまで、多くの戦いに一人で身を投じてきたリズにとっては、心弾まないといえばウソになる。

 胸の奥で沸き立つものを覚えながら、彼女は思考を巡らせていった。


「とりあえず、方針としては……一匹ずつ仕留めるか、まとめて殺すかのどちらかになるのですが」


「物騒だのう」


 剣呑な言葉が抵抗なく出るリズに、竜はポツリと(こぼ)すように答えた。


「一掃できれば、それに越したことはなかろうが……」


「やはり厳しいですね」


 ある程度の大きさまでであれば、敵集団をまとめてという戦法にも意味はあろう。

 しかし、今回の敵はあまりに大きい。本来は集団向けの《火球(ファイアボール)》でさえ、敵の全身を焼くには力不足というのだから。


 となると、やはり一匹ずつ仕留めるのが上策だろう。頭数を減らせば余裕が出てくる。

 敵の攻撃とこちらの守りが拮抗する状況だからこそ、何かしらのリソースをなげうってでも、戦局をこちらに傾ける意義はある。

 そこで、手っ取り早い攻撃方法を思案し――

 リズは閃いた。


「仮に、閣下の白い吐息が直撃したとして、あの者どもにどれほど効くでしょうか?」


「さぁて……当てた試しがのう」


「し、失礼しました」


 つい謝ってしまうリズだったが、彼女は襲い来る黒い羽根の雨を蹴散らしながら、竜に提案を持ち掛けた。


「まずは一体、当たるように仕向けて御覧に入れましょう。それで一撃、試していただけれれば」


「ほう!」


 意気ある回答にリズは顔を綻ばせ、さっそく準備に取り掛かった。

 取り出したのは魔導書。空きページにひたすら、同じ魔法を転写で書き込んでいく。

 奇数ページには《風撃(エアブラスト)》、偶数ページには《念動(テレキネ)》と、一枚に異なる魔法陣が背を合わせるようにして。


(最近、こういうことばかりやってる気がするわね……)


 自分自身を無理やり高速飛行させるために習熟した《風撃》だが、ボートや馬車と言った重量物を制御してきたという、中々に稀な経験もある。

 今日の標的は、空を自在に動き回る巨大な怪鳥だ。


 魔導書に必要な分を高速で転写していったリズは、両の表紙を力強く握った。竜の前方にいる怪鳥目掛け、魔導書を開けて見せるように構え――

 魔導書を構成する一枚一枚が根本から千切れ、魔力を伴う紙の鳥が群れをなして飛び立った。

 突然の事態に、驚いたような挙動を示す怪鳥。リズ操る紙の鳥がまとわりつき、巨体の表面を覆っていく。

 完全に覆いつくすほどではないが、関節らしき部位や、力がかかっていると思われる箇所に取りつかせることには成功した。離れていてもわかる魔法陣のネットワークが、巨体を取り囲む籠を形成している。


 準備を済ませ、リズは一度深呼吸をした。

 精神統一を邪魔する攻撃が放たれるも、もはや単調な攻撃だ。流れ作業のごとく無感情に、それでいて的確に、手癖で打ち払っていく。

 やがて、怪鳥たちの攻撃に切れ目が訪れ、彼女は叫んだ。


「今から、目の前に固定します!」


 そう宣言するや、リズは怪鳥にまとわりつく紙片に魔力を叩きこんだ。

 次の瞬間、標的の身に猛烈なダウンバーストが発生した。生半可な体では引きちぎれんばかりの、風の暴力だ。

 怪鳥は悲鳴を上げ、風と戦うようにその巨躯をよじらせる。大きく羽ばたき、浮力を得ようとするも、それを打ち消すように《風撃》が(うな)りを上げる。

 今度は下向きの力に乗り、急降下しようと首を下げる怪鳥だが……

 動きの兆しを見切るや、見えない風の手がその首根っこをつまみ上げる。

 暴れまわろうとするも、暴風の手綱で自由を奪われ――


 徐々に勘を(つか)んでいくリズの手で、ついに怪鳥が竜の御前へと召し出された。

 そのお膳立てに、古龍の口が火を噴いた。厚い雲に覆われる暗がりを、光り輝く白い吐息が切り裂き――


 初めて黒い怪鳥に達した魔力の奔流は、辺りを白く染め上げるほどの閃光を放った。着弾点が一瞬で消し飛び、なおも続く激流が残る肢体を蒸発させていく。

 その怒涛の力といったら、ここまでセッティングしたリズでさえ、思わず身を強張(こわば)らせるほどであった。

 しかし、恐るべき力を目の当たりにしながらも、怪鳥を留める風の固定具に、力の緩みは微塵もない。彼女はただ、自分の役割に徹した。


 白き魔力の激流に呑まれ、数秒。我が物顔で空を飛び回っていた怪鳥の姿は、もはやない。胴から翼の付け根までが霧散し、残ったのは黒い両翼のみ。

 その翼でさえも、抜群の冴えを見せるリズの手際で白い火線にくべられる。最後には申し訳程度の黒い羽根が、物寂しく空に舞うばかりであった。


 竜が口を閉じると、白く太い光線のごとき吐息が、徐々に絞られていく。宙にかすかな輝きが残り、それもすぐに空に溶けて消えた。


「フアッハッハ! それ見たことか!」


 巨大な敵を、文字通り一息で消し飛ばした当事者が、何とも楽しそうに言い放つ。


「貴重なものを拝見できました」


 素直な感想を口にするリズ。これに竜は、「もっとも……」と口にした。 そこへ襲いかかる、残る二体からの攻撃。同胞の消滅に対する応報であろうか。

 チラリと一瞥したリズは、黒き魔弾は《魔法の矢》を連射し、羽根の雨は《火球》と《風撃》のコンビネーションで蹴散らしていく。


「……おぬしの手際あってこそよの、まったく」


「お褒めに(あずか)り光栄です」


「とはいえ、良かったのか? 魔導書一冊、これでほとんど使い切ったようなものであろう?」


 実際、その通りである。後が続きにくいのも事実。


「ですが、これで形勢はこちらに傾いたかと」


「ほう?」


「魔導書のストックは、まだ1冊ございます。使いかけではありますが、先のやり取りで勝手を覚えたところですし……同じ手口でもう一体。我々ならば容易きことと存じます」


 実のところ、もう少しストックを持っておけばと思わないでもないリズだが……

 とりあえず、この場を切り抜けるだけであれば、空きページが少ない魔導書でも十分。それだけの確信があった。

 竜もまた、彼女の言葉に差し挟むものを持たないようである。


「同様の流れでもう一体片付ければ、残るは一体」


「いかようにもなりましょう」


「ふむ」


 言葉を交わし合う間にも、襲いかかる攻撃をいなしつつ、リズは次なる攻撃の準備を着々と進めていく。

 程なくして、「整いました」と口にしたリズに、竜は少し申し訳無さそうに言った。


「おぬしばかり身銭を切っているようで、それは少し心苦しいのう」


 これに思わず、リズは何とも言えない微笑を浮かべた。

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