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第29話 自分内作戦会議

 静かな夕食を済ませた後、リズは窓の外に目を向けた。

 町民たちがまだ起きている時間だとは思われるが、それにしては民家の明かりが少ない。

 息を潜めるような町の在り方に、自分の責任という物を感じ、彼女はため息をついた。


 あれから、《遠覚(テレタクト)》に敵が引っ掛かった感じはない。

 このメルバの町へ向かう道中、1回だけあった感知反応は、おそらく巡視隊員が斬られた一件と結びつく。

 彼らに尋ねてみたところ、地図上ではリズが《遠覚》を仕掛けた付近の出来事だったという確認も取れている。

 敵は今、どこかに潜伏しているだろう。鳥獣の死体から、人間の負傷者、次は……


 暗い気持ちが、リズの胸中を占めそうになる。その時、ドアがノックされた。「リズさん」と呼びかけるのはフィーネの声。

 すぐに出てみると、神妙な表情の彼女がそこにいた。


(なんだか、長くなるかも……)


 あまり良い予感を抱かなかったリズは、とりあえずフィーネを部屋の中へと招き入れた。魔道具の明かりをつけ、テーブルで向かい合う二人。

 すると、フィーネが落ち着いた様子で口を開いた。


「リズさん……明日出る件、本気なんですよね? 誰も伴わずに、一人で」


「ええ」


 彼女が一人で出る件について、町長も巡視隊も把握済みだ。話した際は、それはさすがにと食い下がってきた巡視隊だったが、リズ一人で行くべき実際的な理由がある。

 なぜなら、ある程度の大きさの切り傷をもらえば、それだけで医師側の負担になる可能性が高いからだ。

 加えて、当時の目撃証言をまとめると、相手は相当な手練と思われる。一般的な兵を差し向けたところで、被害は拡散するばかりだろう。

 であれば、単独で張り合える者を……というわけである。


 そういった話し合いの場には、フィーネも参加していた。その時は特に何も言わずに黙っていた彼女だが……

 何とも気まずい沈黙に、リズは窓の外を眺めた。

 しかし、雲に覆われた空に月や星はなく、かといって地に灯る明かりは細々。フィーネの目から逃げるためだけに、見るべきものがない外の暗さへ目を向けているのが一目瞭然である。


 ほんのかすかに鼻でため息をついた彼女は、再びフィーネに目を向けた。

 すると、フィーネは困ったように微笑みながら、ぽつぽつと話し出す。


「たまになんですけど、リズさんを見てると、どうしてこんなところにいるんだろうって……悪い意味じゃないですよ?」


「……返す言葉もございません」


 フィーネに悪気はないのだろうが、リズとしては自身が常々思っている言葉だけに、すっかり恐縮して声を返した。


「たぶん、私が思っているよりも、ずっと強くってデキる人なんだろうなぁって」


「……まぁ、少しは遠慮してる部分が、ないこともないです」


「それで……明日は本気で戦うんですか?」


「……おそらくは」


 すると、フィーネはため息の後、リズをまっすぐ見据えて言った。


「ちゃんと、帰ってくださいね。大ケガとかどうしようもない呪いとか、そういうのイヤですよ?」


「ええ。お野菜育てるって約束もありますし……きちんと帰りますよ」


「無事で、ですよ?」


 念押ししてくるフィーネは、笑顔の中にも不安をのぞかせている。

 彼女を前に、リズは微笑んで「頑張ります」とだけ答えた。



 リズは寝床に潜り込んで、《叡智の間(ウィザリウム)》内へと降り立った。

 目的は一つ、今回の敵との戦いに備えるためだ。

 彼女はまず、姿見の前へと足を運んだ。大きな鏡からリズが一人、さらにもう一人と増えていく。


 自分を増やしつつ、リズは図書館中心にあるテーブルへ目を向けた。

 テーブルのイスは自由に増減できるが、特に意識しなければ、だいたい8つある。今日も8つだ。

 自分を増やしすぎても収拾がつかなくなる。イスの分でちょうどいいかと思い、リズは分身を七人用意することに決めた。

 本体が分身を増やしていく中、分身たちはすでに動き出している。向かう先は書架の林だ。様々な本が並ぶ中、分身たちがいくつもの本を運び出していく。


 やがて、一つの円卓に同じ顔の八人が揃ったところで、リズの自分会議が声もなく始まった。八人がそれぞれ本を開き、情報を漁っていく。

 こうして分身に本を読ませても、リズ本人には読んだ記憶が反映されない。記憶のコピーは一方通行で、本体から分身生成時にのみなされる。

 しかし、特定の情報だけを探し出したいのなら、こうした人海戦術は役に立つ。


 読み込み始めて十数分経ったところで、分身の一人が「これかも」と口にした。

 さっそくテーブル中央にその本を広げ、全員で見られる形に。

 彼女らが読んでいた本は、大体が宝物を軸にした伝承集である。


 今回の事件について、リズはある程度のアタリをつけていた。

 呪術と剣術を組み合わせたような犯行ではあるが、それはミスリードだと。


 負傷した部位に呪いをねじこむというのは、呪いの効果を増すという点では、確かに理にかなったやり口だ。

 しかし、それが普通にできるのなら、という条件がつく。

 呪術と剣術それぞれに求められる難易度を考えれば、一人でこなすのは非合理的だ。

 それでもと、半端な力量でこれをやろうというのであれば、結局は弱い者いじめにしかならないだろう。


 そして、両方の技術を高次元で修めている者を、リズは知らない。

 無論、相手がそういうレベルの秘蔵っ子を繰り出してきた……そんな可能性を完全に否定することはできないが、もう少しシンプルな答えがある。

 つまり、禁忌の宝物から、そういった物を使ったのではないかと。


 具体例として思い当たる物はなかったが、そちらの方が可能性としてはあり得そうだと、リズは踏んでいた。

 実際、それらしき物が記されている文献に当たったわけだ。


 文献によれば、聖王歴200年ごろ、おおよそ400年以上前の話である。辺境の地でとある″魔剣″が暴れまわった。

 その魔剣という物が大変に厄介な魔道具で、斬りつけられた被害者の患部に、薄いピンク色の隆起が発生。傷の深さによって進行の速さが異なるが、放っておくと自らの意志では動けない、生ける屍となる。

 それだけならまだしも、魔剣はそうした屍を操り、自身を手に取らせ、さらなる被害者を求めさ迷うのだという。

 加えて、被害者を操る魔剣の技量にも恐るべきものがあり、犠牲者に生前を大きく超える技前を発揮させた。

 見えない斬撃が繰り出されるほどだったという話だ。


 そうして宿主を変えながら、魔剣は周辺一帯を蚕食。

 結局、当の魔剣の討伐に、ラヴェリア国軍から精鋭部隊が派遣された。

 この部隊を率いて事態を終息させたのは、当時の第三王子。彼はこの功績によって継承権を2位繰り上げ、後に名君となって長く善政を……


『継承権のくだり、要る?』


「それだけ、大事件だったってことでしょ?」


『いや、注目の矛先を変えたかったんじゃない? 魔剣そのもののことをウヤムヤにして』


『それで、いつか使うかもってことで、宝物庫へ入れたと』


 分身たちが口々に見解を述べるが、この魔剣が敵だろうという点では、おおむね意見が一致した。


 一応、これを現段階での本命候補と定め、念のために他の文献にも手を出していくリズたち。

 しかし、他に目新しいものはなく、この魔剣について掘り下げていこうという話になった。

 気にかかるのは、相手の仕掛けが、伝承に対して随分と生ぬるい点だが……


『肩慣らしの試し切りじゃない?』


『魔道具にそういうのって必要なの?』


「調子が出る出ないってのはあるでしょ? それに、コイツは意志ある魔道具(インテリジェント)らしいし」


『それもあるでしょうけど、契約で縛ってるって方が現実的じゃないかしら』


 分身の一人が口を開くと、残り七人が膝を叩くような賛意を示した。


『なるほどね。魔法体系として、呪術と契約系は近縁にあたる。これまでの仕掛けとも符合するわ』


「ということは、動いてるのは第五王女かしら」


『繰り上がって四になったんじゃない?』


『何も討伐してないのにね』


 と、少し話が弾んだものの、すぐに真面目な話へと戻っていく。


「では、この魔剣……名前は?」


『《インフェクター(汚染者)》』


「とやらとの戦い方を考えていくんだけど……」



 自分内会議で活発に意見が飛び交った結果、戦い方の大枠が定まった。後は細部を詰めつつ、準備するだけである。

 そこで、今回のために、魔導書を一冊こしらえるわけだが……


『先に原著(・・)作っておいて、起きたらそっちに移す?』


 分身の一人が問いかけたところ、本体は少し考えた後に首を横に振った。


「いえ、複製はやめておきましょう。やる前から不具合が出ても困るもの」


『ということは、起きてから自筆で?』


「そうなるわね。ま、あらかじめ構成を固めた上で早起きすれば、昼までには終わるでしょう」


 こうして魔導書の準備方法も決まり、後は中身を確定させるだけとなった。リズが八人、それぞれ別の白本を手に取り、個別に魔導書を書き上げていく。

 後ほど、今回の作戦に好適なものを選定していくわけだ。時に参考資料を漁りつつ、八本のペンが休みなく動いていく。

 そんな中、分身の一人から声が上がった。


『あの竜がおられる山、現場に近くなかった?』


 そこで地図を広げてみると、確かにそれほど離れていない。

 あの竜が巻き込まれる心配はないだろうが……おそらくは自分のせいと思われるこの事態を、リズは申し訳なく思った。

 彼女に全ての非があるわけではないが……きっと、身内の招いた恥には違いないからだ。

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