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第291話 VS魔族ジェステラーゼ④

 ジェステラーゼの立ち回りから、リズはいくつかの仮説を導き出していた。

 まず、彼から独立して動くように見える炎蛇だが、実際には彼から魔力線が(つな)がれている。

 おそらく、彼が操作しているのだろう。


 つい先程まで、その接続に気づかなかった理由は、彼の立ち回りが原因だ。燃え盛る大蛇の存在感に、リズとしては距離を取らざるを得ず……自然と注意は蛇の頭に向く。魔力線が伸びる尾の方ではなく。

 また、強烈な魔力と熱量を誇る蛇そのものが、魔力線の存在を覆い隠す衝立(ついたて)の役割を果たしてもいた。炎蛇の奥に術者がいたのでは、魔力透視で探ろうにも、魔力線を見破るのは至難。戦闘中とあってはなおさらのことだ。

 加えて、尻尾から細々と延びる魔力線は、ともすれば魔力の残滓のようにも映りかねない。


 繋がりを見破られまいと動く考えも、ジェステラーゼの側にあったのだろう。彼と蛇の位置関係は、魔力線が見られにくいようにと、気を配っていたように思われる。

 こうした魔法を操る者としての(たしな)み、といったところだろう。

 至近まで詰め寄って放った先の一閃に対し、接続を斬られる前に自ら魔法を解いたのは、仕切り直しにちょうどよいと割り切ってのことか。


『――というわけよ』


『ほう、なるほど』


 降り注ぐ魔弾と隕石の雨をかわしつつ、リズは魔剣に見解を伝えた。


『十分に距離を詰めれば、蛇を操りきれなくなるはず。接続を先に斬ればいいんだから。蛇そのものを倒すより、その方が早いわ』


『先程は逃げられたがな』


『ま、次はないわ』


 淡々と言い放つリズに、魔剣はそれ以上何も言わなかった。


 あれ程の脅威でありながら、紅い大蛇の再展開はかなり容易に思われる。消すよりは、操らせない方向で行くのが上策だろう。

 その上で、相手を詰め切るとなると――


 思考を巡らせ、攻めの算段をつけたリズ。

 問題はタイミングだ。相手を近寄らせまいとする連撃に、彼女は魔剣と防御魔法で巧みに(しの)ぎ続けていく。


 やがて、彼女は意を決して動き出した。これまで伏せていた一手を、ここで動かす。

 魔導書だ。地に立てた魔導書は放射状に各ページが並び、開かれた隙間から《追操撃(トレイサー)》が連続して発射。数珠のように連なって空へと飛んでいく。

 これを見もせず感覚だけで操りながら、リズはジェステラーゼへと突撃を敢行した。


 突撃を阻む二頭の炎蛇だが、彼女の動きを捉えきれるものではない。地を走る稲妻のごとく急加速と急制動、急ターンを繰り返し、彼女は蛇と術者を翻弄しながら間合いを徐々に詰めていく。

 一方で数珠繋ぎの誘導弾たちは、上空で滞留してその時を待ちわびている。


 そして――炎蛇の守りの切れ目、その奥にジェステラーゼの姿を認め、リズは突進した。

 彼の逃げ場を塞ぐべく、降り注ぐ誘導弾の滝。

 

 これにジェステラーゼは……リズの目の前で、余裕のある挑発的な笑みを浮かべた。その姿が闇に包まれ、輪郭を失って存在が希薄に。

 一瞬の間の出来事だったが、想定の範囲内だった。わずかな魔力の揺らぎを感じ取り、リズは身を躍らせて急反転。

 傍から見れば(・・・・・・)衝突しかけた誘導弾を、今度は先駆けとして再展開。弾幕を先行させ、リズは転移したばかりのジェステラーゼに再び突撃を仕掛けた。


 あたかも見透かしていたような切り返しに、彼の顔から余裕は消え失せ、明らかな焦りが浮かび上がる。

 後もう少し――弾幕の壁が彼を打ち付け、リズの刃がその身に迫るその寸前で、彼は再び転移した。

 今度は大きく距離を取る形で。


「ここまで、追い詰められるとはな……」と口にする彼は、リズから視線を切ることなく、炎蛇を操って地の一点を襲わせた。魔導書があった場所である。

 術者の苛立ちを示すかのように、大きく鎌首持ち上げた蛇が魔導書を上から強襲。周辺の地面を、黒く焼けただれた陥没に変えた。

 一度歩を止め、その様を見ていたリズは……深呼吸とともに剣を正眼に構えた。誘導弾たちは自身の周囲を旋回させる。

 対峙するジェステラーゼは、再び二頭の炎蛇を展開。周囲を這わせて待ち構える体勢だ。


「お得意の転移で、おうちに帰らなくていいの?」


 見え透いた挑発の声に、ジェステラーゼは……高らかに笑った。


「クッククク……ハーハッハッハ! お気遣いありがたいところだが、旗色が変わったからといって、引き下がれるものでもないのでな!」


「そう。大変ね」


 冷淡に言葉を返したリズは、薄目を空けて精神統一の構えを見せた。ピンと空気が張り詰め、彼女の周囲を風が逆巻いていく。魔剣に注がれる魔力は、青白い輝きを煌々と増していき――

 ジェステラーゼは、不意に突き動かされるように斜め上へと跳躍した。

 彼がいたところを、二本の《貫徹の矢(ペネトレイター)》が通り抜け、地に飲み込まれていく。不意打ちに、彼は目を見開いた。


 そして――彼の胸元へ、今度は実体を持つ一本の矢が飛来。


 突然の出来事であった。即座に身をよじろうとする彼だが、回避は間に合わない。左肩の付け根に深々と矢が突き刺さる。

 間髪入れず、今度はリズの周囲から放たれる白い閃光。

 相次ぐ不可解な事態に、ジェステラーゼは渾身の集中力で転移した。どうにか、その場からの離脱を果たす。


――そんな彼の背に、魔剣が深々と突き刺さる。


「な……」


 口からはそれ以上、意味のある声を発することができない。

 リズが魔剣を引き抜くと、彼はその場に崩れ落ち、血反吐を吐き出した。



 リズにとって、この戦いの要諦は、いかにして転移を使わせるかにあった。

 最初に出現した時の《門》の事を踏まえれば、ジェステラーゼはここではない別世界から来訪したに違いない。

 加えて、隕石を繰り出す秘奥の《門》を使って見せた事。合わせて考えれば、転移や《門》を自在に操るほどの難敵だ、と。

 だからこそ、半端な攻めでは追い詰めることができない。


 そこで彼女は、勝利までの道筋を逆算した。

 考えてみれば、事はシンプルである。先に転移を使わせ、一瞬遅れて()を取ればいい。

 必要なのは、リズも転移法を収めていると気取らせないこと。

 そしてもう一つ。彼女の転移は、まだまだ未熟である。よって、必要な精神集中の時間を確保しつつ、相手を先に動かさなければならない。


 そのために、彼女はいくつかの布石を用いた。

 まず、魔導書。相手に印象付けた上で、炎蛇に食わせる――と見せかけ、食われる直前に魔導書を《門》の転移で逃がす。炎蛇が直撃すれば欠片も残らない威力だからこそ、そこからいなくなっても不審に思われずに済む。

 そうして退避させた魔導書は、ひとまずは適当な地面の凹みへ。炎蛇が好き勝手暴れ回ったおかげで、魔導書程度なら潜ませる穴には事欠かない。


 逃した魔導書を、頃合いを見計らって今度は上空へ。そこから撃たせる《貫徹の矢》が直撃すればそれでよし。

 それが(かな)わずとも、リズにはまた別の伏兵があった。

 《別館(アネックス)》を持たせていた、声を交わさずとも通じ合える仲間が。



 地に伏せたジェステラーゼは、どうにか寝返りを打った。

 魔剣が完全に彼の体を刺し貫いたが、出血はごくわずかだ。彼の衣服を少し濡らす程度に留まっている。

 しかし、その体内では変性が始まっているのだろう。彼は身を震わせながら、右手を胸元に伸ばして服ごと強く握った。

 左手は、傍らに立つリズに向けて伸ばし、おぼつかない動きで指先が魔法陣を少しずつ刻んでいく。

 そして彼は、魔法陣を描き切る前に指を止めた。


「ククク……それほどまでに、強くありながら……なんとも、勉強熱心な」


 笑い、時折せき込んで血の塊を吐き出しながら、彼は言葉を絞り出した。

 もう長くないのは明白であった。


 この手で明確に殺した、数少ない敵だ。

 許せるはずもない。

 わかり合えるはずもない。


 ただ、彼らなりの価値観というものはあるのだと、リズは悟っていた。その全ては理解できないものだとしても、少なくとも共通する価値観はある。

 彼の強さは、認めるに値するものだった。


「何か言い残すことは?」


 尋ねるリズに、彼は目を細めた。


「……少し、そこをどいてくれ」


 再びせき込み、彼の口元が赤く濡れる。それでも彼は、はっきりと続けた。


「空を見たい」


 彼の顔に影を落としているリズは、一歩引いて最期の望みを聞き届けてやった。


「こちらは、空がきれいだな」


「そう。手に入らなくて残念ね」


 挑発するでもなく、かなり冷淡に言い放つリズを……ジェステラーゼは「気が早いな」と笑う。

 事の背景を、ある程度は想定できていたリズだが……首謀者の一人が(ほの)めかしてきたことに、改めて衝撃を受けた。少なからず切迫感が顔に出る。


「いい顔だ……」


 彼は最期にそう言い残し、そのまま動かなくなった。


『一刀だけでよいのか?』


「そういう趣味はないわ」


 遺骸を前に問いかけた魔剣は、リズの返答に何も言わなかった。

 静かな魔剣を鞘に納め……彼女の下へと駆け寄ってくる気配。


「リズさん!」


 駆け寄ってきたのはアクセルだ。その背には弓、小脇に抱えるのは一冊の魔導書。


「よく、あれで合わせましたね」


 万一にも敵に気取らせまいと、《別館》越しのやり取りは簡素なものであった。

――浮かせて隙を作るから、そこを撃って、と。


「あなたなら、うまいことやってくれると思ったし……また助けられちゃったわね」


 荒れ果てた戦場で、リズは初めて柔らかな笑みを浮かべた。

 だが、こうしてはいられない。胸中に渦巻く、うっすらとした悪寒。

「そちらは、何かあった?」と真剣な顔で尋ねるリズに、アクセルは首を横に振った。


「王都で、急に慌ただしい雰囲気があって……マルクさんに、《別館》を渡されました。リズさんの方が心配だということで」


 つまり、マルクの勘と判断力に助けられた格好だ。

 ただ、アクセルはここに至るまでの道中で、逃げる人々を目にした程度。リズが知らない何かを見聞きしているわけではない。


 胸騒ぎに背を押されるように、リズは言った。


「まずは、王都へ。全員(・・)で合流しましょう」


 事ここに至っては、隠し事などしていられようか。

 緊迫感を(にじ)ませて言うリズに、アクセルは固唾を飲んでうなずいた。

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