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第289話 VS魔族ジェステラーゼ②

 天に穿たれた穴に鋭い目を向け、リズは宙にその身を置いた。

 先程、穴から飛来したのは隕石だ。


 炎や水を操る魔法はあるが、結局は魔力が姿を変じているに過ぎない。

 一方、先ほど地を揺らした隕石は、確固たる物理的実体を持つように思われる。それが、魔力が変じたものではないと、リズは直感した。

 魔力が変性した物であれば、魔法での対応は比較的容易なのだが……


 次弾に身構える彼女の手に、自然と力が入る。両手で剣を握る彼女に――

 次なる攻撃は地上から。炎の大蛇がとぐろを巻き、その身の動きとともに陽炎で歪む魔力の渦の中から、ジェステラーゼは魔弾を連射した。

 リズを包囲せんとして迫る《追操撃(トレイサー)》に、彼女は最小限の動きで防御魔法を展開。


 そして、地上からの一手を陽動に、空から本命の気配が一層強まる。空の一点が放つ魔力が瞬間的に増大し、リズは思わず体を震わせた。

 防御網を潜り抜けた一発が、彼女の体を打ち付けるも、集中力は一切乱されることがない。

 果たして、次なる飛弾が現れた。魔力きらめく虚空の彼方より、隕石が現世へ猛然と飛び込んでくる。

 瞬く間に距離を詰めてくるこの弾丸も、リズの目にはコマ送りの的であった。構えていた剣を絶妙なタイミングで振り抜き、瞬時に高めた魔力を刀身に。

 振り抜いた剣からは青白い刃が三本、ほとんど重なり合うように放たれ、彼方より現れた隕石を迎え撃つ。


 それはまさに一瞬の出来事であった。双方、ともに強大な力がぶつかり合い、衝突は音と熱、衝撃波へと変じて空を揺らす。

 隕石をほとんど破壊できたものの、完全とは言い難い。相殺しきれないスピードに乗って残骸がリズへ迫る。


 その軌跡を見切り、横に身をそらす彼女へ、地上からさらなる追撃。

 これで仕留めきれるとは向こうも思っていないのだろうが、実に煩わしくあった。

 次なる隕石に身構える彼女を、嘲笑(あざわら)いながらも別の位置へ促すような。

 地上からの、決して油断ならない執拗な攻め手を、リズはあくまでおまけ程度と割り切った。冷ややかな冷静さを以って、これに対処しつつ、より強い注意は空中の穴へ。


 時折隕石を吐き出す虚空の《(ゲート)》は、次第に攻撃の頻度を増していった。

 よほど気を配らねば撃たれるまでわからない程度に、少しずつ射角を変えながら。

 これにリズは鋭敏な反応を示し、わずかなミスも許されない飛弾に先駆け、持ち場を変えていく。


 一発、また一発。空から注がれる高速の質量弾を魔力の刃が叩き割り、激しい衝撃が宙に轟く。

 隕石への対応に手を取られるあまり、地上からの攻撃が防御をかいくぐってしばしば到来するが、それでもリズは空の脅威に立ち向かい続けた。

 名前すら知らない人々を助けるために。


 そんな懸命の援護の甲斐あってか、彼らはどうにか十分な距離を取ることができたようだ。後方を振り返ることはしないが、気配が遠のいたのを感じられる。

 少なからぬ手ごたえを覚えながら、リズは地面に降り立った。

 足が地に触れるや、不意にバランスを崩しそうになるが、そのまま少し腰を落とし気味の構えに移行。少しの緩みも見せず、相手に剣の切っ先を向ける。


 一方、民草への攻撃を阻まれたジェステラーゼは、リズに向かって……やや間延びした感じで拍手をした。


「なるほど、見事なものだ。ラヴェリアを名乗るだけの事はある」


「それはどうも」


「邪魔が消えたことだ。本気を出すとしようか……」


 彼が指を鳴らすと、虚空の穴が消え去った。彼の次なる動きに、自然と体に力が入るリズだが……

 戦場にしては不釣り合いなほどに、ジェステラーゼはマイペースな態度を取った。顎に手を当て、少し考える素振りを見せる。


「いや。これでも、邪魔が消えたとは言い難いか」


 ”まだ残る邪魔”と言われ、リズが最初に思いついたのは、手に握る魔剣だが……彼女はすぐに、意図を察した。

 目の前の魔族から視線を下に降ろせば、そこには――


 鋭い視線で(にら)みつけるリズの前で、彼はその行動を起こした。優雅に、見せつけるように、ゆったりした動きで宙へ。

 そこへリズからの魔法が襲い掛かるも、彼は悠然とした所作で防御魔法を展開し、攻撃を寄せ付けない。

 お互いに、必殺の間合いとはなり得ない距離感だ。


 そんな中、自由に動けるモノが一つ。


 赤熱の大蛇は、ジェステラーゼを中心とする大きな輪を描いて宙を泳いだ後、地に横たわる瓦礫の山へと襲い掛かった。

 瓦礫からは、もはやうめき声も悲鳴もない。ただ蒸発音だけを発し、大蛇は全てを呑み干し平らげていく。食い散らかしては、我が物顔で這い回り――


 ジェステラーゼが指を鳴らすとともに、大蛇は跡形もなく消え去った。

 地に残ったのは、大蛇が通り過ぎてできた傷跡だけである。抉られた焦げ跡の他に、そこに何かあったと示すものは何もない。

 消化しきれなかった消し炭が火の粉を伴い、上昇気流に乗って舞い上がり、風に流れて消えていく。

 人々の夢とともに。


 強い義憤にかられ、今にも駆け出したくなるリズだったが、強烈な自制心がそれを押し留めた。

 激情が勝たせてくれるほど安易な敵ではない。

 無情にも損なわれた人々への弔意があるのなら――できることは勝つことだけだ。

 それも、完膚なきまでの勝利を。


 ゆるゆると地へ降りていくジェステラーゼは、初めてリズと同じ程度の目線に立って、大した感慨もなく言い放つ。


「これで片付いただろう? おまえとしても、ようやく全力を出せるのではないか?」


「本気? 冷静さを奪いたいだけでしょ?」


 怒気を抑え、あくまで冷ややかに言うリズに、彼はただ鼻で笑って応えた。


「こうまでしないと勝てないというのなら、見下げ果てた下郎だわ」


「こうまでしないと勝てないのではない。どうしようと勝てる。ただ楽しみたい、それだけのことだ」


 彼は悠然とした動きで両手を広げた。開かれた両の手の先に、それぞれ魔法陣が刻まれ――

 たちまち現れた紅き大蛇が二頭、弧を描いてリズへと襲い掛かる。

 これまでに見せたよりも、ずっと敏捷に。怒涛の火炎流が、前方から挟み込むんでくる。


 瞬時に、リズは逃げ道を計算した。

 足で避け切れる間合いではない。彼女は渾身のカで《水撃(アクアブラスト)》の集中砲火を展開した。

 同時に、地面には《風撃(エアブラスト)》。水と炎がぶつかり合うその最中(さなか)へ、彼女は敢然と身を躍らせる。

 地に刻んだ魔法陣からは突風が立ち昇り、爆発的に生じた水蒸気とともに、彼女の体を宙へと押し上げた。

 全身を包む猛烈な熱気に耐えつつ、濃霧の(とばり)とともに、双頭の蛇の(あぎと)を脱するリズ。


――濃霧に身を包む彼女へ、次なる刺客は彼方よりの飛弾。

 これは読めている。

 濃霧の中、遠方に感じた穴の傾きを計算し、彼女は剣を構えていた。

 刀身の腹で隕石を受け止め――衝突の勢いで、体が灼熱の濃霧から弾き出される。

 耳をつんざく金属音が響き渡るも、刃に欠けたところは見当たらない。

『貴様ァ!』と、魔剣は大層ご立腹だが。


 後方に跳ね飛ばされたリズは、宙でくるりと一回転し、着地した。

 質量弾の衝撃を受け、右手から腕にかけて痺れが襲い掛かる。それを剣の一振りとともに振り切り、握り潰す。


『威勢が良いのは口だけか。押され続けているだけではないか』


「いつも通りでしょ」


 いつもと変わらないやり取りをしつつ、彼女は濃霧の先に新たな攻撃の気配を感じた。

 紅蓮の双蛇は互いに距離を取り、大きく回り込む動きを見せている。

 逃げ道を限定しようというのだろう。

 続いて、地から空へと向かう魔力の動き。


 わずかに間をおいて、上空から誘導弾の雨が降り注いだ。

 魔力を伴う濃霧越しの攻撃としては、圧倒的な精密度だ。リズがいる辺りを、容赦ない密度の魔弾が襲う。


 ただ――こういった戦いにおいて、リズはもう少し上手(うわて)だった。


『フン、そのままの姿を見せてやったらどうだ?』


 彼女は自前の魔導書を広げ、傘のように頭に被っていた。

 両方の表紙に魔力を通して防御を展開すれば、この程度の弾の雨など、切り抜けることは造作もない。

 しかし、このままでは防戦一方である。頭の魔導書は一度引き戻し、迫りくる双蛇の気配を肌に感じながら――

 リズは、魔剣の刀身に指を当てた。


『き、貴様、何をする気だ』


 普段は魔剣を黙らせるため、刀身にとびっきりの筆圧で魔力を刻みつけるリズだが、今回は違った。

 魔剣に用いたのは、《念結(シンクリンク)》である。

 魔道具相手に使えるかどうか、それも邪悪な意志ある宝物(インテリジェント)で、危険はないか。確証はなかったが……

 手応えを得たリズは、魔剣に心の声で話しかけた。


『これから先、何があっても声を出さないで。奴に気取られたくないから』


『フン。貴様がこうまでして頼み込むとはな。随分と必死ではないか』


『ええ』


 素直にも認めるリズに、魔剣はいくらか驚かされる思いを(いだ)いたのだろう。追撃の嫌味はなく、押し黙る魔剣にリズは続けた。


『奴は貴方で斬って殺す。手を貸して、《インフェクター(汚染者)》』


 決して下手(したて)に回るものではない。毅然とした彼女の要請に、魔剣は応えた。


『いいだろう。一介の魔剣として貴様を勝たせてやる。せいぜい、存分に使うがいい』


『ありがとう。きっと勝つわ』


 それ以上の言葉は不要だった。


 追撃で降り注ぐ魔弾の雨を、リズは魔剣の一振りで斬り払った。

 かつてないほど剣は軽やかに、魔力は刀身に馴染む。


 自分の武器として認め、遣い手として認められたからであろう。


 そしてリズは、魔剣を構えた。

 円を描いて双蛇が迫り、徐々に熱気増していくその中心で、その目は地に立ち込める白い(かすみ)のさらに向こうに注がれ――

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