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第28話 呪法との闘い

 呪いの移し替えが進むにつれ、リズは背の方に熱感を覚えた。体が激しく動くような感覚はない。

 もしかすると、傷口あってこその呪いなのかもしれない。

 だが、油断は禁物だ。ここからどうなるのか見当もつかないのだから。


 少しすると、次第に体の内側から、肉を背に引き寄せられるような感覚が生じてきた。

 それに伴い、臓腑をじりじりと締め上げられる、痛みを伴う強い苦しさも。

(ああ、こういう感じなのね)と、どこか他人事のように思う彼女へ、フィーネの声がかかる。


「《転呪(カースシフト)》、終わりました」


「わかりました。ここから解呪ですね」


「はい」


 解呪に取り掛かるこのベッドの横では、うめき声とともに、何か物が動く音が聞こえてくる。

 自分自身、病床に伏せる身ではあるが、リズは本来の患者のことを心配に思った。


「あちらは、どうなりました?」


「腫れは……少しずつ、引いているように思います。後は、こちらでなんとかします」


 呪いの移し替えの方は、まず一安心といったところ。肝心の負傷者は、本来の傷口の施術に入れそうだ。

 となると、問題はリズとフィーネの側だが……担当医の声音に硬い感じはあるが、腰が引けたような響きはない。そういったフィーネの姿勢にも、リズは確かな安堵を覚えた。

 処置は専門家に任せておくとして、リズはリズでやるべきことがある。彼女は自身の体の中に、深く意識を集中させていく。


 彼女は、魔法を修めているから抵抗できるなどとは言ったが、別に気休めではない。

 それに、自分なら大丈夫という根拠が他にもあった。

 というのも、自分自身の魔力的実体に《遅滞(スロウ)》をかけてやることで、呪いの進行を食い止められると考えたからだ。

 実際、その手は前にも試して、効果の程は実感している。

 ただ、呪いごと時間の進みを遅らせた場合、外からの解呪という干渉がどのような相互作用をもたらすのか、不透明な部分は多いが。


 抵抗力の面以外でも言及した、敵の力を覚えるためというのも、リズにとっては重要なことである。背中の内側で生じている魔力的な戦いと、その影響による身体の痛みを感じつつ、彼女は自身の内奥へと意識を潜行させていった。

 自身の内面世界、《叡智の間(ウィザリウム)》に何らかの変化があれば……と考えた彼女だが、特にそれらしいものはない。いつもどおりの落ち着いたものである。

 空を見上げても、いい加減に星を散らしたような夜空しか見えない。

 図書館中央の台座に置かれた魔導書を開いても、彼女に移されたはずの呪いについて、記述は見られない。

 そちらにも刻まれている(・・・・・・)かも、とは思ったのだが。


(定着してないから、あるいは自分で書いてないからってところかしら?)


 散々使い倒しているこの図書館ではあるが、まだまだつかみ切れていない仕様は多い。


 さて、その身で受けている呪いについて、うまく把握するための手段はないかと模索しているうちに、彼女は一つ閃いた。

 さっそく姿身の前に立って自分を複製し、分身がまとう服の背を少し開けてみると……

「うわぁ……」という声が、彼女の口から思わずこぼれ出る。


 自分のコピーには、呪いの影響が見受けられた。背中の皮膚下で、忌まわしい気配を伴う魔力が渦巻いている。

 そこでリズ本人は、テーブルの上で分身1号を腹ばいに寝かせた。

 次いで、姿見から分身を生成していき、自分たちを書架へと走らせていく。


「たぶん、《呪毒相写法(ペトライター)》の魔法が書いてある本が、一冊ぐらいはあるはずだから」


『はいはい』


 読んでいない本も数多く並ぶ書架の中、本人込みで4人のリズが呪術の初級~中級本を漁り始め……『あった』と分身が声を上げた。

 さっそく、広げた本を、1号が寝るテーブルの上へ。気だるげな彼女が恨めしい目を向けてくる中、本体のリズは見つけ出された本を片手に、魔法陣の記述に挑む。

「この機に覚えようかしら」などと言いながら。

 本を見ながらの模写であれば、そう苦労することはない。彼女ほどのエキスパートならばなおさらだ。完全に覚え、自分の手指のように扱うのが大変というだけである。


 実際、失敗もなく一発で書き終わった。分身の上に現れた魔力の皿が、現実の身に宿るはずの呪毒を映し出していく。

 これを覚えて後の資料とするため、1号以外のリズは、山ほど積まれた紙をそれぞれ手に取って模写を始めた。


『なんか、ヒマなんだけど』


 標本代わりのリズがぼやくと『現実もこんなもんでしょ』と、分身の一人が冷たく応じた。


 外の解呪も中々大変そうであるが、内側で模写するリズたちも、相応の苦労を強いられている。

 呪いの構造解析に着手したところ、思っていた以上に術式が複雑なのだ。


『簡単には見破られないように、遠回りばっかりしてる感じね』


『複雑さの割には、あまり効果に幅がなさそうだけど』


「安定性を取ったんじゃない? 体を作り替えるタイプの呪いみたい」


『あのピンクの隆起を土台に、まずは目からって?』


『目は魔力の懸け橋になりやすいし』


 各々が見解を口にしつつ、考えをまとめていく。

 と、その時、外から呼び出される声が。リズ本体は分身たちに問いかけた。


「模写は十分?」


『ええ、まぁ』


『これ以上は無理かな』


 とりあえずのデータ取りは、これで完了だ。外に呼ばれる声に応じ、リズ本体が夢から抜け出ていくと、分身たちも淡い光となっていき――


「リズさん、大丈夫ですか?」


「ごめんなさい。体の感覚に集中していて。何を仕掛けられたのか、そちらの把握に努めてました」


「そういえばそうでした……でも、呼びかけてもうめくような返事しかなくて。生きているのはわかってたんですが、それでも心配で」


「ごめんなさい……」


 現実そっちのけで熱中しすぎていたらしい。

 リズは申し訳なく思ったが、フィーネの様子を見る限り、推移は好ましいようだ。彼女に言わせれば「呪いがうまいことやりこめられている」とのこと。


「リズさんの抵抗力のおかげで、私も落ち着いて処置できてますから……これなら、どうにかなりそうです」


「そうですか、良かったです」


 実際、背中回りの不快な苦しさは、前よりも和らいだ感じがある。

 解呪においては、一度呪いの尻尾を掴めば、後の対処はうまい具合に運んでいく。これで安心だろうと、リズは小さくため息をついた。

 隣のベッドの方も、やや苦しそうな息遣いこそ聞こえるが、何か深刻な事態に突入している空気はない。

 それは、フィーネの言葉の調子からも、十分に察せられた。

 決して油断していい状況ではないものの、事態は着実に好転している、と。



 結局、完全な解呪にまでは2時間ほどを要した。移して広がった呪いの全てを、フィーネは丁寧に根絶やしにしたのだ。

 処置が終わり、うつ伏せになったままのリズに手鏡が渡された。

 彼女がフィーネの指示に従って鏡を構えると、背中を映す別の鏡とのリレーで、患部が映し出された。

 正確に言えば、患部になりかけていたというべきか。背中は妙な腫物もなくキレイなものである。

「お疲れさまでした」とリズが(ねぎら)いの言葉をかけると、フィーネも同じ言葉を返し、リズの服の背を閉じた。


「だるい感じはありますか?」


「それは……特には」


「念のため、今日は安静にしておいてくださいね」


 リズの側は無事に済んだ一方、本来の負傷者も施術は無事に完了したようだ。

 ロバートの所見では、呪い以外には妙な毒の兆候もなく、今では鎮静薬を投与されて安静にしているとのこと。


 二人の無事で、医務室に安堵の空気が広がる。

 が、一件落着にはまだ早い。リズは巡視隊の隊長に問いかけた。


「状況に、何か変化はありますか?」


「いえ、今のところは。普段の倍の人数を一つの巡回ルートに充て、巡視を継続していますが、目新しい発見は特にありません」


「なるほど……一人襲えたのなら、それで良かったのかもしれませんね」


「近隣の森にでも潜伏している可能性があります。下手人の確保まで、町人には町の外に出ないよう、すでに周知は完了しています」


 こうなると、問題は相手が町までやってくるか、こうした対応を見越し、ここメルバを素通りして別の町へ向かうか。それとも……

 いくつかありそうな相手の動きを思い描きつつ、リズはため息をついた。


「後手に回ると厳しいですね。相手のやり口はなんとなくわかりました。後は、私が始末します」


「えっ、いや、しかし……」


 狼狽(ろうばい)を見せる隊員たち。

 この町にもリズの武勇伝が伝わっているせいか、あるいは今回の施術で、ただ者ではないと思われているのか、申し出を即座に否定されるようなことはない。

 リズにとって一番の懸念は、フィーネだが……彼女は思いつめたような、神妙な顔つきで、ただ黙っている。


 結局その日は、巡視隊員が一人負傷しただけで終わった。

 《遠話(リモスピ)》による連絡でも、ロディアン側には異常がなかったとのこと。他の町でも、事態の進展は見られなかったことだろう。

 隊員一人の命を助けたということで、まだ事態が解決しない中ではあるが、リズとフィーネは町長及び巡視隊から感謝の言葉を賜った。二人がこちらで一夜を明かすということで、宿は当然のように無料。そればかりか、現時点での謝礼まで。


 しかし、二人が町人の笑顔を見る機会は、他には宿の中ぐらいのもの。日中から日没後に至るまで、町人がほとんど出歩かない町の中では、どんな感謝を受けても顔が曇ってしまう二人であった。

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