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第280話 王室の教育係

 ヴァレリー、エリシアが語らう一方で、リズもまた重要な話に耳を傾けていた。


「――といったような話を、なされているものと存じます」


 王室教育係から耳にしたのは、エリシアが呼ばれるまでの経緯と背景についてだ。

 ヴァレリーの他愛もないボヤキのような一言が、現在の時流に一致。新進派の意向もあって今回の招待へと発展した。

 その裏には、隣接するならず者大国、ヴィシオスの確かな存在感もある――


 一言一句、聞き逃せない話の切れ目に、リズはふと視線をそらした。

 少し遠くにいる御者は、馬の手入れと馬車の状態確認に余念がない様子だ。

 こう言ってしまうと彼に悪いが……普段以上に入念に打ち込めるだけの事情があることが、内緒話には好都合ではある。

 しかし、わからないのはこの老紳士のスタンスと立場。ヴァレリーを相当気にかけているのはわかるのだが……


「ドワイト殿は、貴国の政治についてどのようにお考えですか?」


「難しい質問ですが……これと定まった意見を持たぬようにと、意識して努めております」


「……なるほど。愚かな質問をしました。教育係ですものね」


 あくまで彼自身は教える側であって、吹き込む者であってはならない。王室の教え子らが長じた時、政治観を歪めてしまわないようにと律しているのだろう。

 単なる仕事の上ではなく、平素からも偏った意見を持たないようにと務めているように思われ、彼の姿勢にリズは感服の念を(いだ)いた。

 とはいえ……彼は彼で、思うところはあるようだが。


「教え子を染めてはならず、肩入れしてもならず、常に中立を保ってまいりましたが……それを口実に逃げているようで、心苦しくはありましてな。特に、近頃は」


「今回の外出については、殿下からお声がけが?」


「はい。ある意味では……こう言うのもおかしな話ですが、運が良うございました」


 含みのある言葉に、リズは一度口を閉ざした。

 表向き中立を装ってきた彼だが……だからこそ、今回の同行を怪しまれなかったのだろう。

 そして、彼自身の秘めたる本心は、ヴァレリー側にあるのでは?

 あるいは、あくまで自身の中立を保ちつつも、ヴァレリーには個人的に味方しようというのだろうか。


 この教育係も難しい立場にあるのは良くわかる。あえて問いただして確認することはせず、リズは別方向から切り込むことにした。


「不躾な質問となってしまうかもしれませんが、どうかご容赦を」


「私に答えられることであれば」


「ヴァレリー王子が率いておられる新進派が力を増したのは、ごく近年のことと伺っています。しかし、今になってヴィシオスと距離を取ろうという動きが強まったことに、何か理由はあるのでしょうか?」


 前もっての謝罪には意味があったようで、ドワイトは見るからに渋い顔になった。

 ただ、これは無遠慮を非難するものではなく……この国の一員として、複雑な思いがあるためのものだった。


「大きなものは、採掘関連ですかな。大きな声では申し上げかねますが……鉱山の地権と監督権は我が国にありますが、鉱山労働者の多くはヴィシオス側が手配しております」


「……貴国での鉱山において、その労働環境が市場の一部で問題視されていると小耳に挟みました。もしかして……」


「詳細までは存じません。先方が明らかにしたわけではございませんので。ですが、おそらくは奴隷かと……いずれにせよ、労働環境や報酬に問題があるのは明らかになっております。ですが、我々はそれを黙認しております」


 もっとも、人道上の理由で声を上げるのは難しい状況にある。何しろ、国としては重要な稼ぎになっている。

 それに、ルブルスク側からの鉱夫は、おおむね指揮を飛ばす側だという。口止めの必要もあって公務員扱いであり、相応の給料をもらっている。

 苦しんでいるのは、他国の民でしかない。


 さらには、現在の国の成り立ち自体にも大きな問題があった。


「現王室の原点は、ご存じですかな?」


「鉱山の権利を巡り、国と権利者の間で争いがあったと聞いております。最終的に、勝利者となった権利者側が王室に縁者を嫁がせ、平和裏に権力を掌握したとか」


「その際の戦いですが……当然ながら、国には軍がございます。一方、鉱山側は資金力を活かして傭兵を雇っていったのですが、その出どころというのが」


「……まさか」


「ヴィシオスからの戦力提供も、いくらかありましてな……無論、割合としてはそう大きくもなかったのですが」


 とはいえ、これで大きな借りができてしまったわけだ。

 ヴィシオスにしてみれば、この内乱で戦力供与を拒まれたなら、その時は押し入って併呑する――あるいはそういった圧力をちらつかせ、問題の鉱山を明け渡させるか。

 何であれ、供与を持ちかけた事実が、例の鉱山にヴィシオスが注目しているという強烈なメッセージとなる。

 加えて、戦いが長引けば共倒れになろう。速戦即決を意識する必要はあったものと思われる。地権者としては、戦力供与に首を縦に振らざるを得ない部分もあったことだろう。

 今になって、そのツケが重くのしかかってきているというわけだ。


「皮肉にも、我が国の主力である魔導石商売が飛行船技術を発展させ……国同士の結びつきを強くしましてな。こうした流れの関係者でありながら、我が国は流れに乗りきることができず、そればかりか黒い(つな)がりに疑念まで向けられる始末。脛の傷を思えば、致し方ないところではございますが」


「殿下は、こうした現状からの脱却をお考えで?」


「……もう少しシビアですな」


 そう答えたドワイトは、続きを口にするのに若干の間を要した。

 実際、聞いてしまえば、ためらいに同情してしまうほどの悲壮な話ではあったが。


「ヴィシオスから他国へ、有形無形の攻撃行為が行われていることは、我が国もある程度把握しております。一方、暗黒大陸外の諸国は結束を強めております。ヴィシオス以外の大列強も、かの国が相手となれば、手を結ぶことに何のわだかまりもございますまい」


「確かに、ラヴェリア外務省も、そういった協調路線を打ち出しているところですが……」


「こうした流れが続けば、遠からず衝突があるのではないか。そうなった場合、どちらに着くべきか。殿下は、正しい側に着くべきとお考えです」


 それはつまり――暗黒大陸と“それ以外”での大戦争が起きた時、ルブルスクは“それ以外”の立場に立とうというわけだ。

 これをヴィシオスが裏切りと取らないはずはなく、真っ先に血祭りにあげられることであろう。しかし……


「何も、向こう見ずな正義感でのご主張ではありません。まかり間違ってヴィシオスが勝つようでは、もはや世も末でしょう。戦乱で我が国が疲弊した矢先、保護と称してうまいところ……鉱山等の戦略要地を食われる懸念も大いにありますのでな」


 というわけで、道義上の理由だけでなく、国を保つための合理的な理由もあるわけだ。


(とは言っても……ラヴェリアへの接近が、そうした戦乱の契機になりはしないかしら?)


 リズはチラリと、湖畔に腰かける二人を眺め見た。

 仲良く……というほど和やかな雰囲気ではないが、真剣に何か語り合う様子に険悪さはない。

 あの王子が未来を考えられるだけの人物だと信じた上で、リズは懸念を口にした。


「動きが急進的であれば、例の国を刺激する結果になりかねません。ヴァレリー殿下は、その点についてもご承知なさっているものと思うのですが。いかがでしょうか」


「もちろん、そこまで急進的なお考えはございません。いざとなれば、大陸の外側に加勢するだけの、自然な繋がりを……といったあたりですな」


「現時点で、その目的が果たされた……と考えるのは、やや楽観的に過ぎましょうか」


「今回のご招待を受け入れていただいた時点で、脈があるものとは考えますが……誠に申し訳ないことですが、先の大失態もございます。我が方の足並み揃わぬところ、先んじて動いている部分もありますのでな……お恥ずかしい限りです」


 そう言ってうなだれるドワイトは、明らかにヴァレリーを支持もしくは応援しているように映る。

 この、好ましい老爺を前に、リズは励ましの言葉を投げかけた。


「権力者の仲たがいなど世の常です。むしろ、難しい立地にありながら抑制が保たれている貴国の現状には、見るべきところも多いと考えます」


「そういっていただけると……いやはや、御側を任されるだけのことはございますな」


 嫌味なく感心の念を向けてくる彼に、リズは微笑みで返した。

 しかし……ヴァレリーの考えはわかったものの、まだ足りないものはある。

 もう一人、この国を動かす大人物の意向が。


「殿下と陛下は、ヴィシオスに対する態度でご意見が分かれていると伺いました。実のところ、陛下のご意向というのは……ご存じでしょうか?」


「端的に申し上げれば、現状維持ですな。破滅が近づいているのは、陛下も肌感覚としてご承知であらせられます。それでも、可能な限り現状を持続させるべき、と」


「では、先々を考慮したとしても、ヴィシオスへの刺激などはあってはならぬと」


「強く原理主義的ということはございませんが、基本的な原則としては、そのようなお考えです」


 こう聞くと消極的に聞こえないこともないが……自分の御代で、自国の軽挙が滅亡や世界的大乱の引き金になれば、死んでも死にきれないだろう。

 国の頂点にある人物だからこそ、動き出せないでいるという事情も理解できる。

 ただ、互いに相容れない考えを戦わせる両陣営について、どちらに味方すべきかと言うと――


 リズは迷った。


 結局のところ、今の立場はラヴェリアから大仕事を受注しているだけの、第三国の人間でしかないのだ。

 ラヴェリア側の内部事情についても、公表不可能な情報しか知らず、把握している外交方針は通り一遍のもの。

 となると、今回の話は……


「さすがに私だけでは荷が勝ちすぎる話題ですし……持ち帰らせて宿題とさせていただきたいのですが、先生」


 すると、王室教育係はやや厳しい顔になり、「いささか不適切な表現ですな」と返した。


「先生というものは、投げかけた問いに答えを持つものです」


「しかしながら……私たちの手に委ねてくださった事実が、私には一つの答えに思えます」


 毅然として堂々と答えるリズに、真顔のドワイトは……少しして苦笑いした。


「まったく……出来すぎる生徒というものも考え物ですな」


「お褒めに(あずか)り光栄です」と、にこやかに返すリズ。

 その裏では、早くも今後の段について考えを巡らせていた。


 帰ってから、まずはエリシアと話し合って、互いに得た情報を突き合わせる。その後、他の護衛も交えての協議だ。

 ある程度予想できていたトラブルが、現実のものとなってしまったということもある。滞在そのものについても、いくらか再考する部分はあるのかもしれない。

 ヴァレリー側の意向は十分(つか)んだとして、国王を旗手とする伝統派の情報が、もう少しあれば……というところだが。


 それは、仲間の働き次第か。


 何も、この外出に、無策で付き合っているわけではないのだ。

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