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第278話 今、ここに居る理由

 リズの横で、エリシアは拳をギュッと握っていた。自身の中にある、何らかの感情と戦うように。

 口を結んで声なく自制する彼女に、リズは声をかけた。


「まだ言い足りないことがあれば、遠慮なんかしなくても」


「い、いえ……遠慮なんて」


「本当ですか? こういうところで聞き手になるのも、お姉さま(・・・・)から言い含められているんですが」


 共通の接点を持ち出すリズに、エリシアはうなだれ……中々言葉を返してこない。

 ただ、迷いはこの場で口にしてもらいたいというのが、リズの偽らざる本心であった。

 エリシアのためにも、ヴァレリーのためにも。


 やがて、エリシアは逡巡(しゅんじゅん)しながらも、小さな声で言った。


「怖くて、逃げ出したい気持ちはあります。どうして私が、こんな事にって。でも……果たさなければならない務めがある、そういう生まれなんだって……そう思っています」


 正直に答えてくれたエリシアに、リズは優しい笑みを向けた。

 あって当然の悩みだろう。それをなじる気も責める気も起きない。

 しかし……微笑みかけるリズの前でエリシアは一瞬、呆気にとられたような顔になった。

 まるで、リズの反応が場にそぐわないと感じているかのように。


「どうしました?」


「……あなたを相手に、こんな話をするのが……本当は、怖くて、情けなくて」


「えっ?」


 そうは言われても、何を尻込みされているのか、見当がつかなかった。困惑するリズの前で、エリシアもまた、かなり迷う様子を見せたが……

 事ここに至っては、遠慮する意味も薄れたのだろう。彼女は意を決したように、一度息を吸ってから言った。


「あなたの前で、生まれだの、務めだの……そういうことで悩む自分を、どうしようもなく卑小に感じてしまいます」


 そこまで言われて、リズは――はたと思い至った。


 そういえば、そういう生まれだったのだ。


 生まれに伴う務めというものがあるとすれば、それを肯定するのなら、それはリズを「死んでいて然るべき」と言うようなものである。

 そういった含みがないとしても、リズがそのように捉えるのはごく自然なことであるし……

 あえて言葉を重ねさせるまで、気づきもしないことが、本来はおかしいのだろう。


 そういう局面から脱しつつあるとは言え、大事なことをすっかり忘れていた自分に呆れ、リズは片手で目元を覆った。


「すっかり忘れてました。私ってそういう生まれでしたね」


「も、申し訳ありません……私が余計なことを言ってしまったばかりに」


 恐縮するエリシアに、どこか皮肉めいた笑みが浮かびそうになるリズ。

 これでは主従逆転である。


「皆様が良くしてくださるものですから……忘れられる程度に、この旅を満喫できていますよ。あなたのおかげです」


 相当言いづらかったであろう本音を打ち明けてくれたエリシアに、リズもまた偽らざる本心を口にした。

 気持ちが通じたか、あるいは何か触れるものがあったか、わずかに瞳を潤ませるエリシア。そんな彼女に、リズはにこやかに言った。


「私が今、何を考えているか、わかります?」


「……いえ、何でしょう?」


「あなたの頭、撫でてみたいな、とか」


 年は変わらない相手であり、成人した貴族ご令嬢相手の発言だ。不敬と受け取られても仕方のないものだが、この場はほとんど無礼講でもある。

 実際、本当はどちらの方が偉いのか、お互いにわかってもいないし、気にしてもいないのだから。互いに相手を上に立てているだけである。

 ただ、エリシアは少し戸惑った後、小さく首を横に振った。


「そういう年でもないですし……さすがに恥ずかしくて」


「残念です」


 もっとも、そこまで本気ではなかった。重苦しく、湿った空気を少しでも払拭できれば――そんな意図あっての冗談だ。

 これが奏功したらしく、エリシアの気分は前向きに上向いたように思われるが……彼女は改まり、神妙な顔をリズに向けた。


「失礼ついでに、ひとつお伺いしたいことがあります」


「何なりと」


 すると、エリシアはスッと息を吸った。「変な質問かもしれませんが」と前置きし、一言。


「どうして、そんなにもお強く居られるのですか?」


 リズの核にも触れるような問いに、彼女は目を閉じた。

 幸いにして、わかりやすい理由がある。


「私の出自や、王室とのこれまでについて、いくらかご存知ですよね?」


「はい」


「だったら話が早いです。私がこう……殺されるために生まれたんだと自覚した頃、歴史書をよく読むようになって。特に、最初のラヴェリアの伝記とかを」


「大始祖様の?」


「はい。わたしがこんな目に遭ってる、王室のルーツを知りたくて。それでまぁ……あの大英雄を、『ああ、カッコいいな』って思っちゃったんですよ。絶望的な状況でも決して逃げ出さなくて……いや、いっぺん逃げてやり返して、そういう話が多かったですけども」


 こういう話は、ラヴェリア国民であれば多くが知るところ。最初の大英雄の武勇伝については、エリシアも良く知っている様子だ。


「それで……何て言うんでしょうね。むざむざ殺されるなんてまっぴらだったし、泣き寝入りもしたくなかった。だって、憧れのご先祖様は、そういう人じゃなかったから。強くなってどうにか生き延びて……そうやって憧れの人に近づくのが、王室のしきたりに縛られる連中への、一番の意趣返しになると思った」


 声もなく見つめてくるエリシアを前に、少し恥ずかしくなってきたリズは、頬を小さく掻いて言葉を結んだ。


「つまり簡単に言うと……私こそが、今のラヴェリアになりたかったんです」


 端的に、大それた本心を告げた彼女を前に、エリシアは目を白黒させる。


「私には、真似できそうもありません……」


「それはそうでしょうけど」


 誰にでもできる生き方でないということは百も承知だ。

 かの大英雄にしても、遠い末裔(まつえい)にここまで不敵な小娘が現れるなどとは、思いもしなかったことだろう。それに――


「私は、私以外に頼る相手がいなくて。教育係の先生はいましたし、個人的な好意も持ってましたけど……頼っては迷惑かけちゃうなって、小さい子どもながらに思ってました。だから、一人で強くなったんです」


 神妙な顔で聞き入るエリシア。そんな彼女を前に、リズは顔を綻ばせた。


「でも、人を信じて頼るのも、立派な強さですよ。たとえば、例のお姉さまとか」


「アスタレーナ殿下ですか?」


「ええ。あなたの護衛にと、あろうことか私に案件持ち込んでくるようなお人ですし。ちょっと信じがたいというか……」


 実のところ、リズに対する説得材料はあった。それに、今回の件に留まらず、継承競争も絡んでの話の流れでもあった。

 だとしえも、従妹をかつての国賊に託す心胆と言ったら。

 さて、人に頼らない強さへのアンチテーゼとして、実姉アスタレーナを持ち出したリズだが……


「なんだか、姉上も人の参考にはならないような……」


 やや失礼な感じもある発言に、きっとリズ以上に彼女を知るであろうエリシアは、含み笑いを漏らした。

 ただ、目指すべき方向性ではあるのだろう。

 気持ちが定まったと見えて、エリシアは立ち上がった。


「お一人で大丈夫ですか?」


「その方が話しやすいと思いますし」


「ま、殿下もそのようにお考えでしょうね」


 これから、その務めを果たそうというエリシアに、リズは微笑んで小さく手を振った。

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