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第268話 一方その頃の第3勢力

 エリシアご一行が正式にルブルスクを訪れたその裏でのこと。

 彼女らに先駆ける形で、リズの一味は現地入りを果たしていた。王都ロスフォーラ最寄りの港湾に船を停泊。港町と王都を行き来し、情報収集する日々が始まった。


 リズの代わりに集団を取り仕切るのは、いつものようにマルク。

 ダンジョンの先輩たちは、「売れればそれなりに大きいが……」という、買い手に困りそうな骨董品等を売ったり、あるいはごく短期間・単発の護衛業などを請け負ったりで、現地住民と自然な関わり合いを。

 一方、ニール率いる船乗りたちは、同業者や商人相手に近辺海域や市況についての情報収集を担当。

 セリア含むマルシエルからの出向者らは、船に残って母国との連絡係に。

 そして、マルクら元諜報員たちは――



「まぁまぁですね」とそっけなく言うニコラに、マルクは唇の端を少し釣り上げた。


「そっちの方が目立たなくていいだろ」


「それはそうですけど」


 ここは、彼ら3人が投宿する、王都内の宿の一室。ベッドには様々な薄手の服が広げられている。

 現地入りして真っ先に始めたのは、ニコラが先陣切っての服の調達だ。


 元は小国だったルブルスク、国力に比して国土の広さは中々のものだったが、実態は山間の地が多く手つかず。小規模な集落が点々とするような国であった。

 そこへ降って湧いたような魔導石ビジネスの波が、この国を一気に豊かにした。

 国策として推進しているということもあって、貿易黒字は民草にも還元されており、一人当たりの富裕度ではかなりのものである。


 国民の豊かさは服飾にも表れており、特に若者などはレイヤードスタイルが主流だ。

 薄手の衣類を重ね着するのは、それだけの財力があることを示すという見栄張りから始まっている。

 ただ、それなりに気候や寒暖の変化が激しいこの地においては、実用面の事情もあって自然と定着していったという。


 さっそく、現地民らしいコーディネートを施した青年二人に目を向け――ニコラは顎に手を当てて眉を寄せた。


「難しいですね」


「いい感じだと思いますけど……」


 どこか納得いっていない様子のニコラに、アクセルは(いぶか)りつつも、彼女のセンスに素直な感想を述べた。


「いえ、あえて芋っぽく崩した方が……完全に現地住民っぽいと、ちょっと困るじゃないですか~」


「確かに。今からそれっぽくなっていくところだしな」


 状況に溶け込むのが彼らの仕事ではあるが、現地住民の気質や風習への理解が少ないままに、表層だけをそれらしくするのは、相手に妙な違和感を与えかねない。

 かといって、傍目には明らかに異邦人と映るようでは視線を集めやすく、街へ繰り出しての行動がやりづらい。となると……


「目立たない程度に崩しましょう。それっぽく自己流に整えた、若い貿易商って感じで」


「では、少し浮かれ気味の設定で?」


「それがいいですね」


 見知らぬ土地で色々と探りを入れるにあたり、自然と溶け込むための人格設定が必要となる。

 今回は、初めての地で少し宇浮かれ気味の、好奇心旺盛な異邦人という設定で行くことになった。


「とはいえ……」


 目立たないための設定を取り決めた後、マルクは部屋中に広がる衣服を眺めて口を開いた。


「買い付けの時点で、だいぶ目立った気はするけどな……」


「いいんじゃないですか? 私は服飾方面で攻めますよ」


 郷里への土産ということで、大量に服を買い込んだ一行。服屋に認知された事を、ニコラは利用しようというのだ。


「別に、マルシエルへ持って帰りたいってのは本当ですしね。それに、こういう服が全部、この国の原材料でできてるってわけじゃなさそうですし」


「流通面の話から、取引のある関連諸国の実情に(つな)げられるかもしれませんね」


 服を買い込んでいる時は、明らかに自分の趣味だったようにも映っていたが……ここまで考えているのなら言うことはない。

 元より、成りすまして溶け込むセンスにおいて、ニコラは随一である。

 レガリア、《光の器(オプトロン)》の力で魔力が出ないおかげか、気配を感づかれにくいアクセルもまた、注目を集めづらい逸材だ。

 この二人と比べると――マルクは長く細いため息を漏らした。


「さっそくお疲れ気味ですか?」


「そういうわけでもないけどな。ま、二人の働きに懸かる部分は大きそうだ。俺は取りまとめに力を入れるから、後は頑張ってくれ」


「もっちろん」


 朗らかに答えるニコラは、メガネのつる(・・)を得意げにクイッと持ち上げ、アクセルと目を合わせて顔を綻ばせた。



 王都で情報収集を重ねること早5日。マルクは明け方の街路を歩いていた。目指すは大通りが交わる広場だ。

 目的の店が近づくと、顔を覚えてくれている大柄な中年男性が、「よう」と声をかけてくる。新聞屋だ。


「親父さん、何かあった?」


「そりゃ、買ってからのお楽しみってもんだ」


「売りもんになる時ってのは、別に楽しめる紙面でもないだろぉ?」


 軽口を叩き合い、マルクはいつも通りの流れで代金を支払った。買うのは取り扱いがある全紙。

「まいど」と店主は笑って丁寧に売り物をまとめ、手渡してきた。


「しっかしまぁ、なんだ。あんま代わり映えしない紙面じゃ、少し申し訳なくもないね」


「そういうのは買わせる前に言うもんだ」


 特に何もないだろうとは思いつつ、マルクはさっそく紙面を流し読んでいく。

 店主の様子から明らかではあったが、やはり何か気がかりな動きはない。鉱山等の話題はあるが、健全な経済活動だ。取り立てて騒ぐほどのことでもない。

 しかし……この国にとっても大きな懸念であると思われる、あのヴィシオスの名は、各種紙面のどこにもない。この国へ訪れて以来、ずっとそうだ。不穏な記事を期待するというのも変な話ではあるが――

 思っていたよりもずっと、厄介な国かもしれない。


 こめかみを指先で(つつ)き、マルクの顔が難しそうになっていく。


「なんかあったかい?」


「ないから困ってんだ……いや、いいことではあるのかな」


 全紙を買い集めた初日、ここの店主には自分が異国からの商人だと話している。市場や政治に何か動きがあれば、商売にも大きな影響があるかもということで、商談を進める傍ら新聞を買いあさっていると。

 実際、マルシエルからの積み荷を売ったり、逆にマルシエル向けという名目で衣服や鉱石を買い集めたりで、話した通りの事をやっている。

 ただ、それに付随する形で、本来の目的である情報を得られているかと言うと、かなり微妙なところだ。むしろ、副業ばかりがうまくいっている。隠れ蓑としては申し分ないのだが。

 となると、情報収集の本命は――


(やはり明日からか……)


 新聞をたたんで小脇に抱え、マルクは「また来るよ」と告げた。

 しかし、彼が立ち去ろうという前に、店主が「ちょっと待った」と手を前にして静止してくる。


「何か?」


「いや、兄ちゃん。ここへ来て間もないってのはわかるけどな、服の着こなしがちょっと……アウターのボタンを、全部上まで止めちまうのはねえ」


 店主曰く、せっかくのおしゃれ着を重ねているのだから、内側からの色合いや仕立て、風合いの変化をさりげなく見せるのが粋なのだと。

 それなのに、全てアウターの下に押し込んでしまうというのは、寒く無けりゃそれでいいという、いかにも……


「ジジくさいって?」


「オレよりもな。そんなんじゃモテんぞ~?」と、店主が快活に笑う。


(モテても困るんだよな……)


 と思いつつ、上のボタンを少し外すと、「それがいいよ」と人生の先輩のアドバイス。

 好意的な彼に改めて手を振り、マルクはこの場を後にした。


 街行く人々の群れを前にして、この街の若者を目にすると、仕事仲間への感心が沸き起こる。

「上まで止めた方が、絶妙にダサいですよ~」と、にこやかに言っていたニコラのアドバイスは、まさに的中していた。

 マルク自身、特に気にかけてもいなかったのだが。そう思うと――


「目立なければそれでいい」という自分の垢抜けなさに、彼は思わず皮肉な苦笑いを浮かべた。



 それから2日後。9月2日、昼。

 地図を片手に、マルクとアクセルは王都を散策していた。道中には、事前に配しておいた仲間たちが街中の各所に点々と。

 そして頃合いを見計らい、二人はとある飲食店へ。客の入りは中々だが、騒がしいというほどのものでもない。

 二人掛けのテーブルに通され、マルクはメニューを眺め見た。


「ご注文はいかがいたしましょうか?」


「うーん……まずは、軽くつまめるものを適当に。後は、食べながら悩んで決めます」


 払いの良さそうな回答に、ウェイトレスはにっこり微笑んだ。メニューを指さしながら手短に説明を行い、注文通りいくつかの前菜を適当にピックアップ。

 マルクの了解を受け、ウェイトレスは満足そうに厨房へと早歩きで去っていく。

「色々ありますね」と声をかけるアクセルに、「さっぱりわからん」とマルク。

 彼がメニューに顔をうずめると、自然と会話も途切れ……アクセルは肩をすくめて相方から視線を外し、店の外、往来へと目を向けた。

 店の奥側に座っているおかげもあって、彼の側からの方が外は良く見える。


 しばし退屈そうにしていていると、注文した前菜が運び込まれた。先ほど応対したのと同じ店員だ。

 彼女は皿をテーブルに並べ終わると、「またお声がけくださいね」とニコリ。

 さっそく料理に手を付ける二人だが、小皿が一つ片付いたあたりで、マルクはカバンから一冊の本を取り出した。周囲の客のごく数名が、これに気づいて奇妙なものを見る目を向けてくる。

「日記ですか」とアクセル。これにうなずき、マルクは言った。


「知らん料理だしさ」


「そうは言いますけど、旅日記のくせにメシのことばっかじゃないですか」


「そういうもんだろ?」


「ですかね?」


 なかなか美味そうに食す若者二人に、「そういうことか」と周囲の客も納得したようである。彼らはそれぞれのテーブルへと向き直った。

 そうして食べつつ日記に書きこんでいくマルクに、ややあってアクセルが尋ねた。


「追加はどうします?」


「うーん」


 その時、玄関からドアベルが鳴った。

 やってきたのは、二人にとっても縁深い人物である。ウェイトレスに促され、彼女は一人席へ。

 耳を澄ませば声が届く程度の距離である。


 そちらに背を向ける格好のマルクは、新しい客には目もくれず、日記とメニューを交互に眺め見た。

「結構迷うな」と言いながら、日記には“次に食べたい料理”と題をつけ、メニューからいくつか料理を選び出して書き込んでいく。

 やがて、彼の後方に座る例の女性客が、ウェイトレスに注文を出した。


 マルクが今しがた、日記に書きこんだばかりの料理たちを。

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