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第267話 ルブルスク王都ロスフォーラ

 ヴァレリーたっての希望でルブルスクを訪れたとはいえ、四六時中彼がエリシアとともにいるわけではない。今回のルブルスク訪問はあくまでお忍びであり、非関係者に妙な疑念を(いだ)かれてはまずい。

 加えてヴァレリー自身の公務の都合もある。よって、今回の訪問は、むしろ彼がいない時間の方が大半である。

 その間はエリシアに護衛が付いてルブルスク王都ロスフォーラを散策、異国について理解を深める時間となる。

 ラヴェリアと関係を深めたい向きにとっては、大いに売り込むチャンスであろう。


 滞在二日目からさっそく、エリシアの居室には「ご用命あらば」と案内を買って出る、国の職員がやってきた。

 これに対し、「どうしましょう」と護衛たちに尋ねるエリシア。

 間を置かず反応したのは、護衛隊長のクラークだ。彼は案内係にと申し出る職員に、柔和な態度で声をかけた。


「まずは我々の内から人員を出しますので、予行と考えてご案内していただけませんか? 道すがら、色々とお伺いしたいこともありますしね」


「……かしこまりました。承りましょう」


「ご理解、痛み入ります」


 あっさりと話がまとまると、隊長はさっそく部下に指示を出した。護衛から二人、王都の案内を受けさせる。

「お嬢様に先駆けての王都観光だ、しっかり勉強するように」と、やや冗談めかして言う隊長に、若い隊員は力なく笑って案内係に続いていく。


 それから数分後。隊長は別の隊員に目配せし、外へ促した。

「外へ向かわれるようですが?」と尋ねるエリシア。その問いに、また別の隊員たちが口を開く。


「あの案内の方は、ヴァレリー王子派と考えて差し支えないものと思われます。我々には良くしてくださることでしょう。ただ、この国のパワーバランスを考えると、微妙な問題があります」


「先に出ていったあの三人を、尾行する者もいないとも限りませんので。相手方も当然、その程度は承知済みの事でしょうが……後で答え合わせを、ということですね」


 これには感心しつつも、水面下で交錯するものに思い巡らせたのか、エリシアは少し身を縮めた。

 そしてまた数分後。隊長はリズに尋ねた。


「あなたも出ますか?」


「そうですね」


「……リズさんも、ですか?」


 エリシアの口から出たこの呼称に、残る隊員たちがやや驚きを示す。

 そんな中、隊長はむしろ良い傾向とすぐに思ったのか、呼び方の変化に便乗してきた。


「リズ殿からご説明なさっては?」


 良い意味で調子良く、また若々しいところのある隊長に笑みを浮かべたリズは、エリシアに向き直って言った。


「私は単純に観光です。お嬢様と一緒に動く機会も多いですから。お嬢様が外出されない今の内に、先に見て回っておくのも仕事の一つです」


「そういうことでしたか。何から何まで、ありがとうございます」


 先日よりも打ち解けた感はありつつ、それでも礼儀を保つエリシアに、リズはニヤリと笑った。


「先に楽しんでくるだけですよ」


「ま、相手の良いところを見つけるのも外交ですのでね」


 含蓄のある隊長の言葉に「なるほど」とうなずくエリシア。

 実際、彼の言うところはごもっともだ。不要な争いを避けたいラヴェリア外務省としてのスタンスが、その言葉に集約されているとさえ言えるかもしれない。

 まだ部屋に残る面々に小さく頭を下げ、リズもお勤めに向かった。


 ヴァレリーが好み、また自慢げにするだけあって、貴賓館を囲む秋の庭園は見事なものである。

 季節柄、これから枯れていく一方というのが事実だろうが、そんなことを感じさせないほどだ。赤を主体とする花々と木々の鮮烈な色合いは、まさに燃え盛るようであった。

 この美しさが枯れてしまうまで、出来る限り永らえようと手を尽くす者が、今日も庭園で仕事に勤しんでいる。

 こうした美意識や職業理念は万国共通なのだろう。


 ただ、手入れが行き届いている国の庭園が特別なのかと思いきや、実際はそうでもなかった。

 ルブルスク王都は、中枢が小高い丘の上にあるらしく、中枢区画の外に民間の区画が広がっている。

 官民隔てる門を抜けた先の光景が、また目を奪うものであった。

 城下に続く坂道は、両脇を紅葉が埋め尽くす。小山のふもとに広がる王都の街並みにも、色鮮やかな赤いラインが走っている。

 区画設定はかなり計画的なのだろう。中枢部から走る放射状の大通りに、同心円状に走る街路。白塗りの建物群をキャンパス代わりに、赤々とした街路樹が道の連なりを描き出している。

 合理性と芸術性のある景観を前に、しばらく目で楽しませてもらった後、リズは坂を下っていった。



 ルブルスクという名には相応の歴史があるが、現在のこの国は、国としてはかなり若い部類に入る。

 古くは、特に目立つところのない小国であった。それでもヴィシオスのような国に征服されなかったのは、他の国の方が侵略価値があったからとされている。言い換えれば、無視されてきたようなものだ。

 転機があったのは、今から150年ほど前。国内の鉱山から、魔導石の良質な鉱床が見つかったのだ。

 魔道具の製造には必須という鉱石だけに、国内は大いに沸き立った。


 そんな中、国内最大の鉱山を開発した地権者に対し、国が鉱山を接収すると公布。当然、見返りの提示はあったのだが……とても、正当なものとは言い難かった。

 この、国軍の威を笠に着ての横暴に、地権者を筆頭とする現地勢力は猛反発。彼らは交渉猶予期間に魔導石を売り払い、その資金で傭兵を雇用。

 さらには、国の港に着く前の商船に働きかけ、船荷と労働力を買収。交易路を一時封鎖した。

 この動きに、国軍は果断にも早期決着を目指して動き出したのだが……目標である山間部に攻め入るのは難しく、しかも山間を縫うような傭兵たちの動きに翻弄されることに。


 結果、当時の国王が早々と和議を申し入れるも、鉱山側はこれを拒絶。

 品不足に陥っていた王都の民からすれば、王室の権威は日に日に落ちていく一方。

 鉱山側が資金力を生かし、戦局の情報を王都で意図的にバラ撒いた情報工作も功を奏した。


 そして、内戦から3か月後。当時の王室は自分たちの非を認め、反乱軍に降伏。

 その後の講話の席で勝者たる地権者勢力は、王室の存続を認める代わりに、一族の娘を国王に正妻として嫁がせた。

 無論、この平和的(・・・)な申し入れを敗残者が断れるはずもなく……寛容な勝者への声望は高まった。

 世論の後押しもあり、王室は外戚の力で骨抜きに。次代になると、完全に成り代わられることとなった。

 現王室は、当時相争った両勢力の血を引いているというわけだ。


 魔導石と、その売却益で大きくなった若い国だが、近年になっての躍進がまた目覚ましい。

 というのも、30年ほど前に実用化に至った飛行船技術によって、それまで使い道を模索するだけの段階にあった巨大魔導石に、大きな用途と需要が発生したのだ。



 街並みに目を向け、散策しながら、リズはこの国の歴史に思いを巡らせていた。

 過去の反省からか、今では鉱業を国策として積極的に推進しており、にわかに急拡大した若い国の羽振りの良さは、王都のそこら中に散見される。

 目を奪われるような街並みは、真新しい建物が他国に比べて多い。合理性のある街路の作りと区画設定も、古臭さとは無縁のものだ。

 そこで生活を営む国民も、イキイキとした活気に満ちている。


――ここが、俗に言う暗黒大陸の国家だということを忘れてしまいそうなほどに。


 もちろん、暗黒大陸という言葉は、現地では禁句である。

 同大陸で多大な影響力を持つ、最悪のならず者国家と言われるヴィシオスの名も、ルブルスクでは極めてセンシティブなものだ。


 大通りと環状線が交わる所は広場となっており、新聞屋はおおむねそういったスペースで営業しているようだ。

 そうした店の一つに立ち寄り、リズは掲示板に目を向けた。試供用として、各紙の三面記事が掲示されているのだ。

 やはりというべきか、今回の訪問については記されていない。

 紙面を賑わせるのは、主力産業である鉱業に関するもの。新規開発中の鉱山の現況、鉱物市場の状況など。後は交易で関係を持っている諸外国の出来事など。


 しかし、同じ大陸にある、あの国の名は、リズが見る限りどこにも記されていない。

 この国に対し、他のどの国よりも――もしかすると、この国自身より――影響力を持つであろう、あのヴィシオスの名が。


 防波堤となる小国たちが先に滅んでいったため、今ではこのルブルスクとヴィシオスは国境を接している。この王都ロスフォーラからはだいぶ離れており、ヴィシオスが表立っては大きな動きをしていないということもあるが……

 それでも、何一つ話題に上がらないなど、そんな事がありえるだろうか?


 そうした疑問を胸に周囲を見渡すと、国や街の印象も少し変わってくる。

 活気に満ちた人々の営みも、何か後ろ暗い真相から遠ざけられ、漂白された事実に包み隠されているような――


(考えすぎかしらね……)


 判断材料を(つか)む前から、疑念に凝り固まるわけにもいかない。違和のある第一印象を胸に留めつつ、リズはその場を後にした。


 それから街を散策すること十数分。彼女は一軒の食事処に目を向けた。中は繁盛しているが、騒がしいと言うほどではない。

 ひとりがけのテーブルに通された彼女は、メニューを広げて目を閉じた。


「ご注文は……後ほどにしましょうか?」


 傍に控えるウェイトレスに、リズは「少し待ってください」と答え、いくつか注文した。

 初めて見る名の、異国の料理を。


――そんな彼女に、別のテーブルからさり気なく注がれる視線があった。

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