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第266話 異国での最初の夜

 玉座の間で謁見を果たした後も、ご挨拶回りは続く。主に外交の関係者等との顔合わせだ。

 今回は第二王子ヴァレリーが、国の意向とはある程度独立して招待したということだが、外交と無関係というわけにもいかないのだ。

 一連の顔合わせの後には、王城内及び、エリシア一行が宿泊する貴賓館の案内。


 諸々の用事を済ませると、すっかり日が傾いてしまっていた。

 あてがわれた部屋の中、エリシアはやや疲れ気味の様子で椅子に腰かけた。それでも、背筋を伸ばしているあたりは立派なものである。

「お疲れ様です、お嬢様」と護衛隊長クラークが声をかけると、彼女はすぐ申し訳なさそうな顔になった。


「いえ、皆様方もずっと気を張っていらっしゃったものと。お疲れさまでした」


「お気遣いありがとうございます」


 と、二人の間は和やかなものだが、配下にはまだまだ仕事がある。

 今のところ歓迎の意を示されてはいるものの、ルブルスクの中枢部が一枚岩ではないという認識はある。全ての関係者がこの訪問を歓迎しているとは限らないのだ。

 賓客向けのこの部屋と言えど、何かを仕掛けられている可能性はある。

「我々ならやりませんが」と苦笑いするラヴェリアの諜報部員たちに混ざり、リズは部屋の確認作業に移った。

 エリシアに不安の念を(いだ)かせないよう、それぞれの部屋に手分けし、それとなく。しかし用心深く。


 しばらく経って、隊長は隊員を呼び寄せた。

 そこで「何か気がかりなことでも?」と尋ねるエリシアに、隊長が困り気味の笑みを浮かべる。


「寝床は自分たちで確認しないと、安心して寝付けない(たち)でして。職業病と申しますか。出先の宿でもこの調子ですよ、ははは」


 と、軽い感じで笑う彼は、エリシアを安心させる一方で隊員へ順に視線を飛ばした。

 彼と目が合うと、それぞれがさりげないジェスチャーで調査結果を伝えていく。

 結局、何か仕掛けられているということはなかった。容易に露見するような罠だとしても、ヴァレリーを擁立しようという勢力には失点となろう。そういった意味では、何か仕掛けてあってもおかしくはなかったところだが。

 ともあれ、この部屋は安心して使えそうである。ここを滞在中の拠点とし、エリシアの外出中であっても、常に数人は隊員を残すというのが事前の計画だ。


 それから少しして、居室のドアが叩かれた。隊員が一人駆け寄って開けてみると、廊下には給仕が。

 彼女はやや恐縮した様子で、「夕食の準備が整いました」と言った。

 こうした会食に参加するのは、別段の事情がない限りは、主賓のエリシアに加えて護衛からは一人と、外交を通じて事前に決めている。

 残る護衛メンバーには、この部屋へ食事が持ち込まれる格好だ。部屋を完全には空けたくはない一行としては好都合である。


 エリシアの護衛兼付き人ということで、会食にはリズが向かうことに。

「では、参りましょうか」と笑顔で言う彼女に、エリシアはやや硬い表情で「はい」と応じた。

 彼女以上に強張(こわば)った給仕が先導し、会食の場へ。


 貴賓館の食堂は天井が高く、広めの室内には、贅沢にもテーブルが一つだけ中央に鎮座している。

 イスの数に比して、かなりゆとりある大きさのテーブルだが、互いの声を届かせるのに支障はない程度の大きさだ。

 国賓の付き人ともなると格別の待遇を受けるようで、リズは自分のイスを引いてもらい、腰かけた。

 それにしても、あの母国から頼まれる形で受けた任務で、こういった扱いを受けるとは……自身のこれまでを振り返ると、中々複雑な心境である。

 そうして神妙な顔になる彼女の横で、主賓はかなり緊張した様子だ。リラックスには程遠く、少し身が縮こまっていることにリズは気が付いた。

 二人の対面に座るのは、ヴァレリー王子ただ一人。


(お目付けの方がいらっしゃるかと思ったけど……)


 ルブルスク側が一人だけという状況に、やや意表を突かれた思いはある。もっとも、あまり大勢で卓を囲んでも……といったところ。

 ここまでの様子を見るに、この王子一人であれば、場が重苦しくなる心配もあるまい。あまり肩肘張らず、リズは異国の料理を楽しもうと割り切った。

 すると、ヴァレリーがにこやかに口を開いた。


「エリシア嬢は少し食が細いと聞いている。出された料理だからといって、あまり無理はしなくていいからね」


 今回の招待を円滑に……ということで、エリシアの食生活等についての情報は、外交を通して伝わっている。年頃の女性のそういった情報が知れ渡っているのは、当人としては複雑な思いがあるかもしれないが……

 それはさておき、ヴァレリーは食べきれなければ置いといて良いと、言外に認めたわけだ。

 これにかこつけ、口に合わないものも、無理に食べなくてよいという含意もあるだろう。

 とはいえ、これに素直に「はい」と応じるのも難しいようで、当の本人は曖昧な笑みを浮かべるばかり。

 そこでリズは、彼女に向いて一つ提案した。


「お嬢様。食べきれない分は私がいただきます。ですから、お望みの分だけ気軽にお召し上がりください」


「えっ……と、では、お願いします」


「お任せください」


 満面の笑みで応じるリズ。そんな彼女に、ヴァレリーは微妙な笑みを浮かべて尋ねた。


「実は、単に君が食べたいだけだったりしないかな?」


「もちろん、そのような面もございます」


 これぐらい格式張らない付き人の方が、二人にとってもやりやすいだろう。そういった意図も込め、正直に答えるリズに、思惑通り二人は表情を綻ばせた。

 場の空気が程よく砕けたものになったところへ、給仕がワゴンを押してやってきた。突き出しから始まり、前菜、スープ、サラダ……頃合いを見計らっては、様々な料理がやってくる。

 エリシアへの気遣いがあるのか、あるいは高級なコース料理の常といったところか、一皿一皿に乗る分量は、皿の大きさに比して少ない。やや小食というエリシアでも、最初の内は特に問題はなさそうであった。

 ただ、他の二人に比べると、皿を平らげるのは明らかに遅いのだが……リズの目から見ても、出された料理や異国の食文化に対して真摯に向き合い、きちんと味わっているのが感じられる。


 一方、リズの予想外だったのは、食事中はヴァレリーがおおむね聞き手に回っていたことだ。食べるスピードの都合上、やはり待つ側に回ることが多くなるのだが、エリシアが味わって食べる様を彼は中々幸せそうに見ていた。

 それに、エリシアに料理の感想を尋ねては、帰ってくる言葉にただじっと耳を傾けていた。

 現時点で、エリシアに対して格段の想いがあるとも考えにくいが……二人の様子に気を向けつつ、次第に余り始めたエリシア分の料理を平らげていくリズ。


「エリザベータ、君は中々健啖家だね」


「恐れ入ります」


 コースが進み、相応に物量がある主菜ともなると、エリシアでは手に余るようだ。

 そのおこぼれに(あずか)るというのは、中々の役得である。料理の質で言っても、非の打ちようがない。料理の心得があるリズだからこそ、贅を尽くした品々に施される技を思い、舌鼓を打ちつつ感銘を受けた。

 肝心の二人の方も、この席を十分堪能できているようで、それは何よりであった。



 夕食後、リズはエリシアとともに居室へと戻った。こちらはすでに食事が済んでいるようで、すっかり片付いて痕跡もない。

「どうでした?」と尋ねる隊長に、エリシアは言葉に迷った後、端的に告げた。


「とても美味しかったです」


「それは何より」


 感想としてはごく短いものだが、思慮深そうな彼女があれこれと言葉を用いなかったことが、かえって効いたのだろう。満足そうな二人を前に、隊員たちも表情を柔らかくした。

 さて、本日の公務と呼べるものは以上だ。慌ただしかった一日もあっという間に過ぎ、気がつけば辺りはすっかり暗くなっている。

「では、おやすみなさい」と、エリシアは護衛たちに頭を下げた。彼女に続き、同じ寝室へと歩いていくリズ。

 さすがに、「代わってほしい」などと口にするような愚か者はいない。


 寝室に入ると、エリシアの体からフッと力が抜けるのを、リズはすぐに感じ取った。「お疲れさまでした」と微笑む彼女に、エリシアはハッとした顔になり、頭を下げた。


「おかげ様で、みっともないところを見せずに済んだものと思います。何かとお気遣いくださいまして、ありがとうございました」


「……どういたしまして」


 折り目正しいのは良いことだが、そういった彼女の性質以上に、今のエリシアにはどこか堅苦しい感じがある。

 これはやはり――生まれを気にされているのだろう。それと、もしかするとこの一年半でのことも。今まで名前を呼ばれてもいない。

 このままの調子が続き、どこかでボロが出るのはよろしくない。今後の事を考えリズは言った。


「これからは、気軽にリズと呼んでください」


「えっ? いえ、それは、その……」


 ああ、やはり――と、尻ごむエリシアに確信を得ながらも、リズは朗らかに笑った。


「友人のド平民たちは、何も気にせずそのように呼んでますので。それに、私自身、生まれにはこだわらない人間ですから」


 それでも踏ん切りがつかないでいる様子のエリシアに、リズは内心イジワルだと認めつつ、悪い笑みを浮かべた。


「何かの拍子に私の事を怪しまれたり、私の素性が露見するようなことがあれば、あのお姉様が黙ってませんよ~?」


「うっ」


「……あなた相手に、そこまで厳しく接するとも思えませんけども」


「だとしても、私がご迷惑をおかけするわけには……」


 アスタレーナの事を持ち出されると、やはり弱いようだ。国王の御前で立派に振る舞ったのも、従姉に対する敬慕の念がさせるものか。

 エリシアは目を閉じ、深呼吸をした後、リズをまっすぐ見据えて口を開いた。


「……リズさん」


「それでよろしい」


 冗談交じりに笑うリズに、彼女も表情を柔らかくした。

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