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第265話 国王への謁見

 ルブルスクは高緯度に位置し、協商圏やマルシエルよりは気候が冷涼である。《(ゲート)》の管理所を出ると、秋めく街路が一行を出迎えた。

 熱帯のマルシエルからやってきたリズにしてみれば、気温の変化はそれなりに身に染みるものの、慣れればむしろ快適といったところ。

 それに……常夏の国から四季のある国へやってきたことで、不意に郷愁の念を呼び起こされる部分もあった。


 管理所を出て、まずは王城へと足を向ける一行。

 ご多分に漏れず、管理所は行政関係施設が集中する区域に居を構えており、一般人と出くわすことはほとんどない。

 遠目でうかがう限り、今日のこの時のために配したのであろう衛兵の姿も散見される。決してこれ見よがしな警備体制ではないが、きちんと通行止めが機能しているようだ。


 そんな中でも、官吏と出くわすことはある。そうした折、一団を先導するヴァレリー第二王子は、臣民に向かって小さく手を振ってみせた。

 彼のフレンドリーな振る舞いに、若い女性の官吏などは目に見えて喜びの感情を示す。


(仕込みってわけでもなさそうね……)


 王城へ続く中々広い庭園を行く間、この王子が民に敬愛の念を向けられているのが、リズにもよくわかった。決して顔だけの人気者などではなく、人となりも好まれているのだろう。

 呼びつけたエリシアの手前、そういう態度を意識して見せているのかもしれないが……とりあえず、気さくではある。

 それに、(たたず)まいには堂々と自信に満ちたところがあるが、一方で威圧的なところはない。

 そんな彼は、緊張が続くエリシアに、柔らかく微笑みながら尋ねた。


「どうかな、この庭園は。今ぐらいの季節が、誰かをお招きするのにはちょうど良いと思っていてね」


「は、はい。しっとりと落ち着いた美しさがあって、心を奪われます」


「そうか。ふふ、気に入ってもらえて何よりだよ。私は秋が好きでね、貴女は?」


 こういうこと(・・・・・・)に手慣れているというわけでもあるまいが……彼が話しやすい人物というのには変わりなく、硬い様子だったエリシアも緊張が少しずつ解けていくようだ。


 それ自体は良いことだが……彼女がのめり込み過ぎても――という懸念はある。

 依頼主のアスタレーナからは、そういった含みのある下知は受けていない。「どうせ自然消滅するでしょう」と、血も涙もないドライな見解を口にされただけだ。

 とはいえ、万一にでもお互いが本気になって……となると、いよいよ国際的な重大案件へ発展しかねない。

 そう思うと、彼にイニシアチブを握られている現状は、さっそく若干の警戒を要する事態と言えた。決して、彼自身に非があるわけではなく、むしろ人としての好ましさすら感じるのだが。


(後で要相談かも……)


 ただ、幸か不幸か、和らいだ空気もすぐに引き締まっていく。ルブルスク王城に近づいてきたのだ。

 ラヴェリアのそれと比べると少し小ぶりではあるが、広い庭園に囲まれる中、近くに立派な建物がないため見上げるような威容を誇っている。


 他国の王城を前に、緊張を隠せないエリシア。

 ただ、ここまで余裕のある軽妙な態度を崩さずにいたヴァレリーも、王城を前にすると柔和さが少し影を潜めた。

 その変化を、リズは見逃さなかった。庭園までは我が庭だとしても、この城は我が家とまではいかないのだろうか。

 何であれ、彼の変化にリズは、心に少し引っかかるものを覚えた。

 王城が自分の家と思えないのであれば、結構仲良くできそう――などと思いつつ。


 城内へ入ると、白髪が目立つ小柄な男性が一行を出迎えた。ヴァレリーによれば、国の重臣とのことだ。

 官位においては護衛たちよりも明らかに上であろうが、招く国が国だからか、応対は懇切丁寧なものである。

「皆様方のご到着を心待ちにしておりました」と頭を下げる彼に、一行を代表してエリシアが言葉を返す。


「この度はヴァレリー殿下からお声がけいただきましたこと、さらには陛下への拝謁の機をいただきましたこと、大変光栄に存じます」


 緊張で固まっていられる局面でもないと、腹を(くく)ったのだろう。国を代表してきているという思いがしっかりとあるようで、堂々として落ち着いた受け答えを見せるエリシアに、リズは心の中で感嘆の念を(いだ)いた。

 自分の務めを果たそうという彼女の変わりように、ヴァレリーもまた、わずかに目を見開き……城内に入って初めて、彼は柔らかな笑みを浮かべた。

 もっとも、そうした柔和さも、すぐに神妙さに取って代わられたが。


 堅苦しく緊張した空気の中、一行は城内を進んでいく。絨毯が続く階段、長い廊下を進み、しばらくして……

「こちらで、陛下がお待ちです」と、重臣は深くお辞儀をした。近衛二人が傍らに控える、いかにもな重厚感のある扉。

 この奥が玉座の間である。


 ここまで来ると、護衛の任にあるラヴェリア外務省諜報部員といえども、強張(こわば)りが見受けられる。全く怖じないのは、リズと護衛隊長ぐらいのものだ。

 この状況を作った張本人も、父王が待つ一室を前にして、表情には若干の硬さがある。


(何か、思うところがあるのかしら?)


 彼の顔色をうかがいつつ、怪しまれないようにと自然に目を外すリズ。

 すると、護衛隊長が口を開いた。


「さすがに、我々の全員が御前にというわけにもいきますまい」


「はい。申し訳ありませんが」


 万一などないと考えているとしても、他国からの護衛――すなわち戦闘要員を、玉座の間に招き入れるわけにはいかない。

 とはいえ、誰か一人は代表として、国王の前に姿を現すのも礼儀であろう。エリシアの心情的なものもある。

 そこで「あなたが向かわれてはどうか?」と、隊長からリズに提案が。

 これを少し意外に思ったのか、一瞬真顔になるルブルスクの面々。隊長に言わせると、まともな理由があった。


「何かしらの社交の場や宴席があれば、エリシア嬢の傍を離れず帯同していただきますので。私はあくまで全体の取りまとめ役、どちらかというと裏方です。それよりは、エリシア嬢と殿下に一番近い護衛こそ、お目通りには相応しいかと」


「ふむ、なるほど……部下に押し付けているのではあるまいね?」


「いやはや……小心者ゆえ、そのような大それたことは」


 ヴァレリーの気質を見抜いたのか、礼節を保ちつつも、のらりくらりと口にする隊長に、ヴァレリーは表情を崩した。

 客観的には押し付けられたようなところもあろうが、現場で先方の様子をうかがいつつ、このように切り出す予定であった。彼が口にしたのも一理あり、加えて裏事情として、リズが謁見する意味も。

 そうした、含むところをおくびにも出さず、リズは粛々とした態度で「では、遠慮なく」と応じた。


 玉座の間に立ち入るのは、ラヴェリア側からは主賓たるエリシアと付き人としてリズ。

 ルブルスク側は、ここまで案内してきた重臣と、王子ヴァレリーの計四人だ。

 重く厳めしい扉が近衛の手で開かれ、ルブルスクのニ人に続き、リズとエリシアは玉座の間へと足を踏み入れた。


 煌びやかな玉座で待つ人物、ルブルスク王国現国王エルネストは、中々に恰幅の良い中年男性であった。

 お召し物は立派だが、子息ほどに当人の華やかさがあるわけではない。彼自身が他を圧倒するような威厳を放っているというわけでもない。

 ただ、堂々とした佇まいの中には不思議と風格を感じさせる、どっしりとした落ち着きのある人物である。

 一見すると、ヴァレリーとは似ても似つかないが、この二人が親子だと言われてもさほどの違和感はない。


 実を言うと、他国の王というものを一目見てみたいという気持ちも、リズにはあった。

 目の前の人物と、彼女を生ませたアレ(・・)を比較し、それでどうこうというわけではないが……

 他の面々に比して余裕の自覚すらあるリズは、ごく自然な振る舞いで威儀を正し、絨毯に片膝をついた。

 一同が頭を伏せると、これに対する返礼のように、定まった言葉が放たれる。「(おもて)を上げよ」と。

 そして彼は、ラヴェリアからの客に目を向け、言葉を続けていく。


「ラヴェリアからの客人よ、よくぞ参った」


「こうしてお目通り(かな)いましたこと、光栄の至りにございます」


「……左様か。此度の訪問が、両国にとって有意義なものとなることを祈る」


 両者のやり取りに、特に気になるところはない。エリシアを少し心配する思いもリズにはあったが、一国の王を前に立派に務めを果たしている。

 強いて言うならば、国王の方は落ち着いているというよりも、今回の訪問に対してあまり意欲的ではないような、淡白さにも似た感が少々。

 そして、父王の御前にあってヴァレリーが強い緊張感を持っているのを、リズは見抜いた。


 この謁見に参加した理由が、まさにこれだ

 今回の招待について、ヴァレリーを取り巻く各関係者が、どのような態度で臨んでいるか。

 平和裏に終わらせたいラヴェリア外務省としては、あまり自由に嗅ぎ回るわけにはいかない。あくまで護衛の差し障りにならない程度に留め、ルブルスクからは友好的に情報を得ていくのが基本方針だ。

 よって、裏で動く情報収集は“第三勢力“のリズたちが手掛けることとなる。


 ラヴェリア王室とはまた違う、この王族二人の関係性。その間にある何か微妙な気がかりの兆しに、リズは一人、身が引き締まる思いであった。

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