第263話 ご報告とこれから②
ダンジョンへ出向いてのご挨拶を済ませたリズだが、挨拶回りはまだ終わらない。
同日昼過ぎ、ダンジョン玉座からリズは転移した。目的地はマルシエルにある、自分の喫茶店の店長室だ。
店長という肩書ではあるが、店の方はほとんど従業員に任せっぱなしである。不在がちな店長ながら、店の運営はまるで問題がない。
そのため、自分の自由で密室にできるこの部屋は、マルシエル国内へ移動するにあたって格好の転移先となっている。
今日も何事もなく転移を果たしたリズは、締め切った窓から外の様子をうかがった。
近くを歩く人の気配は、ほとんどない。一応は外出中という名目であり、店長室から普通に出ると、事情を知らない従業員に怪しまれる可能性がある。
そのため、こういう時はコッソリと、窓から外へ出るのが常であった。それなりにまっとうな地位を得て、しかも継承競争も停止中という状況だが、やっていることはほとんど逃亡犯のそれである。
相も変わらずな自分に苦笑いしつつ、窓から軽やかに躍り出た彼女は、何食わぬ顔で雑踏に紛れ込んだ。
飛行船絡みの作戦において、保護した乗員乗客たちは、今はマルシエル政府管轄下のセーフハウスで生活している。
店を出たリズは、国内諸島間の連絡船を乗り継いで、その建物へと向かった。
セーフハウスとは言っても、実際には民衆から切り離された建物、ぐらいの感覚である。隠れ家と言うにはあまりに堂々とした邸宅であり、政府直属のホテルと言うべきかもしれない。
実際、もともとは嵐等で航路を使えなくなって帰国できなくなった要人の、予期せぬ長期滞在に対応するための建物だったのだとか。
他国の政変において、訳ありの人物を匿うのに用いられた歴史もある。
そんな建物に、今は陰謀に巻き込まれた民間人が大勢いるというわけだ。
セーフハウスがある島は、この建物以外には連絡船乗り場と職員等の詰め所、整備が行き届いた庭園程度しかない。間違いが起きないようにと、物理的に断絶されているわけだ。
しかし、船着き場から降りたリズは、目の前に広がる庭園に感嘆の念を抱いた。色取り取りの花が咲き乱れるその様子は、邸宅に客が居ようが居まいが、手入れを怠らない職員の存在を思わせる。
保安や機密上、行動の自由に制約があるのは確かだが、生活に不自由はしていないことだろう。巻き込んでしまった者たちの事を思うリズだったが、不安は少し和らいだ。
実際、邸宅の方も清潔そのもの。使用人たちも朗らかで、明るい雰囲気がある。
メイドを一人捕まえて尋ねたところ、気が滅入らないようにと意識的に、そうした空気を醸成しているのだとか。
そのおかげで、廊下で出くわした当時の乗客らしき人物らも、この先に不安はあまり抱いていない様子だった。政府の方も、事後処理をうまいことやっているのだろう。
ただ、あの時の乗客らは、リズに気づくなり驚いた顔を見せた。夜間の作戦だったが、しっかりと顔を覚えられていたらしい。
そこでリズは、使用人たちに頼んで、乗員乗客を一同に集めてもらうこととした。
集められたのは広々とした応接室、イスは足りなかったため、使用人たちがテキパキと動いて他の部屋から調達していく。
そうして場が整い、使用人が部屋から去っていくと、リズは一同に向かって頭を下げた。
「本来であれば、もっと早くにお伺いするべきでしたが、何かと用件が立て込んでおりまして……」
実のところ、スケジュール的な問題に加え、政府による情報統制上の理由もあった。他国も絡む案件だけに、どこからどこまで情報を明かすべきか、当事者相手であっても慎重にならざるを得ない。
そのため、簡易な第一報にも若干の時間を要した。ようやく用意が整い、作戦責任者のリズが、今こうしてやってきたというわけだ。
彼女はまず、あの夜交わした約束を守ることから始めた。すなわち、追加でこなした一仕事の武勇伝を、土産話とすることを。
「あの夜、皆様方とお別れした後、我々は敵兵の拠点へと向かいました。拠点と言いますか、隠れ里と言いますか」
「秘密基地のようなものと」
「そのようなものです」
もちろん、正確な位置や名称を明かせるはずもない。この場に集められた富裕な歴々も、その程度のことは最初から了承済みであろう。
しかし、それでも好奇心がそそられるのか、主に男性陣が少し身を乗り出してきた。気持ちは分からないでもないだけに、彼らと視線を合わせ、揃って表情を柔らかくするリズ。
「拠点近くで降りた後、敵陣で色々と……騒ぎを起こしまして。その騒動に乗じ、敵兵の係累を誘拐いたしました」
「係累と言うと」
「おおむね恋人です。中には妻子もありましたが……彼らにとっては生きる理由であり、その生命を握られているがゆえに、ああいった悪行に縛られていたものと思われます」
作戦当時は、そういった推定の下で動いていたが、実際に事実確認も済んでいる。
つまり、彼らは決してやりたくはなかったが、仕方のないことだったと。
こういう話を持ち出すと、さすがに場の空気も沈む。説明責任の一環ではあったが、湿った空気を嫌ったリズは、苦笑いで言った。
「我々の手口自体、褒められたものでもありませんし……どっちが悪党なのやら、といったところですが」
これに、聞き手たちも複雑な笑みを浮かべて応える。
いずれにしても、清濁併せ呑むような辣腕が、作戦に大きな成果をもたらしたと言える。
ついでの寄り道について語った後、リズはこれからについて現時点での報告を始めた。
「本案件については、関連諸国と調整を行っているところです。皆様方の公的な保護事由については、航行中の飛行船で乗っ取り未遂があったという、実態とはそう遠くないものではありますが……」
「正確なところではないのですね」
老淑女の指摘に、リズはうなずいた。
「言外には同乗した犯人による未遂事件としておりますが、実際には空中での移乗攻撃でしたので。案件の重大さから、諸国へどのように切り出したものかと、現在協議中です。何かとご不便おかけいたしますが、今しばらくはこちらでご滞在いただくことになるかと……」
もっとも、こちらでの暮らしぶりについては、特に心配がなかった。気を揉むリズを慮ったのか、こちらでの快適さが口々に語られる。
意図しない形でマルシエルに滞在することになったが、居住地への安否連絡は初日に完了しているとのこと。そればかりか、日に数回という定時連絡の形であれば、外務省を通じて居住地の親族等と連絡もできているのだとか。
「まぁ、おかげで……二日目からは、さっそく仕事の話を投げられてしまいましたが」
渋い顔で言う紳士に、他の面々も揃って笑い声を上げる。
何であれ、ああいった出来事を共にし、今も共同生活をしている和やかな連帯感があるようだ。
できることなら、早く帰国が叶うと良いのだが……現状に少し安堵するリズであった。
こうして報告は一通り終わったが、リズはふと思い出したことがあり、一同の知恵を借りることにした。
「本案件とはまた別で、皆様にお伺いしたいことがあるのですが、ルブルスク王国について何かご存知ではないでしょうか」
「ルブルスクというと、鉱業国ですな」
「はい。実は、近いうちにあの国へと向かう仕事が入りまして……そう大きな仕事ではないのですが」
実際にはかなりの重要案件だが、相手を身構えさせるよりはと、リズは控えめな表現を用いた。
しかし、尋ねてみるも中々反応がない。おそらく、他の誰でも知っていそうな表層的な知識を口にするのに、抵抗感があるのだろう。半端な情報では役に立てないのではないか、とも
そんな中、周囲に視線を巡らせ……おずおずと手を挙げる一人の女性。あの時のフライトでリズと仲良くなった――
「ペトラさん……確か、ご実家が貿易商でしたね」
「は、はい。あの国とは取り引きもありますから……どうにか、お役に立てればと」
緊張しながら口にする彼女に、リズは優しい笑みを向けた。実際に役立つ情報かどうかはともかく、今は心遣いがありがたい。
だが……予想を超えて、ペトラは情報通であった。この場に集まっている面々でさえ、思わず舌を巻いてしまうほどに。
「ルブルスクの主力商品というと、やはり魔導石ですね。特に、飛行船に用いられるほどの大型鉱石となると、あの国でほぼ独占状態にあります。ただ……最近は、大型鉱石の取り引きが極端に減っているようです」
「採掘できなくなったのでしょうか」
「価格を釣り上げるため、渋っているのかもしれません。実勢の取り引き価格は上昇の一途にありますし。あるいは、表沙汰にならない取り引きで、どこかに流れているのかも……」
飛行船建造が国家事業であるだけに、その中核である巨大魔導石売買は、国家間での取り引きとなる。
また、一つの鉱石にいくつかの国が手を挙げることもしばしばあり、おかげでどの国が獲物を手中に収めたのか、自然とわかる形になっている。
だが、ここでペトラが示唆しているのは、そうした取り引きではない。何かしらの国へ優先的かつ秘密裏に提供しているという可能性だ。
不穏なものを感じずにはいられないリズだが、ペトラはさらに言葉を重ねていく。
「鉱石の価格に関わる話ですが、新規鉱床の開拓にあたり……一種の強制労働がなされているという噂もあります。魔法協会等では、現時点で当該国からの鉱石を買い控える動きもありまして……」
「なるほど。近頃魔道具の値段が上昇傾向にあるのも、そういうことですか」
「国や地方によって、対応はまちまちだと思いますが……自国の産出が少ない国ほど、そういった傾向は顕著と思います」
聞けば聞くほど、暗澹としてキナ臭い話だ。
国の一大産業において、何か裏がありそうなこの国が、ラヴェリア貴族を招待するという。先方の思惑が読めない以上、即断するのは危険だが……
加えて気にかかるのは、一連の墜落事件を引き起こした実行犯たちの証言。
彼らに言わせれば――事前の想定の一つではあったが――犯行においては、犠牲となった飛行船から、飛行中に魔導石を抜き取っていたという。
結果、飛べなくなった飛行船が墜落し、彼らは戦果として魔導石を得ていたのだ。
その戦利品がどこへ行ったのか、事の真相は彼らでも知らないようだったが。
そうした凶行に及んだ彼らの出身国は、タフェットという暗黒大陸の中の一国。同大陸の盟主たる、ならず者の大列強ヴィシオスからすれば、ほとんど舎弟のような国である。
また、彼らはルブルスク関係の航路で飛行船を襲うことはなかったという。
なんとも不穏な結びつきを思い描いてしまい、つい顔が難しくなるリズ。
「エリザベータさん、大丈夫ですか?」
心配そうに尋ねるペトラの声に、リズは我に返って笑顔を取り繕った。
まったく、あの姉も、面倒な仕事を持ち込んでくれたものである。
(もっとも……私自身に比べたら、まだまだカワイイものかしら)




