表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
266/429

第261話 水入らず

 アスタレーナからのオファーを受け、リズはエリシアの護衛を務めるということで話がまとまった。

 先方のルブルスク王国に対しては、今のところ招待に応じるということで調整中と伝えてあるという。これから正式に決定するとして、実際には1ヶ月ほど経ってから向こうへ行くことになる見込みだ。


「滞在の予定期間は?」


「おそらく1ヶ月ほどになる予定です」


「了解」


 飛行船関係であちこち動き回っていたが、今度もマルシエルを長く離れる事になりそうである。

 リズの仲間たちも、この招待に連動する形で行動することになる。誰を現地へ派遣するか、マルシエルからの出向者も含め、今から討議する必要はあるだろう。

 リズは一味の頭目だが、人員選定などは最終的な承認を下す程度の立ち位置に留め、実際の話し合いはマルクを中心に任せることとした。彼が実質的に別働隊の隊長となるからだ。

 かなり大きな案件ではあるが、こういう場に慣れてしまったせいか、彼に物怖じした様子はない。リズにとっては何よりであるし、アスタレーナも、妹が信頼するこの青年に期待の目を向けている。


 マルシエルとしても、“すでにラヴェリアで進行中の案件”という名目で、すぐにでも議会にかける必要がある。

 アスタレーナの用件がこれで済んだということで、場はお開きに。各自が調整に動き出し、にわかに慌ただしくなっていく。

 しかし、そんな一同を尻目に、アスタレーナはリズに呼びかけた。


「あなたは残ってもらえませんか?」


「私だけ?」


「はい。個人的に、少し話してみたいだけです。嫌なら諦めますが」


(拒絶して、少し困らせてみるのも……)


 などと、悪い考えが脳裏によぎったリズだが、すぐにそれを頭から追い出した。

 個人的な話というものがどうなることか、純粋に興味がある。

 二人だけを残すことに、マルシエル議長も許可を出した。常識の範囲であれば、応接室の利用が多少長引いても構わないという。


 気を利かせたのか、それぞれがそそくさと部屋を出ていき、すぐに姉妹二人だけの空間に。

 すると、ため息をついた後、アスタレーナが口を開いた。


「実を言うと……今回この場を設けるのが、少し怖くて」


「わからないでもないわ。敵視されてても仕方なかったから、でしょ?」


「ええ」


 しかし、実際にはそうはならなかった。

 もちろん、リズを支える者たちは、いずれも彼女に好意的な感情を(いだ)いている。

 その一方、敵であるはずのラヴェリア王族に対しても、それぞれに複雑な思いはあることだろうが、一定の敬意を持つことができている。

 これはひとえに、リズ自身がそういったスタンスであり、仲間たちにもそうあってほしいと言葉を重ねてきたからだろう。


「ま、ネファーレアはともかくとして……実際にお会いした王子や王女には、割りと良い印象を持ってるしね」


「そう……」


 自分に向けられる感情に合点がいったのか、はたまた兄弟が悪く思われていないことに安心したのか、アスタレーナはいくらか表情を柔らかくした。

 それから少しして、彼女は尋ねた。


「兄上……ルキウス兄さんと戦ってから、おおむねマルシエルにいたでしょう?」


「どうだったかしらね」


 すっとぼけて見せるリズだが、アスタレーナは無言でレガリア、《掌星儀(パルマステラ)》を展開した。

「お見通しですよ」と言わんばかりの微笑を浮かべる彼女に、リズは「ご存知のとおりよ」と苦笑い。


「……これは議長殿から伺ったのだけど、この半年の間に色々と手広く手掛けているようね」


「ええ」


「充実してる?」


 これは言わずもがなである。にっこり笑みを返すリズに、姉も優しい笑みで応じ……少しして、難しそうな顔になった。


「ここ1ヶ月ほど……たぶん、飛行船だと思うのだけど、あなたが様々な国を高速で巡っていたみたいで」


 答えづらい話を持ち出され、リズは視線をそらした。

「私にもプライベートってもんがあるし……」と返すと、罪悪感からか、アスタレーナは「そうよね……ごめんなさい」とうなだれた。

 実のところ、継承競争の標的が国々を転々としているとなると、外務省諜報部長としても気が気ではないだろう。それに、レガリアの性質を思えば、他人に相談するのも難しいはず。

 一人で抱え込んできたのかと思うと、リズは少しいたたまれない気持ちになった。


 ただ、1ヶ月ほど飛行船に乗り続ける“だけ”の毎日を送っていたのには、軽々しく言えないだけの理由がある。

 というのも、飛行船墜落事件の解決を図るため、一連の事象が人為的な攻撃によるものという前提のもと、次に襲われそうな航路の飛行船に片っ端から乗っていたからだ。

 もちろん、先の事件解決は、この姉も遠からず耳にすることだろう。だからといって、マルシエルからの承認も得ないままに、一人先走って口にするわけにはいかなかった。

 立場が逆でも、きっとそうなっただろう。


「ま、ちょっとしたお仕事でね……あなたたちに迷惑をかけるようなものではないわ」


「わかったわ」


「その内、きちんと話すと思う」


 実際には、別のルートで情報が渡ることになりそうではあるが。

 とりあえず、やましいところがないということは信じたらしく、アスタレーナは安堵の表情を浮かべている。

 ただ、口を閉ざした彼女は、何か考え込む様子を見せ……だいぶ逡巡(しゅんじゅん)した後、話を切り出した。


「実は、議長殿から継承競争について……ご意向を伺っていて」


「議長って、あの?」


 コクリとうなずくアスタレーナ。

 これは初耳であった。議長からラヴェリアの者に話が行っていたとは。そういったことがあり得ないわけでもなかろうが……


(大胆なお方だわ、本当に)


 話の内容次第ではあるが、マルシエルが察知していることを、ラヴェリアが把握するだけでも大事(おおごと)だろう。無論、相手を選んだのは間違いないが。

 思いがけない話題に、驚きを隠せないリズに、アスタレーナは「やっぱり、知らなかったのね」と言った。


「どういう話をされたのか、興味あるわ。いえ、私が聞いちゃって良いのかしら」


「特に口止めはされていないわ。それに……伝えておいた方が良いように思って」


 神妙な顔の姉に、思わず姿勢を正すリズ。


 アスタレーナによれば、二人の間で話があったのは、幽霊船での戦いの後。《(ゲート)》でラヴェリアへ帰還する道中でのことであったという。第三国経由で帰国する際、《門》の管理所で偶然(・・)遭遇したのだとか。

 互いに公務等で知らぬ仲ではない――というより、政治観や社会観について、相通じる部分も多い。転移までの待ち時間もあり、自然と歓談する流れになった。

 そこで、議長の方が外交上の話があると切り出し、ネファーレアを一時的に離席させることに。そして……


「議長殿から、継承競争について把握していることと、あなたと一種の共生関係にある事実を伝えられたわ。ラヴェリアが事を起こしても、国益と国際秩序に反しない限り、介入しない方針も」


「そこまでは事実を伝えられたというだけってところね……今だから言える話だけど」


「そうね。それで……継承競争自体について、ラヴェリア王家と国体に係わる事項だけに、マルシエルとしては内政干渉するつもりはないと宣言なされた。ただ、『あなた方が辞めたいのであれば、手を貸す』とも」


「……なるほどね」


 今回の会談の席をセッティングしたのも、つまりはそういうことだろう。まだまだ預かり知らないところで、何かしらの根回しがあるのかもしれない。

 リズとこの国の関係は、あくまでギブアンドテイクであった。継承競争を辞める手助けというのも、マルシエルの国益にかなうものだろう。

 結局のところ、国際社会が荒れるのを、この国は望まないのだから。

 とはいえ、自分が生きていくことを望んでいる――そういう一面があることも確かに感じられ、リズはその点に関して深い感謝を覚えた。

 しかし、その一方で……


「どうかしたの?」


「……いえ、なんでもないわ」


 顔に差した陰を見抜いたようで、アスタレーナが尋ねてくるも、リズは微妙を浮かべてはぐらかした。


 皮肉な話だが、命を付け狙われていた自分自身が、今では継承競争の意義を、ある面に関しては認めてしまっている。


――すなわち、いずれ来るかもしれない戦乱に備え、ラヴェリアの血の加護を維持するという儀式的側面を。


 全ての代で、血なまぐさい闘争があったというわけではない。血の歴史において、儀式は完全な連続性を保ってはいない。

 それでも、必要な犠牲というのはあるのかもしれない。


「自分さえ助かればそれでいい。誰かが犠牲になって、血を(つな)げばそれでいい」


 そんな他者の犠牲を強いる考えこそ、追い回される自分にとっての敵ではなかったか。


 今や、誰にも言えない秘密を胸に、リズは自分に課せられたはずの運命を思った。

 自分たちの血の源泉たる、あの大英雄と、彼が眠る大霊廟に思いを馳せ、殊勝になる気持ちもある。

 ただ――


(……ま、いっか。今の内から私だけが思い悩むことでもないわ)


 それはそれとして、であった。

 自分自身が犠牲になる意義を、ある側面においては認めているものの、まだ生きて色々と楽しみたいという欲も確かにある。相反する思いが自分の中にある、そういう自分を、彼女は完全に肯定している。


 重要なのは、生きる今も死ぬ時も、間違いなく自分らしくあることなのだ。


 この先に待ち受ける仕事はと言うと、楽しむというのとは程遠いだろうが……試練に立ち向かうというのは、もはや慣れっこである。血が騒ぐ思いは実際にある。

 それに、まだ見ぬ護衛対象への興味も。


「エリシア嬢って、どんな方?」


「私たちよりは可愛らしいわ」


「でしょうね」


 やや皮肉めいた表現に、ニコリともせずリズが返し……顔を見合わせて少ししてから、二人は笑った。


「大人しくて控えめで、本当に良い子よ。ただ……」


「ただ?」


「さして親しくもない国に送り込まれて、それでも気丈に振る舞えるかどうか。それだけの芯があるかどうかは、私にもわからない」


 身の安全ばかりでなく、そういったところも気がかりなのだろう。エリシアの振る舞い次第が、先方の心証にも関わってくるのだから。

 そして、今回の護衛依頼に対する含みもあった。「お願いします」と頼むアスタレーナ。対するリズは、ふんぞり返って偉そうに言った。


「ふふ、任せるが宜しいわ」


「……そういうところ、少しでも似てくれると安泰なんだけど」


「変な虫が逃げるかもだし?」


 軽く応じるリズに、含み笑いを漏らすアスタレーナだが……失礼が過ぎたと思ったのか、彼女は咳払いした。

 笑われた本人はというと、まったく気にしていなかったのだが。


 用件は一通り済んだようで、会話は少し途切れがちになり、まったりとした沈黙がたびたび訪れるように。

 互いの立場を思えば、贅沢な時間の使い方だろう。

 こうした一時を楽しんでいるようだったが、さすがにいつまでもこうしていられるわけではなさそうで、アスタレーナは辞去の旨を口にした。


「今日は、色々と話せて嬉しかったわ。相手してくれてありがとう」


「こちらこそ。面白そうな厄介事を持ってきてくれて、腕が鳴るわ」


 悪びれない態度で憎まれ口を叩く妹に、姉もすっかり慣れたようで、ただ苦笑いを浮かべた。


 そうして二人、揃って応接室から出てようとしたところ……ドアの向こうで一人の青年が立っていた。


「どうかしたの?」


 立っていたのはアクセルである。

 さて、尋ねたのはいいが、彼がここで待っていた理由など大体は察しがつく。久しぶりに、アスタレーナと話すためだろう。彼が自分で望んだか、おせっかいな女性陣に背を押され、それで素直になったか……

 ふとリズは、姉と弟を見回した。剣呑な空気こそないが、やや気まずそうなものはある。


(水入らずで私が抜けるってのも、なんかこう……違うわね)


 この二人だけにしても、今の様子では話も弾まないだろう。「仕切り直すか」と口にし、リズは二人の手をとった。

 これに少し驚いたようだが……結局二人は、状況を諾々と受け入れた。三人で応接室へ入り直す形に。


(まったく、世話が焼けるんだから……)


 などと思いつつも、表情は柔らかなリズであった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ