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第259話 相談事

 8月8日。実姉アスタレーナたっての願いで、ルキウスとの対談に臨んだリズだが、姉からの用件はまだ終わっていなかった。

 むしろ、ここからが本番というべきなのかもしれない。


 夕刻、マルシエル議会講堂の一室。貴賓客向けの広い応接室の中で、話が始まろうとしていた。

 この場に集められているのは、まずはリズ。彼女の素性を知る仲間たちの中でも、主だったメンバー。

 加えて、マルシエル政府からは代表として、同国議長が一人参席。

 そして、アスタレーナ。リズたちと議長が協力関係にあることを思えば、アスタレーナは一人でこの集団に向き合う形となっている。

 幽霊船の一件から、リズたち一行も一目を置く彼女だが……今回も、一人でこうした場を設けに来た心胆に、感嘆の念を新たにする者も少なくない。


 緊張感漂う中、まずはご挨拶といった感じでアスタレーナが切り出していく。


「まずは、急なお呼び立てにもかかわらず、お集まりいただきましたことに感謝申し上げます」


 大列強の王女、それも外交と諜報における実力者からの感謝の言葉に、リズの仲間たちもやや戸惑いを覚えてしまう。

 そんな中、さすがにリズはケロッとしたものだ。ご挨拶一つで心揺らぐことはなく、意識は先に向いている。


「それで、ご用件というのは?」


 余裕のある態度の妹を前に、アスタレーナは目を閉じてため息を一つ。何やら考え込む、あるいは言葉に迷っているような素振りを見せた後、彼女は言った。


「この場でお伝えする話は、どうかご内密に」


「それはいいんだけど、私の仲間ばかり多くてバランスが悪いんじゃない?」


 尋ねられてしかるべき疑問といったところだ。他でもないリズの仲間たち自身も、自分が場違いであるように感じているのだから。

 それに対する返答は、簡潔なものであった。


「あなたのこの先に係る話ですから、お伝えするのが道理かと思いました。たとえこの場であなただけに漏らしたとしても、きっと後で伝えることでしょうし……」


「ま、そうなるわね」


 ともあれ、表沙汰にならなければそれでいいようだ。場に集う面々を信用しているようにも思われるアスタレーナは、さっそく本題に入っていく。

 かなり、言いづらい様子で。


「少し長くなるのですが、まずはお聞きください。私の母方は侯爵家なのですが、私の従妹が他国の王子に……見初められると言いますか、現状は気にかけていただいているようで」


 それ自体、好ましい話のように聞こえなくもないが……あえてこのような場で打ち明けたこと、それもマルシエル側からは議長しか参席していない状況が、何か良からぬ気配を思わせる。

 議長も察したのだろう、彼女は端的に尋ねた。


「ラヴェリアとは、あまり友好的ではない国……というより、もっと微妙な立ち位置の国が関わっている、といったところでしょうか」


「ご賢察、恐れ入ります」


 年上の為政者に礼を示した後、アスタレーナは事の発端をもう少し詳細に話していった。


 事が起きたのは今年の春。ラヴェリア王都からほど近い都市で、他国の貴人等を招いて宴を催したときの事だ。

 アスタレーナの従妹エリシア嬢に、ルブルスク王国の第二王子ヴァレリー・ルブルスクが声をかけた。

 社交の場ということもあり、貴族令嬢に他国の王子が声をかけるというのは、ごく自然なことではある。何か含みを感じさせないでもないが……

 真の問題は、ルブルスクという国が本当に微妙な立ち位置にあることだ。


 リズの仲間たちも、前職や今の仕事の関係から、こういった国際的な事情には明るい。特に元諜報員たちは。

 彼らがルブルスクの名に対して若干の反応を示した事を、アスタレーナも気づいたのだろう。自分ばかりがかの国への印象を語るのを良しとしないのか、彼女は他の面々に所見を尋ねることにした。

 そこで、リズから促され、友人たちが口を開いていく。まずはマルクから。


「ルブルスクと言うと、いわゆる暗黒大陸の国家ですね。あの大陸の国にしては、比較的……マトモと言いますか。商売っ気があるがゆえに中立を装っている、そういった印象があります」


 彼に続き今度はニコラが、いつになく真面目な顔で口にしていく。


「魔導石の鉱脈で知られる鉱業国ですね。それが主力商品だったはず。ただ、手広く商売しているようですが……一番のお得意様が、あのヴィシオスなんですよね」


 ヴィシオスは、暗黒大陸の中でも最大の版図を誇る国家であり……大昔に他大陸への大規模攻勢をかけたこともあって、ラヴェリア・マルシエルを始めとして、大陸外の諸国とは断交状態にある。

 暗黒大陸の盟主とも言える国であり、黒い噂は絶えない。海賊の出どころではないかという疑惑も。


 アスタレーナが口にした話が、ヴィシオスという国名一つで、にわかに雲行きの怪しいものになっていく。

 彼女は諜報員二人に「我々も同等の認識を(いだ)いています」と続けた。


「ルブルスク王国自体は、敵性国家というわけではないものの、世界で最も不穏な国との黒い(つな)がりは無視できないところです。私の従妹と同国王子の件も、単なる縁談へ発展する程度の、気楽なものではないように思われてなりません」


「でも、今のところはアプローチなんてないんじゃ……」


 が、言いかけてリズは止まった。

 アプローチがあったからこそ、この姉がここにいるのではないか。

 その嫌な予感は的中した。


「先方から国際親善を名目に、エリシアにお招きの声がかかりまして。両国間で明確な上下関係があるわけでもなく、継承権二位の王子が相手とあっては、無下にするのも難しいところです」


「最近の貴国は融和路線にありますから、なおさらといったところでしょうか」


 議長の指摘に、アスタレーナは痛いところを突かれたように、渋い苦笑でうなずいた。


「先方からのお呼び立てに関しては、国内でも議論が分かれるところです」


 そう言って彼女は、論を戦わせる各陣営について説明していく。


 本件について、きっぱりと断ろうという派閥は、実はかなり少ない。

 まず、やや国粋主義的な保守派の派閥。ラヴェリア貴族の血を信用ならぬ国家に分け与えることに、憂慮を表明している。

 他には慎重派の面々。昨今の情勢を鑑み、まずは様子見。あるいは時を改めていただいてはどうかとの主張だ。


 一方、賛意を示す派閥は多い。

 まず、拡張主義的な派閥。相手国に良質な鉱床があることを重要視し、この機に関係強化できれば何よりだという。

 また、両国の関係が発展すれば、暗黒大陸においてラヴェリアのプレゼンスを増すことになり、ひいてはヴィシオスに(にら)みを利かせることになるのでは――と、積極性のある国際秩序構築を提言する向きも少なからずいる。

 こうした積極性を持たない派閥も多いが、おおむね、相手国の招待には応じる方向で調整すべきではないかという意見が優勢……とのことだ。

「あなたのところはどうなの?」とリズが尋ねると、アスタレーナは深いため息の後に答えた。


「外務省としては、断るわけにもいかないというのが実情です。諜報部としては、話の乗ることを前提に、調整と準備を進めるべきとしています」


「これも、その準備の一環というわけ?」


「そのように捉えていただいて、差し支えありません」


 今回の招待が縁談にまで発展すれば、それはそれで色々と国際社会が揺れるだろうが……それとはまた別に、懸念すべきこともある。

 仮に招待に応じたとして、エリシアが何事もなく帰国できるかどうかだ。

 他ならぬアスタレーナがこの件を指摘し、場には張り詰めた緊張感が満ちていく。


「ラヴェリアとルブルスクの間に亀裂が入ることで、利を得る国や勢力があるでしょう。端的に言えば、ラヴェリア国内でさえ、そういった勢力はあります。出先でエリシアの身に何かあれば、主戦派にとっては格好の会戦事由になりますから」


「しかし、そうなると出張ってくる国が……いえ、ルブルスクは”表立っては”属国も宗主国も持たない独立国だったかしら」


「ええ」


 国力の優劣と地理関係を考慮すれば、実質的にヴィシオスの下にある国と言えるが……国際的な鉱石商売のためか、そういった関係性を明るみにはしていない。

 となると、ラヴェリアがエリシアを害されたことを理由に攻め込んでも、“正当性のある”横槍は入らない可能性が高い。

 もっとも、言葉をこねくり回して理由をこじつけることなど、国家間紛争では良くあることだが――


 と、本件は縁談の前段でしかない御呼ばれでしかなかろうが、とりまく状況は実にきな臭い。

 そもそも……リズは気になっていたことを一つ聞き出した。

 アスタレーナには答えづらいであろう問いを。


「エリシア嬢に何かあればむしろ好都合っていう、ラヴェリア側の手合いが、積極的に事を起こそうって可能性は?」


 遠慮のない問いに場の空気が凍り付くが、一人この場にラヴェリアの代表として臨むだけあり、アスタレーナは堂々としたものだ。


「あからさまな動きはありませんから、憶測という形になりますが、直接的な行動を起こそうという兆しは感じられません。未必の故意の線を出るものではないでしょう」


「なるほど。状況の後押しこそするけど、あくまで機会主義的に動こうというところね」


「現状での印象ですが。ただ、仮に含むところある勢力があったとして、何をするにしても結局は敵地での工作になります。しかも、相手国のみならず、ラヴェリアからの護衛もつく中での事。強行はあまりにリスクが大きいのではないかと」


 つまるところ、ラヴェリア側からエリシアに危害を加えようという可能性は、ほとんど無視できる。

 送り出している間、内部諜報を行うことで、さらなる安全を確保できることだろう。

 では、何かあるとすれば、それはラヴェリア以外の手によるものと考えられるのだが……そこでマルクが口を開いた。


「殿下は、エリシア嬢に不愉快な事態が生じる可能性を、どの程度と見積もっておいででしょうか?」


「難しい質問です。ですが、懸念を抱かせる材料がいくつかあることは否めません」


 そうして彼女は、その懸念材料を列挙していった。

 まず、ルブルスク側の世継ぎ問題。有力候補と見られているのは長兄と次男だ。

 長兄の方は、次男と比べると……かなり劣る。暗君の相というほどではないが、色々と難しい立場にある同国を背負って立つほどの度量は、ないものと見られている。

 ただし、彼を担ぎ上げようという連中にしてみれば、扱いやすい旗であり駒である。長子継承という盾もあって、実際には有力候補と見られている。


 一方、今回の話題の主役である次男のヴァレリー第二王子だが、彼は兄どころか父王よりも覇気と才気に(あふ)れる人物だという。

 そんな彼が、ラヴェリア貴族の血を自国に取り入れるとなれば――良くも悪くも歴史的な出来事となろう。

 彼を盛り立てようという派閥にも勢いがある。だが、国の実権を握る派閥が長兄派ということを鑑みると……


「エリシアに何かあれば、実権派はこぞって第二王子派を非難するでしょう。あくまで、この招待は第二王子派が勝手に動いたものだとして」


「そう重大な出来事がなかったとしても、ラヴェリアの国力を引き合いにして非難されそうね」


「はい。そのように考えます」


 ルブルスク国内であっても、今回の招待についての見解は一致を見ていないものと考えられる。

 これについては、マルシエル議長も同意した。暗黒大陸にありながら国交の通じる国として、かの国はマルシエルにとっても注視に値する存在なのだ。


 ここまでの話はルブルスク国内における懸念事項だが、同国とヴィシオスとの関係性が、話をより複雑かつ危険なものにする。これまで以上に難しい顔で、アスタレーナは口を開いた。


「ルブルスク国内では、まず間違いなく親ヴィシオス派の勢力が多勢と思われます」


「それは仰る通りかと。そうでなければ、生き残れはしないでしょうから」


 賛意を示すマルクに続き、セリアが所見を口にする。


「暗黒大陸の国家としては珍しく、こちら側(・・・・)の諸国と国交を結んでいるのも、玄関口としての機能を見込まれてと考えられなくはないかと」


「はい。実際、ラヴェリアとしても同様の見解です」


 しかし、背後にヴィシオスがありながら、商売等のために中立を装うルブルスクの国策も、今回の招待で大きく動きそうである。


「ラヴェリア貴族とルブルスク王家で繋がりができることを、ヴィシオスは決して歓迎しないでしょう。関係が出来上がる前に、これを断ち切ろうという動きはあるのではないか、そういった懸念があります」


「ヴィシオスの差し金で動いているのならともかく、第二王子の勢力が勝手に動いているとすれば、ラヴェリアへの接近は背信と受け取られかねないでしょうしね」


「その潔白の証明、あるいは宣戦布告のためにとエリシアに手が及ぶ可能性も、ありえない筋立てではないと考えています」


 と、話題にする国の悪評高さゆえに、話は転げ落ちるように陰惨なものへ。

 では、根本に立ち返り――この席で、なぜそのような話をしているのか?

 おおよそ見当のついているリズだが、こればかりは本人の口から話してもらうべきだろう。複雑な表情の姉に向かい、彼女は尋ねた。


「エリシア嬢に危険が及びかねないというのはよくわかったわ。それで、私に何か頼みごとがあるんでしょ?」


 すると、アスタレーナは目を閉じ、小さくため息をついた。

 言い出しづらいようだが、リズとラヴェリア王家の経緯を踏まえれば当然だろう。

 もっとも、この姉ばかりが気苦労を強いられているようで、そのことはリズとしても複雑な思いではあったが……

 ややあって、アスタレーナは神妙な顔で言った。


「恥を忍んで申し上げますが、あなたにはエリシアの護衛をお願いしたく思います」


 予想できた話の流れに、リズは思わずニヤリと口角を少し上げた。


――まったく、国賊などと言って追い回された自分が、まさかまさかの大抜擢である。


 この姉の前で、そのような嫌味を口走るようなことはなかったが。

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