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第257話 妹からのタネ明かし

 ラヴェリア王都から西へ向かったところに、ウィンザークという都市がある。

 古くは地方への拡大のため、王都に次ぐ拠点地として整備されたという都市だ。当時から今に至るまで、この都市を中心とする地域一帯は、国内でも有数の生産力を誇っている。

 都市内には計画的に整備された大通りが縦横に走り、市外各所との物流網を形成。各種資材が運び込まれては、市内に林立する工房・工場で形を変えていき、商品が送り出されていく。

 物品のみならず、技術面の進歩においても国の心臓と言える都市であり、国内外との人材のやり取りも盛んだ。

 由緒正しき歴史を持ちつつも、その場に留まり続けようとはしない、活気に満ちた街といったところである。


 軍需品の生産も手掛けているため、軍部とは浅からぬ縁があり、そんな地域にラヴェリア王室長兄ルキウスが領主として君臨している。

 彼が領主の立場にあるのは、国政に関わる前の帝王学の一環としてのものだ。彼ばかりでなく弟妹もそれぞれ領地を持っており、他国の王室事情も似たようなものである。

 もっとも、彼の立場は象徴的なものであり、実際的な施政は都市議会の手によってなされている。

 ウィンザークにおける名目上の領主ルキウスだが、彼は実際に不在がちではあった。国防の中枢に置いた席こそが本業で、大体は王都にいるか、外敵の侵入があれば辺境へ向かうからだ。


 ただ、近頃は別の問題が生じている。どういうわけか、領主ルキウスがこの地に長く留まっているのだ。

 たまに公用で離れることはあっても、生活の拠点をこちらに移したかのようである。

 いかに国民の信望厚く、領民からも多大な支持を受ける彼といえど、この長期滞在には様々な憶測が飛び交った。次の戦争の準備なのでは、あるいは世継ぎ争いの関係か、はたまた主戦派との不仲か――等々。

 公式には、「王都での激務を一時離れ、療養のため」とされているのだが……

 それはそれで不穏であり、いかにも取って付けた理由という感も否めない。



 ウィンザークの都心部から少し離れたところにある、領主邸。その執務室で、ルキウスは書類を眺めていた。

 しかし、集中力は長く続かず、ふと視線が窓の外へと誘われてしまう。

 と、その時。ドアをノックする音と、続いて女性の声が。


「お茶をお持ちいたしました」


 この声に、ルキウスはドアへと振り向き……少し渋い顔で悩んだ後、「わかった」とだけ口にした。

 すると、ドアが開かれ、給仕の少女が恭しく頭を下げた。上半身を起こすと、彼女は小さなワゴンを押して部屋に入り、茶の準備を始めていく――二人分の準備を。

 準備を終えると、領主の断りを得るでもなく彼女は対面に腰かけ、自分の茶を口に含んだ。

「毒は入ってないわ」などと言い放つ彼女に、ルキウスは苦笑いし……すぐに神妙な顔になってから、彼も茶を口にした。


「よく来てくれた……すまなかったな。面倒をかけて」


「姉上に頼まれてはね」


 会話はすぐに途切れ、物寂しい空気が漂う。


 給仕に扮するリズは、迷った。「会ってくれ」とは頼まれたが、何を話せばいいのかまでは何も注文がない。

 おそらく、アスタレーナ自身にも知り得ないことだっただろう。

 ルキウスに問われれば、出来る限り応えていこうという心積もりのリズだが……面会を希望したという当人が、中々踏ん切りがつかないように映る。


 しばらくの間、茶をすするかすかな音だけが沈黙の中で響き……ついに、彼は口を開いた。


「あの戦いの後、お前の亡骸を国に持ち帰った。そして、王位継承の儀式を執り行ったが……」


「うまくいかなかった?」


「……ああ。何度か繰り返しても、儀式が不完全に終わった。そればかりか、何日かすると、お前の亡骸が消えてしまってな。本当に、お前が消えてしまったのか。それとも……偽物でしかなかったのか。その時点ではわからなかった」


 そこで口を閉ざし、ルキウスは向かいに座るリズの事をじっと見つめた。

「本物よ」と言う彼女に、彼は「だろうな……信じるよ」と応じ、続けていく。


「あの戦いから少しすると……アスタレーナから話があった。どうやら、お前がまだ生きているのではないか、と」


 そして彼は、大きなため息をついた後、複雑な面持ちで尋ねた。「何をしたんだ?」と。

 言葉の調子に敵意や責めるような感じはない。ただ、答えを求めるだけの、切迫したものがある。

 それに……半年前に会った時より、全体的に覇気がない。


――自分が、彼をこうしてしまったのだろう。


 いくばくかの責任を覚えつつ、リズは言った。


「あの戦いで、戦場をダンジョンのようだと表現したでしょ?」


「ああ」


 半年前の戦いで山頂に用意した戦場は、ダンジョン的な性質を現実に反映させたものであった。どこからともなく、魔法陣が現れるような。

 しかし、それは性質の一つでしかない。

「ダンジョンの中みたいに、()を用意してやったのよ」と、リズは打ち明けた。言葉を咀嚼(そしゃく)したのか、少し間をおいてルキウスが口を開く。


「つまり、私は偽物と戦っていたのか」


「ちょっと語弊があるけど……待ってて。説明を考えるから」


 実のところ、全てを打ち明けられるわけではない。彼に伝わるよう、リズは情報の取捨選択を始めた。


 あの戦いにおける骨子は、「分身を自分の代わりに戦わせる」というものだ。

 そして、分身は実質的にはリズの自前――《叡智の間(ウィザリウム)》で幾度となく出現させてきたものである。

 これは、《叡智の間》に魔王とルーリリラの精神を呼び込めたことと、《叡智の間》とダンジョンの間の類似性に気づいていたことから着想を得ている。


――現実世界にもダンジョン的性質を与えられるなら、《叡智の間(ウィザリウム)》から分身を現実に送り出せないか、と。


 こうした根本のところを口にするのは、さすがに不用心に思われ、リズは説明を少し端折ることにした。


「かいつまんで言うと、あの時私の本体は山の内部にいた。実質的には、あの分身の中に私の精神そのものがあって……ちょうど《憑依(ポゼッション)》みたいな感じね」


「分身が単独で動くわけではないのか」


「色々と制約があってね。分身は用意できるけど、あくまで器でしかなくて、現実に精神の複製は不可能なのよ。そして、あの山頂の砂場を離れると《憑依》が解ける。現実をダンジョン化する境界線みたいなものと考えてもらえれば良いわ」


「なるほど……にわかには信じがたいが」


 腕を組むルキウスだが、ある程度合点がいったように見える。

 リズは茶で一服した後、当時の考えをもう少し続けていった。


「戦場をダンジョンに見立て、魔法陣を遠隔で操ってみせたのは、そのため(・・・・)の戦場だと思わせたかったから。仮にあの戦場で何もなければ、(あつら)えられた場を不審に思われかねなかった」


「……実際、ああいった細工のための戦場なのだろうと考えたよ。お前のことだから、また別に仕掛けがあるのかもと、うっすら考えないこともなかったが……」


 言葉を切ったルキウスは、少し自嘲気味に微笑み、「強がりのようだが、な」と言った。

 実際、出し抜いてやったという自覚が、リズにはある。こうして生き伸びて――擦り切れ気味の兄の前でタネ明かしできている現実が、成功の証である。

 だが……彼の名誉のため、言うべきことが一つあった。


「あの備えのおかげでどうにかなったけど、戦い自体はどうしようもなかった。ある程度は勝つつもりでやってた。変に加減すれば、バレると思ってね。本当に……本気でやって、それでも手も足も出なかったのよ」


「……そうか」


「ある意味では、勝てない相手だからこそ、私は本気で立ち向かえた。そのおかげで、裏があることを知られないまま、どうにかやりおおせたと思う」


 つまるところ、最悪の相性の相手だったことが、戦いの水面下ではうまく機能した。

 この皮肉な巡り合わせに、ルキウスは力なく微笑んだ。


「本当に、勝てないと思ったんだから。この私が」


 未だ弱気さが(にじ)む兄に念押しするリズに、彼は「そうか」と答え、少し間をおいて続けた。


「ありがとう」と。

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