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第256話 姉からのタネ明かし

 よくよく考えてみると、自分と姉が対面しているこの席自体、本来ならば考えられないことだとリズは思い直した。

 なぜなら、よほど強い確信でもなければ、マルシエル議長を通してこの席を設けることなどできないからだ。

 おそらく、あの議長が認めざるを得ないような証拠――リズがこの国にいるという証明の手立て――を、この姉は持っている。

 そこでリズは、カマかけの意味も込めつつ、そもそも気になっていたことを口にした。


「ここに居る私が偽物とは考えないのね」


 すると、アスタレーナは困ったような微笑を浮かべた後、神妙な顔で瞑目した。

 ややあって、何か覚悟を固めたらしい。決然とした表情の彼女は、テーブルの上に自身の右手を置き、手のひらを上に向けた。


「危害を加えるつもりはないわ。どうか、黙ってみていて」


「あなたに危害を加えられるような子じゃないわ」


 色々と含ませた、口の減らない妹の返答に、彼女は少し表情を崩した。それも、ほんのわずかな間だけだったが。

 再び真剣な顔になった彼女は、手のひらに魔力を集めだした。魔力は両手で収まる程度の宝珠を形成し、ごくごく薄い半透明の赤紫の球体に、この星の陸や海を模した陰影が浮かぶ。

 そして、手に収まる小さな星の各所に、いくつもの赤い光点が。


「これが私のレガリア、《掌星儀(パルマステラ)》。私と血を共有する者の所在を、この宝珠の中に映し出す力があるわ」


 積年――と言っても、一年半程度のことだが――リズが胸に(いだ)いていた謎が、あっさりと氷解した。

 こんなご無体な力が相手では、いくら逃げ回っても場所を確定されるわけである。

 しかし……彼女はむしろ、アスタレーナがこれほど重要なことを明るみした事実に驚き、絶句した。

 こうして言い出したこと自体、継承競争が全く別の方向へ向かっているようにも思われる。

 まともな反応をできずにいる彼女に、アスタレーナは説明を続けた。


「血を共有すると言っても、限度はあるわ。親等が近く、父方の血ほど、光が強くなる傾向にあるようね」


「つまり、王室メンバーが一番ハッキリわかるってことね」


「ええ」


 そこでふと、リズの脳裏に一つの疑問が沸き起こった。ルキウスの力も大概だったが、この《掌星儀》もまるで――

 が、その疑問はアスタレーナ自身も想定してしかるべきものだったのだろう。彼女は先回りした。


「あなたは信じないかもしれないけど……この競争のために目覚めた力ではないの」


「そう言うなら信じるけど……何かきっかけでも?」


 すると、いくらか逡巡(しゅんじゅん)する様子を見せた後、このレガリアが覚醒した経緯が語られた。

 アスタレーナの母方の家系は、王妃に相応しく名門貴族であり、優秀な軍人や外交官を長きにわたって輩出してきている。

 言い換えれば、国外へ出ることが多い家系だ。

 そんな家系と(つな)がりを持つ彼女にとって、年に一度、親戚で集まる機会は、喜ばしくも心騒がせるものであった。

 その場にいない誰かは――もう、会えなくなっているかもしれないからだ。


「……そうして、親戚のことが心配で気を揉んでいたら、いつの頃だったか、自然とこの力が目覚めたの」


 信じるかどうかと前置きした彼女だったが、リズには大変に腑に落ちる説明であった。この姉が、他国との摩擦を避けるように動いているのも、納得というものである。

 そして、この力で彼女は――


「アクセルのことも、こうして見つけ出したのね?」


 リズが切り出した言葉に、アスタレーナは驚きもせず、ただまっすぐ視線を向けてうなずいた。


「居るはずがないところに王族、それも異母兄弟がいるようだったから……このレガリアにも、何か例外があるのかもと思って、足を運んだの」


「ついでだから聞くけど、彼を私に同行させたのは?」


「……すでに聞いているものと思うけど」


 彼が素性を明かして以降も、この姉に連絡を取る機会は無かったはずだが……ある程度は、すでに見抜かれているらしい。

 とはいえ、彼がリズの側についたことを承知の上だろうが、アスタレーナに剣呑な雰囲気はない。彼女は穏やかな態度で言った。


「まず、王族二人を固めることで、《掌星儀》の反応を確実にする考えがあった。一方が何かの拍子で見えなくなっても、もう一方が残っていれば所在を割り出せるように」


「ダンジョンに潜っていた時も、それで見つけたのかしら?」


「ええ……」


 これだけの力を手にしていながら、漏れを避けるための一手を講じる辺りはさすがである。

 ただ、彼女にとっては、他にも重要な理由があった。


「勝手な言い分だけど、あなたが非道に走らないようにと、彼に見守ってもらいたかった。それに、競争外のところで死なれないようにも」


「その辺りは彼から聞いたわ」


「……それと、彼とご母堂の名誉回復も考えてた」


 これは初耳であった。

 実際、アスタレーナの命令の下で標的に張り付いて行動していたのなら、情報上の貢献があったものとして、次代の王に売り込むことは可能だろう。

 それに、最悪の事態に対する、一種の安全策という面もあった。


「あなたが、何かしらの不慮の事故で死亡したとしても……同行していた彼の貢献があったという主張を通せば、その時点で継承競争を正式に終わらせることができるかもしれない。そういった考えがあった」


「彼を次の王に立てようって?」


「実際には難しいとは考えていたけども。あるいは、彼の功績を上席者の私に還元することで、私が王位に就く構想もあった……こちらも正道とは言い難い、本当に非常用の手立てだけど」


 つまるところ、彼女は競争の体裁を尊重しつつも、標的の無為な死亡で()が発生しないようにと、誰も知らないところで予防線を張っていたというわけだ。

 アクセルの素性については王室に関与する極秘事項だけに、ラヴェリア外務省でもごく一部しか知らない。そうした事情も、秘密裏に忍ばせる伏兵として、かなり有効に働いたことだろう。

 明るみになった事の背景に、リズは腕を組んで口を閉ざした。そんな彼女へ、姉が一言問いかける。


「恨まないの?」


「誰を?」


 実のところ、この姉のせいで、ラヴェリア側が効果的に追い回してきたのは事実だ。

 しかし、彼女がいなかったら……リズの居場所を突き止めるための努力で、世の中が騒がしくなっていたかもしれない。より多くの国を巻き込む事態になっていれば、さすがのリズも自責の念で潰れていた可能性はある。

 それに、兄弟との会話を重ねたことで、わかっていたことが一つある。


「やらされてたようなものでしょ」


 端的に言ったリズだが、返答はない。追い回してきた妹の前で、このようなことを認める訳にはいかないと考えているのだろうか。

 口を閉ざす姉に、リズは重ねて告げた。「過ぎたことよ」と。


 もっとも、何やら風向きが変わったような感じはあるが、確定的ではない。「過ぎた」というには早すぎるだろうか。

 いくらか沈黙が続いた後、アスタレーナは言った。


「話を戻すけど、あなたを倒した兄上が帰還なされてから……本当に色々とあって。この《掌星儀》の反応を見る限り、あなたがまだ生きているものと、私は考えた」


「それで、他の五人にも伝えたのね」


「ええ……半年前、殺されたはずのあなたが本当は何をしたか、聞くつもりはないわ。答える義理なんてないでしょうし。ただ……」


 それから、彼女は目を閉じ、黙りこくった。何かためらう様子を見せ……やがて、口を開く。


「あなたにどうしても、聞いてもらいたい頼み事があります。あなたに聞き入れる義理などないことは承知していますが……」


 実際、立場はよくわかっているのだろう。申し訳無さを隠しきれない姉を前に、リズは――少し意地の悪い笑みを浮かべた。


「そのレガリア、議長閣下にも見せたでしょ?」


 問いに少し間を置き、アスタレーナは「ええ」と答えた。

 おそらく、この席を設けるためだけに、彼女は自分だけの力を明かしたのだ。決して軽々に明かすべきでない、きっと配下や兄弟にも知らせてないであろう力を。


 その心意気を、リズは汲み取ろうと考えた。

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