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第254話 作戦成功

 8月5日、日没後。マルシエル議会講堂、応接室にて。

 この部屋は、他国の員人を迎え入れることもしはしばあるという、由緒正しい一室である。


 リズは今、そんな部屋に招かれていた。服装は現在の役職通り、軍部に準じる正装を。

 彼女とともにテーブルを囲むのは、議長を始めとしてマルシエル政府中枢を担う面々だ。

 余人であれば息が詰まるようなシチュエーションではあるが、それぞれリラックスした雰囲気ではある。

 それもそのはずで、リズ率いる特殊部隊が、大きな成果とともに無事帰還したのだ。


「お疲れさまでした。さすがのご手腕ですわ」と(ねぎら)う議長。

 しかし、リズとしては少し複雑な思いもある。


「お褒めにあずかり光栄ですが……一報も入れないままに大勢連れ帰ったのは、いささかやり過ぎてしまったかもしれません」


「被疑者たちの係累の事ですな」


 厳めしい雰囲気の男性の言葉に、リズはうなずいた。

 彼女たち特殊部隊は、飛行船を掌握後、襲撃をかけてきた連中の居留地へ向かった。捕虜の手も借りてここを襲撃、捕らえた連中の恋人や妻子をも連れ去ることに成功している。

 まさか、さらっておいて始末するわけにもいかない。負担はこのマルシエル持ちだ。

 作戦行動においてリズに認められた裁量権は大きく、今後を見越せば意味のある捕虜にもなるだろうが……その場のテンションで、ついやってしまったという面は否めない。


 この件は卓を囲む他の面々にとっても、色々と複雑なものではあるらしい。苦笑いを浮かべる者が数名。

 そんな中、まずは議会直下の総務部門の長が口を開いた。


「保護するための準備が不十分だという面は、確かにございます。現在、信頼のおける宿泊施設において、フロアを丸ごと貸し切る形で対応しております。調整が済み次第、政府直轄の施設へ移送する予定です」


 続いて発言したのは司法部門の責任者だ。


「扱いが難しい客ではあります。事実関係を確認後、確かに民間人と認められるならば、保護という名目で面倒を見ることになるかと。もっとも、被疑者たちの扱いを確定させるのが先でしょうが……こちらはさらに難題ですね」


 一方で、想定外の来客を歓迎する部署もある。今回の作戦に大きく関わる、外務・通商・情報部門などだ。


「近しい相手をこちらで確保……いえ、保護(・・)したことで、被疑者たちも協力的な姿勢を見せています」


「船内から押収した資料も合わせ、真相解明は想定以上に進展するものと思われます」


「保安の観点からも、反乱・反抗のリスクを抑えられているのは確かかと」


 と、余計な仕事が増えた面はあるものの、総合するとメリットが上回る。

 現場が事前通達なしで突っ走った件についても、情報部門や軍部は致し方ないものという見解を示した。

 なにしろ、奪い取ったばかりの敵船で、まともに通信できるはずもなかったからだ


 以上を総合すると、今回の働きは望外の成果と言える。

「初任務がこのような結果に終わり、何よりですわ」と議長が顔を綻ばせた。

 ただ、手放しに喜んでもいられないのが現状だ。リズにしてみれば、書かねばならない報告書がいくらでもある。それに――

 居住まいを正し、彼女は「少々よろしいでしょうか?」と尋ねた。


「いかがなされましたか?」


「捕らえた捕虜の扱いですが、どのようになされるお考えか気になったものですから……差し支えなければ、お伺いしたく存じます」


 とは言ったものの、所轄部門と思われる法務・外務等は、難しい表情で口を閉ざした。

 今回の作戦決行前に、関係部署内部では今後の対応についての論が交わされていた。

 しかし、色々と込み入った事情があり、対応の大筋がまだ定まっていないという。


 事実確認が始まったばかりであり、まだ罪状の全てが確定したわけではない。現在明らかになっている部分だけでも、極刑は免れないだろうとの見解は一致している。

 だが……ややこしいことに、マルシエルが実害を負った事例はない。この大列強と事を構えないようにと、背景にある国家タフェットも避けていたのだろう。

 被害に遭ったのは友好国ばかりであり、本件はマルシエルが部外者ながらも首を突っ込んだ格好でしかないのだ。


 さらに事を複雑にするのは、飛行船墜落事件のいずれも、被害各国はその件を公表していないということだ。

 つまり、今回の件は、部外者のマルシエルが存在“しないはず”の事件を追って容疑者を捕獲――

 したはいいものの、裁きを誰の手に委ねるかが、宙ぶらりんとなっているのだ。


 道義上では、被害を受けた国に委ねるべきなのだろうが、何か国もあっては難しい。

 それに、いずれの国も秘匿した件とあっては、裁断する国を定めるための議論を俎上に載せるのも困難だろう。

 軍事・諜報的にも、そういった話し合いの場を設けたくない理由がある。

 なぜなら、リズ率いる特殊部隊は、他国にその存在を明らかにしていないからだ。

 多くの国と善隣外交を行うマルシエルが、陰ではこのような部隊を用意、秘密裏に運用していたと知れれば、いらぬ嫌疑を招きかねない。


「本件につきましては、離発着に関わる当該国に対して通達し、理解を得ていますが……」


「助けられたから、という面は大きいでしょう」


 といった次第で、捕虜をどうするかは、保留せざるを得ないというのが実情だ。


「罪状に照らせば、処刑するまで牢に(つな)ぎ続けるほかありません。処刑する国と時期が不明であっても、虜囚の身から解放されることはないでしょう」


 法務からの言葉は、リズも至極妥当なものと認めた。しかし……

 考え込む彼女に、「殿下」と議長の呼びかけが。


「何でしょうか?」


「捕虜の扱いに対し、何かしらお考えがあるものと感じましたが。いかがでしょうか?」


 実のところ、無いわけではない。見抜かれていることに少し恥じらいを覚えつつ、彼女は卓の面々を見回し、軽く息を吐いた。


「愚にもつかない考えですが、この場を借りて申し上げます――」



 応接室では作戦成功を祝い、労う程度の席となるはずだったが、思いのほか議論が白熱した。

 想像以上に長引きもしたが、リズとしては悪い気分ではなかった。今まで色々とあったが、この国の主導者たちに認められているように思われる。

 少しばかりは恩返しもできたことだろう。


 応接室を出た彼女は、少し足取り軽く別の部屋へ向かった。議会府所属職員向けの控室だ。

 部屋に入ると、待たせていたセリアがすぐに気づいた。


「お疲れ様です」


「おまたせしました」


 他の一般的な職員には、まだリズの素性は明かされていない。ラヴェリア絡みのものはもちろん、マルシエル政府における立ち位置も。

 そのため、二人は軽く言葉を交わすと、そそくさと部屋から出ていった。まずは来客者向けの衣装室へ向かい、軍の正装から普段着へ。

 リズの帰り支度も済み、二人は議会講堂を後にした。


 辺りはすっかり暗くなっており、整備が行き届いた前庭に、魔道具の明かりが灯っている。

 さすがに、このような時間ともなると人通りはほとんどない。ようやく緊張が解ける感じを覚えるリズであった。腕を組んで伸びをする彼女に、横を歩くセリアが含み笑いを(こぼ)す。


「帰還して早々、『お疲れ様』だけでは済まなかったようですね」


「私の方からも、話を振ってしまいましたので」


 とはいえ、振った話の内容にまで踏み込むことはない。人通りがほとんどないと承知しつつも、軽々しく口にすることは避けているのだ。

 無論、セリアも話題をせっつくことはない。必要なことはいずれ知れる立場にあり、あえてこの場で聞く必要はないからだ。


 二人は静かに帰り道を進んでいく。政府中枢がある島を離れ、諸島内連絡船で別の島へ。

 こちらの島は、日が沈んでも活気をあまり失っていない。港近く、大通り沿いの店はなおさらで、商店は今も賑わっている。

 今も人通りがそれなりにある大通りを進み、大通りから一本外れて街区の内側へ。


 そうして二人が足を向けたのは、喫茶店である。

 しかし、普段はまだ営業時間のはずなのだが、明かりが落ちている。すぐに感づくものがあり、リズはため息をついた。


(バレバレだっての……)


 外から魔力透視で見てみると、中では従業員が、息を潜めて待ち構えているのがわかった。

 サプライズのつもりだろうか? 間違いなくそうだろう。

 そう思うと、つい透視してしまったのが悔やまれる。

 もっとも、セリアの方も察しはついているらしい。二人で顔を見合わせて苦笑い。


 驚くふりをするのも可愛げがない――などと思いつつ、リズはドアを開けた。

 すると、ドアの鈴が鳴るとともに、店内が一気に明るくなった。彼女を迎える「お帰りなさい!」という声。


「お帰りって……あなたたちも一緒に仕事してたでしょ」


 実際、店員姿をしている連中の多くは、先のフライトを共にしていた。

 だが、野暮なツッコミを入れる一方で、リズは自分の顔が緩くなっているのを感じた。


 今の彼女にとってこの店は、帰る場所というほど感傷的なものでもないが、ちゃんとした社会的身分の拠り所ではある。

 それに、裏で色々と手掛ける仕事の隠れ蓑ではあるが、心安らぐ――

 いや、心弾む拠点ではあった。

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