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第251話 交渉材料

 敵機のコントロールはほぼ掌握できたといえるものの、全体としてはまだまだ序の口である。

 状況を知らないであろう向こう側から、何かしら行動を起こされる可能性も。

 船底に忍ばせておいた部下との合流を果たすと、リズはさっそく指示を飛ばしていった。


「この中枢部に半分、甲板での状況監視に半分割り当てます」


 具体的な割り当てもすぐに決まり、監視のために五人が動き出す。向こう側で何かしら動きがあれば、今から向かわせる監視要員から連絡が入る手筈だ。


 連絡を待つ前に進めておくこともある。リズは床に転がる敵兵を見回した。

 《貫徹の矢(ペネトレイター)》を受けた二名は、命に別状こそないが、呼吸が荒く会話には適さない。

 彼らに比べると、彼女自身が脅して屈服させた一人は、聴取するにはちょうどいいだろう。彼を空いているイスに座らせ、手足を(くく)りつけて拘束し、リズは尋ねた。


「《封魔(マギシール)》を使うわ。抵抗する?」


「魔力を封じられては、仲間からの連絡が届かない。不審に思われて困るのは、お前たちの方じゃないのか?」


 確かに、魔力を封じられては《念結(シンクリンク)》を使うことができない。襲撃側と音信不通になれば、怪しまれもするだろう。彼の指摘は正しい。

 一方で、敵に内緒話させないようにする必要がある。彼の方から魔力線が伸びる形跡はなく、向こうの本隊は状況を知らないはず。向こうに情報を与えないためにも、早く連絡手段を途絶させるのが上策だ。


「あなたが何かしていると思えば、遠慮せずに殺すわ。そういう疑いの目を避けたければ、素直に応じるのが賢明では?」


 リズは冷ややかに言い放った。言葉での反応こそないが、この脅しに相手が少し震えている。

 そこでダメ押しにと、彼女は臨時操縦士に声をかけた。


「どうです?」


「おおむね掌握しました。出力を考慮すると、まず逃げ切れます」


 このやり取りに、捕虜となった兵はうなだれた。魔道具が発する魔力に照らされるだけの薄暗い部屋の中で、顔を青ざめさせている。

 もはや抵抗の意思なしと認め、リズは《封魔》を施し……実際に、彼はこれを受け入れた。

 こうして完全な拘束が済むと、マルクが口を開いた。


「それで、計画は第一案のまま?」


「ええ。交渉の材料を集めるわ」


 話を聞かされるばかりの敵兵は、イスに縛られながらも身構えた。その“交渉”とやらが、誰を対象にしたものか――

 すると、彼の予想通り矛先が向いてきた。


「あなた、どこの国の人?」


「……言えるわけないだろう?」


 打つ手なしと屈した彼も、売り渡せないものはあるようだ。そして、これからその身に降りかかる、交渉に付帯する様々な行為を思い描き、彼は目を強く瞑った。

 だが、情報を絞り出すための暴力が、彼に振るわれることはない。


 恐る恐る目を開けると、リズは体を(かが)め、床に転がる彼の同僚に手を伸ばしていた。

 なるほど、そちらを責めるのか――と思ったことだろう。

 手をかざされた側も、自身の命運を悟ったようで、力が入らない身でも首を振ろうと動いている。「言うな」と。


 しかし、かざされた手から伸びた魔力は、暴力を意図したものではなかった。

 床に転がされた一人を対象に、リズは一つの魔法陣を展開した。魔力の土壌から樹が伸びていき、薄暗い闇の中で煌々と光を放つ。枝葉に記されるのは人名、根の辺りには地名。


「タフェットね」


「なるほど……いわゆる暗黒大陸の国だな」


 さして驚いた様子もなく言葉を交わし合う侵入者を前に、捕虜の兵は唖然として固まった。

 家系と生まれを示す魔力の樹を一度消し、リズはもう一人の寝転がる敵兵に同様の魔法を用いた。こちらもやはり、生まれ故郷は同じ国である。

 口にできない秘密を明るみにされ、イスに(つな)がれた兵の額に汗が(にじ)んだ。情報を抜き出したリズが立ち上がって向き直ると、彼の身が強張(こわば)っていく。

「国は聞くまでもなさそうね」と冷淡に言うリズに、彼は生唾を呑んだ。

 だが、次に向けられた問いは、彼の予想を外れていた。


「あなた、ご両親の名前は?」


「そ、それがどうした」


 すると、マルクが割り込むように、「たぶん、知らないだろうな」と告げた。

 抑えた息が一層荒くなる捕虜に、リズは重ねて問いかけていく。


「恋人はいらっしゃるの?」


「……クソが! だから何だ!?」


 意図の読めない問いに声を荒げる彼だが……顔が紅潮し、目に熱いものが込み上げるのを彼は自覚した。

 すると、薄暗い部屋の中、彼はリズの顔が少し悲しそうになるのを見た。


「別に殺しはしないわ。逆に会わせてやるって言ったら?」


「ハッ! バカにしやがって。夢の中で会わせてやろうってか?」


 すると、リズは口を閉ざしてその場に立ち尽くした。

 話の流れは読めないが、黙らせることはできたようだ。少し満足げに鼻を鳴らす捕虜だが――


 次の瞬間、そこにいたはずのリズが姿を消した。

 突然の事態に思考が追い付かない彼の首に、そっと触れる細い何か。人肌の温もりを感じるも、体の芯は凍てつくようであった。

 見ていたはずの人物が、瞬時にして背後に回ったのである。声にならない音が口から(こぼ)れ出る彼に、リズは背後から告げた。


「次は信じるかしら? 素直に答えれば、会わせてやらないでもないけど。ダメ元で、言うだけ言ってみれば?」


 目にしたものが信じられず、彼は体が求めるままに荒い息を繰り返すことしかできない。全身に汗が滲み出ていく。


「こちらとしては、事を穏便に済ませたいの。恋人さんをここに連れてきて、あなたが協力的になってくれれば何よりだわ。連中の説得に回ってもらう、とかね。理解したかしら?」


 即答はできなかったが、彼はどうにか気持ちを落ち着けていった。「は、話す」と応じ、問いかけに対して従順に答えていく。恋人の名前、外見、自分たちの居住地等々――


 聴取を終え、リズたちは地図を広げて目的地の把握にとりかかった。


「行けそうか?」


「ドンピシャは難しいけど……ま、大丈夫でしょ。少し外れても走ってどうにかするわ」


「了解」


 言葉を交わし合うと、リズは床に魔法陣を刻み始めた。

 捕虜の視界の端、首を曲げれば視認できそうな位置だが、命を握られている身でできようはずもない。

 むしろ彼は、言いがかりをつけられないようにと、魔法陣が放つ光から目を背けた。

 その後、リズは仲間たちを見渡し、声をかけた。


「できる限り早く戻るつもりだけど……後はお願いね」


「了解」


 すると、リズはイスに腰を落ち着け瞑目した。強く集中しているらしく、言い知れない緊迫感に、捕虜の体がかすかに震える。その精神統一は、彼の予想を超えて十数分ほど続き……

 彼が口を閉ざして注視する前で、リズは影も形もなく消え去った。まるで、背後へ回ってきた時のように。

 突如として消え去った彼女を前に、困惑を隠しきれない捕虜だが、部下たちは平然としたものである。


 それから少しして、事態は新たな局面に差し掛かった。外から声が響いてくる。


『どうした? 応答しろ』


 向こうの飛行船からの呼びかけだ。魔道具によって拡声されたものである。《念結》が途切れ、音信不通になったことに気づいたのだろう。


「あっちの作業が一段落したのかも」


「だろうな」


 ここで黙ったままでは、向こうから様子を見に帰ってくるかもしれない。兵力の分断という意味では好都合だが……


「本格的な交戦に発展する恐れがありますね」


 この指摘にマルクはうなずいた。

 できる限り、場を荒立てたくはないのが一行の総意だ。事実上、詰んでいる(・・・・・)連中にヤケを起こされないように、穏便に事を終わらせたい。

 リズがこの場を一時的に離れたのも、その交渉材料を得るためである。


 場を託されたマルクは、軽く息を吐いた。臨時操縦士の案内を受け、隣の席に着く。


「これに話しかけてください」


「了解しました」


 彼は手渡された三角錐の機材を、口に近づけていく。

 こうして忍び込むよりも、よほど厄介で危険な務めを果たすために。

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