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第249話 乗っ取りカウンター

 船底で機をうかがう一行に、そのタイミングが訪れた。侵入側からの乗り込みが途切れがちになった隙を見計らい、船底部から側面に向け、少しずつ動き出していく。

 何度も実物による演習等を繰り返した彼らだが、本番はこれが初めてのことだ。

 もっとも、実戦経験が少ないのは無理もない。なにしろ、このような事態に遭遇することが、そもそも稀であり――普通は想定すらしないからだ。

 ある意味では、待ち望んでいた事態に運良く出くわしたという側面もあり、この機を逃せないという思いが緊張感の一因となっている。

 もちろん、初の実戦という事実に加え、多くの人命がかかっている状況も、彼らに少なからぬプレッシャーを与える要素の一つだ。


 敵船を掌握するにあたり、まずはあちらへと取り付くのが関門となる。練習ではどうということのない作業でしかないが、監視の目があれば、難易度は別次元のものだ。

 幸いにして、敵飛行船の甲板に、それらしい気配は感じられない。必要な人員は、全てこちら側に回したというところだろうか。

 船底に張り付くそれぞれが状況を観察。見たままの所見を《念結(シンクリンク)》に乗せた。


『もう居なさそうですね、リズさん』


『そのようですね。私から行きましょう』


『頼んだぞ』


 仲間からの視線を受け、隊長の少女――リズは臆せず動き出した。腰の巻き取り器具からワイヤーを引き出し、船の底を離れて敵船の船底へ。雲海の遥か上を駆けていく。

 しかし、彼女は下など見ない。視線は上、誰かに見られていないかという一点に注意が注がれていた。


(さすがに、これは想定外かしら……)


 両船の中間に向けた監視の目は見当たらない。

 これは、想定できたことではある。侵入側からすれば、誰も居ないはずの中間部を監視するのに、貴重な人員を投じるわけにもいかないだろう。


 監視の目も、上ですれ違う者もなく、彼女は船底に取り付いた。自身の命綱を侵入対象の船底に付け替え、後続向けのガイドとする。

 用意が整うと、彼女は仲間たちに念じた。


『こっちは用意できたわ』


『了解。見た感じ、風はなさそうだったが』


『ええ、想定通りね』


 敵船からの乗り込みについて、何パターンか想定はあったが、いずれも防風膜の存在を前提としていた。これがなければ、乗り込むどころの話ではないからだ。

 実際、今回の移乗についても、両船の防風膜が重なり合うことで、乗り移る者にとっては都合のいい無風空間が存在している。


 安全に乗り移れると確認できたとしても、やることは地上も見えない高さでの綱渡りだ。《空中歩行(エアウォーク)》を使っているとはいえ、両船に何か動きがあれば、悲劇的な事態になりかねない。

 だが、後続の人員は、まるで悩みや迷いをみせることなく動き出した。新たな命綱を伝い、すいすいと敵船底部への移動を敢行。

 事ここに至っては、取り違えた慎重さが首を絞めかねないと、彼らは経験から理解しているのだ。


 結果、全員が何事もなく移乗を果たした。これに気づかれた気配はなく、依然として静かなものである。

 気がかりなのは、最初に乗っていた船の様子がわからないことだ。予想通り、欄干にアンカーが打ち込まれたのは確認できるが、その奥にまでは視界が通らない。

 だからこそ、あちらの安全を確保するため、まずはこの敵船の制圧に乗り出さなければならないのだが……


「見える?」


「きついな」


 短いやり取りの後、リズは部下に視線を向けたが、いずれもが難しい表情で首を横に振った。

 作戦の上では、敵船底部に取り付いた後、魔力透視を行う手筈となっているが、向こう側に中々視線が通らないのだ。

 これは、事前に懸念されたことであった。何しろ、訓練中には自分たちの船でさえ、船体を通じての透視には難儀したのだから。船全体が魔道具とも言える飛行船とあっては、外殻までもが魔力の通り道となっている。


 そこで、敵船底部に透視要員を何名か残しつつ、甲板から侵入する案を実行する運びになった。


「私から行くわ」


「了解。バックアップする」


 一行の中でも、特に侵入向けの精鋭が五人ほど、船底から動き出す。


「それにしても、こっちにもアクセルがいれば良かったんだけど……」


「そりゃ、まぁ、そうだ」


「つっても、あっちも心配ですしね」


 小声でぼやき、時には《念結》で話し合いながら、一行は船体を伝って甲板へ。


 やがて、一行は甲板すぐ下の船舷に取り付いた。事が起きているのとは逆サイドである。

 この位置からならば、甲板の様子が透視でうかがい知れる。息を潜め、全体に視線を走らせてみると――


『どうだ?』


『誰もいない。先に行くわ』


『了解』


 欄干に手をかけ、リズは甲板へと身を躍らせた。接地直前に《空中歩行》を再展開。音もなく甲板に降り立つと、彼女は腰の命綱を取り外し、その場に安置した。

 先に様子を見た通り、こちらの甲板には誰もいない。やはり、向こう側の制圧に人員を割いているのだろう。相手の立場で言えば、それが賢明な判断と言えた。

 そもそも、飛行船がこうして乗っ取りをかけられること自体、事前に誰も想定しないくらいに信じがたいことであり――


 乗っ取りに来た飛行船を逆に乗っ取ろうという企てもまた、きっと誰にも想像もできないだろう。

――それも、飛行中の船底から船底へ移る、異常者がいるなどとは。


 しかし、事の全容は誰にも把握できない。甲板への逆侵入を果たしたリズたちも、向こう側の甲板で何が起きているのか、欄干に阻まれて判然としない。

 ただ、異様なほどの静けさは、状況がお互いの(・・・・)制御下にあることを示唆している。粛々と、双方が思惑通りに進めている。


 ひとまずの安堵を覚える彼女の元へ、仲間たちも続いて甲板に着いた。やはり音もなく着地していき、すかさず物陰へと隠れていく。

 ここからは、敵地での隠密作戦である。船体構造もわからない中、未だ残っているであろう敵との遭遇を念頭に進んでいかなければならない。


 一行は無音で甲板の上を動き、内部への扉の前に着いた。扉は閉ざされているが、透視した限りでは近辺に敵の気配はない。

 むしろ外側、侵入をかけてきた連中に警戒を向けつつ、一行はドアを開けた。気づかれていない事を確認し、船内へ。


 おそらく、機密性と隠密性を重視した飛行船なのだろう。船内に窓は見当たらず、中は壁を走る魔力の明かりが照明代わりとなっている。

 ささやかな青い光に照らし出される中、一行は動き出した。通路脇の部屋の一つ一つを、透視で確認しては肉眼でも視認、それぞれクリアしていく。

 甲板に近い部屋は、外へすぐに出られる。戦闘要員を詰めておくにはもってこいであり、実際にそういった運用なのだろう。侵入を果たして直後の数部屋には、誰も残っていなかった。

 また、そうした部屋の中には簡易的な倉庫らしきものもあり、武装の用意も見受けられた。


(やはり、外に近い方に敵は残っていなさそうね……)


 となると、遭遇は奥へ進んでからだろう。

 事前の想定では、船に残すとすれば飛行船を動かすための人員程度だ。現状も、その想定を出ないように思われる。

 問題は、どこの部屋にどういった要員が残っているか。最初に攻略すべきは――

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