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第24話 レガリア

 暗闇の中を沈んだリズの意識は、やがて確かな平面の上に立った。

 夢の中の世界には、白と灰のチェック模様のタイルが敷かれ、その上に書架が林立している。

 書架の林の中には、無数の本が並ぶ。読破したもの、読みかけのもの、自分で書きあげたもの、まだ読んでないもの……

 彼女が手を挙げると、書架から一冊の本がふわりと浮き上がり、彼女の元へとやってきた。夢の中でも重みのあるそれを広げ、ページをめくっていく。


 手にとった本は、ラヴェリアを始めとする大国と、その国宝の歴史に関わる物だ。

 建国の始祖は大魔王率いる魔族の軍勢と戦い、今のような人の世を拓いた。

 しかし、人の手で治める時代になっても、戦乱が絶えてなくなるということはなかった。多少落ち着いた今も、本質は変わっていない。


 そうした乱世の中で、尊貴な武具がいくつも歴史に現れ、王侯や英雄たちを助けていった。これらの武具は神聖なものとして崇められ、国宝として宮廷の宝物庫に安置されている。

 来たるべき時に、再び力を借りるために。


 ここまではよくある話だ。ラヴェリアに限った話ではなく、大半の国には似たような話がいくつもある。

 しかし、一部の大国にしか共通しない、奇妙な符号が一つある。

 歴史において姿を現したはずの武具が、後の世に残されないということが、ままあるのだ。

 そしてそれは、かつて大英雄ラヴェリアとともに大魔王を打ち倒した、勇者一行の血筋にみられる現象であると。


 歴史家によれば、こうした事例は明らかに多すぎるという。国宝となるべき宝物が、異様に多く失われている。同時期に活躍した、他の宝物と比べればなおさらに。

 そこで、一つの仮説が立てられた。偉大な英雄たちの血を引く王侯は、自らを助ける何らかの宝をその身に宿している。必要に迫られた時、それが顕現して歴史に結果だけを刻むのだ――と。

 そうした宝器のことを、王たるものの象徴と権能を示すものとして、仮説の信奉者たちはレガリアと呼んでいる……


 本をさっと斜め読みしたリズは、両手から本をフッと浮かび上がらせた。手元を離れた本は、蝶のように細かく羽ばたきながら、元の配置へと静かに戻っていく。


――リズは、この図書館自体が、彼女のレガリアなのではないかと考えている。


 まず、彼女はこういう精神世界が、誰にでも共通するものとは考えなかった。

 なぜなら、こうした現象についての言及が、魔法関係の書物に全く見受けられないのが不自然だからだ。


 レガリアの存在について、王家がそれを認めたという話はない。

 ただ、それはレガリア仮説が歴史家の中で、賛否分かれる立場にあるから……というより、強国の王家がそうなるように仕向けてもいるようだ。

 噂される立場の王家にしてみれば、それを隠し通したい理由などはいくらでもある。リズ自身、強く感じていることだ。自分にしか持ち得ない力を吹聴して……敵国や身内に手の内を晒して、何のメリットがあるというのだろう?


 彼女にとって重要なのは、自分がこうして自分だけの力を有しているように、他の異母兄弟にも特有の力があるだろうということだ。それぞれがどのような力を持っているか、確かな情報は何もない。

 しかし、手がかりは一つある。歴史上の記述や自身のことを踏まえると、レガリアにはその所有者の能力や気質、経験に願望などが強く反映されるようだ。

 リズの場合、幼い日にこのような能力が開花した理由に、思い当たるものが実際にある。

 こうした前提を踏まえれば、他の異母兄弟がどういう力を持っているか、その大雑把な方向性ぐらいはあたりをつけられる。


――つまり、リズ自身がそうであるように、すでにそれぞれの道のエキスパートである兄弟たちの、その卓絶した才覚をさらに増大させるような力が、おそらくはある。


 うんざりするような想定を思い浮かべ、彼女はげんなりしながら図書館の中を歩いていった。

 彼女にレガリアではないかと思わせるこの空間は、夢の中ではあるが、夢と言うには程遠い性質を備えてもいる。

 というのも、現実世界の諸法則を、おおむね遵守しているように感じられるのだ。この中で記述した魔法は現実のとおりに機能する。でたらめな記述では全く機能しない。

 また、魔法同士の相互作用も、現実を反映したものとなっている。


 そんな中で、現実離れした夢らしいものの一例としては、図書館を構成する物品の耐久性がある。本を含めて尋常ではない耐久性で、仮に壊しても再訪すれば元通りになっている。床は、何をしても壊れなかった。

 また、この中で負傷しても、現実には反映されない。“死ぬほど”の激痛を負った場合、夢の中から現実に叩き出され、負傷こそないものの多少は和らいだ激痛を、生身でも味わうことになるが。

 これらの特性により、彼女にとってこの図書館は、単なる読書スペースに留まらない。ちょうどいい実験場であり、訓練場でもある。

 いくら暴れても壊れない空間の中で、現実さながらに魔法を使えるのだから。


 そして、練習相手には、ちょうどいいのがいる。

 図書館を歩いていくと、書架がほとんどない空きスペースのような広間に、ぽつんと大きな鏡がある。この図書館が有する、主要機能の内の一つだ。

 その姿見の前にリズが立つと、鏡の中の彼女が勝手に動き出し、鏡の枠をまたいで”こちら側”へとやってきた。

 鏡の中の自分が出てきた瞬間、鏡の全体が白く輝き始める。光が落ち着いた頃に姿を映せば、また一人増える仕組みだ。

 とはいえ、彼女は普通、自分自身と1対1の訓練しかしない。自分と戦うだけで十分ハードな訓練になるからだ。


 もう一人の自分は、すでに勝手に動いている。適当に《防盾(シールド)》を張りつつ、距離をとって様子を見る構えだ。

 “本体”の意志とは無関係に動いてくれるこの分身は、話し相手にはあまり適さない。考えること自体はほとんど同じで、結局は独り言にしかならないからだ。

 もっとも、自分の能力や性向を反映しつつも、まったく同じ動きにならないからこそ、普通に一騎打ちとして機能し、自分のクセを客観視する機会にもなる。


 十分な距離をとって待つもう一人の自分を前に、リズは深呼吸とともに《防盾》を展開。

 それと同時に《魔法の矢(マジックアロー)》を放ち、数千回は繰り返したであろう戦いの火蓋を切った。

 分身が放つ息もつかせぬ矢の嵐を、リズは時に盾で受け止め、時には矢を分裂させて相殺していく。


 《魔法の矢》は、魔法としては初歩中の初歩だが、驚くほど応用性に富む器の大きい魔法だ。速度・威力・大きさなどのアレンジは幅広く、曲射・追尾・拡散等の効果付与も様々。

 それぞれの要素においては、もっと優れた上位魔法が存在する。しかし、バリエーションの豊かさにおいては他の追随を許さない。

 もちろん、そういった撃ち分けを使いこなすには修練が必要だ。

 そして、その時々で思い描くイメージを、瞬時に指示書として書き起こせる魔導士にとって、これほどやりがいのある魔法はそうそうない。

 基本にして、奥義になり得る魔法である。


 交戦開始から少しすると、分身体が上方へと矢を放った。一見すると的外れなそれは、一際強い光を放ってゆるゆるとリズに迫る。

 見るからに威力の重いそれは、速度を犠牲に威力と操作性に振ったものであろう。

 手元周りでの攻防を嫌い、リズは早めに対処しておくことを選んだ。これ見よがしな大ぶりの一撃へ、一瞬の間に思考を巡らしてから、迎撃の矢を向かわせる。

 すると、対峙するもう一人の自分が、視界の端でニヤリと笑ったような気がした。


 迎撃に向かった矢が標的に炸裂すると、それまで一つの大きな矢だったものが、いくつも枝分かれして新たな矢となり襲い掛かってくる。

 分裂後の矢は細いが、速い。緩急をつけての攻撃ということで、奇襲性が一層高まっている。

 ただ、凝った仕込みのせいか、追尾や操作にまで魔力を振り分ける余裕はなかったようだ。あり得る軌跡をすでに読んでいたリズは、単純に先回りするような足運びで事なきを得ている。

 二人の少女は、先程の手の込んだ奇襲など、すぐに気にも留めなくなったかのように、シンプルな矢と盾の射撃戦へと移行し……

 少しして、本体の方が「ストップ」と言った。


『どうかした?』


「いや、ああいうのは良くないと思って」


『何が?』


「熟練者向けの応用技は、あまり見せたくないわ」


『そうは言っても、相手が使うかもしれないし、その対応に慣れるためには必要じゃない?』


 独り言になりがちな自分との会話ではあるが、こうして自分の中で相反する考えをぶつけ合い、方策を決める働きをすることもある。


 リズは、それぞれの兄弟の方向性は、なんとなく把握している。

 しかし、それぞれがどこまでやれるかについては不明瞭だ。

 一方、彼女をつけ狙う兄弟たちも、彼女がどれほどの使い手なのかは知らないだろうと、彼女は踏んでいる。

 仮に正確に把握しているのなら、もう少し本腰を入れて仕掛けてきているはずだ。国境を超えさせるヘマなどやらかさなかっただろう。


 メイドにさせられて以降、最小限の護身術を監視下で仕込まれた彼女にとって、自由に自分を鍛える機会はなかった。

――少なくとも、客観的にはそう見えていたはずだ。


 その実、彼女は自分だけのこの空間で、何年にもわたって修練を重ねてきた。

 彼女にとって、この逃避行は情報戦を伴うものだ。不用意に手の内は明かしたくない。相手が抱く印象と実態のギャップを、可能な限り生かしておきたいのだ。

 となると、これまで使ったような初等魔法はともかくとして、中級クラスの魔法や応用技術などは、あまり相手に見せたくはない。

 そこで、初等魔法をベースに戦いを組み立て、できればこっそりとバレないように、他の魔法を小出しに……というわけである。


 ただ、そうした駆け引きの余地があるのも、全てはこの素晴らしい夢の空間のおかげだ。

 レガリアかもしれないこの空間に、リズは世に知られた他のレガリア同様、名前をつけている。

――先達に倣い、仰々しく、ご立派で、思い上がったような名を。


 その名も《叡智の間(ウィザリウム)》、と。

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