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第242話 山頂の決戦

 書き置きを読み終えた後、ルキウスは本をさらに(めく)った。

 どうやら、メッセージはこれだけらしい。手紙ではなく本という形式を用いたのは、おそらく見つけやすくするため。加えて、風で飛ばされないようにとの考えもあったことだろう。


 本を閉じ、彼は上を見上げた。山頂にそれらしき気配はないが、距離が遠いだけだろう。人影は確認できないが、このメッセージがブラフとは思えない。

 こうして判断材料を(つか)まされた以上、指揮官としては命を下さねばならないが……彼は即断した。


「作戦は計画通りに続ける」


 この指示を受け、兵たちもまた、迷いなく動いていく。

 相手に出方を見抜かれているようではあるが……だからといって、こちらの対応を変えるほどの理由にはならないと、ルキウスは考えた。

 制圧に来た兵を罠にはめようという様子は、やはり感じられない。丁寧さの裏に冷ややかな棘を感じさせるメッセージだったが、実際に記された言葉通りの考えでいるのではないか――そんな直観が働いている。

 ならば、本来の作戦を継続すべきだ。待ち伏せ、罠が本当にないとしても……相手の言葉一つで揺らぐ司令塔ではない。

 こうした重要な作戦だからこそ、普段どおりの自分を部下に示す価値はあるのだ。


 事前の計画通り、ルキウス率いる精鋭部隊は、島の全体を制圧していった。上陸した砂浜を始点に、視界が効く方から重点的に手を伸ばし、少しずつ制圧領域を拡大。

 本当に標的一人しかいなさそうだという空気が徐々に漂うも、彼らは決して油断することなく、任務を遂行していく。

 結局、潜伏する敵どころか罠の気配すら、本当に感知できずに終わった。本当に何もないと断言するのは難しいが、そのような判断が妥当のようには思われる。

 少なくとも、相手が待つという山頂までの道で、何か懸念となる要素は見当たらない。


 しかし、この戦いの重要性を思えば、何も見つけられなかったことに対して兵たちがいくばくかの困惑を覚えるのも、無理はないことである。

 というのも、浜に置かれたメッセージから察するに、こちらの出方を把握されていた可能性は濃厚。それなのに、ただ歓迎の挨拶だけを置いて終わりなどというのはあり得るだろうか?

 では、何かがあるとすれば、それはやはり……


「山頂に、何かあるものと思われますが……」


「おそらくは、そうだろうな」


 標的が待ち構えているという山頂は、さすがにまだ未調査である。書き置きからは、そちらへ誘い込もうという思惑が感じられる。

 では、どうしたものか。


 島全体に制圧の手を巡らせ、兵糧攻めを行おうという策はある。

 だが、相手も想定済みだろう。それに、こうした消極策自体に有用性は認められるだろうが、「ラヴェリア王室の長兄が出向いておいて」と、(そし)りを受ける可能性は十分にある。

 まずは確実な成果を――という考えは確かにあるが、それはあくまで次善策。


 ここで全てを終わらせられるのなら、それに越したことはない。


 それでも、内心で迷うものを覚えつつ、ルキウスはすでに腹に決めておいた言葉を口にした。


「私が出向いて決着をつける」


「では、我々は?」


「山を遠巻きに包囲。標的が脱出するようなことがあれば、私が到着するまで足止めを」


 これは、事前に決めておいた何パターンかの動きの一つである。

 だが、実際に行動に移すとなると、割り切れないものはあるようだ。上官、それも王族の命に対し、決然として反対を表明する兵も。


「殿下お一人を戦いの場に向かわせるわけには参りません!」


「どうか、我々もご一緒させていただけませんか!?」


 命令への反抗というより、むしろ士気と忠誠の高さによるものであろう。

 しかし、ルキウスは果敢な申し出に、わずかに寂しそうな微笑を浮かべて首を横に振った。


「諸君の役目は、あくまで標的を孤立させ、今後の援助の手を断ち切るところにある。それに、多勢でかかることで、あちらの遠慮がなくなるかもしれない」


 これまでの戦いから、標的がラヴェリア王家に何かしらの配慮しているというのは、彼ら兵たちも共通認識としているところだ。そうした配慮が損なわれれば……

 国防に携わる彼らにとって、好ましからざる流れになる危惧はある。今の枢密院の様子を考えればなおさらのことだ。


「私が背負う使命を思えば、万全を期すべきという考えは確かにある。だが……世を騒がせないためにも、相手が節度を保っている内は、我々もそれに倣うべきではないかと思ってな」


 それから、「君たちに心配をかけてしまうが」と申し訳無さそうに付け足したルキウス。

 一方、兵を束ねる副官の壮年男性は、部下を順に見渡していき……ため息をついた。


「一介の戦士としてのエリザベータ殿は、我々としても一定の敬意と評価に値するお方です。いえ、このような言説でさえ、無礼に過ぎるでしょうか……ともあれ、殿下に対して非道を働くことはございますまい」


「ああ、そうだろうな」


「……とはいえ、決して油断なさらぬよう、重ね重ね申し上げますぞ!」


「了解した」


 その後、山頂へと足を向けようとしたルキウスは、兵たちに振り向いた。送り出す兵らは、照り付ける日差しの中でも微動だにせず、整然と敬礼している。

 そんな彼らに、ルキウスは「のぼせる前に影へ行くように」と苦笑いで告げ、深く頭を下げた。

 一礼の後、彼は改めて山へ向き直って登っていく。


 複雑な心境であった。

 彼らを妹との戦いに巻き込めない理由は、口にした以外もいくつかある。

 まず、これまでの報告から、ラヴェリアが誇る精兵部隊と言えど、標的と敵対すれば損耗が免れないものと思われること。

 仮に戦いが島全体を用いてのものへと発展すれば、頭数だけをすり減らされる恐れもある。

 そのような自覚は、兵たちにもあることだろうが……

 他に適切な理由があるのなら、あえて口にする必要のない理由ではあった。

「諸君では捨て石にもならない」などとは。


 他にも口にできない理由はあった。もしかすると、兵たちを(おもんぱか)っての理由以上に、言いづらいものが。

 それは、単なるわがままである。

 これまでの戦いにおいて、標的ばかりでなく各継承権者も、自分一人での戦いに挑んできた。

 そんな兄弟たちの戦いぶりを知っておきながら、自分は兵を用いて多勢でかかるというのは――

 兵を用いるのも器の内とは言えようが、各々が独自の力を持つ王族同士を競わせるこの競争は、結局のところは個の力を、それも他を寄せ付けないような力を希求しているのではないか?

 この競争自体、思うところあるルキウスではあったが、競争の理念には誠実であろうと思った。


 内に秘めた決意を再確認しつつ、彼は山を登っていく。

 整備されていないが、山肌は傾斜が滑らかで、登っていくのに支障はない。

 《空中歩行(エアウォーク)》で駆け抜ける事もできたが、言いしれない感傷的な気分が、一歩一歩を確かめるように進ませていく。


 程なくして、彼は山頂に到着した。

 やはりというべきか、山頂には手が加えられており、(あつら)えたような平面が広がっている。

 そして、その中心に(たたず)む標的が。予想通り、鎧などは着込まず、普通の町人と見紛うような軽装である。

「ようこそ。お久しぶりね」と、あくまで朗らかに話しかけてくるリズだが、ルキウスはこれに渋い微笑を返した。


「会って早々で悪いが、一つ言っておくことがある」


「何?」


「私はお前ほど口が達者ではないからな。呑み込まれないようにと、会話にはあまり応じない腹積もりだ」


「つれない人ね」


 互いにそっけない口調で言葉を交わし合う。

 最初の内は、今から殺し合うとは思えない空気だったが、次第に場の緊張感が張り詰めていく。

 だが、いざ事が起こるその前に、ルキウスは打診した。


「婦女子を痛めつける趣味はない。降伏するなら、傷つけずに楽にしてやるつもりだ」


「つまり、降伏してほしいわけ?」


「ああ」


 包み隠さない本音に、リズは少し面食らったらしい。少し目を白黒させている妹に、ルキウスは続けていく。


「お前には悪いが、私は負けてやるつもりはない。おそらく……お前にとっては、最悪の敵となるだろう」


「自信満々ね。ここまで言われるのは初めてだわ」


「自信があるわけじゃない。ただ……」


 口を閉ざしたルキウスの右手が、白い輝きを放つ。光は瞬く間に伸びて棒状に。棒の先端からは風にはためく布が広がる。

 そうして出来上がった魔力の旗――自身のレガリアを、彼は山頂に突き立てた。


「お前には分の悪い戦いになるだけだ」


 そう言い放つ兄を前に、リズからは一言。


「マナーがなってないんじゃない?」


 この指摘を真顔で受け止め、ルキウスは含み笑いを漏らした。


「お前に言われるとはな……いや、お前の言う通りか」


 そして彼は、一瞬だけ悲哀の色を見せた後、真剣な表情になって剣を抜いた。言葉はここまでとばかりに、空気が張り詰める。

 リズもまた鞘から剣を抜き、正眼に構えた。

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