第241話 上陸
2月初旬。マルシエル諜報網は、ラヴェリアを発った2隻の船に目を付けた。
それぞれ、外見は商船と軍艦であり、それだけであれば別段の注意を引くものではない。
だが、重要なのは進行方向と速度だ。ラヴェリア発としてはあまり使われない航路上を進行しており、しかも異様に速い。
加えて、リズとレリエルとの約束から、出発日時についてある程度の見通しが立っており、それが絞り込みには大いに役立った。
すなわち、ついに継承権者が動き出したのではないか、と。
この報告を受け、リズたち一行は行動に移った。想定通り、今度はラヴェリア軍の部隊による制圧作戦を仕掛けられるものと判断。
そこで、リズと魔族二人のみを島に残し、後の人員は船で協商圏へ。決して、ラヴェリア軍と関わることがないようにする。
にわかに寂しくなった島で、リズはその日が来るまで鍛錬に励んだ。山頂と洞窟を往復し、時には一人で反復訓練、時には魔族を先生にしての魔法の演習。
仲間を島から逃がした時点で、すでにある程度の準備は整っていたが……それでも目論見に対し、不安は残る。
一方、打ち込める何かがあることが、文字通り生死がかかる戦いを前にする彼女には、確かな助けとなっていた。
その間もマルシエルからの報告は続く。漁船、商船を装った監視から、件の2隻が予想通り、リズがいる島へと進んでいると。
そして――
☆
2月15日、昼前。
ラヴェリアからの2隻は、目的とする島を遠方に臨む位置で停泊した。
まずは細心の注意を払い、警戒を海中に向けていく。このようなわかりやすい的に対し、海中から沈めにかかる可能性が否めないからだ。ベルハルトの一件から、相手が海中での行動に長けているという想定もある。
もっとも、指揮官であるルキウスには、向こうがそこまではしないだろうという、相手への信頼にも似たような見立てはあるのだが。
実際には彼の予想通り、海中には不穏な様子がなく、とりあえずの安全は確認できた。
次いで、船から上陸用にボートを用意。小型ながら、魔道具の力で海を疾走する軍用のものだ。これで第一波を目標の浜へ上陸。浜と、そこに至るまでの海中の安全を確認でき次第、後続が動き出すという流れである。
確認が済めば、今度は島全体へと部隊を分遣。戦闘状態に突入する可能性が高いと見込まれる段階だ。
よって、ボートに乗り出す直前の今が、戦闘前の最終準備段階となる。
これから戦場へ行こうという兵たちは、冬のラヴェリアからはるか南へやってきたということもあり、いずれも軽装でいる。
もとより、当てられる前にいなし、敵を殺しきるだけの力量を持つ精兵たちであり、軽装は油断ではなく機動力を優先したものだ。
ただ、そんな彼らから見ても、指揮官にして国王の第一子までもが軽装備でいることには、いくばくかの不安があるようだが。
「殿下。さすがにもう少し、鎧などを着こまれては……」
精兵の中でも年配の、壮年男性が畏れ多そうに口を開いた。
今のルキウスの装備は、上半身がほとんど肌着に近いもので、彼のたくましい筋肉の隆起が現れている。下肢はもう少し着込んで、長ズボンにすね当てとブーツ。
周囲の兵も似たような装いではあるが、これから決戦に向かおうという王族にしては……という指摘はもっともなところ。
しかし、ルキウス当人は、この諫言に首を横に振った。
「動きが鈍れば付け込まれるだろう。鎧程度で阻める攻撃を仕掛けてくるとも思えなくてな」
「ウ~ム……殿下が敵を軽く見ておいででなければ、申し上げることはありませんが」
「心配か」
「無論ですとも!」
お目付け役のような武官を前に、ルキウスは少し表情を崩して苦笑いをし、周囲に視線を向けていく。
他の兵も、何か言いたそうではあるが……一様に苦笑いして口を閉ざすのみ。口には出さずとも、懸念は共通するらしい。
しかし一方、指揮官の力量に対する尊敬と信頼の念もあった。日差しの下に晒されたルキウスの素肌に、傷らしきものは一つとしてない。
これまで幾度となく、外敵の侵入を退け続けてきた歴戦の勇士に、である。
結局、彼らはそのままの身軽な装いでいることを選択。準備が整い、最初のボートが動き出した。
浜までの道中は何も問題なく進み、上陸した最初の部隊が周囲の安全を確保していく。周囲に待ち伏せ等の気配はなく、海中も不穏なものはないとのこと。
しかし――先遣隊の報告が、甲板の魔道具から放たれる。
『浜辺にて本を一冊発見。魔力は感知されず』
「中は見たか?」
『殿下に向けた挑発のようなものです』
「そうか。敵の気配はないんだな?」
『ハッ!』
「では、そちらに向かう」
ここまでは手筈通りの流れである。それに、標的との直接戦闘を視野に入れた親政でもある。
しかし、王子自ら戦場へ向かうとなると、やはり歴戦の精兵たちにも緊張が走る。
あるいは、彼らだからこその緊張か。
この戦いにかかっているものの大きさと重さを、彼らはよくわかっているのだ。
ルキウスを伴う第二派は、ボート2隻である。先遣よりも人員を厚く。加えて、ボートの片割れを、万一に備えた露払いとする格好である。
だが、結局何かが起こることはなく、彼らは無事に上陸を果たした。ルキウスがボートから浜に立つなり、先遣隊の隊長が歩み寄ってくる。
「殿下、本はあちらに」
彼が指し示す先で、浜に置かれた本を兵が二人警戒している。魔力は感じ取れなかったが……何かあるのでは、という疑念が、彼らにこうさせているのだ。
何しろ、相手方にしてみれば、指揮官に触ってもらえる可能性が高いのだから。加えて、標的が魔導書の名手という事前知識もある。
それでも内心では「大丈夫だろう」と思うルキウスではあったが、部下の手前、警戒態勢には敬意を払った。普段通りの足取りでも、視線は用心深く本へ。
彼が近づくと、本を監視していた兵がその場で膝をつき、本を回収。わずかにためらう様子を見せつつ、本を手渡してきた。
受け取った本をめくると、そこには芸術的とも言える達筆で、ご挨拶とこの島の現状についてが記されていた。
☆
ごきげんよう。予想が正しければ、ルキウス・エル・ラヴェリア殿下と、そのご配下の皆様がお越しではないかと考えるけど、いかがかしら?
こちらはエリザベータ・エル・ラヴェリアよ。名乗る必要なんてないと思うけど、一応ね。
さて、早速だけど本題に入りましょう。
まず、この島には私しか残っていないわ。こんな僻地までお越しいただいて誠に申し訳ないのだけど、ご配下の皆様方には退屈させてしまうかもね。
私が島に一人残ったのは、余計な犠牲を出さないため……殿下も同じ気持ちでいらっしゃるのではないかしら?
あなた方が迷わないようにと、私は島の山頂で待ってるわ。
これに応じて決闘するも良し。城攻めのつもりでじっくり攻め上げるも良し。
好きにすればよろしいわ。




