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第240話 ラヴェリアの長兄

 2月2日。ラヴェリア聖王国、王城内の一室にて。

 各継承権者とその側近が集まる会議の席で、長兄ルキウスは堂々と宣言した。


「次は我々が動く」


 これに対し、異議を唱える者はいない。

 昨年の末頃から、次こそは彼が動くのではないかという空気が醸成されていた。言葉を交わさずとも、暗黙の内にそれぞれが考えていた既定路線である。


 今回、彼の宣言の中に「我々」という表現があっても、その含むところに大きな戸惑いは生じなかった。

 ただ、問題はその規模だが。アスタレーナの配下である外務省高官が、その点を尋ねた。


「軍からの動員をお考えと思われますが、その規模は?」


「船舶2隻程度で考えている。商船と護衛用の軍艦で、現地まで赴く想定だ」


 言うまでもなく、商船や護衛用などというのは偽装である。

 もともと海賊から狙われにくいラヴェリア商船だが、油断せずに軍艦を護衛につけるということ自体、珍しくはあるが騒ぐほどの事ではない。

 ただし、軍事行動を隠蔽するための偽装は、露見すれば大問題である。現在の国際情勢を考慮すれば、他国からの非難は目に見えている。

 とはいえ、目的地は人間社会の勢力圏からそれなりに離れたところにあり、ラヴェリアから当地への航路で目撃されるリスクはかなり小さい。この点は、ほかならぬ外務省が請け負った。

 2隻程度での行動であれば、事が明るみになって騒がれることは、まずないものと思われる――というのが、この場の総意だ。


 それよりも、他国を刺激させかねないのは……このラヴェリア王室長兄が、ある一定期間国を離れるということである。

 ルキウスの想定では、航海は片道で十数日程度。国家技術部門との協力で、従来にない高速船を用いてのことだ。それでも、往復で1か月程度にはなる。

 それに、向こう側の反応次第では、作戦がより長引く懸念も。


 彼が国を離れている間に他国から何かしら用件があれば、厄介なことになる。国防に携わるラヴェリアの王子が国を離れており、その場所は伝えることができないとなれば――

 もしかすると、標的と協力関係にあると目される国が、意図的に外交を通じて(つつ)いてくる懸念もある。

 そこでアスタレーナが口を開いた。


「外務省だけで事を済ませるのが最善ですが、それが(かな)わなければ、兄上には一度ご帰還願う可能性があります。その場合、部隊はそのまま動かしていただき、後ほど兄上に合流していただくことになるものと思われます」


「了解した。島の制圧自体は、私が指揮をとらずとも遂行は可能だと考えている。対外的な対応については、外務省の指示に従うものとする」


「……はい!」


 継承競争という状況下、あくまで他勢力でしかない外務省に判断を委ねるという。

 そんな長兄の言葉に、外務省に籍を置く面々は、神妙な表情で身を正した。


 さて、継承競争においては、競争相手に作戦内容を(さら)すような義務はない。

 それでも、ルキウスは作戦の大筋を明かすことを選んだ。

 理由としては、今回の作戦が他国を刺激する可能性を否めないからというのが一つ。国際情勢にも理解のある彼だが、万一の遺漏があってはならないと考えての相談ということである。

 そしてもう一つ。軍を動かすのであれば、その規模の大小に関わらず、事前に相談して各勢力からの承認を受けた上で作戦行動に移るべき――そういった観念が彼の中にはあるのだ。


 彼が打ち明けた作戦においては、彼が指揮する精兵部隊で以って島を制圧。拠点としての利用を封じ、さらには各関係者との連携にも(にら)みを利かせる。

 もちろん、制圧の過程で標的を仕留めることができれば、それに越したことはない。

 それが成らなかったとしても、これまで築いてきたものを喪失させることで、今後の優位を得られよう。


 小規模とはいえ軍を動かすことにより、事の露見と国際社会を刺激するリスクを伴う作戦だが……焦れてきている枢密院に対し、事の前進を示す手堅い作戦ではある。

 この実効性を他勢力も認め、特に異論なく受け入れられる運びとなった。

 ただし、質問が一つ。

「ご出撃は、いつになさるお考えでしょうか?」と尋ねる高官に、ルキウスはすぐ応じた。


「練兵自体はすでに十分重ねてある。この場でおおむね承認されるようであれば、明日にでもと考えているところだが」


 急な話ではあるが、継承競争での取り決め上、挑戦権の宣言とともに作戦行動が開始されるものとみなされている。

 実際に動くのは早い方が好ましく、堅実で知られるこの長兄が準備済みというのであれば、思い直させる材料などない。

 結果、彼の出撃に対して意見が表明されることはなかった。


 こうしておおむね話が終わった後、ルキウスは場を見回して告げた。


「済まないが、兄弟だけで話をしたい。各々方は、ここで外してもらえないだろうか」


 すると、国政に携わる高官たちは、人払いにすぐ応じた。無言で一礼し、一人。また一人と、部屋から退出していく。

 やがて身内だけになると、ルキウスは苦笑いでため息をついた。


「彼らには少し悪い気もするな」


「そうでしょうか?」


 素知らぬ顔で応じたのはレリエルである。


 リズから「1か月の猶予を」と話された後、彼女は一計を案じていた。

 まず、継承権者相手であっても、大聖廟のことを明かすわけにはいかない。あくまで、継承者と犠牲者のための空間であり、知る者が少ないほど好ましいからだ。

 そのため、彼女は兄弟を集めて一つ提案した。

 まず、向こうの動きを考えると、せっかく得た拠点を早々と手放すのは考えにくい。おそらく、あの島で待ち構えるはず。

 ならば、相手が動かないという想定の元、ある程度は事前に準備を整えた上で行動に移すべきでは、と。


 加えて、指摘がもう一つ。

 こちら側から行動を起こす時というのは、諜報上の理由もあり、標的が何らかの地点や国などへと、大きく移動したタイミングになることが多かった。

 そうした移動のタイミングで、その場その時に有利な立場や手立てを有したり、あるいは別段の事情があったりした継承権者が動いていたのだが……

 標的が定点に留まるというのであれば、向こうからちょうどいいきっかけが、今までのようにもたらされるわけではないということだ。

 となると、自分たちの備えを考えの軸とし、行動に移すのが自然ではないか。


 こうした指摘を兄弟たちに納得させた上で、レリエルは一つ提案を持ち掛けていた。

 まずはある程度の期間、標的が動かないという前提の元で、めいめいが準備を整えてはどうか。そうして期日を迎えた時点で、十分な準備を整えた者が、今までのように挑戦権を行使しては――


 その期日というのは昨日であり、リズに約束した日である。昨日、兄弟内であらかじめ話をまとめた上で、今回の会議が行われた。

 つまり、各継承権者の間では決着している話に、今回はそれぞれの側近も交えて最終的な承認をさせたというだけのことだ。

 無論、会議に関わった高官たちに、そういった認識はないだろう。

 こうして兄弟間で話をつけてしまうことについて、事の発端であるレリエルは、「あまり好ましいことではないとは、思っています」と正直に言った。


「後で知れると信頼に関わるしな」


「それもありますが……あまり身内で凝り固まるのは、望ましいことではないように思います」


「ああ、そっちか」


 合点がいったとうなずくベルハルトに微笑を返し、レリエルはわかっていなさそうなネファーレアやファルマーズをそれとなく見た後、もう少し言葉を補足していく。


「今回は、より確実に準備期間を設けるため、最少人数での事前会議を執り行いました。ですが、他者を排除するスタンスが続いて当たり前になれば、人の上に立つものとしての健全性を損なうのではないかと」


 これにうなずき、アスタレーナが同調していく。


「そうね……私たちの側近は、それぞれ理解のある方々だと思うわ。後で各自が、内々に事情を説明するべきではないかしら」


「『あなただけ、特別に』とか、『口止めされてますけど』とか言ってな」


「その場で笑われるわよ?」


 冗談をバッサリ切られたベルハルトだが、この軽いやり取りで緊張は少し(ほぐ)れたようだ。直近で負けたばかりのファルマーズも、あまり明るい方ではないネファーレアも、表情を綻ばせている。

 しかし、それぞれ無理している部分はあるのかもしれない。ささやかな笑い声はすぐに静まり、それぞれの顔は神妙なものに。


 各継承権者は、それぞれ対等な立場にある。誰が上か定めるためにこそ、この競争がある。

――というのは建前だ。むしろ競争の格式にこだわる者こそ、決着がつく前から生来の序列に縛られるところが大きいとさえ言える。

 つまるところ、長兄はすでに特別な立場にある。


 満を持してという雰囲気すらある、長兄の戦いの結果が、国の最上層にどのような影響を与えるか……そして、迎え撃つ側がどのような仕掛けで待ち構えるか。

 そう思えば、弟妹達が不安に揺れるのも道理というものである。

 そんな中、ルキウスはあくまで、泰然として構えていた。その堂々たる様子に、場の緊張も少しずつ解きほぐれていく。


 これもまた、彼が自分自身に課した、長兄としての務めである。

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