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第239話 その日、その時が来るまで

 現在の人の世を支える、歴史の根底にある真相を知ってからも、リズの毎日には目立った変化が生じなかった。

 少なくとも表面上は。

 次の戦いの相手と、その動きにアタリをつけ、彼女は待ち構える備えを着々と整えていく。


 山頂の整備は、仲間たちの献身によって順調に進んだ。この作業の合間の休憩に、即席の決闘場を生かしての各種訓練を並行。

 日が暮れ、その日の作業を終えてからは、洞窟や玉座の間に集まって今後の動きについての討議。

 そんな毎日を繰り返していく間、リズも魔族の二人も、他の仲間たちに事の真相を打ち明けることはなかった。


――数百年前の大乱において、討伐されたはずの大魔王が、実は滅していない。本体はいまだ魔界にあり、分身はラヴェリア聖王国で封印されているだけ。

 もっと言えば、継承競争は次なる大乱への備えと、封印の維持のためにあるように思われる――


 そのようなことを聞かされても、にわかに受け入れられるものではないだろう。

 それに、人類社会に与える影響力を考えれば、いかに信頼している仲間相手であっても口にできる話題ではないのだ。

 リズは歴史の真実を明かすことなかったが、それでも自分の考えだけは正直に伝えた。


 この先のラヴェリアという国とその王室、そして自分の存在を天秤に乗せた上で、何を目指しているかを。



 1月20日、夕方。


 あらかた整備が終わった山頂は、今やそれなりの広さがある、楕円に近い平面となっている。工事の過程で砕かれた岩や石が、きめ細かな砂となり、時折走っていく風を受けて宙にきらめく。

 こうして決闘場が出来上がってからというもの、リズは毎日山頂に上っては、来るべき戦いに備えて訓練を積み重ねてきた。

 今の相手はマルクだ。お互いにそれなりの重さがある木剣を手にしている。

 元諜報員ということもあり、接近戦闘の心得も十分。それでも、次の仮想敵であるラヴェリア王室長兄ルキウスを思えば、練習台としては物足りない部分があるのは確かだろうが……


 しばしの間、剣戟の応酬、魔法の撃ち合いを繰り広げた後――マルクよりも先にリズの方が音を上げた。彼女は膝に手を当てて「待って」と口にし、息荒く背を上下させる。

 待ったをかけられ、マルクは苦笑いした。


「今日はここまでにするか?」


「そうね……いい時間だし」


「降りるなら、少し休んでからの方がいいな」


 これには荒い息遣いでリズが応じ、マルクはその場に腰を落とした。

 沈んだ日が海の向こう側へと消えていき、陽の光に覆い隠されていた夜闇と星空が現れていく。山頂で大の字になったリズは、空のスペクタクルに目を奪われていた。

 しばらくぼんやりしていると、横から「動きが鈍かったな」とマルクの指摘。


「さすがに、朝から動き詰めともなると、スタミナが続かないか……」


「そうね。どうせ持久戦になると思うし……もうちょっと持久力がないと」


「ああ。俺程度でもいい勝負になるようだと、色々心配だからな」


「謙遜しちゃって」


 とは応じたものの、彼の指摘はもっともである。次の相手が本当にルキウスだとすれば、直接的な戦闘力はマルクを優に(しの)ぐであろう。そればかりか、リズ以上である可能性も濃厚だ。

 だからといって、すぐにやられてしまうわけにはいかない。何かしら策を講じる必要があるのだが……

 夜空を見上げたまま、リズは天に向けて右腕を伸ばした。天にかざした右手で、宙を(つか)んでは離す。

 その後、彼女はため息をついた。


「色々とごめんなさいね」


「何が」


「それは……色々よ。引継ぎとか……」


 ラヴェリア側の様子は定かではないが、次は継承権者以外も本腰を入れ……事が少し大規模になるのではないかという目算がある。

 そうなった場合、敵方からの動きが確認でき次第、マルシエルからの連絡が入る予定だ。この連絡を以って、こちらの島からはほとんどの人員を引き払う手筈になっている。島に残るのはリズと、魔王にルーリリラの3名のみ。

 その際、島から離れた面々をマルクにまとめてもらおうというのだが……引継ぎと言っても、実務面ではさほどの心配事はない。マルシエルの協力の元、今まで通りに海運及び治安維持関係の活動を行えばいいのだから。

 問題は……リズが、船に帰れなくなった場合の事だ。彼女を中心とする集団が、求心力の源泉を失えば――

 彼女が切り出した「引継ぎ」という言葉に、悪いイメージがもたげたのだろう。マルクは天を仰いで長いため息をついた。


「あまり考えたくないな……」


「あなたなら大丈夫だと思うけど」


「そういうことを言ってるわけじゃなくてな……わかって言ってるだろ?」


「……そうね」


 次の戦いが、本当に想定通りのものとなった場合……今度こそ、殺されるのではないか。その可能性が高いと、リズは考えている。さらには、そうした懸念を皆にも伝えてある。

 つまり、これでお別れになる可能性は否めないと。


 もっとも、彼女を死に近づけるような要素は、ラヴェリア側以外にもある。他ならぬ彼女自身が内に秘めている考えもまた、そういった要素の一つだ。

 そうした迷いと心境の変化について、皆に伏せた部分は多いのだが……

 ともあれ、次の作戦はリズ自身、自分の死の可能性を半ば受け入れた形での迎撃戦となる。


 無論、単に無策で迎え撃つ考えはない。山頂に決戦場を用意したのも準備の一環である。どのような結末を迎えるにしろ、そこには彼女の意志がある。

 策の中にも彼女の意志は十分に織り込まれているのだが……何分、うまくいくかどうかは未知数だ。

 当人としても気にかかるところは大いにあり、彼女は信頼できる右腕に、その点を尋ねた。


「次の作戦、あなたはどう思ってるの?」


「色々と言ってやりたいことはあるが……そうだな」


 一度言葉を切ると、彼は少し考え込んで言葉を探し……やがて口を開いた。


「相手任せな部分は多いと思う。まず、本当にルキウス殿下が来られるかどうか。想定通り、島全体の制圧を狙われたとして、殿下が一騎打ちに応じられるかどうか。というより、ここで戦闘できるかどうか」


「ま、そこが一番の問題よね」


「一つ一つの可能性は、きっと高いだろうけどな。全部が全部、お前の思惑通りに運ぶかというと……」


 尋ねる彼女の顔をマジマジと見つめた後、マルクは鼻で笑った。


「日頃の行いを良くして、星空に願掛けでもするか?」


 彼が指さした先は、茜から紫へと変ずる見事なグラデーションが広がっている。

 次に控える大問題の事を思うと、祈ってみたくなる気持ちはリズにも確かにある。

 しかし、彼女が祈るとしたら、かの大英雄であり……彼がリズだけをひいきするかというと、まずないだろう。


 結局のところ、ご加護はむしろあちら側にあるべきなのだ。


 それを認める気持ち、諦念にも似た思いに、リズは長いため息をついた。


「また、悩み事か?」


「そういうのは乗り越えたわ。ただ……まぁ、スッキリしないものはあるのよ」


「そりゃそうか」


 そう言ったきり、マルクは口を閉ざした。

 それから少しの間、二人とも言葉を発することなく、静かな時が流れた。夜空を眺めるリズは、居心地の悪さなど覚えはしなかったが……ふと疑問が脳裏に湧いてくる。


「ちょっといい?」


「ああ」


「次の作戦、色々言ってやりたいことがあるって言ってたじゃない」


 すると、彼は少し渋い顔で「言ったっけな」とはぐらかした。


「ま……言いづらいなら、別に言わなくていいけど」


「言いづらいというか、遠慮というか、なぁ……」


 歯切れの悪い返答を漏らすマルクだが、ややあって彼は、腹を(くく)ったように告げた。


「最初にお前の作戦を聞いた時は」


「何?」


「バカじゃねえかって思ったよ」

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