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第236話 血脈のこれから、これまで

 山の山頂は、さほど標高がないとは言え、それでも周囲では一番高い場所である。どこを向いても森の緑に、海と空の青が目に入る眺望は、中々のものだ。

 そんな山頂で、仲間たちと集って眺めを楽しみつつの食事。山頂を平らに整える意義は、こうした場を設けるだけでも十分と言えるかもしれない。

 しかしながら、本当の目的は次なる戦いの準備のためにある。海の向こうに遠く目をやりながら、リズはまだ不確かな未来に思いを馳せた。


 次のラヴェリア側の動きを考えると、向こうがダンジョンへ入り込む可能性は低い。

 今までリズに仕掛けてきた面々を考えると、全ての継承権者が1回は仕掛けてきている。2回動いたと目されるのは、第二王子ベルハルトと、第四王女ネファーレアだ。

 そこで、それぞれの機会を均等化するためのルールがあると仮定するならば、この二人よりも残る四人が動く可能性が高そうだが……

 実際には、単純な四択とは考えにくい。


 まず、第六王子ファルマーズ。負けたばかりの彼が、同じ戦場へ来るというのは、まずない事のように思われる。

 それに、先の戦いは研究成果を秘密裏に抹消するためという、彼一個人の思惑もあってのことだった。またも戦いを挑む理由はないのではないか。


 動く動機という点では、第三王女アスタレーナもかなり怪しいものだ。

 今の彼女はサンレーヌにおける空港新設計画で多忙のはず。彼女自身の戦闘力や勢力として有する手勢を考慮しても、諜報の根を張っていない場所へ踏み込むのはかなり難しい。


 彼女と違い、強力な手駒を遠地に出現させることのできる第五王女レリエルも、実際に手を下せるかどうかは微妙なところだ。

 なぜなら、向こうからすれば、想定される戦場はダンジョン内ということになるが……術者との接続が遮断されることで、契約が途中で破棄される恐れがあっては、せつかくの魔神も使いようがない。

 それでも、彼女の立場上、競争が停滞しかけた場合には何らかの手段で仕掛けざるを得ないことだろうが……


 そこで、リズが次の相手の本命と考えているのが、長兄のルキウスである。

 まず、兄弟の半数がすでにリズとの直接戦闘を経験している。

 また、レリエルに関して言えば、わざわざ自分が出向くよりは強大な魔神を契約でしばりつけた方がよほど強い。よって、自ら動く理由がほとんどない。

 アスタレーナに至っては自力戦闘での勝利が絶望的であり、彼女自ら動くわけにはいかない。

 となると、直接戦闘に対応するだけの力がありながら、その動きを示していないのはルキウスだけとなる。

 それに、ファルマーズの証言から、競争を動かす側も色々と業を煮やしている様子がうかがえた。

 ならば、そろそろ"本命"の長兄が動くのではないか。

――というのが、リズの見立てである。


 この見解については、事情を聴かされている仲間たちも、おおむね妥当な見解と認めるところ。

 微妙なのは、実際に向こうがどう動いてくるかだ。

 今までは、ラヴェリア側もなるべく事が表に露見しないか、あるいは口実を用意した上で動いていたように思われる。

 だが、今後は向こうもあまり形振(なりふ)り構っていられなくなるかもしれない。少なくとも、ファルマーズを戦場へと後押しした圧が、ラヴェリア側にある焦りのようなものの存在を示唆している。


 こうした前提に立つと、軍権を握るルキウスが動くという予測が補強される。他国に感知されるリスクを承知の上、彼がいくらか部隊を伴って動くのではないか。

 そして……わざわざダンジョンにも挑むようなことはせず、彼の指揮下で島を制圧にかかるのではないか。

 これがリズの考える、ありえそうな筋立てだ。


 こうなると、ラヴェリアの動きが他国に察知されることで、国際的な動揺を招きかねない。国防関係の長兄が長く国を離れるのも、国の内外でいらぬ懸念を招くだろう。

 あくまで、事を兄弟喧嘩の域に抑えたいリズとしては、世の中を混乱させたくはない。協力者たるマルシエルへの迷惑も思えば、なおことである。

 そのため、閉じ込められてしまうタンジョンではなく、あえてわかりやすい決闘場を用意してやり、長引かせないようにしてやろうというのだ。


 もっとも、推論の上に推論を重ねる不安定さはある。

 リズに従う面々も、強く疑うことはしないものの、半信半疑というか不安なところはあるようだ。

 最初は陽気な気分で始まった昼食会も、海の向こうを見つめて黙々と口を動かすリズに釣られてか、皆が同じようにしている。


「目論見通りにいらっしゃれば……いや、良くはないか」


 ふと漏れた仲間の言葉に、場の一同が苦笑いを浮かべた。



 ダンジョン先発組の雇い主、ダリオ・コストナーと魔王フィルブレイスの会談は、結局、日が沈みかけるまで終わることはなかった。

 徐々に空が茜に染まっていく頃、山頂へと伝令が。


「終わりましたよ、船長」


「わかりました。降りてご挨拶にうかがいます」


 仲間に混ざって土木作業に取り組んでいたリズだが、客に会うとあっては身だしなみを整えなければ。風で汗を吹き飛ばし、作業用の薄着に上着を重ねていく。


 ダンジョン入口へ向かうと、満足そうな表情のダリオがそこにいた。傍らにはルーリリラも。

 特に大きく心配するほどの事でもなかったが、会談は何事もなかったかのように見受けられる。周囲の付き人たちやロベルトも、落ち着いたものだ。

 リズが一同に近づくと、ダリオが声をかけてきた。


「実に有意義なお話ができました。あなた方のご協力あってのことと考えると、何かしらお礼でもと思うのですが」


「ありがたいお言葉ですが、正式に取り交わした契約というわけでもありませんから……この先、何かご縁がありましたら、その時お助けいただければ幸いです」


 実のところ、そうした援助はほとんど期待せず、半ば社交辞令的に応じたリズだが……相手の反応は違った。


「では、そのように」


 そう言って彼は少し悩む様子を見せた後、小さな紙に何か書き記し、リズに手渡した。渡されたメモには、彼の本拠らしきものが記されている。

 一瞬だけ呆気にとられ、それでも外面は崩さず、リズは「ありがとうございます」と応じて頭を下げた。


 その後のお見送りはロベルトらが行うとのこと。一同が去っていき、その背が見えなくなる。

 すると、見計らったかのように、ルーリリラは真剣な面持ちになった。


「リズ様。玉座の間へお越し願えますか?」


「わかりました」


 おそらくは、今回の会談に関する何か。急に緊張感漂わせるルーリリラに、リズは少し身構えた。

 送り込まれた先では、魔王がいつも通りに穏やかに構えているのだが……話を切り出すや、彼は苦笑いした。


「実を言うと、彼には色々と驚かされてね。まさか、私の同胞と面識があるとは……」


 ダンジョンの魔王と面識を得るためという依頼だったが、ここだけではなかったということだ。単なる出任せというわけでもなく、直に会って話さなければ知りえない、それぞれの魔王の情報も有していたという。

 すでに他の魔王と会っている可能性を、考慮しないでもないリズだったが……何人もというのには驚かされた。

 とはいえ、彼が何か邪悪な意図があって、魔王たちに近づいたというわけではない。


「彼の本業は聞いたかな?」


「探検や発掘における、計画から現場指揮までを手掛けていると」


「ああ、なるほど……」


 そう言って魔王は口を閉ざし、腕を組んだ。リズが聞かされた分ではまだ足りないようである。いくらか悩んだ後、彼は続けた。


「彼はどうやら、国とも結構な(つな)がりがあるようでね。気がかりな事項を調べて報告するぐらいの立場らしいんだ」


「魔王の方々とのご面会も、その一環ということでしようか?」


「みたいだね。あまり事業色を押し出すと怪しまれるというので、あくまで趣味らしく装ってたという話だけど……アーケリアって国、君は知ってるかな?」


 アーケリアであれば、リズも知っている国だ。

 軍事のラヴェリア、経済のマルシエルほどに卓越した強権と影響力は持たないが、それでもかなりの力と歴史を持つ国家である。魔法関係への技術と知識において特に名高い。

 ただ、魔法に関する力は強大でも、軍事より学究に注力している国だ。ラヴェリアとマルシエルとも穏当な関係を築いている。

 そして、ダリオからもらったメモに記されていた国名でもある。

 魔王の問いにうなずくリズに、彼は言葉を続けた。


「同国の要請で、魔王から色々と話を聞いているらしくてね。すでに同胞からかなり色々と聞き出しているらしく、私への聞き取りは、ほとんど事実確認みたいなものだったけど」


「魔王の皆様方に尋ねるということは……歴史か、魔法関係でしょうか」


「前者だね」


 端的に答えた魔王は、ルーリリラに視線を向けた。いつになく真剣な表情の二人が、視線を交わし合い、無言でうなずく。

 何やらただならぬ気配であり、リズは息を呑んだ。すると……


「君、知りたくないかな?」


「知りたくないといえば嘘になりますが……よろしいのですか?」


「実を言うと、彼に話した事は、君のご先祖にも大きく関わりがある話でね。君から問われた時は保留したのだけど……彼との話で踏ん切りがついたよ」


「では」


 思わず身を乗り出しそうになるリズに、魔王は神妙な顔でうなずいた。


「思えば、私と君が出会ったのも、彼が今日やってきたのも……何かというか、世の中の流れというものがあってのことかもしれない」


 では、いよいよ……と身構えるリズだが、求めた言葉が語られることはなかった。

 少し(いぶか)るリズに、横からルーリリラが割って入る。


「ご先祖様との件は言いふらさないようにしていると申しましたが、覚えておいででしょうか?」


「はい」


「ですから、マスターのおじい様からのお言いつけは守ります」


 と言って、ルーリリラは一冊の本を差し出した。言う代わりに読ませよう……というわけでもないらしい。その本は、リズが禁書庫から《転写》してきた一冊だ。


「直にご体験いただこうかと」

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