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第234話 母国からの帰還

 1月3日。体を揺すられる感覚と、遠くから呼ぶ誰かの声に、リズはうっすらと目を開けた。


「リズさ~ん」


「あ……おはよう」


 寝すぎたかなと一瞬思うリズだが、寝所は普段通りに洞窟の中。外の明かりなど届くはずもない。

 ただ、実際にかなり寝てしまったようである。困り気味の微笑を浮かべ、ニコラが言った。


「そろそろお昼の時間です。あんまり気持ちよさそうに寝てましたし……寝顔をそのままにしておくのもいいかな~、なんて」


「見られてたって思うと恥ずかしいわね」


 口ではそう言いつつ、照れる素振りはおくびにも出さず、リズは周囲にいる仲間たちに視線を巡らせていく。

 簡素な寝床から立ち上がると、彼女は思いっきり伸びをした。腰に手を当てて深呼吸。

 雪が舞う王都と、熱帯に位置するこの孤島の行き来だったが、さほど体に不調はない。洞窟内が快適な冷涼さを保っているからだろう。

 よく寝入っていたのは、やはり精神面での疲労の影響が大きかったか。見つかりづらく、あるいは手出しされないようにと状況やタイミングを選んだつもりではあったが、それでも完璧とは言い難い。

 加えて、久々に故国を訪れた上での、肉親との対面。妹レリエルはともかく、あの父王との対面もあった。

 気疲れが生じるのも当然というものである。


 だが……いま再び、先日の気苦労を思い起こす必要がある。

 帰国に際して得た諸々の情報を、仲間たちに共有せねばならないからだ。

 もっとも、聞かされる側はと言うと……リズの起床に伴ってにわかに緊張感が増し、付き合いの短い者ほど気遣わしげな様子を見せている。


 そんな中、一番気弱そうにしているのはアクセルだ。

 彼自身にとっても、姉の帰国は他人事ではない。色々と思うところはあるのだろう。

 彼の心情を思い、リズは……少し裏のありそうな、ニコニコとした良い笑顔を装って、彼に近づいた。無言で彼の頭に手を乗せ、優しく撫でていく。


「な、何ですか。恥ずかしいですよ」


 先ほど似たようなことを口にしたリズとは違い、彼はしっかりと恥ずかしがっている。それがまた可愛らしく、リズの頬が少し緩む。この姉弟へと、微笑ましいものを見るような視線が集まる。

 今更、家族ゴッコをしようという気など、リズには別になかったのだが……

 それはそれとして、アクセルが皆の弟分なのには違いなかった。


 ひとしきり弟を可愛がってすっかりリラックスした彼女は、改まった様子で面々を見回し、口を開いた。


「では、お話しましょうか」


 その後、ルーリリラによって一同が玉座の間へ飛ばされていく。船乗りらを除く大多数のメンバーが揃っており、中々の人数である。

 一同が集うと、まずは魔王がにこやかな微笑をリズに向け、彼女を(いたわ)った。


「お疲れ様。色々と大変だったろうね」


「お気遣いありがとうございます。ご協力のおかげで、どうにか無事に帰ってくることができました」


「それは何より」


 軽い挨拶の後、いよいよ本題に入る。一連の旅路で得た情報と成果を、リズは順番に列挙していった。

 まず、ロディアンに訪れた際の事。町長に連絡手段を手渡したが、特に不審には思われなかった。

 あれが役立つ機会が早々来るとも思えないが、念のための備えである。


 続いてサンレーヌへの訪問。ハーディング領新政府の関係者から、同地で空港新設の計画が進行中との情報を得た。

 これにはラヴェリア第三王女アスタレーナも深く関与しているとのことだ。継承競争に大きく影響するわけではないだろうが、一応は周知しておくことに。


 そして、ラヴェリアへの帰国。

 まず、大図書館の禁書庫へ侵入したことをリズは打ち明けた。

 この報告に反応したのは、まず元諜報員たち。教え子の活躍に満足げな笑みを浮かべ、しきりにうなずいている。

 より強い反応を示したのは、魔王とルーリリラだ。二人は目を輝かせている。人間よりも魔法の扱いに長ける魔族だが、それゆえに人の世の禁呪に興味があるのだろう。


「後で、その……」


「もちろんですよ」


 興味津々の二人に、リズが朗らかな笑顔で応じると、場の空気が一気に緩む。

 だが……禁書庫の後の話が、また重苦しいのだ。思い返して渋い顔になる彼女に合わせ、場の雰囲気も張り詰めたものに。

 軽くため息をついた後、彼女は父王との会話について切り出した。


「大して言葉を交わしたわけではありませんが……とりあえず、警告だけは伝えておきました」


 この警告について、場の面々はすでに承知している。

――リズや継承権者だけが命を張るのではなく、傍観者の王に対しても、いざとなったらその御命を張らせよう、と。

 同意に至るまで賛否はあった考えだけに、話題にすると緊迫感が漂う。しかし……

「感触は」と尋ねるマルクに、リズは肩をすくめた。


「本気にしたかどうかも微妙ね」


 あまりに無反応、無感情な父王の態度を思い返すと、彼自ら何か事を起こそうという考えがあるようには見えなかった。

 もっとも、昨日今日という話だけに、結論を出すのは早計に思われるのだが……

 王が自分の命に拘泥せず、あくまで現状の競争を完遂させることを重視しているのであれば、今回の訪問と対話を玉座の間から出さずに自身の手で握り潰すというのは、あり得そうなことである。


 とりあえず、この件はマルシエルと協力しつつ様子見だ。王室周りの動きが慌ただしくなり、それが外にも波及するようならば、諜報網に引っかかることが期待できる。

 さて、警告以外の話だが……あまり長居できない場での話だっただけに、他に報告すべき事項がない。

「他に何か?」と心配そうな顔で尋ねられても、リズは無言で首を横に振るばかりだ。

肉親との会話が、それほどまでに実りのないものだった事実は、場の面々の表情を暗くさせるに十分で……そうした有様に、リズはリズで気分が少し湿気っていく。


 気を取り直し大聖廟での話を……と思っても、ここで問題にぶち当たる。

 レリエルとの話は、父王よりもずっと実り多きものに思われるのだが、話せない内容も多い。特に継承競争の真の意味については、口止めを要請されている。

 この約束を、レリエル自身がどこまで信じているかはわからないが、裏切るのは気が引けるリズであった。

 加えて、自身の出生と母の真実についても、この場で語る意味を見出せない。話したところで、何か役立つ情報とは思えず、こういうことで同情を引きたくもない。

 となると……ちょうど今後の動きで重要な話を一つ思い出し、リズは手を打った。


「次の相手の動きまで、1か月程度は猶予をくれると言質を貰いました」


「しかし、絶対と言えるほどのものではないように思われますが」


「そこは、相手のプライド次第でしょう」


 実のところ、確実に1か月という保証はどこにもない。

 だが、レリエルならできる限りのことをしてくれそうだという感じはある。


「それと、私はこの島から動かないと伝えてあります。向こうの出方次第ですが……次は船を用いていくらか部隊を動員する可能性が高いのではないかと。その輸送時間を考えれば……」


「ある程度の猶予は見込めそうですね」


 セリアの発言に、リズはうなずいた。

 この猶予期間を用い、ダンジョン攻略先発組の用事――依頼主と魔王フィルブレイスの面会――を済ませようというのだ。

 もとよりそのためにこの島で活動し、リズに先を越されてからも、約束と引き換えに協力してくれたような先輩たちだが……リズの諸々の事情を知った後だと、むしろ申し訳なく感じるようだ。


「このような状況で、煩わせる形となってしまい……」


「いえ。お邪魔してしまったのはこちらですし……ご依頼人の方には、私も興味がありますから」


 朗らかに応じるリズに、先輩たちも救われたようだ。ホッと安堵する様子が見受けられる。

 とりあえず、善は急げである。まずは先方への連絡から。


「そのために預かっている魔道具がありますから、連絡はすぐです。後は向こうのスケジュール次第ですが……」


「大丈夫でしょうか?」


「気長に待たれる様子ではありましたが、一方で楽しみにもなされていました。こちらへの訪問は、おそらく最優先になるかと」


 先輩代表のロベルトに、仕事仲間たちもうなずいて応じる。向こうの動きが速ければ何よりである。

 そこでさっそく、先方に話をつけてもらうことに。

 一方でマルシエルに対しては、新たな上陸者がやってくることと、リズの一連の旅の連絡を。


 仕事ができた面々を、ルーリリラが転移で外へと送っていく。

 その様子を見つめ、少し考え込んだ後、リズは言った。


「フィル様とルーリリラさんにお話ししたいことが。お人払いをお願いできますか?」


 この要請に、魔族二人は異存なさそうだ。肝心の、これから追い出される連中も……さすがというべきか、何か察してくれているようではある。


 人払いが済み、玉座の間に三人だけになると、リズは言葉を探しながら口を開いた。


「フィル様のおじい様は、ラヴェリアの始祖と面識があると伺いました」


「そうだけど、何かな」


「国が出来上がったその後のことまでは、何かご存じでは……」


「う~ん……祖父には、あまり言いふらすなと口止めされててね。君のご先祖様との約束でもあるみたいなんだ」


「そうでしたか……」


末裔(まつえい)の君にならいいかと、思わないでもないけど……」


 とは言ったものの、やはり迷う様子を見せている。故人に対するこうした義理堅さ自体は、リズから見ても好ましいものだ。

 だからこそ、無理強いはせずに引くのが筋だろう。そう思い、口を開きかけたリズだが……

「マスター」と、ルーリリラが割って入った。続いて彼女の一言。


「言いふらさなければよろしいのでは?」


 こちらが折れる前の、従者からの諫言(かんげん)。これを受けて魔王は目を閉じて考えこみ、やがて言った。


「申し訳ないけど、この話は保留ということで」


「承知いたしました」


「すまないね……ところで、禁書を《転写》したという話だけど」


 リズの要求を保留した上で、禁書の話を持ち出すのは気が引ける部分があるのだろう。かなり遠慮がちに映る魔王に、リズはニッコリ笑って応えていく。


「はい。自分でもまだ、まともに手は付けられていないのですが……」


「目録のようなものはあるかな?」


 これはもっともな請求と思い、リズは目を閉じて自分の内奥に精神を集中させた。写し取ったばかりの本が集まる書架から、今回の戦利品を確認。

 脳裏の光景をうまく定着させると、彼女は目を開け、現実の紙にリストアップしていく。


「確か、全てで30冊ほどになるでしょうか」


「ずいぶんと盗んだものだね……」


「見て覚えただけですよ?」


 とはいえ、図書館の最深部へ侵入した上で、本来は触れるべきではない書に手を出したのだ。封じられた知識を外に持ち出したという意味で、盗んだという表現はそう遠いものではない。

 リズ自身もそういった自覚はあり、自身の所業を書き連ねていく内に、苦笑いも少し引きつったものになっていく。


「史書及び公文書がそれぞれ数冊、合わせて10冊といったところ。残るはすべて禁呪関係ですね……」


「君が興味ある禁呪というと、時間や空間に関するものだったかな?」


「はい」


 この返答を受け、我が意を得たりとばかりに、魔族二人はうなずいた。同好の士に喜ばれているようで、喜ばしくはある。


 やがて戦利品のリストが完了し、リズは慎ましやかな所作でそれを差し出した。このメモに、身を寄せ合って見入る二人。

 操る魔法の深淵さに比べれば、なんとも微笑ましい。思わず表情を崩して、小さな含み笑いを漏らすリズだが……二人はそれに気づいた様子もなく、真剣にメモを見つめている。

 ややあって、お目当ての物が定まったらしい。二人は顔を見合わせ、軽く言葉を交わした後、メモに小さく印を入れた。


「どれも興味深い本だけど、特に気になるものがあってね」


「すぐにでもお出ししましょう」


 メモを受け取るや、リズは少し腕を(まく)り、笑って見せた。

 この二人に献本するのは、初めてのことではない。出会ってからこれまでに、自身の蔵書(・・)から何冊も贈呈している。白本に書き記していく工程も何度か披露したのだが……

 今回はさすがに大物である。息を整え、神妙に構えるリズ。

 急に真剣味を帯びる彼女を前にして、魔王は優しい顔で言った。


「なんだか、すまないね。君だって、今からも色々と忙しいだろうに」


「いえ、日頃お世話になっておりますから……この程度では、受けた恩に足りる返礼とも思えませんし」


「そうか……あまり気にしなくてもいいのに。君って本当に、いい子だね」


 持ち出した禁書の提供を指して良い子扱いされることに、なんとも言えないものはあるのだが……単にむず痒いものもある。

「ホレてしまいましたか?」と、やや茶化すように悪い笑みを浮かべて尋ねるリズに、魔王は苦笑いで応じた。


「そういうわけでもないけどね」


 すると、彼の横で笑みを(こぼ)すルーリリラ。


「リズ様、フラれてしまいましたね」


「そういうつもりではありませんでしたけどね」


 軽い調子で言い返し、その後三人で少し笑った。

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