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第232話 お礼参りの旅in大聖廟②

 深夜に訪れた第一報には耳を疑ったレリエルだが、冷静さを保とうという思考の奥底では、この事態を自然と受け入れてしまう気持ちもあった。

 あり得ないことではない、と。


 誰もが寝静まった夜半、衣服を整えるのももどかしく、彼女は上着に袖を通しながら居室を出た。

 報告を持ち込んだ高官も、このような事態では狼狽(ろうばい)の色を隠しきれないでいる。そんな彼を落ち着けるように、レリエルは言った。


「規定通り、私が確認に向かいます。引き続き外部からの監視業務を」


「し、しかし……」


「本当に侵入者がいるとすれば……付き人がいてどうにかなる状況ではありません。あなたは、あなたにできることを」


 有無を言わせない口調できっぱりと口にした彼女だが、毅然さを保つ裏で、自分の手が震えていることを認めた。その震えを握り潰し、歩を早めていく。

 彼女が向かった先は、国家の儀式を一手に預かる祭礼省の中でも、機密中の機密とされる小部屋である。

 一見すると何もない部屋だ。公式には間取りの手違いで生まれた空間とされ、一時的な物置として運用されている。

 扉を開けたレリエルは、物置の中から道具を外に出した。一時的保管庫という名目上、置かれている荷物は雑多だが、量は少なく軽い。

 おかげですぐに部屋を片付けることができた彼女は、扉を締め切り内側から専用の鍵をかけた。


 そして……最悪の事態を思い描きつつ、心を落ち着け、念じた。小部屋の床に魔力が走り、彼女の視界が輪郭を失っていく――



 大聖廟最奥、中央部の段差で腰を落ち着けていたリズは、ここへ他の誰かが来る気配を感じ取った。

 予想できていたことであり、望んでいたことでもある。


 やがて、縦穴からフワリと落ちてきたのは、かなり久しぶりに目にする第五王女の姿であった。

 ここへ誰かが来るのなら、まず彼女とリズは考えていた。付き人がいないのも想定内である。

 しかし、思惑の内を出ない事態だが、相手の思考までそうだとは限らない。ハーディング革命の一件では、魔神アールスナージャを投入するという果断な奇手を打った、決して油断ならない存在である。

 とはいえ、そういう手(・・・・・)も今回ばかりは使えないだろうと考えているからこそ、誰か来るまでこうして待っていたのだが。


 レリエルが床に降り立ち、歩を進めてくる。剣呑な様子はないが、強い緊張感はある。

 一方、リズはある程度余裕を保って相対することができている。まさか、この妹が無思慮な動きをするとは思えない。

 それに……建国の祖を背にしているという位置関係もある。


 実際、レリエルの側は戦意どころか、敵意さえもないように感じられる。

 しかし、この場所の重要性とお互いの立場を思えば、このように両者が落ち着き払って向き合っているというのは、中々考えにくい奇妙な状況だ。

 思考が読めない相手ではあるが、少なくとも会話に応じる心構えがあるようには思える。無謀に走ることのない妹の沈着ぶりと心胆に感謝し、リズは口を開いた。


「お久しぶりね」


 これを皮肉や挑発と捉えられなければ――不安はある一言だったが、レリエルの側も態度は穏やかなものである。


「弟が良くしていただいたとのことで……感謝申し上げます。お姉様にとっても実弟には違いありませんが」


「弟といっても、実感はなかったけどね」


 と、最初に交わす言葉は和やかなものだが……二人の間の空気は、次第に緊張感を増していく。

 張り詰めた静寂の中、まずはレリエルが口を開いた。


「なぜ、このような場所に?」


「墓の内見よ」


 端的に言い放つリズに、レリエルは即応できなかった。何か言い返すでもなく、彼女はただ視線を周囲にさっと巡らせ、小さくため息をついた。


「どうして、ここがそうだと?」


 暗に認める彼女の発言に、リズは自分なりの推測で応えていく。


「代々の国王が、ここに列せられるとは知っていたけど……不審死(・・・)した王族がどこに埋葬されているか、明言する史書はほとんどなくてね。それぞれの代の継承者も犠牲者も、案外同じところで寝てるんじゃないかって、そう思ったのよ。確証はなかったけどね」


「……なるほど」


「次はこちらから、いい?」


 問いかけに対し、かすかに身動(みじろ)ぎするレリエルだが……すぐに彼女は「どうぞ」と先を促した。


「私が死んだらどうなるの?」


 あまりにストレートな問いかけだが、予想はできていたのだろう。リズが思っていた以上に落ち着きを保つレリエルは、やや逡巡(しゅんじゅん)する様子を見せながらも、さほど間を置かずに言った。


「お答えするには、継承競争の真意について話さなければなりません。決して公言しないよう、お願いしたいのですが……」


 これにリズがうなずくと、硬い表情のレリエルが言葉を続けていく。

 継承競争が半ば制度化・定例化しているのには、いくつか理由がある。

 まず1つに、建国以降国土が拡大していく中、頻度を増していった王族の身内争いを制御するため。非公式ながら王室典範の中に競争を盛り込むことで、正式な継承者を定めるのだ。

 また、王室に連なる実力者も競争に関わらせることで、彼らの叛意を抑止しようという考えもある。競争の過程で勝者たる王の力を思い知れば……というわけだ。

 以上が、現代にまで伝わる継承競争の意義であり、関係者はすでに承知している。リズも例外ではない。だが――


「これらは単なる口実であり、真意は別にあります」


「そう……」


 自分が知らなかった真相が語られる。そう思い、リズは固唾を呑んだ。

 レリエルによれば、継承競争の本当の目的は、()の維持にあるという。


「代を重ねるごとに、始祖の血は薄まっていきます。血を源泉とする、私たち王族の力も」


 言葉の綾かも知れないが、レリエルはこちらを同族扱いしている。法務と祭礼に携わる王女が、である。その事を意外に思いつつ、リズは尋ねた。


「それで、血を維持するのと、この競争に何の関係が?」


「実際には血が濃くなるわけではありませんが……王族の出生時に契約の儀を執り行い、競争での勝利という契約履行と打ち倒した同族の魔力を鍵として、次期継承者に始祖の代の力を目覚めさせます」


「……殺した相手を糧としているわけね」


「実際には、糧と言うほど取り込むわけではなく、あくまで鍵を開ける切っ掛けに過ぎないようですが……実質的には同じことでしょうか」


 淡々と口にするレリエルだが、リズを真っ直ぐ見つめるその目には、何かしらの感情が揺れ動く様子がある。それを認め、リズは微笑んだ。


「言っても良かったの?」


「……国としては好ましくないでしょう。しかし、護国の(いしずえ)にと見定めたお方に、運命だけ押し付けてしまうのは……言い触らさないと約束もしていただきましたので」


「そう。書面で取り交わしたりはしないのね」


 少し冗談交じりに言うと、レリエルは表情を柔らかくした。もっとも、そこには明るさよりも物寂しい陰があったが。

 やや間をおいて、彼女は問いかけてきた。


「ここまで良くお一人で……いえ、そうでなければ身軽に動けなかったでしょうが、ここで始末されるとはお考えにならなかったのですか?」


「ま、色々と考えはあったのよ」


 まず、この大聖廟に入れる身分が、相当限定されるのではないかという推定があった。出入りが増えれば、ここに隠している何かが外に漏れる恐れが増すからだ。

 となれば、入り込めるのは儀式関係の、それも王族に近しいごくわずかな重臣……

 さらに言えば、レリエルが一番有り得そうだ、と。

 また、レリエルがこの場で得意の召喚術を用いるとも考えにくい。ここで魔神や精霊が動いたとして、戦闘の余波をどう片付けるものか。

 つまり、ここへ入られた時点で、国としては戦闘を可能な限り避けねばならないのではないか。


「だから、『一人でよく来たな』っていうのは、むしろこちらのセリフなのよ」


 正直な言葉を、やや意地悪な顔で口にしたリズに、真顔のレリエルは口を閉ざし……ため息をついた。


「お恥ずかしながら、ネファーレアお姉様とファルマーズの件から、私のことを見逃してくださるのでは……という目算はありました。一度、直に会って話したいという想いも」


「そう?」


「特にこちらから、何か聞きたいことがあるというわけではありませんが……」


 そう言うレリエルだが、この後も話に乗ってくれそうではある。

 そこでリズは――前々から疑問に持っていたことを尋ねることにした。


「あなたでも知らないことかもしれないけど、一ついい?」


「答えられることであれば」


「私の母のことだけど」


 切り出してみたものの、解答はない。問いが漠然としすぎているのかもしれない。話の流れを考え、リズは言った。


「私の母は高級娼婦で、『陛下を(たぶら)かした』だのなんだので処刑されたそうね」


「はい」


「ちょっとおかしくない?」


 問いかけるも、レリエルは要領を得ないようだ。そこでリズは――


「あなた、子どもの授かり方は知ってる?」


「それは……知っていますが」


 さすがにまだ生娘だろうが、そういう知識の最低限はあるらしい。死者が眠る中、わずかに恥じらう妹という奇妙な状況に可笑しみを覚えつつ、リズはかねてよりの疑問を口にしていく。

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